第5話 王子の噂
ロベルトはシャルロットから女神アリシアに関係する話をある程度聞いた後、現在は3人でお茶菓子を楽しんでいた。
大きなテーブルの上を彩る、高価で甘美なスイーツは口にする者の舌を唸らせ、幸せのひと時を運んでくれる。
甘く蕩けるようなその味は、一種の現実逃避にもなるのだ。
彼らはケーキスタンドの上に乗せられたスイーツ、そしてよい香りを引き立てる紅茶を一緒に飲みながら談笑をしていた。
会話の内容な主に前世での出来事。
彼らは転生者であり、前世では騎士団員ではなく、ただの学生と社会人である。
学生として、社会人として日々勤勉や仕事に明け暮れ、休日になれば買い物に行ったり人生を満喫していた。
「でさー、あの時授業中に誰かの席から変な喘ぎ声が聞こえたんだよね」
「喘ぎ声? ……まさか」
「そう! そしたら一人の男子のスマホからエロ動画が流れてたんだよ!!」
「うわっ!! やべー奴じゃん!」
「でしょ!? マジありえないし!! キモいし!!」
前世で生活した出来事、楽しかったことや笑ったこと、嬉しかったこと。
あの日々を3人で過ごした時間は、今思えばとても幸福な時間でもあった。
無論、楽しいことばかりではない。
時にはつらく、悲しいことだってたくさんあった。
だがそれでも、彼らは前世での人生はとても最高だったと胸を張って言える。
その証拠に、前世で過ごしたことを話している彼らの顔はとても幸せに満ちていたからだ。
ロベルトやアイリ……否、今の彼らは前世の海堂翼に二ノ宮華蓮として、この楽しい時間を過ごしていた。
無論、シャルロット……二ノ宮杏も忘れてはいけない。
今だけ、この部屋の中は異世界ルナティールではなく、前世の日本のカフェテラスのような空間に変わっていた。
だが……現実というのは急に戻ってくるものだ。
ここは日本ではなく、異世界ルナティール。
3人で楽しい会話をしていると、部屋の扉からノックの音が二回聞こえた。
「シャルロット様、おりますか?」
「いるわ。どうしたの?」
「ハイド団長がお越しになられました。なんでもシャルロット様に少し用があるとのことで……」
扉をノックしたメイドの言葉で、先ほどまで楽しい表情をしていた彼らの顔つきが真剣なものになる。
「分かったわ。通しなさい」
「分かりました」
シャルロットが一転して真面目な顔……通称、仕事モードの顔になる。
すぐに部屋の扉が開き、一人の男性が入ってきた。
ロベルトよりも高身長で茶髪の短髪、初対面の人ならばひるんでしまいそうなキツメの目つき。
特注品なのか他の騎士団員が着ている赤い制服ではなく、藍色の制服の上に黒いコートを着用し、腰には豪華な剣をさした30代後半の無精ひげの生えた男性。
彼らはその男の姿を確認すると椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして男に向かって敬礼をする。
「失礼する。おや、ミス・カタルーシアとエルヴェシウスも一緒だったか」
入ってきた男性はハイド・エストルンド。
アルメスタ王国には3万人を超える騎士団員がいるが、彼はこの騎士団の頂点に立つ者……すなわち騎士団の団長である。
「そんなに硬くならなくともよい。今日は非番なのだろう?楽にするがいい」
ハイドにそう言われてロベルトとアイリは敬礼のポーズから楽な姿勢になるものの、騎士団の団長の前では表情も硬くなってしまう。
「それより団長、何が御用があって家にきたんじゃないんですか?」
「あぁそうだった。要件は二つ。まずは一つ目は……これだ」
ハイドは持っていた鞄の中から大きな茶色の封筒を取り出し、それをシャルロットに渡す。
「アムレアン盗賊団に関する資料だ。本当は明日渡そうかと思ったのだが、ちょうど家の前を通ったからな。ついでだから寄って渡すことにした」
「すみませんわざわざ。後から目を通しておきます」
シャルロットはハイドから書類を受け取ると、軽く頭を下げる。
「もう一つは……これはエルヴェシウスと副団長は知らないことだが……実は二週間ほど前、ラマー王子が遠征に出かけてな。明日、凱旋なさる」
「え? 王子が凱旋?」
「詳しいことは私も知らん。何やら陛下の勅命任務故に私にも話は回ってこなかったからな」
ハイドの言うラマー王子、それはこのアルメスタ王国の国王、オスカー・スタンリー・アルメスタの息子であるラマー・ゴードン・アルメスタのことである。
即ちオスカー亡き後に王位を次ぐ、王位継承者だ。
ロベルトはラマーの顔を頭の中で必死に思い出そうとするが、顔のピントがずれてぼやけているのかいまいち思い出せない。
一応エルヴェシウス家を含めた八貴族はお茶会やら社交界等で他の貴族、王族主催のパーティーに呼ばれている。
過去にロベルトもその手のパーティーに何度も出ているが、流石に王族相手に面と向かって話したことは一度もない。
「明日はこの街に凱旋し、その次の日は凱旋パーティーを開くとのことだ。どうせ貴様ら八貴族はパーティーには強制参加なのだろう?」
「そうですね。パーティーともなると、またドレス選びが大変で……」
「貴様のドレス選びなぞどうでもいい。それより明日はパレードがあり、騎士団の大半はそのパレードの警備だ。無論、貴様たちにも出てもらうがな」
ハイドはシャルロットのドレスのことなど知ったことではないと一蹴し、明日はパレード、明後日は凱旋パーティーがあるとの趣旨をロベルトたちに伝える。
言うべき要件だけを伝えるとハイドは着ているコートを翻しながら扉のほうに体を向けて、そのまま部屋を出ようとする。
だが出る直前、ピタリとその場で止まり……
「あぁ、最後に一つ言い忘れていた。警備の場所については明日通達する。明日の9時には騎士団本部の大聖堂に集合だ。遅れないように」
と、顔をこちらに向けずにそのまま退出していった。
彼から感じた貫録や発言のひとつひとつがその場の空気を変え、ハイドが出ていった後もロベルトとアイリはまだ少しの間、その場で立ち尽くしていた。
まさに騎士団団長の肩書は伊達ではないと、肌で感じ取れる瞬間であった。
「ラマー王子が遠征任務に行っていったなんて、知らなかったわ」
「王子ですか……ん?おい華蓮、どうした?」
ロベルトはこの時、アイリの表情が苦虫をかみつぶしたような顔つきになっているのに気づいた。
今の会話の内容からして、ラマー王子に関係することに嫌なことでもあったのかもしれない。
「あのね、あたしあの王子あまり好きじゃないんだよね」
「は? 何で?」
「実は半年ほど前に私たちカタルーシア家が呼ばれたパーティーにラマー王子が現れたんだけど、その時に華蓮が少しね……」
「そう! あのクソ王子! めちゃくちゃしつこくナンパしてきて……もう思い出したら腹が立ってきた!!」
どうやらアイリにラマー王子の話はタブーだったようで、やかんのお湯が急激に沸騰したかの如く、一人で勝手に怒り出す。
あの状態になるとロベルトでも彼女をなだめるのはかなりしんどい。
さらにソファーに置いてあったクッションに、右手でグーパンチを何度も食らわせる。
腹が立つ王子一人の代わりにクッションがかわいそうである。
「落ち着けって。それよりこの後買い物に行くんだろ? 付き合ってやるから堪えろ」
「……ほんとに?」
「本当だ。なんなら荷物持ちでもやってやるから」
機嫌を直そうとして、ロベルトはアイリと昨日約束をした買い物に行かせようと一声かける。
その言葉を聞いたアイリは急に表情がにこやかになりつつ……
「いやー悪いね! それじゃお姉ちゃん! ちょっと買い物に出かけてくるからー!」
「ちょ、待てっておい!!」
急にロベルトの腕を掴んで部屋を飛び出し、そのまま街へ行くことになった。
「気をつけなさいねー」
アイリに半ば強引に連れていかれたロベルトは、メランシェルのとある場所に着ていた。
クレミア通り、メランシェルの中でも数多くの飲食店が立ち並び、小さな広場の中央に時計塔が建てられているエリア。
規則的に動く時計塔の針は、もうすぐお昼の12時を指し示す。
この時間は昼食時であり、腹を空かせた多くの人が胃袋を満たすためこのクレミア通りを訪れる。
そして飲食店も客を呼び込むために、様々な戦略などを駆使して客集めに翻弄する。
わざとらしく焼き立てのパンの匂いを外に放ち、店の中にお客を誘導するパン屋に、試食品を食べさせてもっと食べさせたいと思わせる肉屋など。
このクレミア通りを見渡せば、既に多くのお客が様々なお店の中へと入っていく。
「おー、やっぱりこの時間帯は人が多いねー」
「騎士団の奴らも、昼休憩のために昼食をとる時間帯でもあるからな。ほら、あっちやこっちにも」
ロベルトの目線の先には、腰に剣をさして制服を着た騎士団の者たちが男女問わず、お店にの中に入っていく。
街を守る騎士団員とはいえ、彼らも休憩や食事を必要とする人間だ。
ちょうど休憩時間に入ったのか辺りを見渡すと、制服姿の騎士団員が色んなお店の中に入店する。
「翼、買い物の前にちょっと何か食べようか。何がいい?」
「それじゃ……クローチェだな」
「だったら、ペスカティアだね」
ロベルトの言うクローチェという食べ物、それは前世でいうスパゲッティのことであり、アイリが口にしたペスカティアとはクローチェ……スパゲッティがもっぱらおいしいと評判のお店のこと。
食べるものが決まった二人は、目的地であるペスカティアというお店まで足を運ぶ。
この時間故、早くいかなければ店内の席はすべて埋まってしまうだろう。
クレミア通りを埋め尽くす人込みをよけながら、彼らはペスカティアへと向かう。
クレミア通りの端に位置する目的の店、ペスカティアへと入店したロベルトとアイリは、店員に案内された席に腰を下ろし、クローチェを二人分注文した。
店内は既に人で溢れかえっており、ロベルトが来た時にはほぼ席は埋まっていた。
特に子供含めた若者や家族連れが多く、あちこちから賑やかな声が聞こえる。
これだけ多くの人がいるということは、それだけお店が繁盛しているという何よりの証拠でもある。
ロベルトが入店したと同時に、二人のお客がちょうど入れ替わるように店を出ていったおかげで、運よく彼らは席を確保できたのだ。
「お待たせしました、クローチェです」
若くて可愛い女性店員がメイド服を着たまま、トレーに乗せられた二人分のクローチェをロベルトとアイリの前に置く。
「では、ごゆっくりどうぞ」
最後に女性店員はレシートを机の上に置いて、自分の仕事に戻っていった。
ロベルトとアイリの前にあるのは、今できたばかりの美味しそうなクローチェ。
ゆでたてなのか、麺からかすかに見える湯気が食欲を増幅させる。
「おっ、来た来た」
「じゃあ、いっただきまーす!」
アイリはテーブルに最初から置かれていたフォークを手に取り、慣れた手つきでクローチェの麺を巻き取り、それを口の中に入れる。
「んーおいひー!」
と、どうやら味に関しては文句なしのようで彼女はご満悦のようだ。
それにしても先ほどは家でスイーツを食べたばかりなのに、まだ食べれるらしい。
順番は逆だが甘いものは別腹、とはよく言ったものである。
ロベルトもフォークを手に取って、アイリと同じようにクローチェの麺を巻き取って一口食べた。
「……うん、流石だな。一か月ぶりに食べたが、やっぱりうまい」
コシのある麺に絡まるソースが絶妙に会う一品であり、この店のマスターが押すだけある。
その後もロベルトはアイリとここ最近の近状を話しながら、クローチェを食べていたとき……
「あれ? ロベルトとアイリじゃん!」
「ん?」
席に座っているロベルトの背後から、彼らの名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。
口にクローチェを加えながらロベルトは、声の主を確かめるために首を後ろに向ける。
すらりとした茶髪の長髪、華蓮と同じくらいの伸長の少女。
髪につけている音符の髪飾りが、彼女の可愛さを一層引き立てていた。
それがこの女性、セラ・エウレニウス。
ロベルトとアイリとは騎士学校時代からの同級生で、このアルメスタ王国の八貴族の一つ、エウレニウス家の令嬢である。
「あっ! セラ! お仕事中?」
「そう。ちょうどお昼休憩だったからここでご飯食べてたんだよ。それにしてもロベルト、久しぶりだねー! 最後に会ったのって一年くらい前じゃない?」
「いや、お茶会やら交流会などでよく会ってるだろ。一緒に仕事をしたのは一年ほど前なのは確かだけどさ」
「そうだったかな?」
アイリの言う通り、セラは騎士団としての仕事中のようで、ここには昼食を食べに来たようだ。
その証拠に、今のセラは騎士団員の制服をびしっと着こなしている。
まだロベルトやアイリと歳も近いながらも、凛とした風格や堂々とした恰好は大人の女性のような印象としても見受けられる。
もっとも、それとは逆に彼女は性格的には知的な大人というより、歳相応の女の子ではあるが。
「あ、それと二人とも、明日ラマー王子が帰ってくること知ってた? 私は昨日の夜に電話で通達が来たんだけど」
「俺は昨日、長期の任務から帰ってきたばかりだから知ったのはついさっきだ」
「……」
セラは明日、この国の王子であるラマーが任務から帰ってくるということを話しはじめる。
だがセラがその話をした瞬間、ロベルトの前に座っていたアイリが再び嫌な顔をしだす。
アイリはあの王子の事を思い出したくないのか、目の前に置かれているクローチェをフォークで巻き取り、食べることだけに集中する。
「ごめんロベルト、ちょっといい?」
「な、なんだよ……」
突如、セラは自分の顔をロベルトの耳元まで近づける。
「あまりさ……あまり大きい声でいえないけど、ラマー王子のあの噂、知ってる?」
「噂? いや、知らないが」
セラはロベルトにだけ聞こえるように、極力声を小さくしてロベルトに囁く。
彼女の言うラマーの噂、それを自らの口で語る。
「ラマー王子って、結構女好きって噂なのよ。別邸を持っていて気に入った女性はそこに連れ込んでいるとか、パーティーとかで気に入った女性は口説いたりとかね」
「あぁそれか。華蓮が口説かれたらしいぞ」
「え、アイリが?」
リナリーを始めとしたロベルトの関係者は全員、ロベルトがアイリの事を華蓮と呼んでいるのを知っており、逆にアイリもロベルトのことを翼と呼んでいることを知っている。
「へぇそうだったんだ。じゃあもう一つの噂も本当なのかな」
「もう一つの噂ってなんだよ?」
ロベルトがそういうと、再びセラはロベルトの耳元でその噂の内容を囁く。
「実はね……今盗賊団の件でうちの騎士団も大変だけどさ……今別の事件もひそかに抱えているのよ」
「別の事件? そんなの初耳だぞ」
「一部しか知らないからね。今さ、この大陸でちょうど私たちと同じくらいの年齢の女性が、何人か行方不明になる事件が起きているのよ」
「……おい、まさか」
セラがここまで話すと、ロベルトはセラが何が言いたいのか、頭の中で瞬時に理解した。
彼の中で嫌な予感がしたが、恐る恐るセラに尋ねる。
「……そのまさかよ。ラマー王子が連れてきた女性が行方不明になった女性と似てるって報告が数件きたのよ」
セラがとんでもないことを発言した。
何せ噂の張本人はこのアルメスタ王国の王子。
もしこのことが王室にでも触れれば最悪、王室の逆鱗に触れて一族もろとも処刑なんてことも十分あり得る。
故に、他の誰にも聞かれないように小声でいう必要があった。
「でも似ているってだけって報告だし、行方不明になった人も多くないから騎士団も本格的には動いていないけどね。王家のほうもあまり真に受けていないし」
「そうか……一応お前も気をつけろよ? セラは意外と男にモテるし」
「あら? それって褒めてるつもりかな?」
「そのつもりだが?」
ロベルトはそのセリフと共に口角をわずかに上げて、にやりと笑う。
だがセラは悪い気はしなかったので、嬉しそうな顔をしつつ
「じゃあその言葉、ありがたくいただくね。それじゃアイリ、また明日ね」
「え? あ、うん! また明日ね!」
そう言って長い髪を靡かせながら、店の入り口まで歩いていき、レジでお金を払って店を後にした。
「翼、セラと何を話していたの?」
「明日の凱旋パレードの件だよ」
「ふぅん……」
アイリはクローチェを食べるのに夢中になっており、さらにセラとロベルトは小声で話していたので、何を話していたのかはよく聞き取れなかった。
二人が本当に話していたのはラマー王子の良くない噂。
だがここでその噂の事を話したら、アイリは驚きのあまり大声を出してしまううえに、噂の事が王室にまでばれてしまう危険性がある。
故に、ロベルトは今は黙っておくことにした。
それに現在アルメスタ王国騎士団はアムレアン盗賊団の件で忙しいため、王子の噂どころではない。
しかしロベルトは、いずれ事が大きくなるかもしれないと自身に念を押すように、噂の件は頭の片隅に入れておこうと考えた。
ペスカティアにて、己の腹を美味しい料理で満たした二人は店を後にして、メランシェルのメインストリートに着ていた。
このエリアは服屋やアクセサリー、本屋といったメランシェルの中でも娯楽のためのお店が多く並んでおり、メランシェルの住民だけではなく隣国からも多くの観光客が集まる場所でもあった。
現在ロベルトとアイリは服屋とアクセサリーが打っているブティックへと足を運んでいた。
「あっ、翼ー! これどうかなー!」
「あー、いいんじゃないか?」
「ちょっと、真面目に見てよー!」
アイリは両手に持った服をロベルトに見せるも、本人は別の商品にくぎ付けになっており、彼女が手にした商品など上の空であった。
ロベルトとしても彼女を不機嫌にさせるのも面倒だったので、横に顔を向けてアイリが持っていた商品を見ると……
「ちょ、おい! 何だそれ!?」
「どう? 翼の好きそうなものだけど?」
アイリが持ってる服は前世で当時学生だった二人がよく知っている服、黒いジャケットに赤いリボン、短いスカートというブレザーの女子制服であった。
「……なぜそんなものがここに?」
「さぁ、知らないよ」
と、ロベルトは首をかしげて考える。
しかしよくよく考えると、二つほど可能性がある。
一つ目はロベルトやアイリ、シャルロット以外にも転生者がいるという点。
となればその人も前世の知識があるので、こういう制服を作って流行らせたという可能性がある。
二つ目は転生ではなく転移。
転生は一度死んでしまうが転移は生きたままこの世界にくるので、何かしらの理由でこの世界に来た時には制服を着ていた。
しかし金銭等の問題で着ていた服を売ったという可能性もある。
「で、お前それ買うのか?」
「いや、買わないよ! もうそんな歳じゃないし!」
アイリも以前は二ノ宮華蓮という前世は日本人という転生者。
彼女もロベルトと同じ17歳でその人生を一度終わらせている。
そして転生し、この世界で18年生きているので、もはやこの制服を着るのは彼女としては恥ずかしいのだろう。
「そうかいそうかい。じゃあこれはどうだ?」
と、そう言ってロベルトが戸棚からとったのは、鮮やかな青が印象的なマリンブルーの宝石のイヤリング。
少し大きいので、女性にとっては小顔効果も期待できる一品。
「えっ……何それ、綺麗……」
「気に入ったようだな。仕方ないから買ってやるよ」
「いいの!?」
「気にすんな。たまたまそういう気分だし」
ロベルトはポケットから財布を取り出し、奢ってやるという意思を華蓮に見せる。
やはり女性としてはこういうアクセサリーには目がないのだろう。
「じゃ、じゃああたしも……」
だがアイリも奢ってばかりも悪いと思ったのか、彼女も戸棚に並んでいる商品を見る。
戸棚に並んでいるのはどれもこれも女性向けのアクセサリーがほとんどだが、ロベルトはどちらかといえば女顔なので、こういうアクセサリーも似合うだろう。
そして少し悩んだ末、彼女が手に取ったアクセサリーは……
「これ、どうかな?」
形は少し違うが、ロベルトが手に取ったものと同じマリンブルーの宝石が目立つイヤリングであった。
「俺が付けても似合わないだろ」
「いいから。ほら、じっとして」
アイリは少し強めにそう言うと、ロベルトの耳に手に持ったイヤリングをつける。
「ほら、いい感じじゃん。鏡見て」
アイリに言われた通り、ロベルトは近くの机に置かれた鏡で自分の顔を見る。
そこにはイヤリングを付けたことで可愛さが増した、もはや男には見えないロベルトが映っていた。
こんなにも自分は可愛いのか?と内心戸惑いつつ、ロベルトは顔を少し赤める。
「ね? 似合うでしょ? 可愛いじゃん」
「……前世であれば間違いなく似合わなかったな」
「そうだね」
男たるもの、かっこいいと言われると嬉しいが、可愛いと言われると正直戸惑う。
だが転生した第二の人生では、こういうのも悪くはないと思ったロベルトであった。
その後ロベルトはアイリのイヤリングを購入し、アイリもロベルトのイヤリングを購入して、互いに渡す。
人生初のイヤリングに、ロベルトの顔はどこか嬉しそうであり、帰ったらつけようと心に決めた。