第6話 友と嫌な奴
メランシェルの駅前に設置されている時計塔の針は15時を指していた。
少し太陽が傾きつつあるがそれでもまだ空は明るく、メランシェルの街を照らす。
「おい華蓮、一度帰らないか?両手がふさがってもう持てないんだが」
そうぼやくロベルトの両手には、いくつもの店で買い物をした証拠である紙袋がたくさんぶら下がっていた。
紙袋の中身はほとんどがアイリの買いたかったもの、その8割が服である。
「あ、ごめんごめん!じゃあ半分はあたしが持つよ!」
長時間両手で荷物を持っていたせいかロベルトの腕は疲労が溜まっており、持つのもつらい。
それを見たアイリが多少の罪悪感を感じたのか、彼の右手に持っていた荷物を手に取る。
これでロベルトも少しは楽になるだろう。
「あれっ!?ロベルト、それにアイリじゃねぇか!」
「ん?」
セラの時と同じように、後ろから彼らを呼ぶ声が聞こえた。
だが今度は女性の声ではなく男の声。
振り向くとロベルトとアイリと同じ同年代の男女が並んで立っていた。
青い短髪にロベルトより少し大きい背丈の男性と、アイリより少し背が小さく桃色の綺麗な長髪の女性である。
「久しぶりだな!師団長から聞いたけど、昨日派遣任務から帰ってきてたんだよな!?まったく、帰ってきたなら一言いってくれよー!」
と、男性は馴れ馴れしくロベルトに対してそう言うが……
「……お前、誰だっけ?」
ロベルトのその一言を聞いた男がお笑い芸人も関心するほどの、見事なこけっぷりを披露した。
直後、男はすぐにむくりと起き上がり
「ちょ!お前そりゃないだろー!アルトだよ!アルト・レイフェルス!」
「はいはい冗談だよ。ちょっとからかっただけだから、そんなに怒るな。アルト」
ムキになりながらロベルトに突っかかる。
ロベルトに気安く話しかけたこの男、アルト・レイフェルスはアルメスタ王国八貴族の一つ、レイフェルス家の子である。
二人とは小さい頃からの付き合いがあり、先ほどのセラと同じように彼も騎士学校の同級生かつ、ロベルトにとってはこの世界で数少ない男友達だ。
ちなみにアルトとロベルトは騎士団の同じ部隊に所属しているので、仕事ではよくコンビを組んでいる。
「ノエルも久しぶり!最近見なかったけど、そっちも忙しいの?」
「はい、アイリ様もロベルト様もお久しぶりです。おっしゃる通り私たちの所属する部隊も盗賊団の対処で色々と忙しくて……」
「やっぱりどこもかしこも忙しいんだね」
アルトの隣に並んでいる桃色髪の女性、ノエル・ベルネール。
アルメスタ王国八貴族の一つであるベルネール家の娘であり、アルトやロベルト、アイリとは家同士の交流もあってか小さい頃からの付き合いである。
ロベルトたちより年齢が一つ下であり、さらに横にいるアルトの婚約者だ。
「そういえば、お前たちそろそろ式を挙げるんじゃなかったのか?」
「今はまだ上げねぇよ。何せ盗賊団の件でかなり忙しくなったからな。それどころじゃないって」
「あれか?俗にいう、この戦いが終わったら結婚しようってやつか?」
「なんだよそれ?」
ロベルトの言ってることは、前世でいう死亡フラグというやつである。
しかし死亡フラグの意味が分からないアルトはよく分からなかったようで、頭の上に疑問符を浮かべる。
あのセリフを言うと死亡、あの行動をとると死亡といった創作物であればお約束のものだ。
だがロベルトもアルトとの付き合いもそこそこ長いため、本気で死なれると悲しいし困る。
「気にすんな。それより、明日だが……」
「王子の凱旋パレードだろ?さっき団長が華蓮の家に来て教えてくれたよ」
「団長が?だったらいいけど。それじゃ俺もノエルの買い物に付き合ってるからそろそろ……」
「おっ、そうか。それじゃ邪魔しちゃ悪いな。じゃあ俺たちもこの辺で失礼するわ。華蓮、行くぞ」
「うん!じゃあノエルもまたねー!」
「はい、失礼いたしますね」
アイリはアルトとノエルの二人に対して、元気よく別れの挨拶を告げる。
しんみりとした別れではなく、また会えるように元気よく挨拶をする……実にアイリらしいだろう。
空に浮かんでいた太陽も夕日に代わり、その夕日ももうすぐ地平線の向こうへと沈む。
後一時間もしないうち空も暗くなり、上を見れば満点の星空が天を彩るだろう。
そしてこの時間になれば、子連れの家族の姿も見えなくなり、各々帰る頃である。
「華蓮、今日はもうこれくらいでいいだろう。せっかくだから路面電車で帰ろうや」
「そうだね。ちょうど近くに停留所があるからそこまで行こうか」
アイリはそう言ってロベルトの横に並んで、近くにある路面電車の停留所まで歩く。
アルメスタ王国では隣国を繋ぐ蒸気機関車の他に、既に路面電車まで実用化に至っている。
そのため街のあちこちには路面電車専用の電線も張られていた。
「ふー、やっと停留所か。……って、もう電車いるし!」
「早く乗らないと!すみませーん!乗りまーす!!」
停留所についたら一息つけると思った二人だったが、どうやら既に電車のほうが先についてしまっていたようだ。
このままちんたらしていたら扉が閉まって電車が発車してしまう。
アイリは大声を上げて自分たちが乗るということを運転手に伝えながら、急いで電車に乗り込む。
ロベルトも彼女の後に続いてなんとか乗ったところで扉が閉まり、電車が発車した。
「はぁ……はぁ……危なかった……」
「まったくだね……」
走りながら乗り込んだため、二人は息が絶え絶えになりつつ安堵する。
ロベルトは一度深呼吸をし吐いてを繰り返して落ち着くと、列車の車内を見渡す。
電車の中には既に8人ほど乗車しており、子供や年寄り、スーツを着た仕事帰りの人が乗っていた。
そして路面電車は外観もさることながら内部もレトロチック感が溢れる作りで、初めて乗ったはずなのにどこか懐かしい感じがした。
「そういえば、意外と路面電車って乗るの初めてだよね」
「前世でも乗らなかったしな。走ってる場所も限られていたし」
前世では路面電車は一部の地域でしか走っておらず、東京でも荒川辺りにしか走っていない。
さらにロベルトとアイリは前世では荒川住まいでもなかったため、路面電車なんて乗る機会はなかった。
そもそも異世界といえば剣や魔法ばかりで文明が発達していないイメージがかなり強いため、こうして路面電車に乗るという発想自体はなかっただろう。
「でも、たまにはこういうものいいだろうな。こうして電車から見える街の景色ってのいうのも悪くはないし」
「そうだね。転生したというより、タイムスリップした感じだよ」
路面電車はあまり速度は出ないためゆっくり走っているものの、彼らからしたらいつも見ている街の風景とはまた違ったものに見えた。
アイリの言う通り、転生したというよりは過去のロンドンにタイムスリップした気分なのかもしれない。
路面電車に乗って15分ほど経った頃、ロベルトとアイリの家から一番近い停留所に電車が到着の鐘を鳴らして止まった。
二人は今日の戦利品である荷物を両手で持つと座っていた席から立ち上がり、運転手の横に設置してある料金募集箱にお金を入れると電車を降りる。
他に乗り降りする人はいないようで二人が降りると電車は扉が閉まり、次の停留所に向かってレールの上を走って去っていった。
平日というのは長く感じ、休日というものはあっという間に終わるものである。
既に太陽のほとんどは沈み、街に建てられたガス灯に火が灯り、闇に包まれたメランシェルの街に光をもたらす。
流石にこの時間になれば昼間ほど人はいなくなり、この時間に外出しているのは夜間勤務の騎士団や夜の仕事の人くらいであろう。
「さてと……また明日から仕事か。これならまだ前世で学生やっていたほうがまだマシだったよな」
「ぐだぐだ言わないの。もう過去の事なんだから、先の事を考えないと」
ロベルトは明日からの仕事に対して愚痴るが、アイリの言っていることは的を得ている。
たとえ前世で学生だったとしても、今はもう転生して騎士団員だ。
もうあの楽しかった青春は、戻ってこない。
多少の後悔や心の中に残した思い出を振り返りながら、ロベルトはアイリと共にカタルーシア家の前まで戻ってきた。
「はいはい。それじゃさっさと荷物をお前の家に運び入れるとしようか」
「ごめんね。じゃあこっちの荷物は……」
両手に持っている今日購入した服や本などを手に持ち、カタルーシア家の門を潜ろうとした時だった。
「おや、そこにいるのはエルヴェシウスじゃないか?それにミス・カタルーシアも」
「……ちっ、この声は」
その声を聴いたロベルトのこめかみがピクリと動き、彼はしかめっ面をしつつ軽く舌打ちをした。
彼からしたら、ものすごい不快感を感じたのだろう。
ロベルトは嫌な顔をしながら後ろを振り向くと……
「そこで密会でもしていたのかな?でもこんな目立つ場所だなんて、もう少し場所を選んだほうがいい。とてもじゃないが密会だなんて八貴族がすることじゃないからね。品がない」
茶髪の男がロベルトに対して嫌味を吐いてくる。
さらに男の後ろには右手にお菓子を持って、くちゃくちゃと行儀の悪い音を出しながらにやける小太りの男と、眼鏡で細身の男がいた。
金髪男の名はエリック・ブランシャール。
アルメスタ王国八貴族の一つ、ブランシャール家の子で騎士学校からよくロベルトに対してマウントをとりたいがために突っかかってきた男である。
こういう男は性格は最悪、常に嫌味な言い方で人を見下した発言で偉そうな奴というのが相場だ。
そしてエリックの後ろにいる小太りの男、ニコライ・ポルソンと眼鏡で細身のアントン・ハルネスは学生時代からエリックと一緒にいた、いわゆる取り巻きというやつだ。
彼ら二人は八貴族ではないもの、ブランシャール家の親戚らしい。
「……誰だお前?あいにくモアイに知り合いはいないが」
「くっ……!昔からモアイモアイと……まぁ久しぶりに会うから僕の事を忘れたのかな?君の頭の中の脳味噌は小さそうだからね。僕の事を覚えていないか。ははは!」
エリックの偉そうな言葉に、後ろの取り巻きも嫌味な笑みでロベルトを挑発する。
だがロベルトからしたらはっきりいってほぼアウトオブ眼中であり、大して気にしてはいない。
むしろ傍から見れば、この3人は小物臭が漂う。
現にエリックの言っているロベルトへの罵倒は小学生レベルである。
「あのな……お前の事を覚えていないのは脳味噌が小さいからじゃないんだよ。お前の事なんて覚える価値すらないからだ」
「なっ、何だと!?」
「それに脳味噌が小さかろうが、あるだけマシだろ。お前の頭の中は脳味噌すら入ってないんじゃね?どうせならお前の頭を切り裂いて脳味噌の代わりに馬の糞でも詰め込んでおいてやろうか?あぁ?」
ロベルトはエリックの顔に自身の顔を近づけ、両目を大きく開いて可愛らしい顔とは真逆の物騒な言葉で脅す。
ただそれだけ言ったはずだがエリックの目は赤くなり、両の眼から大粒の雫が次々と流れ出す。
こいつ……メンタル弱すぎだろ、とロベルトは内心思った。
「だ、黙れエルヴェシウス!」
「そ、そうだぞ!口を慎め!」
エリックが黙り込んでしまったため彼を手助けせねばなるまいと、彼の取り巻きであるニコライとアントンがロベルトに突っかかるも……
「黙るのはお前らのほうだ雑魚野郎!!外野は引っ込んでろ!!」
「「ひいいいいいぃぃぃぃぃ!!」」
鬼のような形相で言い返し、取り巻きは完全に沈黙して怯えてしまった。
せっかくの可愛らしい顔が台無しの表情である。
だがこの隙にエリックは何とか自分を落ち着かせて、勇気をもってロベルトに言い返す。
「エ、エルヴェシウス!お前は知らないだろうが、僕は今年からゼロ部隊にいるんだぞ!」
「……はぁ?ゼロ部隊?」
「ゼロ部隊って、あの?」
アルメスタ王国騎士団には多くの部隊が存在するが、特に精鋭のエリートだけが集められた部隊がある。
それがエリックの言ったゼロ部隊である。
人数はわずか十数人と少数だが、エリートだけあって隊員全員が大きな部隊のリーダークラスの指揮権を保有できる。
将来団長や副団長になるにはゼロ部隊には最低2年はいなければならず、過去にはハイドはもちろんシャルロットも在籍していた。
「そう!あのゼロ部隊だ!エリート中のエリート部隊だ!お前とは違って選ばれたものだからな!当然さ!」
ロベルトにマウントでも取ったつもりなのか、エリックは勝ち誇った顔をして高笑いする。
「おい華蓮、確かゼロ部隊って最低でも20歳以上じゃないと入れないんだよな?」
「そうだよ。だってお姉ちゃんがゼロ部隊に入ったのも20歳だし、さらに部隊に入隊するには厳しい入隊試験を受ける必要があるんだってお姉ちゃんが言ってた」
完全に自分に酔いしれているエリックをよそに、ロベルトとアイリは小声で相談する。
そもそも彼らの言う通りゼロ部隊に入るには20歳以上が条件であり、ロベルトと同じ年齢であるエリックがゼロ部隊にいるのは普通に考えておかしい。
「それにこいつ、ぶっちゃけてエリートでもないし。騎士学校時代なんていつも俺に負けていたしな」
そう、実を言うとエリックははっきり言ってロベルトよりも弱い。
いつも剣を使った練習試合の時なんてロベルトと戦う前は強がりを言ってイキっていたのにも関わらず、いざ試合となると弱腰になってロベルトに負かされていた。
なぜそんな自称エリートのエリックがゼロ部隊にいるのは疑問ではあるが……
「まぁそれよりも、お前さ……見栄を張りたいだけなら、今すぐゼロ部隊を抜けたほうがいいぞ?」
「何でだい?まさかエルヴェシウス。まさか才能がないからって僕を妬むのかい?醜いね。まぁ君もせいぜい努力すれば、ゼロ部隊に入れなくもないだろうけど、その頃には僕は団長になっているだろうね。そうなれば僕は君を……」
ロベルトはエリックにゼロ部隊を抜けろと言っているのにも関わらず、彼は頼んでもいないのに自分の脳内に描いている未来予想図を勝手に自分の口で語りだす。
自分は選ばれた人間でビッグな男になり、いずれこの騎士団の頂点に立つ男だと。
だがロベルトはゼロ部隊がなぜ数人しかいないのか、その本当の意味を知っていた。
故に、その意味を目の前にいるバカに教えなければならないと。
もっとも、それを言ったところでエリックが理解してくれるとも限らないが。
「あのな……お前がなぜゼロ部隊にいるのかは分からないけど、ゼロ部隊の人数が少ないのって知っているか?」
「そんなの、エリートしかいないからだろ?エリートというのはたくさんいるモノじゃない。数名の選ばれた存在だからね!」
「んなわけねぇだろ。ゼロ部隊はな……」
「殉職率が高いんだよ」
ロベルトのその一言で、天狗になって笑っていたエリックの表情が時が止まったかのように凍り付く。
「…え、じゅ、じゅんしょくりつ?」
「意味知ってるか?任務で命を落とす団員が多いからなんだよ。以前姉さんから聞いたがゼロ部隊は特殊性が高い部隊だ。その特殊性故に危険度も高く、今ではゼロ部隊は十数人しかいないって聞いたんだよ」
ロベルトの言う通りゼロ部隊は危険度が高い任務に駆り出されることが多く、隊員の殉職率が高い。
入隊試験が厳しいのも、危険な任務をこなすのに必要な技量が求められるからである。
以前ロベルトはシャルロットからゼロ部隊は十数年ほど前は200人ほどいた団員が、今では数十人しかいないと聞いたことがあったのだ。
彼らの任務についてはロベルトもよくわからずシャルロットも教えてはくれなかったものの、長期間の派遣任務が多く、精神的に衰弱し油断して命を落とすことが多いらしい。
「一応同級生のよしみってことで忠告しておくが、早いところ抜けたほうが身のためだぞ。死にたくないならな」
「な、なにを言ってるんだ!?エルヴェシウス!それは僕に対する脅しか!?僕は騙されないぞ!僕はお前とは違うんだからな!」
ああいえばこういう、一体どんな人生を送ればこんな風に育ってしまうのか。
思わずロベルトは、こいつを育てた親の顔を見てみたいと思ってしまった。
ロベルトはため息をつきつつ、言葉を続ける。
「あぁそうだな。お前は俺とは違うな」
「ははは!ようやくわかったか!僕はお前よりも優れているということを……」
「ただし……それは自分の身の程をわきまえていない、という意味でだけどな」
「ど、どういうことだ!?」
ロベルトは腕を組み、目の前で訳が分からず動揺するエリックに対して言葉を続ける。
「お前は自分自身の能力に似合わず、自分はエリートだ自分は優秀だのと言い聞かせてゼロ部隊に入った。その時点で身の程をわきまえていないということだよ」
ただ単に見栄を張りたいがためにエリートを名乗り、身の丈に合わない地位を持っている者は相応の責任を背負い、相応の代償を払うことになる。
前世で生きていたロベルトだからこそ、その言葉の意味にある程度の重みも感じられる。
だが……
「う、うるさい!僕はな、いずれこの騎士団の頂点に立つ存在なんだ!お前如き下郎が僕に指図するな!」
「こ、こいつ……」
プライドが高いエリックはロベルトの言うことに全く耳を向けずに、自分こそは絶対に正しく自分こそが正義だと強く主張する。
あまりに身勝手で他人を見下す態度に、いい加減ロベルトも自身の堪忍袋の緒が斬れてしまいそうである。
「このクソモアイ……いい加減に」
ここらで一度、そのブサイクな顔面を殴ってやろうかと思ったロベルトだったが
「いい加減に……」
「え?」
「しなさあああああああああい!!」
「ぎゃ、ぎゃあああああああ!!」
直後、横にいたアイリがいきなりエリックの懐に踏み込み、服を掴んでそのまま背負い投げを繰り出す。
あまりの出来事故に、ロベルトと、エリックの取り巻きであるニコライとアントンも茫然としてしまった。
地面に投げ飛ばされたエリックは一瞬だけ無重力を体験したのもつかの間、次の瞬間背中に激痛が走りその場で倒れて動けなくなってしまった。
「……か、華蓮さん?」
普段見ることのない前世からの幼馴染の本気を片鱗を見てしまったロベルトは、思わず敬語で呼んでしまう。
「本当に……あたしなんかに投げ飛ばされるくせに口だけは達者だね。翼風にいうなら、あんたかなりうざいし、もういっそのことイースター島に連れていってモアイごっごさせてあげようか?」
今のアイリはまさにゴミを見るような目をしており、当然そのゴミというのは目の前に転がっているエリックをさしている。
そのエリックは今までにないほど顔が恐怖で満たされており、体中を震わせながら……
「ぱ……パパあああああああああああ!!」
「ちょ、待ってよエリック-!」
「置いていかないでー!」
急に大声でパパと泣きわめき、起き上がってそのまま大通りのほうに向かって走り去っていった。
彼の取り巻きも慌ててエリックの後を追いかけて消え去る。
そして、この場に残ったのはロベルトとアイリだけだ。
「ん?どうしたの?」
「あ、いや……何か悪かったな」
「別にいいよ。あいつ、学生時代からうざかったし、あたしもすっきりしたし」
先ほどまで般若の如き顔をしていたアイリはすっかり元通りになっていた。
だが今の光景は間違いなく、ロベルトの脳裏に焼き付いたであろう。
この出来事を見てロベルトは、今後アイリを怒らせないようにしようと己の中で誓った。
「さ、それよりもさっさと荷物を入れようか。もう外も暗くなってきたし」
「はいはい」
彼女の言う通り今立っている場所からは太陽はほとんと沈みかかっており、後数分もすれば完全に見えなくなるだろう。
そうならないうちに、二人は本日の戦利品をカタルーシア家の屋敷へと入れる。
「じゃあ翼、また明日ね」
「そうだな。また明日」
荷物を入れ終わった二人は互いにそう別れを告げて、ロベルトはアイリに背を向けて自分の屋敷へと帰ってゆく。
騎士団という仕事をしている以上、いつ任務で命を落とすか分からない。
遠い未来かもしれないし、もしかしたら明日明後日になるのかもしれない。
もし死んでしまえば、もう二度と会えない。
だからこそまた明日という言葉を聞けただけでも、彼らにとっては嬉しいことでもある。
身近でありふれた言葉であるが、とても元気になる言葉でもあるのだ。
「明日からまた仕事だな……まぁ、ぼちぼちやっていくとしようか」
太陽が完全に沈み、空には無数の星が浮かび上がり始めた。
ロベルトは天に浮かぶ星を眺めながらそうぼやき、自分の屋敷へと帰っていった。