最初の日3
真紀のマンションについた。
ロビーの装置に、部屋番号を入力する。
真紀の部屋と通話がつながる。
「はい。加奈だよね?」
「うん」
「ありがとね。入って」
音もなく自動扉が開き、マンションのエレベータに通される。
家につくと、真紀が扉の前で待っていてくれた。
「きてくれてありがとう。いきなりごめんね」
「いいよ、暇だったし」
「この夏遊ぶ予定だった彼氏とも別れちゃったもんね」
「そういうこと」
どうぞ、と言われて玄関に入る。
生活感のないリビングを抜けて、真紀の部屋に案内される。
「うち、お父さんが単身赴任で、お母さんも出張多いから一人なこと多いんだよね」
「へえ。寂しくないの?」
「うーん。いたらいたでめんどくさい。中学くらいからは居ない方が気が楽かも。あ、ちょっと待ってて。麦茶持ってくるね」
改めて真紀の部屋を見渡す。服、参考書、赤本、ファッション誌、化粧台。ああ、この子の部屋はこんな感じだろうなと思った。この子は、なりたい自分になるために、やれることをやる人間なのだ。しかも実現能力が高い。芯が通ってて、強いのだ。
「お待たせ、これ麦茶。喉乾いたら勝手についでね。加奈、私がつぐとかそういうの嫌でしょ」
「ありがと」
「でね、葉山君とのこと聞いていい?まず私のことより、加奈がどんな感じだったのかを知りたいの」
「どんなって言っても、そんな大したことじゃないよ。普通にデートしてて、最後の方で手を握られて、無理ってなっただけ。葉山君には悪いけど、なんかすごい気持ち悪く思えちゃったんだよね。理由は私も分からないけど、『あ、これ無理だな』って一瞬で分かるくらい」
「手、握られたんだ」
柔和な真紀の空気が、一瞬だけぴりついた。
「じゃあ手を握られるのって普段からだめなの?」
「そんなことないよ。普段の生活の中だったら別にって感じ」
「それって、嫌らしい目で見られながら触られるのが無理だったってこと?」
突っ込んだことを聞いてくるなあ。
「わかんない。どうなんだろ」
うーんとうなりながら、真紀が何かを考えている。
「じゃあ加奈は、もう二度と葉山君と触れたりしたくないなって思っちゃったの?」
「そうだね。ちょっときつい」
「なるほどねえ」
私の状況を解析しているようだった。解析してどうするつもりなんだろう。
「じゃあさ、私と手を触れてみない?」
「いいよ」
そう言って、手を前に出す。真紀が手をそっと重ねる。
細い指だった。
「どう?嫌じゃない?」
「大丈夫だよ」
「ほんと?無理してない?」
「大丈夫だって。女の子同士だし、葉山君のときとは全然違うよ」
「そっか」
そのときの真紀のほころぶ笑顔が、私の脳裏にずっと残っている。