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第8話 集会


「うあああぁぁ!!」


 大きな悲鳴を上げながら、ベッドで寝ていた男は目を覚ました。

 額には脂汗が流れており、とても目覚めのいい朝とは言い難い。

 ありったけ腹の底から大きな声を出した男は、目を開けて一番最初に目にしたのはとある部屋の天井である。

 転生してから腐るほど目にしてきた、慣れ親しんだ天井の模様。

 ここは生前の東京ではなく、アルメスタ王国の王都メランシェル、エルヴェシウス家の一人息子の部屋だ。


「はぁ……やれやれ、やっぱり夢か」


 この部屋の主、ロベルトが先ほど体験した出来事はすべて夢である。

 朝起きてご飯食べながらテレビでニュースを見て、電車に乗って東京の街中を眺め、渋谷についたら大勢の人が集まって、そこで幼馴染の華蓮と待ち合わせ。

 だが突如黒雲が渋谷の上空を覆い、地上に降りかかって人々を飲み込み、最後には自分も飲み込まれ、そこで記憶が途切れたこと。


(それにしてもあの黒雲、なんだったんだ?邪悪なる者と関係があるのか?)


 ロベルトは夢の中であの黒雲を見たとき、心の中に不吉なものを感じ取った。

 まさか、アレがアリシアのいう厄災というやつなのだろか?

 だがなぜルナティールではなく渋谷なのだろうか?

 それにあの黒雲は邪悪なる者と何か関係があるのだろうか?

 頭の中で色んな情報がかき混ざるが、寝起き故に情報も纏まらない。

 頭を抱えて考えていたロベルトだったが、扉から聞こえたノックの音で一度我を取り戻す。


「ロベルト様、起きていますか?」

「あぁ、今起きた」

「朝食の用意ができました」

「分かった。少ししたら行く」


 扉の外にいたメイドが朝食ができたことを告げ、ロベルトはベッドから起き上がる。


(色々と考えることはあるが……今日は王子のパレードの警備だし、後回しにするか)


 あの夢の件はひとまず置いておくことにして、今は今日の仕事に集中するためにも食事をとることが先と思ったロベルトは、部屋を出て食堂へと向かった。


 いつもの雑談を交えながら朝食を摂り終わったロベルトは自室に戻り、ある服に着替えていた。

 それは赤を基調としたアルメスタ王国騎士団の制服である。

 異世界の騎士や兵士といえば、よくごつい鎧をつけているイメージが強いだろう。

 だが30年ほど前に、まだ王の座についていなかった当時少年だったオスカーが鎧よりも丈夫で軽いものはないだろか、と考え付いたのが今ロベルトが来ている制服である。

 この制服、見た目は普通だが実はかなり高性能で防刃性能を兼ね備えており、この制服を着たまま剣を受け止めても怪我しないほど丈夫なのである。

 それに30年前、鎧から制服に変えたことでメリットもできた。

 一つ目はコストの問題。

 鎧の素材は鉄や青銅など、とにかく鉱物をたくさん使う。

 加工するにしても時間やお金が大量にかかり、さらに一度に作れる量にも限りがある。

 制服であれば材料のコストはそこまでかからないし、今は機械化によって大量に作れる。

 二つ目は職人の高齢化と制服の作りやすさ。

 鎧も以前は専門の職人が作っていたのだが、近年はその職人も高齢化し、中には引退している人もいる。

 つまり鎧は一部の限られた人にしか作れないが、制服は作り方のマニュアルと専用の設備があれば誰でも作れるのだ。

 三つ目は保管場所の問題。

 鎧は任務以外であれば着る必要はない、そうなれば保管する場所も必要。

 だが鎧は大きいし、服のように畳めないため、いざ保管しようとすると結構邪魔になる。

 その分制服は畳めるし、保管場所もクローゼットの中にもしまえる。

 さらに汚れても洗えるもの利点だろう。

 最後に軽いこと。

 30年前の鎧は頑丈だったのだが、その分重さもあった。

 特に長期間の任務だとつけている団員の体力を奪い、それこそ任務続行不可能になることが度々あった。

 当時のオスカーは鎧の重量を下げつつも頑丈さをそのまま、もしくはそれ以上を課題点とし、試行錯誤の結果この制服が出来上がったのである。

 ちなみにこの制服、男と女とではデザインも違う。

 男性はジャケットにネクタイ、スラックスとまるで高校の制服のような恰好だ。

 女性はジャケットにセーラー襟が加わり、リボンとスカート、黒ストッキングとこちらも女子高生のような恰好である。


「よし、これでいいな」


 部屋の大きな鏡で制服を着た自分を見て気合を入れるロベルト。

 その表情もどこか誇らしげに見える。


「最後に剣は……あった」


 騎士団員にとって必ず持っていなければいけないもの、それは己の武器である剣だ。

 基本剣は騎士団から支給されるが、ロベルトのような貴族や代々家が騎士団の家系は自前の剣を持ってくることも多い。

 そのような場合は必ず騎士団本部に申請しなければならない。

 ちなみに武器は剣だけじゃなく、ナイフや弓矢、槍など上げればきりがないが、そのような武器も申請すれば認められる。


「マリエスとクロスも腰にさしたし、これで大丈夫」


 ロベルトの剣は3年前、彼が騎士団に入隊した際にシリウスが知り合いの鍛冶職人に頼み込んで、特別に作らせた特注の武器だ。

 剣のガード部分に青い小さな宝石が埋め込まれているマリエスと、短剣のクロス。

 以後、どんな任務であってもロベルトはこの武器と共に多くの任務をこなしてきた。


「おっと、これ忘れてたな」


 最後に思い出したのが、昨日アイリが買ってくれたマリンブルーのイヤリング。

 女性のような顔つきをしているロベルトが付けるとよく似あうようで、彼は抵抗感もなく両耳にイヤリングをつける。

 きらりと光りが反射して青く輝くマリンブルーは、静かに波を立てる海のように心を落ち着かせてくれる。


「意外と似合うな。これでよしと」


 鏡を見てイヤリングをつけて似合うと思ったロベルトは、最後にネクタイを締めなおして部屋を出ると……


「あっ、お兄様!」

「どうしたんだリナリー?学校に行くんじゃないのか?」


 ちょうど部屋の前でリナリーと鉢合わせをした。

 この時間であれば彼女は学校の制服に着替えて、学校に行く準備をしているはずだが今の彼女は黒い私服を来ている。

 ロベルトもそうだがリナリーは銀髪のため、黒い服との相性はとてもよくあっており、幼げながらもどこか艶やかなフインキを纏わせる。


「今日はラマー王子が凱旋なさるとのことで臨時休校なのです。お兄様はもうこれから行かれるのですか?」

「あぁ、ハイド団長が9時までに本部に来いといったからな。もう出ないと」


 はめている腕時計に目を配ると、時刻は今の時点で既に8時を少しだけ過ぎており、そろそろ向かわなければ間に合わないだろう。


「お兄様、この後の凱旋パレード、私も後から参ります!」

「分かった。気をつけてこいよ」


 これから始まるパレードを楽しもうと、気合を入れるリナリーの頭をなでて共に玄関へと向かう。

 廊下からエントランスへと向かうと、既に玄関付近にシリウスにエミリー、さらにメイド一同がロベルトを待っており、これはいつやっても慣れないものだなと内心ぼやきつつ玄関へと降りる。


「ロベルト、今日のラマー王子の凱旋パレード、しっかり頑張りなさいね」

「私たちも後から行くからな」

「はいはい」


 照れつつも親二人に軽くそう返す。

 息子としては親が自分の仕事をしている姿を見られるのは恥ずかしいものである。

 だがエミリーの言う通り、仕事である以上しっかりこなさなければならない。

 前世は学生だったが今はいうなれば社会人、いつまでも学生気分ではいけないのだ。

 靴を履いたロベルトは、出迎えてくれる家族やメイドのほうに顔を向ける。


「それじゃみんな、行ってくる!」

「お兄様!後で会いましょう!」

「ロベルト様!気をつけていってらっしゃいませ!!」


 リナリーとメイド一同に見送られながら、ロベルトは玄関の扉を大きく開けて一歩踏み出す。

 太陽の光が差し込み、今日の一日が始まった。

 庭に設置されている噴水も元気よく水を噴き出し、仕事に向かうロベルトを応援してくれているようにも感じる。


「さて、頑張るとしようか」


 自分に鼓舞しつつ先ほど履いた靴で地面を強く蹴り、前へと歩きだして庭を通り、門を潜って敷地の外へと出る。

 すると


「やっほ翼、おっはよー」

「おう華蓮、おはようさん」


 門の傍でアイリがロベルトを待っていた。

 昨日の私服のドレスとは違って、彼女も清潔感漂う赤い制服を身に着けている。

 今日は少しだけ風が強いのか、たまにふく風が彼女の長い髪とスカートを揺らし、ロベルトの肩まで伸びた髪も同時に揺れる。

 ちらりと見える黒スト越しの太ももが男の視線を集めてしまいそうであるが、生憎とロベルトにそんな誘惑は通用しない。


「わざわざ待っていてくれたのか」

「一人で行くのもどうかなーって思って。今日は本部の大聖堂に集合でしょ?」

「あぁ。あれ?そういえば姉さんは?」

「お姉ちゃんは朝早くから出ていったよ。副団長だから色々とやることがあるみたいだし」

「……副団長というもの大変だな」

「ほらほら、さっさと行こう?」


 アイリはロベルトの隣に並び、二人そろって本部に向かうためにまずは大通りへと出る。

 本部はここから歩いて20分ほどで、街の中心地にあるメランシェルの城の近くにある。

 時間はあるので、急がなくても十分間に合うはずだ。


 大通りに出るとまだ早朝なのにも拘わらず、既に大勢の人で埋め尽くされており、見渡せば老若男女たくさんの人で溢れかえっていた。

 例えるなら前世での渋谷のハロウィンさながらである。


「うわっ!なんじゃこれ!?」

「すっご!人がいっぱいじゃん!」


 あまりに人が多いため、身動きもとりにくく、このままでは9時までに本部につくのか心配になってきた。

 だが道がここしかないため、動きにくいがここを通るしかない。


「あ、翼。あれ見て」

「ん?」


 アイリの指をさす場所、それは変わった服を着た男女の集団。

 よく見るとこの大通りにはアルメスタ王国の一般的な服装とは違う集団があちこちで見られる。


「もしかして隣国の人たちかな?」

「確かそうだ。ナギ国とヤクモ国の人たちだな」


 ロベルトたちが住んでいるこのアルメスタ王国の隣には二つの国がある。

 西に行けば漢王朝時代の中国のような街並みが特徴的なナギ国があり、北西に行けば平安時代の京都のような街並みが印象的なヤクモ国がある。

 今日はアルメスタ王国の祭りのため隣国から多くの観光客が訪れており、ロベルトとアイリは人込みの中、なんとか隙間を見つけては大通りを進んでいく。


「そういえば華蓮、実は今日気になる夢を見たんだよ」

「夢?どんなの?」


 ロベルトは本部に向かう道中、本日見た夢の事をアイリに話す。

 生前の日常、事故死したアイドル、夢の最後に渋谷を襲った黒雲のことを。


「渋谷の黒雲……はともかく、東堂雅の事は知ってるよ。翼は知らないでしょ」

「知るか。今日の夢で初めて知ったわ」


 アイリにそう指摘されてロベルトもそう返す。

 ロベルトは生前アイドルにはあまり興味がなく、東堂雅の事も知らなかった。


「ねぇ、彼女死んだってことは……もしかしてあの子この世界に転生してるんじゃない?」

「……可能性はあるな」


 彼女の言う通り、あり得る話ではある。

 だがどこの誰に転生したかは不明であり、手当たり次第にあなたは転生者ですか?と聞くわけにもいくまい。

 このルナティールにはアルメスタ王国、ナギ国にヤクモ国含めても10の国がある。

 その中から一人の転生者を探すのはほぼ無理といってもいい。


「もしあの子が転生してたらさ、あたしたちに協力してくれるかな?邪悪なる者と戦うために」

「そこまでは分からないが、見つけたら頼んでみたらどうだ?」


 もし東堂雅がこの世界に転生者として転生し、ラグナを宿しているならぜひともこちら側についてほしいところである。

 邪悪なる者と戦うため、戦力は一人でも多いほうが有難いからだ。


 人込みで発せられる熱気に耐えながらも、ロベルトとアイリは20分かけてようやく目的地である騎士団本部へと到着した。


「はぁ、やっと着いたね」

「本部にくるまでこんな体力使うとはな」


 大通りを抜けた二人はため息をつきつつそうぼやいた。

 アルメスタ王国騎士団本部、前世の東京駅のような外観そのまんまで広さもそれ相応にあり、初めて来るものは迷ってしまうほどだ。

 だが今回二人が用があるのは本部の横に併設されている建物、騎士団大聖堂である。

 建物の面積は本部とほぼ同じだが、高さだけなら大聖堂のほうが大きい。

 かなり昔に建てられた建物故、茶色のレンガに作られた壁に鋼鉄製の大扉、壁にはステンドグラスが張られ、アルメスタの街並みが近代化している中でこの大聖堂だけはよくあるファンタジーなフインキを出している。

 この大聖堂は毎年騎士団の新団員の入団式をしている場所なので、一年に一度は必ず足を運んでいる。

 そのため普通の団員は普段はここに来ることはないのだが、今回はラマーが凱旋パレードをするとのことで急遽集会が開かれることとなった。


「よし、じゃあ俺たちも入るか」

「そうだね」


 周りを見ると、ロベルトとアイリと同じ制服を着た騎士団員が次々と大聖堂の扉を潜っていく。

 彼らもそれに続いて中に入ると、初めて見る者には驚きの光景が広がった。

 大聖堂の中はまさに前世の海外などにある大きな教会のような場所で、天井には巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられていた。

 一番奥にはドレスを着た女性の銅像が祈りをささげたポーズで佇んでおり、近くには片膝をついて女性に向かって頭を下げている鎧の騎士の銅像。

 二つの銅像はまるで、姫に誓いを立てる騎士のようにも見える。

 もっとも、一番驚くのはこの大聖堂には既に多くの騎士団員が待機していたことだ。


「うわぁ……相変わらず凄い光景だねぇ」


 アルメスタ王国騎士団は3万人の騎士団員が在籍しており、流石に全員いるわけではないが、既にこの大聖堂には3万人近く集まっている。

 ちなみに前世で3万人が入れるような建物は日本でいうと、神奈川県の横浜スタジアムがそれに相当する。

 つまり、この大聖堂は横浜スタジアム並みに大きい建物ということだ。

 かなり大きいので、アルメスタ王国でもかなり目立つ建物であり、ランドマークの一つにもなっている。


「おーいロベルト!アイリ!」


 横から聞きなれた元気な声がしたので二人は顔をそちらに向けると昨日であったアルトと、アルトと同じ青い髪の男性が立っていた。

 アルトよりも少し背が高く、他の騎士団員とは違って赤い制服の上に青いコートを身に着けている。


「おはようアルト。それとレオン分団長、おはようございます」

「お兄さん!おはようございます!」

「やぁロベルト、アイリ、おはよう。一昨日任務から帰ってきていたんだね」

「はい。報告が遅れてしまい申し訳ありません」


 レオン・レイフェルス……アルトの兄であり、アルメスタ王国騎士団の分団長である。

 騎士団も組織である以上階級もあり、上から団長、副団長、分団長、師団長、そして肩書のない普通の団員がいる。

 団長は昨日会ったハイド、副団長はシャルロット、そしてロベルトとアイリの前にいるレオンは分団長だ。

 分団長は3万人いる騎士団でもわずか十数人しかおらず、分団長という肩書だけでもエリートに分類され、分団長専用のコートが支給される。

 師団長は数百人おり、腕に騎士団の紋章が入った腕章をつけている。

 ちなみにロベルト、アイリ、アルトは未だ一番下の肩書のない団員だ。


「構わないよ。君の直属の上司というわけでもないから俺に報告する義務はない。それに副団長から既に聞いているからね。それじゃ、俺はそろそろ前のほうにいくから」


 そう言ってレオンは着ている青いコートを翻すように後ろを向き、人込みの奥へと消えていった。

 コートをはためかせながら消えゆく彼の後姿は、幾多の戦場を駆け巡ってきた歴戦の戦士のように見える。

 副団長の肩書は伊達ではないということだろう。

 だが一つ気になったのは、レオンとアルトは兄弟でありながら、お互いあまり似ていない点である。

 血の通った兄弟のはずなのに、どこか他人のようなフインキも感じる。

 しかしそこはレイフェルス家の事情故、ロベルトが気にすることではない。


「アイリ、おはよう」

「ロベルトとアルトじゃないか。おはよう」

「ん?」


 今度は後ろから可愛らしい女性の声と凛々しい男性の声が聞こえ、彼らはそちらを振り向くとアイリより少し背が小さく、頭に可愛らしいカチューシャをつけた小柄の女性とロベルトよりも少し背が高いイケメンが彼らに挨拶をしてきた。


「おぉヴィンセント、おはようさん」

「モニカ!おはよー!」


 男性アイドル顔負けのイケメンであるヴィンセント・アレンシア。

 アルメスタ王国八貴族の一つ、アレンシア家の息子であり、ロベルトやアイリと同じ騎士学校時代の同級生である。

 横にいるのはヴィンセントの幼馴染であり、同じくアルメスタ王国八貴族の一つでシルヴェストル家の令嬢、モニカ・シルヴェストル。

 彼女もロベルトやアイリと同じ騎士学校時代の同級生だ。


「なんだ?カップル同士できたのか?朝から羨ましいねぇ」

「アルト、僕とモニカはカップルじゃないよ。幼馴染だ」

「分かってるよ。冗談だ」


 アルトが顔をにやにやしながら二人を軽くからかう。

 だがヴィンセントとモニカは大抵いつも一緒にいるため、カップルに間違われることが多い。

 騎士学校時代はロベルト、アイリ、アルト、ノエル、モニカ、ヴィンセント、ここにはいないセラを含めて7人でよくつるんでいることが多かった。

 ロベルトはアルトとヴィンセントと同じ部署のため、仕事でよく一緒になることが多いが、逆にアイリとセラ、モニカやノエルとは別の部署になり、あまり会って話す機会も少なくなってしまった。

 今思うとあの頃が一番楽しく、懐かしいとしみじみ思っていた。


「あれ?ロベルト、それってイヤリング?」

「これか?華蓮からのプレゼントだよ」

「へぇー可愛い!似合うね!」


 本来は女性もののイヤリングだが、女顔のロベルトだからこそ似合うだろう。

 モニカに褒め荒れてロベルトも、少しだけご満悦のようだ。


「おい!エルヴェシウス!!」


 5人で楽しい談笑していたとき、後ろから癪に障る嫌な声が聞こえ、ロベルトの眉間にひびが入る。

 嫌々振り向くと、そこにはエリックと彼の取り巻きであるニコライとアントンがロベルトを睨みつけていた。

 ロベルトたちが赤い制服を着ているのに対し、エリックだけは他の団員と違って青い制服を着ていた。


「昨日はよくも僕を侮辱してくれたな!八貴族の誇りを汚す無礼者の分際でこの男女!!」

「そうだそうだ!」

「この無礼な奴め!」


 大勢の人が集まっているのにも関わらず、大声できゃんきゃん騒ぎ出すため、周りの団員が一斉にエリックたちのほうに顔を向ける。

 だが彼らは周りの目を気にせず、ロベルトの事を無礼者と言ってバカにする。

 はっきり言って小学生の口喧嘩レベルであり、昨日散々ロベルトに言われたのにも懲りていないようだ。


「ブランシャールじゃねぇか。ロベルト、昨日こいつと何があったのか?」

「昨日華蓮との買い物帰りにこのバカに出くわした。そんでちょっと口論になっただけだ」

「へぇ……まったく、ロベルトって学生時代からよくこいつらに絡まれるよね」

「この3人もほんとに飽きないね」


 アルトにモニカ、ヴィンセントは呆れた顔をしながらエリック達3人を見る。

 その目はもはやかわいそうな奴を見る目をしていた。


「バ、バカっていったな!エリートである僕の事を!!」

「おはようさんクソ野郎。今日も朝から見るに堪えないブサイク面だなおい」

「ク……クソだと!?バカだけじゃなく僕の素晴らしい名前を侮辱したな!!」

「昨日言ったはずだ。貴様の名前なんざ覚える価値すらないんだよ。貴様なんてクソで十分だ。わかったかこのクソ野郎」


 可愛らしい顔をしておいて、その口からどんどんとエリックの毒を吐くロベルト。

 彼の罵倒で周りの騎士団員がくすくすと笑いだし、完全に3人はさらし者になる。

 だがエリックは己のプライドが許さないのか、顔を赤くしながらもロベルトに対してさらなるマウントをかけようとする。


「エ……エルヴェシウス!僕のゼロ部隊がどこを警備するか知っているか!?」


 エリックのゼロ部隊発言で周りの騎士団員がざわつき始める。

 ゼロ部隊はエリート部隊のため入団するだけでも名誉職であり、中にはなぜこんなやつがエリート部隊にいるんだ?と会話する者もいた。

 しかしロベルトはエリックの警備場所なんざ正直どうでもいいと考えている。


「知らないし興味ないんだが」


 と呆れるようにロベルトがそういうが、それを聞いたエリックがにやりと笑った。

 まるで勝ったといわんばかりの表情であり、傍から見てもかなりうざい表情である。


「知らないなら教えてやる!ラマー王子のパレード部隊の列!つまり今回の警備で一番目立つ場所だ!まぁ君たち末端は愚民どもの中に雑草のように生えているがいいさ!この仕事が成功した暁には僕の未来は明るいものさ!そうなればあっという間に団長に出世してお前なんて騎士団から追放してやる!!」

「はははは!!」


 エリックの言うラマー王子のパレード部隊は確かに、今回の祭りの華ともなる場所。

 ここでの大役を果たせば、騎士団の中でも確固たる地位をとれるとエリックは考えた。

 だがエリックはパレードを見に来る観客たちを愚民どもと言って見下すあたり、相当性格は最悪である。

 こんな男が出世すれば、騎士団の風紀は乱れ、自らの職権を好きなように乱用し、ロベルトや気に入らない奴を騎士団から追放してしまうだろう。

 現に周りの騎士団員もエリックの事を嫌な奴と思ったのだろうか、こそこそと嫌な悪口が聞こえてくる。


「……」

「どうしたんだエルヴェシウス?まさか今更僕の凄さに気づいたのかい?だけどもう遅いよ。そうだな……土下座して、これまでの無礼をお許しください!エリック様!とでもいえば許してやらないでもないなぁ……」


 勝ち誇ったようにエリックが下衆のような顔でロベルトを見てくるが、当のロベルトは無言状態。


「何だ?さっきから黙って……」


 エリックは散々ロベルトをバカにしているのにも関わらず、何も言ってこないロベルトが気になった。

 ふと、ロベルトが口を開いた。


「後ろ」

「えっ?」

「後ろ見ろ」


 ようやく喋ったロベルトの一言、後ろ見ろ。

 彼のその言葉でエリックは後ろを向くと……


 鬼がいた。


 不動明王の如きオーラを背中から放ち、閻魔大王すらも恐怖で逃げ出してしまいそうな一人の鬼……団長であるハイドが腕を組みながら、いつの間にかエリックの背後にいた。

 散々騒いだ結果、目をつけられてしまったのだろう。


「ブランシャール……貴様、何をしていた?」

「あっ、いや……えーと……」


 ハイドの鋭い目つきはエリックを完全に捉えており、蛇に睨まれた蛙の如くエリックは完全にビビっており、顔面蒼白で額から汗が大量に流れ出ている。

 何か言おうにも彼から発せられる圧が凄まじく、喉から声を出そうとしても恐怖で言葉すらも出てこない。

 そして……ハイドが切れた。


「貴様の並ぶ場所は前のほうだ!!騒いでる暇があるなら早く並べ!!この愚か者があああああ!!」

「ぎゃああああああああ!!すみませええええええええ!!」

「「ごめんなさああああああああい!!」」


 大聖堂全域にハイドの怒号が響き渡り、天井に吊り下げられているシャンデリアは揺れ、壁に少しだけヒビが入り、怒鳴られたエリックとその取り巻きは泣き喚きながら奥の人込みへと消えていった。

 ロベルトたちは哀れな彼を見て、あいつバカすぎると内心思った。

 そしてハイドの鋭い視線は彼らにも向けられる。


「もうすぐ時間だ。貴様たちもさっさと並べ」


 それだけ言ってハイドも前のほうへと消えていった。


「まったく……じゃあ俺たちもそろそろ並ぶか。アルト、ヴィンセント、行くぞ」

「そうだな。じゃあモニカ、アイリ、また後でな」

「うん。また後でね」


 男性と女性とでは並ぶ場所も違うため、ロベルトとアルト、ヴィンセントの男性陣は男性エリア、アイリとモニカも女性エリアへと向かう。


 やがて時間は9時になり、集会が始まった。

 最初に各部隊の分団長からのお知らせや、今後の騎士団の予定などを説明したうえで、最後に団長であるハイドの口から本日の任務の内容が説明された。


「では最後にこの後行われる任務について説明する。昨日通達を受けて知った者も多いかもしれないが……本日、今から二時間後にラマー王子が任務から帰還なされる。諸君らの今回の任務は凱旋パレードの警備、そして王子の護衛だ。これは王族も関わる行事故、不手際や王子の身に何か起こるようなことは絶対に許されん!諸君!今日は一段と気合を引き締めて任務を遂行せよ!では各分団長の指示に従い、警備につけ!!以上!!解散!!」


 ハイドが女神像の前にある演説台に立ち、声高らかに団員達に命令を下す。

 団長の演説後、ロベルトたちは所属している部隊の分団長の指示に従い、指定された地区の警備につく。

 今回はパレードの警備なので大通り……メインストリートを交通規制し、王子一行のパレード部隊が通れるように一般客をどかして道を確保するのが仕事だ。


「よし、じゃあ行くとしましょうかね」


 集会が終わって大聖堂から出てきたロベルトはそう一言いって、本日の仕事につくのであった。

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