動物園3
ベンチに座って、されるがままの真紀のヒールを脱がせた。
こんなところで裸足になるのは嫌だろうけど、有無を言わさず脱がせた。
血が出ているところに、簡単な止血としてハンカチをまく。
そんなことをしている間、真紀はずっと顔を伏せていた。
少しずつ、しゃくりあげるような声が聞こえ始める。
最初は聞こえるか聞こえないか程度の小さい声だったけど、本人でも制御できないように大きくなっていく。
ごめんね。顔を伏せたまま、真紀はそう繰り返して泣き始めた。
「ごめん。大丈夫だから、ちょっと糸が切れちゃっただけだから。ごめん。ほんとにごめん」
こんなところをクラスメイトに見られたら終わるなあ。
顔を伏せながらしゃくりあげる真紀を見ながら、そんなことを考えていた。
「大丈夫だよ。一時間くらいなら待てるから。おとなしく泣いといて。中途半端に空元気出されても困るから、ちゃんと泣きつくしてね」
「うん」
そういって真紀の背中をなでる。
つめたい風が吹く。物珍しそうな顔をしながら、子どもがこちらを見ている。
「…加奈。ソシャゲとかやってて」
泣きながら、真紀がそうひねり出した。
私が真紀に気を使って、やることもなく途方にくれているのを嫌がったのだろう。
この言葉だけで、私がこれを理解できることまで把握している。
泣きながらでも気を使える加奈が、少しかわいそうだった。
「わかった。ソシャゲのイベント走ってる」
そういう訳で、私は熱中してる訳でもないゲームを始めた。
改めて、この展開を考える。
真紀は「糸が切れた」と言っていた。だから、今までは気を張っていたはずだ。
何に対して、なぜ。
大方、私を楽しませようと考えていたんだろう。
念入りに準備して、完璧にふるまって、トラブルとして起こった足の痛みを我慢して。
そして最後に、痛みをこらえているのが私にばれてしまった。
「楽しいデート」をしていたはずの私たちにとって、この露見はそれを根本から覆すものだった。私がひたすら接待されていただけなのが、白日のもとに晒されたのだから。
でも、それだけでこんな風になるだろうか。
もっとずっと真紀は気を張っていて、今回の失敗でその糸が切れたんじゃないだろうか。
その答えははなんとなく予想がついていて、それは考えても仕方のないことだった。
「真紀はさ、もうちょっと力を抜きなよ」
「うん」
「今度、世界で一番つまらなそうなことしようよ。寄生虫博物館とか行ってさ、そのあと二人でババ抜きとかしよ。それで私がどう思うか、試してみなよ。勘違いしてるみたいだけどさ、私は真紀が結構好きだよ。あの夏、私は本当に困ってたんだから」
「寄生虫博物館は普通に楽しそうだよ」
軽口が返ってくる。私は少し安心した。
化粧落としてくるね。私に顔を見せないまま、そういって真紀はトイレに向かった。
私は少し考える。
あの推理が正しいなら、真紀はいったいいつから準備を始めていたんだろう。
困ったなあ。困ったと思いたくはないのだけど、困っている。
私たちは、自分たちの関係の着地点を『今をやりすごすためのもの』と設定したはずだった。
「お待たせ」
真紀が返ってくる。目は赤いけど、化粧なんてあってもなくても顔がいい。
「加奈。この後さ、うちいこ」
「え、こんな怪我してるのに今日もやるの?」
「うん。加奈が死んじゃうかもって思うくらい、たくさんしたい」
そういって、真紀は屈託のない笑顔をみせた。