実食・・・けど残念です。その後は何故か怒られました。
僕は今、イノシシ肉を包丁でミンチにしています。
当然と言えば当然ですが、あの肉塊をそのまま焼いたり煮たりというわけではありませんでした。
まあ、漫画やアニメであるような“骨つき肉"ならば食べてみたいですが。
ちなみに、ここはまるたちゃんさんとたまこちゃんさんのアトリエの奥にあるキッチンで、隣ではまるたちゃんさんがウリ坊の肉を薄切りにしてくれています。
しかし、然程叩き切りしている訳ではないのに、目の前のまな板にはもう立派なミンチ肉が出来ていきますね。これもゲーム仕様なのでしょうね。
よく見るとアイテム名が『ボア肉のミンチ』に変わっています。
これも素材アイテムということでしょうか。
よく見るとまるたちゃんさんの方も作業が終わっています。
僕も急がないと。
そうして更に少し包丁を振るっていくと、僕の前にはミンチ肉が出来上がりました。
とは言っても僕が出来るのは精々ここまでとのことでした。
スキルを持っていない段階での料理となると、これから先の調理は失敗に終わってしまうということだからです(この作業もギリギリな所で大丈夫ということだったのでやらせてもらいました)。
だから僕はスキルがなくても弟子入り時なら作れる簡単な料理の一つであるサラダの準備をします。
ちなみに、簡単な料理という扱いとしてはおにぎりやサンドイッチも該当するらしいです。
僕がサラダの盛り付けをしている時でした。
“ジュワァ〜"
食欲を唆る調理の音が聞こえ、そして香りが鼻を刺激してきました。
出所の方へと視線を向けると、先程ミンチにしたイノシシ肉は楕円形となってフライパンの上で焼かれています。
ああ、ゲームの中だというのを忘れてしまいそうです。
「ウォーカーさん、メガネが...」
ん、まるたちゃんさんの声が....さっきまで隣にいたのに何処でしょうか?
おや、眼鏡が曇っていましたか。
ついついフライパンへ近づき過ぎてしまったせいですね。
眼鏡拭き...はないので行儀は悪いですが調理のためにとお借りしていたエプロンで拭かせていただきます。
僕は眼鏡を外してレンズの曇りを拭います。
「っ!?!」
?????
どうしたのでしょう?
声にならないとは正にこのことといった音が聴こえました。
微かに漏れ出た声とすぐ隣から聴こえたことからして、間違いなくまるたちゃんさんでしょう。
「まるたちゃんさん、どうしましたか?」
「い、いえ、あの....」
ううむ、言葉に詰まっていますしどうしたのでしょう?
とりあえず眼鏡を掛けて確認しないと。
・・・・・
何かある訳でもない。
本当にどうしたのでしょう?
「まるたちゃんさん、何かありましたか?」
「あ、え、えっと...実はフライパンの油が手に跳ねてびっくりしちゃって」
「お怪我は、火傷はしてませんか?」
僕はフライパンを持っていた方の手を取り確認します。
火傷の痕が残ったら大変です。
「ウォ、ウォーカーさん! 大丈夫です。ゲームですから! ここ!」
「あ、そうでしたね。これは失礼しました」
いけないいけない、料理の存在でここがゲームだと本当に忘れていたようですね。
不覚です。
「しかし、顔が赤いようですが..」
「大丈夫です! フライパンの熱気が思ったより強かったので」
ああ、熱気に晒されたのですか。
おっと、サラダを作る手が止まってしまいましたね。続き続き。
不恰好ながらサラダを作り終えると僕は『料理』のスキルを獲得しました。
あとは練習して自分で美味しい物を作っていくだけですね。
とりあえず、先に終わった僕はサラダをテーブルに置いてまるたちゃんさんを待ちます。
ちなみに、ガイさんやたまこちゃんさんにもご一緒してもらいました。
「お待たせしました〜」
大きめのトレイを抱えたまるたちゃんさんが来ました。
トレイには僕が手に入れたイノシシとウリ坊の肉を使った料理が乗っていました。
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『ボア肉のハンバーグ』
[解説]
料理アイテム。
ミンチにしたボアの肉で作ったハンバーグ。野生味のあるボアの肉がミンチになったことで柔らかくも食べ応え充分な一品になりました。
ソースに加えられたハーブが臭みを消すと同時に消化・吸収を助けてくれます。
[効果]
HP持続回復(微)(10分間)
[製作者]
まるたちゃん(P)
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『ウリボアの生姜焼き』
[解説]
料理アイテム。
成体と比べて柔らかいウリボアの肉で作った生姜焼き。タレに含まれる生姜により肉の臭みは消えると同時に食べると身体が温まる良心的な一品になりました。
[効果]
HP回復(小)
氷属性耐性(微)(3回)
[製作者]
まるたちゃん(P)
■■■■■■■■■■
おお、[効果]が表示されていますね。
そういえば、ポーションとかを買った時にも効果が読めるようになっていましたね。
「ありがとうございます、まるたちゃんさん」
「い、いえ! 気にしないでください...」
おや、トレイで顔を隠されてどうしたのでしょう?
まさか...油が跳ねて顔に火傷を?
「ほら、まるちゃん、食べよう!」
「う、うん」
たまこちゃんさんに手を引かれて席に着くまるたちゃんさん。
顔に火傷はないですね。
何故か、こちらを見てくれませんが...
とにかく、いただきましょう。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
さて、まずは生姜焼きから....
僕は箸でお肉を取り、食べます。
「美味しい! やっぱ料理はまるちゃんのが上手いね」
「そ、そんなことないよたまちゃん..」
「久々に食ったが美味いな。やっぱ俺も『料理』のスキル取った方がいいかな?」
「でも、料理アイテムって戦闘時は使えないし、一定数食べるとその後はインターバル空けないと食べられないのよね〜」
「まあ、それがないと回復アイテムの意味がないしな」
・・・・・
皆さんが談話している中、僕は箸を止めずに食べます。
・・・・・・
「ん、ウォーカー、どうした?」
「えっと、お口に合いませんでしたか?」
「あ、いえ、美味しいのは確かなんですが...」
そう、このお料理は確かに美味しいのです。
けど.....
僕はハンバーグも食べます。
うん、生姜焼きは柔らかいお肉に生姜タレの風味が絶品なのに対し、こちらのハンバーグはミンチにしても感じられる歯応えが野生味ある風味が活きています。
美味しいのです。
でも....
・・・・・・・
『満たされない』
そうです。この世界はあくまでゲーム。
香りや音、見た目のおかげでそれを忘れそうになりましたが、やっぱり現実ではないのです。
食べた際の舌から感じる味。
歯を通して伝わる食感。
鼻腔を通り抜ける香り。
ですが、飲み込む瞬間に『消えて』しまうのです。
お腹の中に入り、お腹を満たしてくれる『満足感』が得られません。
うう...残念です。
「ちょっと、本当に大丈夫なの?」
「おい、何か滅茶苦茶落ち込んでないかウォーカー!」
「ウォーカーさん!」
表情に出てしまいましたか。
でも僕は残しません。
折角ご厚意で作っていただいた料理を残すなんてありえませんから。
ですので、僕はしっかり完食し、箸を置くのです。
「ごちそうさまでした」
「あ、はい。あの、本当に大丈夫ですか?」
「ええ、これはゲーム故の問題ですので」
「???」
おや、お分かりにならないようです。
いや、慣れてしまった故ですかね。
僕は落ち込んでしまった理由を話すと三人は納得してくれました。
三人はゲームだと分かっているが故に割り切れていたとのことでした。
ううむ、凄いですね。でも、勿体無い気もしますね。
あ、お礼をまだ言ってません。
「こほん、まるたちゃんさん、本日は美味しいお料理をありがとうございました」
「は、はい!」
ふう、『料理』のスキルは手に入れましたし、回復手段にはなるようですから暇な時に練習するとしましょうか。
食事を終えた僕達は、まるたちゃんさんお手製の『ミントティー』をいただきました。
こちらも喉を通ろうとする途端に消える感覚がして、やはりがっかりです。
まあ、食べるよりはまだ気にせずにいられますね。
「そういえばウォーカー、お前は例のイベントは知ってるか?」
そう言って切り出されたガイさんの話に僕は昼休みの猿渡君の話を思い出します。
「バトルイベントのことですか? それならさ..」
おっと、人の実名を出してしまうのはマナー違反でしたよね。猿渡君もこのゲームをやっているのですし。
「ん、どうした?」
「いえ、そのバトルイベントなら職場の後輩から聞きましたので存じていますよ」
「・・・・・」
おや、ガイさんどうしたんでしょうか?
「えっと、ウォーカー、あまりリアルのことを探るのはマナー違反だし答えたくなかったら言わなくていいからな」
「ん?」
「ウォーカーって....社会人?」
「ええ、そうですね。大学を卒業してから今の職場にはお世話になっています」
「・・・・・」
おやおや、ガイさんまた黙られていますが本当にどうしたのでしょう?
「す、すいません。えっと、ウォーカー、さん」
?????
何かありましたか?
「あ、俺、えと、自分は大学生で、その」
・・・ああ、今までの接し方を気にされているのですね。
ガイさんは真面目でいい人ですね。
でも、
「ここでは僕は新米プレイヤーのウォーカーで、貴方は先輩プレイヤーのガイさんです。そして、僕のお友達なんですから、寂しくなることは嫌ですよ」
「・・・あ、ああ、そうか。悪いなウォーカー」
「いえいえ」
「ガイガイ、話はいいの?」
「ああ、そうだな。で、ウォーカーは出るのか?」
「そうですね...少し興味はありますね。ですが..」
「ん、何かあるのか?」
「武器がないんですよ。この前の戦闘で買った物がほとんど壊れてしまったので」
「んじゃ、あたしが用意してあげようか? お安くしますよ旦那」
「それはありがたいですね」
「ちなみに、予算と残っている武器は何がある? それに合わせて追加を用意してあげるから」
予算ですか。メニューを開いて、えっと....
あれ? 結構ありますね?
何で....ああ、影法師を倒した時の報酬かな?
武器の方は...
「えっと、『ゴブリンのナイフ』が3本と『ゴブリンの棍棒』が5本、『レザーナックル』が1つ、『ホブゴブリンのタルワール』も1本ですね。ちなみに壊れたのは『青銅の剣』と『黒曜石の槍』です」
「え? じゃあ、防具は?」
「この服はゴブリン達を倒したりして事が終わってから手に入れた物ですから、あの時は『ライトバックラー』1つだけですね」
「盾だけ....服とかは?」
「初期装備のですね。ああ、そういえばあの『ライトバックラー』はたまこちゃんさんが作っ「アホーーーッ!!!」
あれれ?
何ででしょう?
怒られてしまいました。




