つまらないこと3
「ごめんね、女で」
真紀の言葉から、初めて感じる棘だった。
私は動揺して、沈黙が流れる。
「加奈を困らせたい訳じゃないんだ。嫌な言い方しちゃってごめんね。いこっか」
鞄を手に取り外に出る準備を始める真紀を尻目に、私はまだ動き出せない。
「真紀はさ、なんで私に優しいの?」
「なんでだろうね。なんでだと思う?」
その答えを私の理性は知っていて、その答えを私の心は理解していなかった。
「真紀ってさ、レズじゃん」
「うん」
「もしレズじゃない女の子のことを好きになったとして、どうやってアプローチするの?」
「失恋したところにそれっぽく理由をつけて会って、体から落とすかな。女の子ってなんだかんだ女の体にそこまで抵抗感ない子多いし、よっぽど異性愛者よりの子じゃない限りなしくずしにやれると思う」
「そっか」
再び沈黙が流れる。冬なのに部屋は蒸し暑くて、私は視線を下におろした。
「大丈夫だよ。私はちゃんとわきまえてるから。大学行ったら東京行って、体の相性のいいレズを探すのだってほんと。私はちゃんとしたレズで、あんたは違うもん。でも、せっかくなんだからいい気持ちでいたいじゃん。高校出るまでの間くらいいいでしょ。気の迷いってことで、そのくらい一緒にいようよ」
『あんたは違うもん』その言葉に、なんだか訳の分からない悔しさが湧いてきて、私は唇を噛む。
「気の迷いなんて言わないでよ」
「言うよ。私がどれだけ加奈のこと好きでも、加奈は私のこと全然好きじゃないだもん。気の迷い以外でどうやって一緒にいるのよ」
「真紀と一緒にいるの、私は好きだよ」
「それ、私の好きとは違うんだよ。動物園でさ、私は加奈の写真をたくさん撮ったよ。動物とのツーショットって言って。でもさ、あんたのスマホに私の写真なんて一枚も入ってないでしょ?それが全部だよ」
真紀の言葉に、私の心がついていかない。だって、動物園は動物をみるところだ。そこまで考えて、私は自分の馬鹿さ加減に気が付く。『きっと、私の見てる動物園と加奈の見てる動物園も、同じじゃないんだろうね』、あのときの真紀の言葉を思い出す。
「ごめんね加奈、私たくさん嘘ついた。私は加奈と同じ景色なんて見ていない。わかったような顔して一緒にいたかっただけ。あんたは多分、誰のことも好きになれない人なんだと思う。私だって認めたくなかったけど、一緒にいればいるほど分かっちゃうんだ」
それは私への裏切りで、同時に擦り減った彼女の心を、嫌というほど私に見せつけた。
私が擦り減らしたんだ。
でも、私は真紀と一緒がよかった。泣きたいくらい、崩れ落ちそうなくらい、真紀と一緒に、真紀と同じ景色を見ていたかった。そう信じさせてほしかった。