証言27 GameOver(証言者:LUNA KAZU GOU JUN ただのINA)
パワードスーツの重みが消えて、引き換えに頭に少しばかりの重みがあった。
アバターからカレント・アポカリプスで培った“補正”全てが消えた事で、アタシは丸刈り同然の頭から漆黒のロングヘアーに戻っていた。
あまり、現実を思い出したくはない。
手首に刻まれた、若気の至りを見るといたたまれなくなる。
黒一色の空間。
けれど暗闇ではない。
そこは“無”が広がる空間……“フォルム”だった。
VR世界に接続し、なおかつ、どのゲームもプレイしていない状態。
ここからアバターを作り直したり、次に生活するゲームを選ぶことになる。
一応、現実世界に帰るのもここからだ。
ここでならインターネットも自由に使えるし、SNSやトークアプリで知り合いとコミュニケーションを取れる。
アタシがここにいる理由は、言うまでもない。
今程、カレント・アポカリプスの休止猶予期間が終わり、ログアウトさせられたのだ。
そしてHARUTOは、アタシから”関係者”全員を、フォルムのこの座標に召集した。
アタシの出現に少し遅れて、他の仲間達が目の前に現れた。
……長い黒髪の若い女は……INAか。
彼は、どういうつもりで、この女まで呼んだのか。
でもまあ、お人形さんみたいで、なかなか可愛い娘じゃない。
アタシと、色々キャラがかぶってるのが面白くない所ではあるけど。
あんな世界観のゲームだったし、変な虫が付かないように顔を隠していたのなら、正解だったかもね。
そして、HARUTOや、他の三人も現れた所で、説明が始まった。
まずは、状況の再確認からだ。
事実上のリーダーであるおれが、仮想端末を展開して他の連中に見せてやった。
それは、あるニュースの記事だった。
ーー問われる企業倫理。VRMMOゲームで悪質な社会実験か。
まず、ここで言われている“悪質な社会実験”ってのを行ったのは、おれ達がこれまでプレイしていたカレント・アポカリプスのメーカー“カルキ・ソフトウェア”だ。
悪質な行為ってのが具体的には何なのか、と言うことだが。
カルキの運営するゲームは、もちろんカレント・アポカリプスだけじゃあない。
最も代表的な作品は“ランドグリーズ”って言うファンタジーRPGだった。
あのマウスタウンのフェイタル・クエストで、おれたちが戦っていたヴァルハラ・クルセイダーズの兵士どもは、このランドグリーズのプレイヤーだったんだよ。
正確には、ある時期から両ゲームの一部のエリアが重なっていた。
結構な広範囲だったようだ。
100パーセントの人の行き来があったのはマウスタウンの敷地内に限られていたが、他の地域でも実験的にゲーム間の干渉が、ランダムイベントに偽装して行われていたようだ。
おれたちも、もしかしたらユニーク・エネミーに見せかけたランドグリーズのプレイヤーと遭遇しているのかもしれない。
また、この実験が行われる以前にいたマウスタウンの敵キャラは、ちゃんとしたNPCだったようだ。
だが、あの最終決戦でおれたちがNPCだと思って殺していたのは、そう偽って仕向けられた別ゲーのプレイヤーだった
そして、ランドグリーズ側のプレイヤーも、おれたちを“フェイタル・クエストのモブ敵”だと思って戦っていた。
多分、向こうのクエスト内容は拠点の防衛とかそんな内容なのだろう。おれたち側が攻めだったんだから。
種がわかりゃ、理屈の上では可能だ。
同じ会社のゲームって、物理演算だとか基本的なルールを司るゲームエンジンが同じであることが多いんだよ。
古くは、ハイファンタジーRPGの“エルダースクロールズ”シリーズと、銃で戦う世紀末世界のRPG“フォールアウト”シリーズがそうであったように。
そして、VRMMOと言うのは、プレイヤー個々がサーバー側から見せられている“夢”だとも言える。
おれたちが放った銃弾が、ランドグリーズ側の連中からは弓矢だとか、魔法に見える。
奴らがおれたちにけしかけた“伝説の魔獣”を、巨大メカに見えるようにすることも。
マウスタウンはどう映ってたんだろうか。からくり城とか?
そんな風にすりゃ、双方で辻褄を合わせることも可能だろう。
お互いに敵性NPCだと思い込んでんだから、意志疎通の気も更々無いわけで。
何でそんなことをしたか?
大方、AI補強のための人間観察とかかね?
ロボットと偽ってヒトゴロシさせたら、どうなるかってね。
AIに運営を任せてると、まれによく、こう言う不祥事をやらかす。
事件が発覚したきっかけは、ランドグリーズのプレイヤーによるSNSの書き込みだった。
【フェイタル・クエストで、フェンリル召喚して融合も成功。
勝ち確だったのに、敵の魔術師が神級魔法12発並列発動で自爆して、負けた事にされた。
バイバイ、俺達の愛したランドグリーズ。もうカルキのゲーム、やらねーわ。
(20XX.11.2 23:12 投稿者:ゴッドテイル・シオン)】
【近頃、クソゲー化が酷いとは感じていた。
以前、そこら辺の雑魚モブが伝説の武器で初見殺ししてきた。
“難しさ”の意味を履き違えてるんじゃないか。
(20XX.11.3 0:07 投稿者:ハードコア・シャオ)】
こういうのを、双方のプレイヤーが読めば、明るみになるのは必然だろう。
……フェイタル・クエストの前にバレなかったのか、って?
忘れたか?
ゲームに暮らしている間はネットができないし、いちいちログインしなおすの、メチャめんどくさいんだよ。
僕がマウスタウンで感じた違和感は、これだったようだ。
ほら、ヴァルハラ・クルセイダーズのネーミングセンスに引っ掛かりを覚えるって言ったでしょ?
ファンタジーRPGの住人が名乗ってるとするなら、しっくり来るんだよね。
いや、これも絶妙に微妙なラインだけどね。
未来世界でアメリカ軍の末裔が“ナイト”だの“パラディン”だのって時代錯誤な階級名を用いていた前例もあった。
巨大メカにフェンリルの名前を付けるのも、あり得なくは無いだろう。
キュベレイだのアークエンジェルだの、昔のロボアニメで前例あるくらいだし。
うまいこと、噛み合うように仕掛けられてたみたいだ。
ヒトがやったのか、AIが自動的にやったのかは知らないけど、悪趣味だよね。
で、このランドグリーズってゲームは僕もさわりくらいは調べたことがある。
名前からして北欧神話ベースの世界観なんだけど、リアルな物理法則の上で、神々の尖兵として超人的な身体能力を体験出来るのが特長だ。
……そう、例えば、仮にその能力で現代に転移したなら、剣や斧でアサルトライフルとも余裕で渡り合えるような。
神々にえらばれし戦士達。
例えば、同じ物理法則でも、僕らの飛び道具偏重バランスだった世界での素手Perkは、語弊はあるけどネタ扱いだった。
けれど、これが剣の活躍するランドグリーズだったらどうか?
そう言う世界観において、拳法家は大抵強キャラ扱いになるだろう。
デザートイーグルが一撃必殺の武器である事についても「凝縮された魔力がどーたらこーたらで打ち出される、短い杖の形したアーティファクト」だとか、いくらで変換のしようがある。
そこに、僕らとランドグリーズ勢のギャップがあった。
僕らは、僕らのわからない領域を既存の知識で穴埋めしてしまった。
NPCと偽られた他ゲームのプレイヤーを、勝手に“強化人間”と解釈した。
そして俺は問う。
「何故、あんただけが全てを知っていた?」
彼が皆をここに呼び出したのは、説明する為である筈だから。
何故、フェイタル・クエストの公表前に準備が出来たのか。
何故、弾薬工場のパスワードを知っていたのか。何故、デイビー・クロケットの在処を知っていたのか。
「……運営AIから、通知された。恐らく、君が“鞭の天才”を与えられた時と同じように」
そう言って、彼はINAを目線で指した。
「……自分が選ばれた理由は、解らない。運営AIは、全プレイヤーのあらゆる行動ログを取っている筈だから……強いて推測するなら“全プレイヤー中、最も口が固い”と判定されたのかも知れない」
……普通に、あり得るな。
「……ランドグリーズ側にとってのラスボスとなれ、と。要約すればそんな事が書いてあった。
その為に決戦の地であるマウスタウンの情報全てを開示された。
恐らく、フェンリルのパイロットも同様なのだろう。
向こうのゲームではフェンリルの召喚と融合の禁術が、こちらではフェンリルと言う名の機体にパイロットが搭乗したように見せられていた」
「ミサイルランチャーの飛翔体変換モジュールについては?」
「……たまたまそこにあった。デイビー・クロケットへの換装は自分の独断だ」
やはり、か。
運営AIとしては、HARUTOがデイビー・クロケットを普通に入手出来るだけで充分だった。
次はアタシの疑問。
「どうしてわざわざ、余計なものを付け足したの」
「強いて言うなら、少しだけAIと言う名の運命に反発したくなったのかもな」
……信じられない。
アターー私が知る限り、彼がこんな考え無しに物を言ったのは初めて見た。
「……人の性格とは、身近な人間に影響されるものなのだろう」
うるさい。
けれど恐らく、彼が変な気紛れを起こさなければ……今回の社会実験は闇に葬られていただろう。
カレント・アポカリプスは休止せずに済んだかも知れないのだ。
「……こんな事を平然と行う企業ーーAIの支配する世界など、遅かれ早かれ限界を迎えただろう」
まあ、それも一理ある。
大体の疑問はこれで氷解したでしょう。
そして、どのみち、ゲームが終わったのも覆せない事実だ。
じゃあ、切り替えていかないと、このVR時代を生きてはいけない。
「次はどのゲームに行く?」
私は、ナチュラルにそう聞いた。
一緒に行くかどうか、なんて、いちいち聞くだけ無駄だから。
「……そうだな。もっと、住みやすい環境のゲームに移住したいと常々思っていた」
今更な事を言うよ。
「皆は、どうする?」
私の問いに、迷わず進み出て来たのはGOUだった。
「俺も、同行して良いか?」
「無論だ。これからも宜しく」
ほら即答。
彼は決して、誰の事も“拒みは”しない。
おれは、ここで別れとこうかな。
また、機会があればいいと思う。
しかし、LUNAって髪型変えると普通に可愛いじゃねーか。
このおれの目をもってしても見誤ったぜ。
ちょっと冷たい感じの美人は好きだよ。
……おれも男を上げて、また出直すとするよ。
じゃあな。
お前らといて、生まれてはじめて、楽しかったぜ。
僕も、初のVRMMOではしゃぎすぎて、少し疲れたよ。
何ヶ月かは寝て過ごす事にする。
君らも、インターバル長めにとった方がいいよ?
一応“主治医”として忠告しとく。
ゲームは一日一時間……は無理だろうけど、ほどほどにして下さい。
それじゃ、またね。
あたしはやっぱり、彼の仲間になる気は無い。
「……そうか」
「ただ……次にどのゲームに行くのかは、教えて欲しい」
一方で。
あたしが思い描いた、彼に勝つ方法。
あたし自身が、いつか、彼にとってかけがえのない存在になってやれたなら。彼はあたしに服従したも同然だ。
けれど、あたしの方から、そう言う方面のアプローチをする気は無い。あっちから認めさせるんだ。
ほら。戦って勝つよりも難しいでしょう?
「……了解した」
“鞭”を失ったのに、あたしの心は晴れ晴れとしていた。
夜も眠れないほど、怯えていた筈なのに。
あたしは次のゲームでも“鞭”を得物に選ぶだろう。
けれどそれは、ユニーク・スキルを当てにしての事ではない。
ユニーク・スキルに頼りきっていた頃の思い出を糧にして、前へ進む為の願掛けと自戒、そしてやっぱり“鞭”への愛着。
失敗も勘違いも、財産なんだ、と。
これだけは、認める。
気付かせてくれたのは、彼だ。
だからこそ、安易に馴れ合いたくはない。
あのLUNAとは違った場所から、それこそ“正面”からぶつかって、あたしは彼の事をもっと知りたい。
以上が、我々が見たものを統合した“カルキソフトウェアのNPC欺瞞事件”の真相だ。
ある男の、小さな気紛れが起こした、ちょっとしたアクシデントの。
我々は、このゲームを越えた。
文字通りの、ゲームオーバーだ。




