つまらないこと2
真紀の部屋に入ると、机の上に赤本が開いてあった。
私たちは二人とも、大体どこでも行けるくらいには成績がいい。東大とか医学部とかは別だけど。
私は志望校の高望みをしていないので、このまま順当に固めていくつもりだ。
「勉強してたの?ごめんね」
「いいよ、飽きてきてたし」
そう言って大きく伸びをする。
「ね。どこいこっか。加奈から誘ってくれるの初めてだからうれしいな。つまんないこと、すっごく楽しみ」
「うーん一応考えてきたんだけど、寒い駅のホームでずっとしゃべってるのと、おもちゃ屋でおもちゃをずっと見てるの、どっちがいい?」
「それなら駅のホームかなあ。あ、この前テレビでみたんだけど、ホームに足湯がある駅があるんだよ?そこ行ってみない?」
「それいいね。楽しそう」
「楽しそうじゃダメじゃないの?」
「いいよ。二人で行けば、なにやっててもある程度楽しくなっちゃうもん」
そっか。そだね。真紀が小さく呟いた。
「どうする?乗り換え駅で待ち合わせる?加奈、高校の近くで私といるの嫌でしょ?」
「不倫旅行みたいだなあ」
色んな理由があって、私たちの関係はどこまでも後ろ暗い。
例えば私たちが男女で、付き合ったって公言したらこんなことはなかったんだろうな。
でも私たちは女同士で、私たちが付き合うことは普通じゃなくて、だから公言できない。
性的少数者への理解が進んでいるって言っても、学校という水槽でそれが浸透していると思えるほど、私たちは馬鹿じゃない。
普通じゃないということは難しい。なにをするにも説明しなきゃいけない。説明して分かってもらえるとも限らない。向こう側とこちらを隔てている硬い透明なガラスを、こちら側だけが認識している。
それは、私が真紀とこうなる前から感じていたものだった。恋愛に燃え上がる同級生を、私はずっと冷めた目で、馬鹿な酔っ払いくらいに思っていたのだ。それがずっと、寂しかった。
「私と真紀が男と女で、付き合ってたら一緒に駅にいけてたのかな」
それは、一番言ってはいけない言葉だった。
一緒にいて楽しい人の、大切な人の、一番もろい部分を私は的確にえぐったのだ。
今だったらそのことが分かるけど、このときの私は、彼女の見せた表情の意味が分からなかった。真紀の気持ちなんて、もう分かっていたはずなのに。