第9話 パレード
現在メランシェルの街中は大勢の人でごった返しており、大賑わいを見せている。
その理由はこの国の王子であるラマーがとある任務から帰還し、凱旋パレードを開催するからである。
そしてロベルトたちが所属している騎士団員の大半が、このパレードの警備に駆り出されることとなった。
要は王子のパレード部隊が道を通るから人どかして道開けろ。
あとついでにもし王子の命を狙う不届き者がいるなら捕まえろ、ということだ。
集会の後、ロベルトとアルト、ヴィンセントの男3人組はメランシェルの13番地区の規制を分団長から命令された。
メランシェルには整備された順から番号が振り分けられており、現在1番地区から最近整備された30番地区まである。
13番地区は隣国であるナギ国やヤクモ国へと向かうメランシェル駅があり、この街の中でも人の出入りが一番多い地区。
普段は列車や路面電車が走っているのだが、今日はパレードのため午前は運休で駅も封鎖されていた。
「それにしても……これだけ人が多いのは珍しいな。確か何年か前にもこんなに人がいた記憶があるんだが」
「5年前だね。前の陛下が崩御されて、オスカー陛下が座についた就任式の時だよ」
「そうだな。ただその時は俺たちは学生だったけど」
5年前に当時の国王であるオスカーの父、つまり先代国王が亡くなり、今のオスカーが王として就任した際にパレードが開かれた。
この時もこうして街にはたくさんの人で溢れかえっていた。
だがヴィンセントの言う通り、5年前は彼らはまだ騎士学校の生徒であり、当時彼らはまだパレードを見物する客としての立場だったのだが、今はこうして警備する側になったのである。
現在、ロベルトとアルト、ヴィンセントの3人はパレード部隊が通る道を確保するために大衆を沿道にどかしている。
前世ではオリンピックなどで選手団が凱旋した際にパレードをするのだが、その際警察官は一般人がパレードの軍団に入ってこないように壁を作る。
今まさに、ロベルトたちは大衆を通さない壁となっているのだ。
アイリやモニカ達女子組も、今頃は別のところでロベルトたちと同じように大衆の壁となっているだろう。
「そういえば、ブランシャールの奴、ゼロ部隊に入ったのか?」
「らしいな。俺も知ったのは昨日だが」
アルトの言う通り、エリックはゼロ部隊に在籍している。
本人はエリートだと言い張っているものの、実際のところエリートでもない彼がなぜゼロ部隊にいるのかは不明だが、何かしらのコネがあったのかもしれない。
だがゼロ部隊は殉職率も高いため、死ぬことへの恐怖心から近年は若い団員が入らないらしい。
部隊に入りたいと希望する者はせいぜい出世欲のある30過ぎの男の団員くらいだ。
「あいつ、本当にバカだよな。プライドのために命張るなんて。俺はとてもじゃないができないわ」
アルトの言うことはもっともなことである。
プライドとは誇りや自尊心を意味する言葉だ。
多くの人は自分の仕事や趣味、色んなものに誇りをもっているだろう。
だが、エリックの場合は自分はエリートで選ばれた人間だと勝手に思い込み、ゼロ部隊という自ら危険な部隊へと足を踏み入れた。
なぜ彼がそのような無謀なことをしたのかは分からないが、単にロベルトたちを格下だと見下したい気持ちで入ったのならば、相当愚かな行為だ。
エリックもいずれ気づくだろう。
自分の入った部隊が、いかに危険なところなのかを。
「おや、そこにいるのは……ロベルト君にアルト君、ヴィンセント君かね?」
「ん?……あっ!」
突如、彼らの名前を呼ぶ声が聞こえ、3人はその声の主のほうに顔を向ける。
人込みに紛れて前に出てきたのは、立派なあごひげを生やした優しそうな老人。
だがロベルトの反応からして、どうやら知り合いのようである。
「まさか、パトリック学長ですか!?」
「覚えていてくれたんだね。ロベルト君」
「お久しぶりっス!学長!」
「パトリック学長、お元気でしたか?」
「アルト君にヴィンセント君も、元気そうだね。私とて卒業した生徒がこうして元気な姿を見せてくれるのは嬉しい限りだよ」
パトリックと呼ばれた人物はあごひげをいじりながら、とても嬉しそうな顔をする。
パトリック・カリエール、ロベルトたちが卒業した騎士学校の学長……すなわち、校長先生である。
既に高齢で右手に杖を持っているが、パトリックは若い頃、騎士団の副団長を務めたこともある歴戦の兵だ。
ロベルトたちも騎士学校在籍時に一度、学長と手合わせしたことがあったのだが、歳をとってもやはり副団長を務めた身、初めて手合わせしたときは完敗だった。
今日は騎士学校がパレードで臨時休校のため、学長もパレードを見に来たのだろう。
「そういえば、君たちに伝えておきたいことがあってね。聞いてくれるかい?」
「ん?なんですか?」
「実はね、私は今年度を持って学長を退職することを決めたんだよ」
「「「えっ!?」」」
彼の口から飛び出した驚きの発言。
パトリックが学長になったのは約30年前で、未来の騎士を次々と輩出してきた。
長きにわたり学長を務めた彼がいなくなるということは、一つの時代が終わるようなものである。
「私ももう歳だからね。残りの余生は自分の好きなことにあてようかと思ってるんだよ」
「そうだったんですか……長い間、お疲れさまでした」
「最後に、こうして教え子たちが立派に仕事に努めている姿を見ると、長いこと学長をやってよかったって心から思えるよ」
「そう言ってもらえると、こちらも嬉しいです」
そういうパトリックの顔はとても笑顔にあふれている。
年長者ということもあって、長い間生きていた彼にとってはロベルトやアルトといった歳の人は自分の孫にも思えてくるのだろう。
今のパトリックの笑顔からは、後悔の文字など微塵に感じられない。
「ところで、引退したあとはどうするんですか?」
「実はね、ヤクモ国に私の娘と孫が暮らしていてね。引退後はそっちに暮らすことになってるんだよ」
「娘さんとお孫さんがいるんですか?」
「あまり親しい人以外には言っていないからね。それと、私の後任はディック先生に決まったから安心して引退できるよ」
「ディック先生というと……」
パトリックの言葉を聞いて、ロベルトはディックという人物を頭の中で思い出そうとする。
すぐにあの人か、と口にした辺り、思い出したそうだ。
ディックという先生はロベルトたちが在籍していた頃から騎士学校に勤めている人物で、学生時代はよく彼にお世話になったことがある。
人当たりもよく、授業内容も丁寧で分かりやすく、男女共に人気のある教師だ。
「確かにディック先生なら安心して任せられますね」
「そういうことじゃ。さて、若い物が頑張っているのをこれ以上邪魔してはいけないからね。これで失礼するよ」
「分かりました。では学長、お元気で」
そう言うとパトリックは人込みの中へと入り込んで、消えていった。
ロベルトたちも彼の姿が見えなくなるまで、パトリックの後姿を見続けた。
「それにしても学長、やめるとはな」
「あの人も歳なんだろ。孫に娘がいるって初耳だし……そうだ。もしあの人が引退したらヤクモ国に一度顔を見せに行ってもいいんじゃない?」
「そうだな」
今はアムレアン盗賊絡みの件で色々と忙しい身ではあるが、時間に余裕出来たら会いに行くのもいいだろう。
無論、その時は会いに行く前に連絡を入れるのと、菓子折りの一つでも持っていくのが礼儀というものだ。
「お兄様!」
いきなり近くから、ロベルトに向かって可愛らしい声が投げられた。
彼の記憶の中でお兄様と呼ぶ者は一人しかいない。
「リナリー!」
ロベルトは声のしたほうを顔を向けると、人込みの中のリナリーを視界に捉えた。
リナリー自身身長は小さい部類に入るので、大勢の人込みの中では彼女は埋もれてしまって見つけるのは困難だろう。
声だけで見つけられたのは運がいい。
「リナリーちゃん、久しぶりだな!」
「リナリーちゃん、元気にしてた?」
「はい!アルトさん、ヴィンセントさんもお久しぶりです!」
リナリーはアルトやヴィンセントともお茶会や交流会などで面識があり、この二人にはよく可愛がってもらっている。
「リナリー、親父と母さんは?」
「お父様とお母様は別の場所で見学をしていますわ。それよりお兄様、もうすぐ始まりますよ!」
「分かるのか?」
「はい!先ほど街の入り口からラマー王子が見えましたので!」
リナリーがそういった直後、メランシェルの入り口付近から大衆の歓声があがり、音楽が鳴り響き始めた。
「おっ!始まったな!」
音楽がここまで聞こえてくるおかげで、ロベルトたちの前にいる大衆も歓声を上げ始める。
ついに来たなと内心思い、ひっそりと静かに自らに喝を入れるロベルト。
王族が絡むイベントだけあって、横にいるアルトやヴィンセントも少しばかり表情から緊張が伝わるのが感じ取れた。
「そう言えば、城の前の広場で演説もあるんだよな」
「演説?なにそれ」
「お前、さっき団長の説明聞いてなかったのか?」
「いやー昨日、本を読むのに夢中で寝るのが遅くなってね。あの集会もほとんど頭の中寝てたわ」
「おいおい……」
本を読んで夜更かしをしていたアルトに呆れるロベルトであったが、実は今朝の集会時にハイドから一つ連絡事項があった。
今日のパレードはラマーがパレード用の車に乗って街の大通りを通り、城の前にある広場についたら車を降りて演説をするとのこと。
街の入り口からメランシェルの城までは徒歩で30分ほどかかるが、パレード部隊はゆっくりと進行するのでもっと時間がかかるだろう。
彼らはパレード部隊が来るまで、その場で立ち続けて大衆の中に不審者などがいないかを見張り続けながら警備していた。
そして……ついにその時は来た。
音楽隊が奏でる音楽、リズムよく奏でられる音の旋律がロベルトの鼓膜を揺らし、心地よい音楽が緊張感を和らげてくれる。
(ついに来たな)
まずパレード部隊の先頭にいるのはアルメスタ王国の音楽隊。
彼らは民間の団体で、企業や王家からの依頼であれば、手に持っている楽器を奏でて音楽を届ける。
持っている楽器もロベルトの前世でもあったトランペットやトロンボーン、中には異世界特有の楽器や木でできたよくわからない楽器まである。
次に来たのは……
「……あれか。ゼロ部隊」
ロベルトたち他の団員が来ている赤い制服とは違い、青を基調として所々に装飾が入っている制服を着た集団。
それがアルメスタ王国騎士団精鋭特殊部隊、ゼロ部隊でありロベルトを散々バカにしているエリックが在籍している部隊だ。
かつて騎士団にいた当時の団長、ゼロ団長が部隊を創設したのが名前の由来である。
「ロベルト、あれ」
「ん?」
アルトがゼロ部隊のある人物のほうに目を配る。
それは整列して並んでいる部隊の最後尾で唯一、顔を地面に向けて歩いている人物。
だがよく見ると顔がナスのように青くなり、肩が震えているのがよくわかる。
その人物をロベルトたちはよく知っていた。
「あれって、あいつじゃね?」
「あー……そうだな」
そう、ロベルトによく絡んでくるあのエリックである。
先ほどは散々デカい顔をしてロベルトたちを見下していたのにも関わらず、いざ仕事となったらこんな小心者になるとは、もはや滑稽をも通り越して呆れるほどだ。
この男の事は放っておくことにして、今日のメインであるゼロ部隊のすぐ後ろ……パレード用に作られた天井がない豪華な車には、本日のパレードの主役となる人物が現れた。
金髪の整った顔立ちの美少年で甘いマスクの笑顔で女性を虜にし、パレード車の上で大衆に向けて笑顔と手を振っている男こそが、このアルメスタ王国の王子、ラマー・ゴードン・アルメスタである。
それだけではなく、彼の両脇には豪華なドレスを着た美少女二人も大衆に向けて手を振っており、まさに両手に花と言ったところであろう。
「あの女の子たち可愛いな。ぜひとも一度お近づきになってみたいぜ」
「ノエルに言いつけるぞ」
「冗談だって」
ノエルという婚約者がいるのにも関わらず、アルトはラマーが両脇につれている美少女に夢中になっていた。
「お兄様」
「どうしたリナリー?」
「あの方たちは?」
リナリーが気になったもの、それはラマーの車の後ろをついていくように歩く4人の鎧姿の人物。
頭に体、足に至るまで重たそうな鉄の鎧をフル装備しているため外見での性別の判断は不明ではあるが、少なくともアルメスタの騎士団は制服のため騎士団の人間ではないのは確かだ。
この時ロベルトはあることが気になった。
それは彼らが持っている武器であり、ある者は剣を腰にさし、ある者は大剣や弓を持っていたこと。
騎士団でもそういった類を持っている騎士もいるので気になるほどではないが、問題は一人だけ背中に大きな杖を背負っている者がいたことである。
まさか……とロベルトは内心考えたが、今は警備に集中することにし、リナリーの疑問には適当に言葉を濁しておくことにしたのだが……
「………」
先ほどロベルトはラマーの目を見たとき、何やら心の奥底で言葉では言い表せない得体の知れない嫌悪感を感じた。
ラマーのルビーのように真っ赤で情熱的な瞳は、女性であれば見た瞬間にその者の心を滾らせて彼に惹かれてしまうだろう。
現に彼の周りには女性が常にいる状態だ。
それとは別にロベルトは、あの瞳の奥に邪な何かを感じ取ったのである。
その何かは不明ではあるが、ロベルトの中の警戒信号がラマーは危ないと本能で教えてくれた。
あの王子には不用意に関わるべきではない、と。
「ロベルト、もうすぐ規制解除するぞ」
「ん?あぁ、分かってる」
アルトの言う通り、ラマーの乗った車も通り過ぎたのでここにいる必要はなくなった。
パレード部隊が通りすぎたところから順番に規制解除をして、大通りは再び人で溢れかえる。
大半の民衆はラマーのパレード車をゆっくり歩いて追いかけるので、ロベルトたちも後ろをついていくようにパレード部隊の後ろを歩く。
「お兄様、私も同行してもよろしいですか?」
「もちろんだ。はぐれるなよ」
横にいたリナリーが兄と共に行きたがっていたようで、彼女はロベルトの横にぴったりとくっつく。
こんな人込みの中では油断してしまえばはぐれてしまうので、ロベルトは妹に対して念を入れるようにそう言った。
やがて、ぞろぞろとゆっくり歩くこと10分……後ろのほうからよく知っている声がロベルトの耳に入った。
「おーい、翼ー!」
「3人とも、お疲れ様。リナリーちゃんもいたんだね」
「はい!モニカさん、セラさん、ノエルさんもおはようございます!」
後ろにいたアイリ、ノエル、モニカ、先ほどはいなかったセラの女子部隊もここで合流。
今この場にエルヴェシウス、カタルーシア、レイフェルス、ベルネール、エウレニウス、シルヴェストル、アレンシアのアルメスタ八貴族のうち、七貴族が集結した。
「ねぇロベルト、ちょっといい?」
「どうしたセラ?」
「ラマー王子の事だけど、横にいた女性を見た?」
「そういえばいたな。アルトの奴が鼻の下を伸ばしていたけど」
流石にそれは言い過ぎだが、アルトがラマーの両脇にいた女性に夢中になっていたのは事実である。
だがセラはそれとは別に気になることがあるらしい。
「そうじゃなくて、昨日私が言ったこと覚えてる?」
「最近いなくなった女性が王子が連れている女性と似ているって件だろ?」
「そうそう。さっき私も見たけど……どう思う?」
「そうだな……王子が連れ去ったという線は今のところ薄いな。証拠もないし、ましてやあの女性の様子からして今まさに幸せの絶頂期って感じだったぞ」
先ほどラマーの両脇には若い女性がいたが、ロベルトが見た感じあの二人の女性はラマーにほれ込んでいる。
とてもではないが連れ去ったとは思えない。
「……一応この件は大ごとにはなっていないからね。ロベルトもあまり関わらないでね」
「……忠告、感謝する」
セラとしては彼を心配したうえで警告したのだろう。
もしこの件がラマーが関わっているとなれば、王族をも巻き込んだ大問題と化す。
厄介ごとになるのは目に見えているし、ロベルトも本能で関わるなと感じているので下手に首を突っ込むつもりはなかった。
やがて、パレード部隊は時間をかけて街の奥にある城の前の広場に到着した。
ロベルトの視界の先……広場の奥に聳え立つ大きな城。
彼にとっては前世で読んでいた異世界小説でよく出てくるファンタジー風の城、白色を基調とした城が目の前に立っていた。
アルメスタの城、エドワード城。
アルメスタ王国の建国者であり、初代国王のエドワード陛下の名前をとってつけられた城だ。
現在このエドワード城前の広場には、あふれるほどの大観衆がラマーの演説を聞くために集まっており、隣国のナギ国とヤクモ国の人もちらほら見かけた。
ロベルトたち騎士団も万が一に備えるために、広場を囲むように端のほうで演説を見守る。
この広場の奥には今回の演説のためだけに設置された舞台があり、ここでラマーは車から降りて演説を行う。
さて、この国の王子はどんな演説をするのだろうか。
ブックマークしてくれた方々、ありがとうございます。
まだまだ素人ですが、素人なりに頑張って書き続けます。