つまらないこと4
こういうときに、馬鹿になれたらよかったんだと思う。
真紀のことが好きだって、だから付き合おうって言えたら。
でも私の心はどこまでも冷静で、それを言ってしまったときに棄却される「普通の未来」と、「真紀との未来」を天秤にかけて値踏みしていた。
もっとゆっくり話を進めてくれたなら、私の心は真紀との未来を迷わずに選んだんだと思う。
でも真紀と話すようになってからまだ半年で、でも真紀のことが大切で、だから嘘をつけなかった。
恋愛感情を持っている人間の心の動きはとても早くて、私はそれについていけない。いつだってそうだ。
ずっと一緒にいたいのに、私は真紀といると楽しいのに。
真紀は私と会うためにおしゃれをして、私とうまくいかないことに気づいて泣いて、私の態度に傷ついている。
「加奈はなんで私のこと好きになったの?」
「んー。分かんないな。胸が大きいし、顔もかわいいしとかかな最初は」
「おっさんじゃん」
「そんなもんだよ。男の視線は嫌がるくせに、女の前で無防備すぎるんだよあんた。目の前で見せつけられるレズの身にもなれ」
「気づいてたんだ。そういうの嫌がってたの」
「そりゃねえ。中学からずっと真紀のこと見てたし。男子があんたを見てるの嫌だから、視線ブロックとかしてたんだよ」
「なにそれ」
自分は見てたくせに、男子が見るのは嫌なのか。その理不尽さに少し笑ってしまう。
「でもね、加奈のことちゃんと好きだったんだよ。この子、全部どうでもいいんだろうなって。人間関係もうまくやって、社会とうまく付き合って、私みたいなレズとは違って普通に幸せになって、そういう人生を順当にこなしていく子なんだろうなって。だからね、ちょっとこっちに引きずり込んで、めちゃくちゃにしたくなっちゃったんだ」
「それって好きなの?」
「欲しくなったってことだから、好きなんだよ。私は加奈が欲しかったんだ」
そっか。
「私も同じようなこと思ってたよ。真紀は、人生をうまくこなしていく子なんだろうなって。私が女の子社会のルールを学んでいるときに、真紀はもう全部完璧だったじゃん。こういう子が要領よく幸せになっていくんだろうなって思った」
「レズだからね。自分を隠して周りにあわせるのは生まれた時からずっとやってて、慣れてただけだよ。それにレズだから、要領よく幸せにもなれないよ。少なくとも、私が好きになった人にとって、幸せになるための最適解が私である可能性なんて1パーセントもない。そういう生き物なんだ」
生き物としての規格。
私たちはそれがほとんど同じで、それなのに致命的に違っている。
二人とも普通とは違うのに、でも私たちは同じじゃない。
「ねえ真紀。足湯のある駅、一緒に行こうよ」
「二人で一緒に行っていいの?見られるよ?」
「いいよ。一緒がいい」