さむ
風景描写弱者
病院が閉じ込める良いとも悪いともつかない独特な匂いが、自動ドアが開くのと同時に鼻腔を突いた。ここは県内でもかなり大きい病院の1つで、ロビーから全体を見上げると想像を上回る圧迫感があった。外壁の色が地層を縦にしたような模様を作っていて、長い年月を経て幾度も建て増しされたことが簡単に察せられた。それだけ巨大で古い病院ということもあり、死んだ患者の数も決して少なくはないだろうと脳を過ぎってしまうのは俺だけだろう。死ぬ前の人間はいい匂いがするらしい。今思えば、祖母の服が纏っていた優しい香りは彼女が近く死ぬことを仄めかして居たのかもしれない。病院の空気の持つ匂いは、それに酷似している。
彼女のいる病室の手前、扉を左に寄せ、2歩踏み出す。
「?」
そこにあるはずの彼女の姿は荷物ごと消えていて、つい先程まで人が上に乗っていたと分かる草臥れシワのついたシーツと食べかけの昼食だけが残っていた。扉が閉まった音がした。理解できない。昨日に引き続いて、一体何がどうなっているのか。
晩冬の吹く凍った風が、セピア色のカーテンを何度も、何度も押し引きしていた。
さむい




