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そのタオルは俺にまかせろ!

作者: jima

 あのチャンピオンはめっさ強い。これはかなわん、と俺は思う。

 ジムの先輩にようやく巡ってきた世界戦、ただし相手はあのKOキングだ。

 いくら先輩が練習を頑張ってもどうにかなることとならないことがある。



 明日はいよいよタイトルマッチ、先輩は早上がりして帰宅する。

「お疲れッス!山田先輩!」

「おう、明日はセコンド頼むぞ」

「任せといてください!ベルト巻くのも俺がやります!」

「ハハハ、気が早いって」

「自分、信じてますから!」

「…おう。期待に応えられるよう、全力を尽くすよ」

「はい!見てますから!」


 先輩が帰っていった。俺はジムの掃除と用具の片付け、明日の準備に取りかかる。

 後輩の一人がポツリと漏らす。

「しかし、相手が悪いんじゃないですか。あのアルバランスとは」


 俺はその後輩の横っ面を思いっきり引っぱたいた。

「あたたたた。すいませんっ!」


「山田先輩は全力を尽くすって言ってるんだ。信じろ」

「はいっ!すいません!」




 ジムに人気(ひとけ)がなくなった。残っているのは俺とジムの会長、それにチーフセコンドだけだ。

「お前、さっき鈴木をぶったたいてただろ」

「オス、すいません。縁起でもないこというもんですから」

「気をつけろ。ボクシングジムなのに『うちの息子が殴られた』って警察行く親がいる時代だ」

「すいませんでした。オス」



「さてと」

 チーフが周囲を見回して、俺と会長しかいないことを確かめボソリと言う。

「勝てますかねえ」

 

「勝てるわけねえだろ」

 会長が低い声で言う。


「ですよねえ」

 俺も頷いた。


「相手が悪すぎるな。カニロ・アルバランスとは」

「何であいつ、日本に来てくれるんですか」

「秋葉原に行きたいんだそうですよ。私、案内頼まれてます」


 チーフの言葉に会長が羨ましそうな顔をする。

「そうなのか?サイン貰っとけよ」

「わかってます。何ならグローブをねだってみようかと思ってます」

「いいっすねえ。俺もついてっていいっすか?」


 俺が頼むとチーフは首を振った。

「山田が負けた次の日に同じジムの人間がゾロゾロついてったら、外聞が悪いだろうが」

「うむ。そりゃそうだ」

 会長も同意して俺の願いは(つい)えた。


「じゃあですね、俺、明日やりたいことがあるんですけど」

 会長がジロリと睨む。

「ろくでもないこと言いそうだな、お前」

 笑いをこらえてチーフが促す。

「まあ、言ってみろよ、澤村」


「はい!山田先輩が3ラウンドから4ラウンドくらいでボコボコに打たれるじゃないですか」

 チーフが呆れる。

「お前、先輩の試合にひどい予想をするなあ」

「いや、いいとこだろうな」

 会長が苦笑いを浮かべる。


「でしょ。そしたら、俺にタオル投げるのやらせてくださいよ」

 チーフがズルッとこける。

「なんでそんなことやりたいんだ、お前」


「それくらいしか俺の目立つとこないじゃないですか。いいでしょ、会長」

「うーん。それはワシもやりたかったんだが」

 チーフは会長を見る。

「会長まで。いい加減にしてください。タオル投げるのをとりあってるセコンドなんて聞いたことないですよ」


 俺は食い下がる。

「いやいや。全国ネットどころか、全世界配信ですよ。こんな機会ありません。アメリカの祖父に元気な姿見せてやりたいんです」

「ええっ?お前のじいちゃん、アメリカにいるのか」

「嘘です。埼玉の春日部在住です」


「馬鹿野郎」「適当言うな」

 俺は二人から同時にツッコミを受けた。


「ますます、お前にやらせる気はなくなった。会長の役得だ。ワシが投げる」

「待ってください」

 チーフが手を挙げる。

「私がなぜアルバランスの秋葉原案内を頼まれたと思ってますか」


 俺が答える。

「チーフが筋金入りのオタクだって、連盟が知ってるからでしょ」

「そうだ。そしてあのアルバランスも日本のアニメ大好き声優大好きのマニアだから来日する」


「それがどうしたってんだ」

 会長がうるさそうに首を傾げた。


「明日はラブ○イブ・フェスのビッグタオルを投げさせてください」

「チーフ、何を仰ってるのか全然わかりません」


 チーフが残念そうに俺を見る。

「わかんないかなあ。ひとつめ、これで『ラブ○イブ』や『サンシャイン』が世界中のSNSでトレンドワードになる。ライバー冥利に尽きるだろう。ふたつめ、アルバランスも絶対喜ぶ。もしかしたらサインはもちろん、上手くいったらグローブとか貰えるかもしんないぞ」


 俺はチーフに尊敬のまなざしを向ける。

「チーフ、天才かよ」

「ワハハハハ、参ったか」


「だけど、それチーフが投げなくてもいいですよね。俺に投げさせてくださいよ」

「だったら、ワシだっていいじゃろが。年長者に譲らんかい」

「私のタオルなんですから私が投げます」


「じゃあ、こうしましょう。前半でやられたら私、後半なら会長」

「俺は俺は」

「お前はあきらめろ」

「ぜっっったい、絶対前半にやられるに決まっとろうが。相手はアルバランスで、戦うのはあの山田じゃぞ。5回もつかどうか」

「そうですよ。いいとこ3回か4回でしょ。あっ、1RKOだったら俺ってどうですか?」

「こういうのどうです?鼻血が出てたら私、出てなかったら」




「ずいぶん楽しそうですね。会長、チーフ、澤村」

 いつの間にか部屋の隅に山田先輩がいるのに俺たちは気づかなかった。

「や、山田先輩…お帰りになったんじゃ」


「忘れ物してな、ロッカー行ってここを通りかかったら愉快な話が聞こえてな」


「や、山田君。い、い、いつから聞いてたの?」

「ずいぶん前から。会長の『勝てるわけねえだろう』くらいから」

「ほ、ほぼ最初からッスね。ハハ、ハ」

 俺は膝がガクガクと震えてくるのを隠せなかった。

「や、山田、じょ、冗談なんじゃ。ゆ、許せ。プレッシャーに耐えきれんで、その」



「ほう、ではこれから皆さんのタイトルマッチ展望をゆっくりお聞きしましょう」

 山田先輩の低い声がジムに響いた。




   ==============================



 日々スポーツ 3月18日の記事


『大金星!日本の誇り、山田。アルバランスを逆転で下す!』


 昨夜のミドル級タイトルマッチ、『山田さとる(日本・練馬ジム)とカニロ・アルバランス(メキシコ)』は大激戦の末、壮絶な打ち合いを制した山田が戦前の予想を裏切る勝利を挙げ、日本にチャンピオンベルトをもたらした。



 入場もピリピリムードだった。山田陣営はその厳しいトレーニングを物語るようにセコンド陣も傷だらけ、会長までもが鼻や頬に絆創膏を貼り、眼の周りに青あざを作っての入場。山田も緊張からかセコンド陣と目を合わせようとしない。

 序盤明らかに劣勢に立った山田だが、その闘志はいっこうに衰えない。セコンドもまったく静まりかえるように落ち着いていた。4回にアルバランス得意の左フックが入り、さらに打ち込まれたところでレフェリーが山田の様子を窺う。セコンドがタオルの準備をするかとコーナーを注目したが、一切その気配はなかった。というより、誰もがタオルを持つことを拒否しているようにさえ見えた。まさに選手への信頼感の表れと言えよう。

 その後、山田はさらに闘争心をかき立てられるかのように戦い続けた。何が彼をここまで燃えさせたのか知るよしはないが、明らかに異常なほどの頑張りであった。

 逆転でKO勝ちした後も陣営はそっと静かに山田をいたわり、下を向きながら黙々とタイトル奪取を祝っていた。山田もまだ興奮状態であったのか、陣営で鋭い目つきを収めることがなかった。

 生まれついての戦士と奥ゆかしく冷静なセコンド陣の対比が目立った光景であった。


試合後の山田選手の話

「…とにかくキレ気味に戦いました。それが勝ちにつながりました。この試合中はとにかく近づくモノはすべてぶん殴ってやる、という意識でしたね。会長ですか?…ああ、ソウデスネ。カンシャシテマス」


ジム会長の話

「山田選手は大変、その素晴らしい若者で、ええ、とにかく信じていました。ホントです。許してください。泣いてなんかいません。これは汗です」


アルバランス選手の話

「ナンカ、ヨクワカンナイ。ヤマダ、ナグッテモナグッテモ、タオレナイ。シアイチュ、『カイチョモ、チフモ、サワモラモ、ゼンブ、コロス』イッテタ。ナンカノ、ジュモン?ヤポン、コワ」







読んでいただきありがとうございます。ボクシングファン歴30年の私ですが、これまでにもっとも試合前の心が震えるタイトルマッチが5月にやってきます。この作品はそれとはまったく関係なく(笑)書いてみました。また後楽園ホールで大声出して応援したいものです。

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