第35話 温泉と覗きと茶屋とジジイ
劇場にてカエデの演劇を見終えた彼らはミクリの案内で城に戻り、それぞれ今日泊まる部屋へと案内された。
そこでロベルトを待っていたのは、懐かしき日本の思い出が蘇るい草の香りが漂う和室だった。
部屋の隅に置かれた年期の入った箪笥、壁にぶら下がった誰が書いたかも分からない達筆の掛け軸。
夜の部屋に灯りをもたらす小さな行燈など、気分はもはや京都の旅館にでも来た感じだ。
だが何よりこの城の見どころは……
「おぉー凄い絶景じゃねぇか! ここからは街全体がよく見えるな!」
部屋の襖を開けて廊下に出ると、ロベルトの瞳に広がるはヤクモ国の首都、イズモの城下町。
黒い瓦屋根が敷き詰められ、各地に建てられた高い煙突から煙が噴き出る。
西洋の雰囲気が色濃い異世界とは真逆の和の雰囲気が街全体を包み、時折吹く優しい風がロベルトの頬に当たり、艶のある髪を撫でる。
まるで生き返って前世に帰ってきた気分にもなる。
「お、いたいた。おーい翼ー!」
横からの声にロベルトは思わず振り返ると、アイリとシャルロットが立っていた。
これからは自由時間のため、二人はどこかに出かけるのだろう。
出来るのであれば、ロベルトはこれから昨日、セラに教えてもらったサクラ茶屋に顔を出しに行きたいところであったが……
「翼君、これから温泉に入り行こうと思うんだけど、一緒に行く?」
シャルロットがそう誘ってきた。
このヤクモ国は温泉観光地としても有名であり、隣国のナギ国やアルメスタ王国からも温泉目的で来る人も多い。
アルメスタを出る前にナタリーがこの国は温泉で有名だという事を言っていたのを思い出したロベルト。
ならば一度は温泉に入るのも悪くはない。
「いいですね。せっかくだからみんな誘っていきましょうよ」
「いいね! じゃあ温泉にレッツゴー!」
元気のよいアイリの一声でイザナミ城を出た一同は、とある温泉へと向かっていた。
イズモの西側にある純潔乙女の湯という温泉だ。
どうやらこの温泉、ミクリがおすすめする温泉とのことで彼女曰く、凄い伝承があるらしい。
ヤクモ国が建国される以前、遥か大昔……一人の乙女がこの温泉を訪れた。
その乙女がこの温泉に来るまでに、数々の辱めや暴力を受け、日々苦しみに耐えながら生きてきた。
ある日乙女はこの温泉を見つけ、日々の苦しみを少しでも癒すためにこの温泉に自らの体を沈めた瞬間、体中の傷が消え、更に乙女としての純潔を取り戻したそうだ。
一説ではこの温泉には神の加護が宿っており、その神の加護のおかげで乙女はその後、平和に余生を過ごせたらしい。
そんな逸話があるため、この純潔乙女の湯には女性を中心に人気がある。
無論、この温泉にも男湯はあるため、ロベルト達も問題なく入れる。
そして現在……脱衣所で服を脱いだ男どもは露天風呂に入り浸り、完全に風呂を満喫していた。
ロベルトは外見が女寄りのため、一度周りの男からも一瞬女かと疑われたものの、すっかり慣れたようだ。
今にもカポーンという効果音が聞こえてきそうな風呂場で、温泉から立ち上る湯気がいいムードを演出している。
「いい湯だな!思わず口ずさんでしまうな!」
「まさに極楽ですね」
白く濁った露天風呂に男3人が楽しそうに入浴している。
ロベルト、アルト、ロウの3人だ。
ロベルトは伸びた髪をセラから貰ったバレッタでちゃんと止めているのに対し、ロウは伸びた髪をがっつりお湯の中に入れている。
完全にマナー違反なのだが、この男にそんなこと言っても聞かないだろう。
「それにしてもロウさん、その腕の絵って格好いいっすね!」
「おうアルト、分かるか!? この腕に彫っている竜の凄さを!」
「それって竜なんですか!? なんか俺のイメージしている竜とは違うんですけど」
アルトはロウの鍛えられた右腕に彫られている竜の刺青に興味津々のようだ。
確かにアルトの言う通り、異世界では基本竜……ドラゴンというのは巨体に翼を生やしている西洋のドラゴンのイメージが強い。
ロウの腕の竜は所謂東洋の竜なので、アルトが知らないのも無理はない。
「何ならお前も腕に彫ってみるか?」
「彫る? これって書いているんじゃないですか?」
「これは刺青って言ってな、針に墨つけて体に彫るんだよ。それにこれ、入れる時結構痛いし一度入れたら基本二度と消せないからな」
「マジっすか? ……じゃあやめておきますわ」
「そうだな。刺青ってのは軽いノリで入れるようなものじゃねぇからな。この刺青はな……俺の覚悟の証なんだよ」
前世ではファッション感覚で入れる人も多いが、一部の裏の人にとって刺青というのは、誰かや組織に対する忠誠、忠義の証でもある。
ロウの言った通り、刺青は一度彫ったら一生消すことはできない。
この世界では魔法で消せるかもしれないが、前世では最新技術をもってしても全部消すことさえ不可能なのだから。
なので刺青を入れるというこは相応の覚悟は必要なのだ。
「そういえばロウさん。その刺青、いつから入れてたんですか?」
「5年前だな。リンメイに腕のいい彫師がいてな、その人に彫ってもらったんだ」
そう言ってロウはお湯の中に浸かっていた右腕を上げて彼らに見せる。
湯気に包まれた右腕の竜は、雄叫びを上げながら炎の海を舞っており、彼にとってその刺青は主と呼ぶバンや、妹のような存在であるシンイーに対する忠義の証だ。
「でもいいですよね。そう言った覚悟の証って。なんだか男として尊敬しますよ」
「そうだろ。お前は見た目は女みたいだけどな」
「それは言わないでください。ちょっと気にしてるんですから」
ただでさえ周りの男性客からの視線がさっきから自分に刺さるロベルトに、ロウの言葉がさらに突き刺さる。
転生して18年、彼もまさか見た目だけは女みたいになるとは思わなかっただろう。
今でこそすっかり慣れたものだが、一応気にしているみたいだった。
照れを隠すようにロベルトは体をしっかりと温泉に浸かり、その身を芯まで温める。
どうやらこの温泉、肌がすべすべになる美容効果がかなり期待されており、女性に人気が集まっているのはそれが理由である。
ミクリもおすすめするのも納得する話だ。
アルトとロウが他愛もない話をしているのを他所に、ロベルトは一人温泉に浸かって頭の中の幻想世界へと没頭していた時だった。
「アイリさん、副団長さん。いいお湯ですわね」
「あぁーいいお湯だなぁ! お姉ちゃん!」
「そうねぇー。これは日々の仕事の疲れが癒されるわぁー」
仕切りの向こう側から聞きなれた女性の声……アイリ、シャルロット、リナリーの声が聞こえた。
どうやら向こうもそれなりに温泉を満喫しているようだった。
だが次の瞬間、アイリはとんでもない行動に出る。
「それにしてもリナリーちゃん、ちょっと胸、大きくなった?」
「えぇ!? アイリさん、突然何を?」
「へへぇ……ちょっとごめんねぇー」
「ひゃあ! あ、アイリさん!?」
「おぉー! これはこれは…ちょっと大きいねぇ…多分これからもう少し大きくなるよ」
「ちょ、やあ…ひゃあ! あ、アイリさん!」
突然のセクハラ親父と化したアイリと仕切りの向こう側から聞こえる妹の喘ぎ声。
それを聞いた男たちは無意識のうちに己の中に閉じ込めていた性欲が沸々と思わず沸き立つ。
(あ、あいつ……何してるんだよ!?)
聞こえた声の内容から、アイリがリナリーの胸を揉んでいるのだろう。
女同士でしかも知り合いだからこそ許される行為だ。
(……くそ、我慢だ我慢)
ロベルトもこんな見た目だが中身はちゃんとした男。
性に関しては全く興味がない訳ではなかったが、それでも大事な幼馴染や大切な妹の裸を覗いてまで性を満たそうという堕ちた考えは持っていなかった。
口まで湯船につかっていかがわしい雑念を忘れ去ろうと、他の事を必死に考えていたが……
「……おい、アルト」
「えぇ、分かっていますよロウさん」
目の前にいた野郎二人の顔が不気味な笑みを作っては歪む。
次の瞬間、二人は湯船からザバっと音を立てて立ち上がる。
しかも位置関係からロベルトはロウとアルトと対面した形で入浴していたため、彼は二人についている男の証をモロに見えてしまいそうだったが、湯船から立ち上がる濃厚の湯気のおかげでかろうじて隠れて見えなかった。
すると二人は背後を振り向き、女湯の仕切りに向かって……
「「いざ、突入ー!!」」
「あっ! こらテメェら待ちやがれ!!」
そのまま勢いよくダッシュした。
ロベルトもすぐさま立ち上がり、近くに置いてあったタオルを腰に巻き、すぐさま彼らの後を追う。
しかし風呂場は基本的に水浸しのため、そのまま追いかけようとしても派手に転んで痛い目みるのはこちらのほうだ。
転ばないように慎重に、かつ迅速に二人を追いかけたロベルトは手始めに左手でアルトの肩を掴み、右手でロウの髪の毛を掴む。
そのせいでロウの顔ががくんと真上を向き、表情もさらに歪む。
「あだだだ!! 放せロベルト! お前も男なら俺の気持ちが分かるだろ!? さっさとその手を放して柵の向こうの極楽浄土を拝ませろ!!」
「そんな気持ち分かりたくないわ!! 覗いたらヴァルハラ行ってすぐニヴルヘイム直行だぞ!!」
ヴァルハラとは北欧神話において主神オーディンの宮殿ともいうが、広義で言えば戦場で命を落とした戦士の魂が行く場所。
要は北欧神話における天国であり、逆にニヴルヘイムは地獄の事をさす。
柵の向こう側は男は見ることすらも禁じられた乙女の聖域。
覗けは一瞬天国のような光景が拝めるが、後に待っているのはまさに地獄だ。
ちなみに本家ヴァルハラは一般的にイメージする穏やかな天国とは真逆で、毎日戦士が戦っては死んでも夕方には蘇って、夜には宴を楽しむという武術の国であるナギ国にも負けないヤバいところである。
「ロベルト! お前にはわからねぇのか!? さぁお前もあの仕切りを覗いて一緒に行こうぜ! 無限大の彼方へ!!」
「その彼方には俺は行く気ないからな!! ノエルに言いつけるからな!」
婚約者がいながら他の女の裸を覗こうとする最低男には、少しばかりお灸が必要である。
この任務が帰ったら今回の行いをしっかりとノエルに報告すべきだと、ロベルトは判断した。
アルメスタを出る前、問題を起こすなと散々言われた癖に、ここにきてやらかそうとするアルトに軽く軽蔑する。
(くっ、くそ……手が……滑る!)
決して覗きをさせまいと二人を肩と髪を引っ張るロベルトだったが、ここにきて両手に異変が起きた。
彼らが入っていたのは露天風呂であり、更にここは女性に人気のお肌がすべすべになる天然温泉。
つまり……彼らは天然温泉に入っていたおかげで、体中がすべすべの状態。
しかもロウに至っては髪もどっぷり湯船につかっていたせいで、余計に滑る。
そしてついに……
「あいたぁ!」
「よっしぁ! おらアルト! 行くぞ!」
「はい! 待ってろ女風呂! いざ楽園へ!」
二人の体と髪はロベルトから離れ、彼らはそのまま仕切りの向こう側の女湯へとダッシュしていった。
勢いよく手を放してしまったせいでロベルトは盛大に倒れ、地面に顔面をぶつけてしまい、鼻血を出してしまう。
これでは可愛い顔も台無しだ。
そんなロベルトを他所に、男二人はしきりに手をかけ……
「よっしゃ! どれどれ……」
(……しまった)
とうとう二人は仕切りのてっぺんに到達し、顔を出して女湯を覗いてしまった。
生まれたままの姿の拝めてさぞかし興奮するのかと思いきや、何やらあの二人……少し様子がおかしかった。
「……何だ?」
仕切りを覗いたまま石のように固まり、微動だにしていないアルトとロウ。
だが次の瞬間……
「「ぎゃああああああああああああああああ!!」」
二人は雄叫びを上げながら仕切りを手を放し、こちら側に仰向けになりながら倒れ込む。
一体何が起こったのか、ロベルトですら理解が追い付いていなかった。
「え、何? どういうこと?」
ロベルトは負傷した顔を手で押さえながら、一応倒れた二人を確認して起き上がる。
近づくとロウとアルトはなぜか目を回してそのまま気絶していた。
仕切りの向こう側から桶を投げつけられたわけではなさそうだが、なぜそうなったのか。
「おやおや、この人たち、あんたのお連れさんか?」
「え? あ、はい」
突如、よぼよぼの老人が笑顔でこちらに近づいてきた。
「もしかして女湯を覗こうとしたのかい? それだったら残念だったね。この街の温泉の仕切りすべてにはミクリ様がある術をかけていてね。覗こうとすれば最後、その者は幻術にかかって気絶するんじゃよ」
「幻術!? ミクリさまってそんなことできるんですか!?」
「おや、あんたはこの国の人じゃないのかい? ミクリ様含めたスメラギ一族は、陰陽術が使えるんじゃよ。この国に住んでいる人たちならば誰でも知っていることだがね」
「……そうだったんですね。教えていただきありがとうございます」
異世界では魔法が一般的ではあるが、まさかミクリの一族が陰陽術を使えると知って内心驚きを隠せないロベルト。
陰陽術とは文字通り陰陽師が使う術であり、起源は古代中国にある。
陰陽五行説が日本に独自の発展を遂げ、暦や占い、果ては風水と言ったものに陰陽が関連している。
呪術も言い換えれば陰陽術の一つになる。
そして先ほどの老人の言葉が真実であるならば、倒れているロウとアルトは女湯を覗こうとして見事、ミクリの仕掛けた幻術に引っかかったというわけだ。
(……やれやれ、とりあえず脱衣所に運んでおくか)
このまま放っておいてもよかったのだが、他のお客さんの迷惑にもなるため、ロベルトは裸の男二人を乱暴に引きずって脱衣所に放置しておくことにした。
この時ロベルトの頭の中にはミクリの陰陽術の事で頭が一杯になっており、時間があるときにでも聞いたほうがいいと、そう思いつつ風呂場を後にした。
時刻は3時ちょうど、太陽が少し西に傾きつつほんのりと地平線に朱が交わる時間帯。
ロベルトはアイリを連れてとある場所に来ていた。
昨日セラから話を聞いていた、トゲツ川沿いに立つ茶屋、サクラ茶屋である。
ヤクモ国に到着した頃ばかりの時は人で溢れかえっていたが、今の時間帯は落ち着ているのか人の出入りはまばら。
店の外には長椅子の上に赤い敷物が敷かれており、店の傍に生えている大樹には満開の桜が咲いている。
こんな綺麗な桜の下で食べるお団子は格別にうまいこと間違いなし。
「んー! おいひー! お団子なんて久しぶりに食べたなー!」
この娘、本当に食い意地だけは張っている。
アイリが持っている白、緑、ピンクの三色団子はこの店でも一番の看板商品。
夕方になれば大抵は売り切れている。
他にも饅頭やういろう、きんつばや栗きんとんなど、和菓子が豊富。
それらを食べながら飲む緑茶も、ロベルト達の心を古き良き祖国へと思いはせるであろう。
「それにしても……翼、その服似合うね」
「似合うね、じゃねーよ。何でこんな服着せたんだよ」
和菓子はおいしくても、ロベルトはバツが悪そうな表情をする。
というのも、今彼らが来ているのは騎士団の制服ではなく、ヤクモ国で作られた着物。
それも女性用……ロベルトが着ているのもそれだ。
「いいじゃん。せっかくヤクモ国に来たんだから着物は一度着てみたかったんだよね」
「だからって俺にも着せるな」
着物と言って種類は多岐に渡る。
今ロベルトとアイリが来ている着物は小紋と呼ばれる気軽なお出かけ用の着物。
他にも花嫁衣装の白無垢や色打掛、お祝い用の礼装として着る色留袖など、女性用の着物は男性に比べて多い。
ヤクモ国の各所には観光客向けの着物レンタル店があり、女性を中心として人気がある。
ロベルトは着るつもりはなかったのだが、しぶしぶアイリの我儘に付き合ってきたのだろう。
「うーん、この水羊羹もなかなかにいけるな。餡子が絶妙においしい」
そう言ってロベルトは黒文字という菓子楊枝で羊羹を小さく分け、それを口に入れる。
コシのある餡子の風味が噛めば噛むほど甘味が増す。
懐かしい味は遠い記憶を呼び起こしてしまうほどに。
なるほど、これはモニカもおすすめするのも納得である。
と、二人で桜の下で和菓子を堪能していたとき……
「しまったああああああああああああ!!」
「うおぉ!?」
「なにっ!?」
突如店内から男性の雄叫びが聞こえ、驚いてしまう。
あまりの出来事に黒文字にさしていた羊羹を思わず落とすも、何とか小皿で受け止める。
何事かと思い、ロベルトは店内をのぞき込むと一人の老人があちこち自分の体をまさぐって何かを探していた。
「しまった……まさか財布を忘れるとは……このシドウ……一生の不覚!」
どうやらあの老人、財布を忘れてしまったようだ。
だが財布を忘れただけであのようなオーバーリアクションをとるとは、あまりにも大袈裟だ。
忘れたのであれば今から家に帰って、さっさと取りにいけばいいだけのこと。
しかし見たところ高齢であり、今から取りに行って戻ってきてまた帰る……老人にとってはつらいところだ。
「やれやれ……」
店の外から見ていたロベルトは羊羹を一口入れると、店内に入っていく。
放っておいてもよかったのだが、このまま財布がないと騒がれてはおいしい和菓子もまずくなる。
あまり気乗りしないはしないものの、ここはひとつ助け舟をしてやるとしよう。
「お爺さん、お困りですか?」
「ん? あぁ実は財布を……おや? 其方、男か?」
「おっ、よくわかりましたね」
元より女っぽい顔立ちに女性用の着物を着させられている今のロベルトはどこからどう見ても美少女に近い。
そんな中で即座に男と見抜いたこの老人、どうやら只者ではない。
「それよりも、財布忘れてお金払えないんですよね。代わりに出してあげますよ」
「いいのかい? 済まないね……こんな見ず知らずの老いぼれのために」
「構いませんよ。これでも私、アルメスタ王国の騎士でしてね。困っている人はどうも放っておけない……自分でいうのもなんですが、お人よしってやつですよ」
ロベルト……生前の海堂翼は意外と人に対して気を遣うことも多かった。
誰かに常に優しく、決して曲がったことが嫌いな少年。
その信念は転生したロベルト・エルヴェシウスに、しっかりと受け継がれていた。
「それで? 何が欲しいんですか?」
「えーと、これとこれと、これじゃな」
老人が欲しがったのはこの店の名物である三色団子と桜餅、そして羊羹の3つ。
どれも緑茶とセットで食べるとおいしい和菓子だ。
ロベルトは自分の財布を取り出して、お札をいくらか店員に出す。
騎士団員でもあり、貴族であるロベルトにとってはこんなもの、大した額ではない。
そして代わりに商品である和菓子が入った箱を受け取って、それを老人に渡す。
「はいどうぞ」
「ありがとね。……おや?」
ロベルトから商品を受け取ったとき、老人の顔つきが険しくなる。
と、今度はロベルトの顔を見ては次の瞬間、驚くことを口にした。
「驚いた……お主、まさか、ラグナを宿しているとはな」
「えっ!? ま、まさか……」
ラグナという単語を聞いたロベルトは思わず面食らった顔をしてしまった。
ラグナ所有者は右手の甲に紋章が浮かび、同じラグナを宿している者同士にしか紋章が見えない。
老人がロベルトに浮かんだ紋章が見えたとなれば、答えは一つしかない。
あの老人もラグナを宿している、という帰結にたどり着く。
商品をロベルトから受け取った老人は店の出口まで歩いて、彼に再び顔を向けると……
「また明日、この時間にここに来なさい。君の力になってあげよう」
と、意味深な言葉を残して店を出ていった。
(……あの爺さん、何者なんだ?)
ただの老人かと思ったら、まさかラグナの事を知っているとは思わなかった。
少なくとも只者ではない、店を出ていくときの老人の表情からそう感じ取れた。
明日またここにこれば、力になってくれる……その言葉を信じるのであれば、もう一度、ここにこよう。
そう覚悟を決めたロベルトであった。




