幕間〜最速の注目〜
某日の某所。
そこではVRMMO『NOVA』の運営陣がゲームの状況を日々管理していた。
「しぇんぱ〜い、ひょっといいですか〜?」
この中で若手な男(通称食いしん坊)がチョコバーを咥えながらモニターを眺めながら言う。
「ん、どうしたんだ? ってか喰いながら喋るな!」
そんな彼に呼ばれて、一人の男性(通称リーダー)が反応する。
運営陣の代表である彼にとって、学生時代からの腐れ縁であるこの癖の強い後輩にはよく悩まされている。
「んく、『ロキ』のクエストが二つともクリアされました〜」
チョコバーの残りを食べ終えた食いしん坊はリーダーにへらっと報告する。
「「「「「え?」」」」」
その言葉に、リーダー以外の運営陣のメンバーも反応する。
「嘘だろ」
「二つともクリアってことは、ロカセナを出したんだろ!」
「あのロカセナを倒せたの?」
「はい、ボロボロになりながらも倒した人がいますね〜」
食いしん坊はモニター傍のカップを手に取り、中のコーヒーを煽る。淹れてから大分時間が経ち冷めていたので顔を顰めながら飲み干し、おかわりを取りに行く。
「誰、誰が倒したの?」
「今回はファスタの町近くの森林エリアだったよな! それならゴブリン達のレベルは最低クラスだけど...」
「でも、ロカセナのレベルは一律よ。倒せそうなのは戦士職だから...破断のガイ、戦乙女のジャンヌ=ダルク、剣王のアーサー、女傑の静香、狙撃手のゆーすけとかよね」
「ああ、けどゆーすけは多分違う。ロカセナの倒し方とアイツの戦闘スタイルは合わないからな。他に可能性があるのだと殺し屋のマーキュリーに、それに魔法職でも怪童のダニエルとかも候補だ」
「誰だ、結局誰なんだ!」
「全員違いますね〜」
「「「「「ええっ!?」」」」」
寝不足からくるハイテンションのまま、運営陣は自分達が把握する実力派プレイヤーの名前を列挙する。
それを食いしん坊が否定しながらコーヒーメーカーからコーヒーを淹れる。
「んじゃ、誰なんすか?」
プレイヤーの情報に精通していることを自負する女性(通称オタク女史)が尋ねる。メガネとヘアバンドの位置を直し、食いしん坊が操作するモニターを見る。
「この人ですね〜」
食いしん坊が過去の映像データを出すと運営陣全員が凝視する。
そして一言。
「「「「「だれ?」」」」」
そこに映るのは、瓶底眼鏡が特徴的な男性プレイヤーだった。
周囲の面々の視線を浴び、オタク女史は慌てて調べる。
「ありました。名前はウォーカーで、昨日始めたばかりの初心者さんっす」
「嘘だろ! レベルは?」
「えっと、このクエスト中で10超えた所っすね」
「おいおい、ありえないだろ! 職業は? ファイターか?」
「いえ、『遊び人』っす」
「「「「「はぁっ!?」」」」」
またしても声を揃える運営陣(食いしん坊一人を除き)。
「何でだよ! 最弱と言っても否定出来ないロール職じゃねーか!」
「装備品だってありきたりな初心者が買えるレベルだぞ!」
騒ぎ立てる面々。もしプログラムに何かしらのエラーが起きての結果だとしたら責任問題に成りかねないからだ。
「あれ、なんかおかしくないっすか?」
そんな騒ぎ立てる面々を他所に、オタク女史が画面を凝視する。
「何、何がおかしいの?」
比較的年配の女性(通称女将)がそれに続く。
「これっすよ、これ!」
オタク女史が再度動画を流す。
そこはウォーカーがゴブリンの群れ、そしてボブゴブリンと戦っている所である。
「武器を替えてるな。『ウェポン・チェンジ』を使ってるんだろ」
割と体格のいい男性(通称コンパ)も画面を見るがオタク女史の言葉の意味が分からなかった。
「あ、これ!」
「気づいたっすか!」
そんな中で一人、キチッとした服装の男性(通称ネゴ)が反応する。
「どうした?」
「このウォーカーの攻撃の威力おかしいんですよ!」
「ん....あ!」
「ほんとね」
オタク女史の疑問点を理解する他の面々。
「多分、スキルが色々あるんでしょうね〜」
「いや、確かに『遊び人』は色んな職業のスキルを獲得出来るからその分ステータスの補正はかかりやすい。だが、それだとゲームバランスが崩れるからとスキル獲得に必要な経験値全般が従来のものより多く必要になってるんだぞ。二日目でここまで手に入れられる訳ないだろ!」
食いしん坊の言葉にリーダーは反論する。
だが、食いしん坊の次の言葉に全員が唖然する。
「でもこの人、昨日の段階で『乾坤一擲の勝負師』を手に入れてましたよ」
・・・・・・
「「「「「ハアアアッ!!!??」」」」」
「うるさっ」
打ち合わせしたのかと言いたくなるほどにピッタリに声を揃える運営陣。耳を塞ぐ食いしん坊。
「あの、遊び人が不遇過ぎるからと文句が出た時の対策に用意しておいた激レア称号を初日で手に入れただと!」
「はい。手に入れた時の戦闘がこれですね」
食いしん坊がモニターに動画を流す。
「嘘、初期装備でボアと一対一..」
「それもレベル1で最弱の遊び人が...」
「ボアって、初心者用のモンスターの中では結構強いやつじゃ..」
「うん、ステータス換算して多分2倍くらいの差があるはず」
「自分の倍強い奴を倒したのかよ...」
空いた口が塞がらない運営陣。
「しはもこの人、偶然にも称号の獲得に必要な条件を満はしちゃってはんですよね〜」
食いしん坊がドーナツを口に咥えながらキーボードを操作し、それをモニターに表示する。
①単独での戦闘。
②敵のステータスが自分のステータスの二倍以上ある。
③その敵との戦闘でHPが1割以下となっている時に敵を倒す。
④職業が『遊び人』である。
見事に一致した条件に閉口出来ない面々。
「嘘ぉ」
「現実ですね〜。これのおかげで経験値の補正がかかったからスキルが一杯手に入ったんでしょうね〜」
「そしてそのスキルでステータスを補正..」
「いや、それだけじゃない」
「ロカセナのカラクリを初見で見抜きやがった...」
「どんだけ頭働かしてるんだコイツ」
「脳味噌フル回転っすね」
モニターを眺めていくと、ロカセナがウォーカーに倒され、そしてウォーカーがロキからアイテムを貰った所で動画が終了する。
「あの〜、あの『コーバスコラックス』ってどんな装備品なんすか?」
「......性能は全ステータスがそこそこ増加するそれなりに強力な服だ。でも問題はそこじゃない」
恐る恐る聞くオタク女史にリーダーは俯きがちに言う。
「え?」
「確か、あの装備って『ステータス補正効果を増幅』って効果もありましたよね〜?」
「「「「え?」」」」
「うん、あった」
「「「「ええっ!!」」」」
「うるさっ」
叫ぶ運営。また耳を塞ぐ食いしん坊。
分かりやすいほどに落ち込むリーダー。
色んなスキルを獲得出来る『遊び人』
そのスキルの獲得と成長を手助けする『乾坤一擲の勝負師』
そして得た色んなスキルにある『ステータス補正効果』
その効果を更に増幅する『コーバスコラックス』
「下手すりゃあチートですね〜」
「言わなくても分かってるよ!」
ヘラヘラしている食いしん坊に声を荒げるリーダー。
「だったら、今すぐ装備品の効果をデチューンして...」
「馬鹿っ! あれはたった一つしかないユニーク装備だぞ、そんなピンポイントで邪魔する真似したら悪評買って叩かれるぞ!」
慌てて対策意見を述べるネゴだが、リーダーは却下する。
「で、でも、あの『乾坤一擲の勝負師』って自分が強くなったら経験値の補正って出にくくなるんじゃ...」
女将の言葉に周りが安堵しようとするが、食いしん坊が無情に切り捨てる。
「その手の条件って、基礎ステータスを基準にするって不文律設定を組み込みましたよね〜」
「そ、そう言えば...」
ウォーカーも持つ『大物喰らい』などの一部スキルや称号の発動条件が「ステータスの差」とされているものは開発の段階で悩まされた。
なにせ装備変更やスキルの補正効果による数値変動に対して発動条件を合わせるのは管理側にとっても手間だし、サーバー負担も大きかったからだ。
そこで、装備やスキル、称号などによる増加・補正が一切かかっていない「基礎ステータス」を基準にしようと開発段階で決めてしまっていた。勿論、プレイヤーには気づかせないよう不文律として。
「つまり、称号の効果による経験値補正はほぼ常に働くと?」
「最弱とされる『遊び人』のステなら働きますね〜」
「どうするのよ!」
「いや、ステータスの条件を設定し直し...は負担がヤバすぎるし、それはそれで反感買うよな....」
「確実に文句出るっすよね。だからといって『乾坤一擲の勝負師』だけを対象にしたら明らかに個人への嫌がらせだって騒がれますね」
代案を出そうとするコンパだが、それもまた食いしん坊が挙げた理由で無理となった。
現状、手が出せない運営陣は思案を巡らすも彼らにとっての良案は思い浮かばない。
「ま、なるようにしかならないですよね〜」
ただ一人、食いしん坊だけは呑気なことを言っているのだった。
「はあぁ、そうだな。とりあえずは様子見で行くぞ。ただし、ウォーカーの動向はチェックしとけ」
「了解でーす!」
かくして、運営陣が注目するプレイヤーが一人追加した。
尤も、当の本人は何も知らないのだが。
『補足』
①リーダー
運営陣の代表。癖の強すぎる部下達(特に食いしん坊)に振り回される苦労人。
②食いしん坊
暇があれば何かを食べている。リーダーとは学生時代からの後輩。
③オタク女史
自他共に認める二次元オタク。食いしん坊とは同期。
④女将
リーダーと同期。リーダーからも頼りにされている。既婚者で子持ち。
⑤コンパ
宴会部長。通称の由来はまんま『飲み会』から。
⑥ネゴ
仲介・交渉も担当。通称の由来は『交渉人』から。