イベント開始直前です。
日曜日。
僕は明日の朝一から使う大事な資料の内容を確認した末に鞄にしまいます。
まだ夕方ですが、これから予定があるので早めに済ませました。
「よし、いきましょう」
僕はヘッドギアを装着しログインします。
僕はファスタの町にいます。
別に何処にいてもイベントには参加出来るとのことでしたが、下手にモンスターと戦闘になってしまうと厄介ですのでセーフティエリアである町でイベント開始を待ちます。
実際、同様の考えに至っていると思しきプレイヤーの方々が大勢町の中にいます。
「よお、ウォーカー」
「ガイさん、こんにちは」
「いよいよだな」
「ええ、そうですね」
ガイさん、少し緊張しているようで心なしか強張った様子ですね。
「先パーイッ!」
「ああ、悟空君、ルナさんも」
「こんにちはウォーカー先輩」
ガイさんの次に悟空君とルナさんが来ました。
確か、悟空君は参加するけどルナさんは単独戦は苦手だからとイベントに参加しないとか。
「ウォーカー、この二人は?」
「後輩の悟空君とルナさんです。ああ、職場の後輩です」
「そういうことか。えっと、はじめまして。俺はガイって言います」
ガイさん、職場の後輩と聞いて歳上と分かったから言葉遣いに気をつけていますね。
「いや口調とか気にしなくていいよ」
「わたしも気にしませんからお構いなく」
「んじゃ、あらためてよろしくな」
おお、早速仲良くなりましたね。
悟空君、相変わらず人と仲良くなるのが得意ですね。
「ん、ガイ? ってまさか、『破断のガイ』?」
おや、何でしょう?
悟空君の言葉を聞いた周りのプレイヤーさん達も、こちらを、いえガイさんに注目してますね。
「ああ、そうだな。そう呼ばれてはいるな」
「すっげ、上位プレイヤーじゃん!」
「そう言うあんたも思い出したぜ。悟空とルナのコンビ。最近注目されてきている新鋭コンビってな」
「へへ、腕利きにそう認識されるのは嬉しいな」
おやおや、ガイさんはそんなに凄い方でしかた。
それに、悟空君とルナさんも中々の実力者のようですね。
「しかしガイさん」
「なんだ?」
「“破談"って、誰かにフラれたのですか?」
「そっちじゃねーよ!」
おっと、間違えてしまいました。
「ウォーカー、ガイガイ〜」
「ウォーカーさん、ガイさん」
「たまこちゃんさん、まるたちゃんさん。こんにちは」
今日はフレンドさん達と軒並み会いますね。
ん?
二人と一緒にいるこちらは....
「二人とも、一体どうし..」
「ほら、この人だよ。前に助けてくれた人」
「ウォーカーさんって言います」
二人は連れて来たそちらの女騎士さんに僕を紹介しました。
ならば、僕も自己紹介をしましょう。
「まず改めまして、ウォーカーと言います。初めてお会いした際はご親切にしていただきありがとうございました」
この女騎士さんには初めてゲームを開始した時に初心者向けのエリアを教えてもらい、その後二人と一緒にゴブリン達から逃げていました。
まあ尤も、彼女一人だったら逃げ延びれた可能性もあったかもしれませんが。
以前にも装着していた青みがかった銀色の鎧。所々に何かの羽の飾り彫りが施されていて、光の反射具合で金色に見えます。
腰には剣もありますし、おそらく戦士職の方でしょう。
「ああ、初めて会った時はこちらも名乗っていなかったな。私の名前はジャンヌ=ダルク。あの時は助けていただき感謝する」
女騎士さん改め、ジャンヌ=ダルクさんはそう名乗ると周りの方々は更にざわつきました。
「嘘、『戦乙女のジャンヌ=ダルク』!」
おっと、ルナさんはご存知のようで。
周りの反応から見て、おそらくガイさんと同じく上位プレイヤーのようですね。
「だが、助けてもらったことと今回のイベントは別だ。対峙する時は全力で臨ませてもらう」
「ええ、それは当然のこと。僕も頑張らせていただきます」
中々に勇ましい方のご様子。
しかし、格好いい鎧ですね。
「な、なによ..」
「失礼。その鎧、格好いいなと」
「そ、そう。貴方のその服も興味深いわね」
「ありがとうございます。僕もこの服格好いいから気に入ってまして」
「そう....」
おや、僕の服が気になるご様子。ジャンヌさんも格好いいと思ってくれているのですね。
「それじゃ、私はこれで失礼する」
そう言って足早に去るジャンヌさん。
「行ってしまいましたね..」
「きっとウォーカー先パイを警戒してるんですよ!」
「悟空君、それはあり得ないと思いますよ」
ジャンヌさんは名前の知られた一流プレイヤーで、僕はまだまだ駆け出しのプレイヤー。
雲泥の差がありますからね。
「あながち間違いじゃないな」
「ガイさん?」
何を言っているのでしょう?
「ウォーカー、お前のその服がユニークシリーズだってのはジャンヌも勘づいているだろうからな」
「そうなんですか?」
「ああ、ジャンヌの装備品もどうやらユニークシリーズらしいからな」
「おお」
それは興味深い...
そんなことを考えていたら、声が何処からともなく聞こえてきました。
スピーカーを介して周りに響くような音質でした。
【これより、バトルイベントを開始します】
聞こえてくる声も機械仕掛けの抑揚のないものですね。
周りの皆さんもポカンとしていますし。
ですが、何処かで聞いた気がしますね。
【ん〜、あ、ウォーカー発見!】
「え?」
突然、抑揚の無かった声から無邪気なものに変わり、それが僕の名前を呼びました。
そして目の前に突然、彼が現れたのです。
『やっほー、ウォーカー!』
「おお、ロキさん」
思ったよりも早い再会でした。
『ウォーカーもこの大会に参加?』
「ええ、ものは試しにですが」
『そっか〜、あ、それ着てくれたんだ!』
「はい。この服格好いいですし、性能もいいので助かっています」
『あはは、そう言ってもらえると嬉しいな〜。じゃ、がんばってね〜』
そう言ってロキさんはまた消えてしまいました。
残念、もう少しおしゃべりをと思いましたのに。
「ウォ、ウォーカー...」
ん? ガイさん、何やら大変そうなお顔。
よく見ると、たまこちゃんさんもまるたちゃんさんも何から呆れたご様子。
他の方々も僕を...
あ、服のこと!
「やっぱあれはユニークシリーズか..」
「マジかよ。破断のガイとも親しげだし、ただ者じゃなさそうだな」
「あいつと当たったら真っ先に狙った方がいいな」
あらあら、皆さん勝手に僕のことを過大評価して警戒していますね。
「まあ、バレてしまった以上仕方ありませんね」
「そ、そっか....じゃ、ウォーカー気をつけろよ」
そんな風に僕が開き直っていたら、空中に何かが出てきました。
あれは...人?
プレイヤー...ではないようですね。
足下が透けてますけど、幽霊...でもなさそうですし。
NPC?
『諸君、よくぞ参った! 我が名はミネルヴァ! この闘いの儀は我が興したもの。戦う者達よ、己が力を我に示せ!』
「「「「「おおおおー!!!!!」」」」」
おお、皆さん盛り上がっていますね。
『イベントについて説明する。心して聞け!』
そう言ってミネルヴァさんはイベントの説明を始めました。
少々仰々しい語り口ですが、纏めると以下の通りでした。
①バトルイベントは集団で行う予選と一対一の本戦に分かれる(対戦は時間制限式)。
②予選では一定人数毎のプレイヤーグループが設けられ、専用のフィールドにてバトルロイヤル形式で戦い合う。
③予選は数回繰り返して行われ、最終的にそれで勝ち抜いたプレイヤーがトーナメント形式の本戦に出場出来る。
④勝敗判定は以下の二点。
・HPがゼロになれば敗退。
・時間内にHPがゼロにならなかった場合は残りのHPの比率の多い方が勝利。
⑤回復アイテムは対戦毎の開始前に支給されるポーション類のみ使用可能(対戦後に残った物は自動で消滅)。その他のアイテムは持ち込み可能。
⑥敵を倒した数、勝ち残った数、本戦での順位など、各成績に応じてプレイヤー全員には景品が贈与。『豪華なアイテムが欲しいのならば、勝て(ミネルヴァさんの言葉を訳すと)』
これがこのバトルイベントの概要です。
勝利判定の条件である残存HP比率はレベルがまだ高くない僕にとっては立ち回り次第では勝てる可能性があるので少し嬉しい話です。
尤も、レベルが低ければステータスは低く、その分打たれ弱くなる訳ですからそうそうHP比率で勝てるという訳でもありませんが。
しかし、予選前に注目されるというのは...
「あの、ウォーカーさん」
「ん、まるたちゃんさん...」
彼女の手にあるのは...ああ
「ありがとうございます。でも、本当にすいません、急な依頼をしてしまって」
「いえ、お役に立てたのなら....」
僕はまるたちゃんさんからそれを受け取ります。おや、お顔が赤いですね。
まさか、風邪!?
いえ、ゲーム内で風邪はないですよね。
「お代は後でいいから、頑張ってねウォーカー」
「分かりました。ご協力ありがとうございます」
まるたちゃんさんはたまこちゃんさんが連れて行かれました。
他にも同じ方向へ移動しているプレイヤーの方がいますね。あ、ルナさんも悟空君に何か言ったら歩き出しました。あちらは確か町の広場ですね。
おっと、何やらモニターと思しきものが空中に投影されています。
どうやら非参加のプレイヤーが観戦出来るようにと広場で中継しているご様子。
『闘いの儀に出る者達よ、いくぞ!』
そんな風に思考の方向を変えていたら、ミネルヴァさんの声が聞こえました。
そういえば、ロキさんもミネルヴァさんも神話の神様の名前を冠しているのですね。
でも、お二人が語られる神話って違いますよね?
確かロキさんは北欧で、ミネルヴァさんはローマのはず...
なんて考えている内に、気づけば僕はファスタの町から別の場所に立っていました。
さあ、イベントの始まりです!




