動物園2
「仲良しだね」
柵に体重を預け、二匹のキリンを見上げながら真紀が言った。
ふと考える。キリンというのは、孤独じゃないのだろうか。
「キリンってさ、ほかの動物と全然違うじゃん。視線とか、大きさとか。同じ景色を見られるのってお互いだけだから、他によりどころがなくて、だからずっとくっついてるんじゃないかな。私がキリンだったとして、飼育員さんのことを自分と同じような存在って思えないもん」
「そんなことないでしょ。私はキリンのことは知らないけど、それでも元々そういう種として生まれてるんだもん。生物としての規格が違ったら考えてることなんて分からないし、それが当たり前として生きてるんだよ。知ってる?この動物園、ベンガルトラが一匹で飼育されてるんじゃん。一匹だけで飼育されてるから、かわいそうだって苦情が結構くるんだって」
「うん」
「でも、ベンガルトラはもともと単独で生きる生き物だから、二匹で飼育するほうが逆にストレスになるらしいよ」
「真紀、よくそんなことまで知ってるね」
「動物園のホームページに書いてあったから」
生物の規格が違うと、考えてることなんて分からない。そういうものなんだろうか。そういうものなんだろう。
「それに、同じ種族だからって同じ景色が見えてるなんて限らないよ。私、校長と同じ種族だけど、あんなつまんない話ができる神経わかんないもん」
「ひっどい」
私たちが笑うと、キリンが少しだけこちらを見た。
真紀が、ゆっくりと深い呼吸をする。
「きっと、私の見てる動物園と加奈の見てる動物園も、同じじゃないんだろうね」
「いいじゃん別に。見てる世界が同じでも違くても」
「いいのかな。わかんないや」
そのとき、真紀の様子がおかしいことに気が付いた。
汗がにじんでいるし、不自然なまでに柵に体重を預けている。
みると、ヒールがあたる足首の裏に、血がにじんでいた。
「真紀、ちょっと待って。足、血が出てるよ」
「あ」
間の抜けた声を出す真紀に、思わず声が荒くなる。
「早く言ってよ。そんなのでずっと歩いてたの?ちょっと待ってねベンチ探すから」
「か、加奈。大丈夫だよ。気にしないで」
「大丈夫なわけないでしょ。血が出て、そこにヒールがくいこんで、痛くないわけないじゃない。履いたことないけど、そのくらい分かるよ」
どういうことなのか分からなかった。真紀は歩けないくらいに足を痛めてたのに、私に言えなかった。なんで?気を使っているから?そう思うと、抑えられない怒りが胸の奥のほうから湧いてきた。
それでも、今はベンチだ。少し離れた休憩所にベンチがあった。しどろもどろになっている真紀に肩を貸して、なんとかベンチに強制連行する。
私に体重を預ける真紀の体温に、体重を預けるのをためらう真紀の歩き方に、なんだか無性に腹が立った。