上と下
「やっぱり四宮くんじゃないか!(歓喜)」
「…何?」
彼女の格好があまりに浮いていたことや、その割に話す声がいつもどおり底抜けに明るかったことが、俺の返事を質素で無愛想なものにした。
「ちょっと、塩対応やめてもらっていいですか?笑」
そういえば、彼女はこういう人だった。俺が掃除機をかけているときに居間で大笑いをしたかと思えば、ひろゆきおしゃべりメーカーで作成された動画を楽しそうに俺に見せてきた。
「あぁ、ごめん…」
2年ほど彼女と暮らしてきた俺には、こいつが本物の恋人、藤リコとは思えなかった。顔だけリコに似せた、別の誰かと言葉をかわしているような気がした。
「俺の名前は?」
「ん、四宮シツキ」
「俺の好きな漫画は」
「上野さんは不器用」
「俺の運転免許の有効期限」
「再来年の5月15日」
藤リコ替え玉説を信じたくなかった俺にとって、彼女が一連の質疑応答をすべてパスしたことはとても喜ばしいことではあったものの、やはりどこかで違和感を感じざるをえなかった。
「ごめん、今、急いでるから、また連絡するから。」
一刻も早くこの場を離れたかった。もう、しばらくはリコの顔を見たくない。しばらくして気持ちが落ち着いたら、もう一度会いに行こう。そう思った。言い聞かせた。駅のホームに俺とリコの二人しかいなかったことも、その気持を加速させたかもしれない。
「え、ちょ、チョット待って。」
もし呼び止められても構わず逃げてしまおうと思っていたのが、やはり愛する人の言うことは、素直に聞いてしまう。
「ついてきてほしいところがあるんだ。いい?」
俺はさっき、急いでいるといったのに。元々人の話をよく聞く人ではなかったが、今回は何かおかしい。何かを俺に隠しているような気がしてならなかったが、もういっそのこと、全て暴いてやろう、今後のためにも、不安要素は全て消しておこうという気持ちが、リコの姿を見ているうちに強まった。
「わかった。」