第33話 女王 ミクリ・スメラギ
和の雰囲気漂うヤクモ国にて、ロベルト達はこれよりこの国の女王、ミクリ・スメラギとの謁見に臨む。
筋肉兄弟が襖を横にスライドさせて、彼らは女王の部屋へと案内された。
彼らの目の前にいる女性……一言で言えば妖艶なフインキをまとった美人が少し高いところに座っていた。
床に座布団をしいて座っており、長く伸びた白茶色の髪の毛が床にまで届いている。
煌びやかな着物が彼女を美しく彩り、扇子を手に持った姿はまさに和の国の女王である風格を漂わせている。
それがこの女性…ミクリ・スメラギ女王陛下。
この部屋も女王の謁見の間にふさわしく、い草の仄かな香りが漂う畳が敷き詰められている。
だが何より、ミクリの背後には首都イズモ全体を見渡せる大きなバルコニーがある。
これは他の国の城にはない特徴であり、まさに前世でいう清水の舞台と言ったところだろう。
女王として高いところから街を見下ろして国や民の繁栄を見守る。
女王であるミクリにふさわしい部屋だ。
(……あの髪、どうなってるんだ?)
ミクリを目にしたロベルトの最初の感想はそれだった。
美人であり麗しい、男であれば迷わず横を通り過ぎれば思わず振り向いてしまう。
だが決して触れることすらできない高嶺の花。
エミリーやリーフェン夫人に負けないくらいの美人。
それがこの女王、ミクリだ。
右手に持った長い煙管に綺麗な唇をつけて、燃やした葉の煙を吸い込む。
吐き出された煙が彼女の体を包む姿はどこか妖艶な雰囲気を感じ取れる。
しかしロベルトが気になったのは、彼女の特徴的な髪型だ。
よく見ると頭部のところが狐の耳にも見える。
おそらくはくせ毛なのだろう。
「アルメスタ王国騎士団副団長、シャルロット・カタルーシア以下数名、オスカー・スタンリー・アルメスタ国王陛下の命により、参上いたしました」
シャルロットががナギ国でバンに挨拶した時と同じように、ミクリに向かってそう挨拶をした。
ロベルト達も彼女の後に続いて頭を下げる。
だがロウだけは頭を下げずにそのまま棒のように突っ張っている。
「うむ、よいぞ。頭を上げるがよい」
ミクリから許しが出たので、彼ら全員頭を上げる。
「よく来たな、シャルロットよ。久しぶりに会えて妾も嬉しいぞ。ここ最近は盗賊団関係で忙しいと聞いたが、なんとかやっているようじゃな」
「はい、その通りでございます。実は先日ナギ国に向かう際も盗賊団が列車を襲撃してきまして……」
「その件も妾に報告が届いている。彼奴らめ、妾の国でも好き放題やりおって……先日も街から離れた神社で賽銭箱が盗まれてな、今後はより一層警備を強化しなければならん」
アムレアン盗賊団はこの大陸全土でその名が知れ渡っている。
ミクリも自分の国の神社が被害に遭ったせいで苦虫をかみつぶしたような表情をするも、流石に客人の前でいつまでもそんな顔をしているわけにもいかない。
すぐさま凛々しくも堂々とした井出立ちをする。
「さて、見ない顔もいるから改めて挨拶をしておこう。妾こそが、このヤクモ国の女王であるミクリ・スメラギじゃ。以後、お見知りおきを」
座布団から立ち上がったミクリは少し笑んだ表情をロベルト達に見せる。
オスカーやバンとは違い、お調子者なんて言葉は似合わない女王の威厳。
それこそロベルトの理想としていた王だ。
だがミクリは鋭い目つきをして、今度はロウのほうを軽く睨む。
「そして……先ほどバンの奴から連絡が来ておったが……やっぱりきおったな。このうつけが」
「よー久しぶりだなミクリちゃん!! 元気にしてたかー!? なかなか会えないから寂しかったぜぇ! なんだったら感動の再会にハグの一つでもしてやろうか!? さぁ遠慮しないでほら来いよ! 俺が受け止めてやるからよぉ!」
ロウはにやりを笑みを浮かべて両手を広げながらそう言うも、それを聞いたロベルトたちは顔面蒼白状態だった。
相手はこの国の頂点に立つ女王なのだが、ロウは久しぶりに会った友人に挨拶をする感覚でそう言った。
事もあろうに一国の女王をちゃんづけで呼ぶなど、不敬罪待ったなしだ。
「え、と……お兄様、あれがナギ国流の謁見なのでしょう……か?」
「絶対違う」
リナリーに間違った教育をしてはいけないと、ロベルトは必死に否定する。
あんな謁見の挨拶があってたまるか。
「うつけって確かバカ者って意味だよね」
「……そうだ。かの信長公もうつけって言われていたことで有名だ」
アイリの言う通り、うつけという言葉はバカ者、愚か者という意味だ。
前世でもかの有名な戦国武将、織田信長が周囲かららうつけ者と呼ばれていた。
歴史に詳しい人なら信長が亡き父の葬儀で位牌に抹香をぶちまけたのは有名なエピソードである。
「ほぅ?じゃあその言葉通り、妾の感動の再会の受け取ってもらおうか」
当然ながら無礼極まりないロウの言葉に、ミクリは表向きは冷静を装っているものの、実際は目が笑っておらず既にブチ切れていた。
よく見ると無理やり笑顔を見せていながら、こめかみ部分に青筋を立てているのが分かる。
常人でも分かるほどのオーラが背中から放出され、座布団からゆっくり立ち上がった彼女はロウに近づくと、彼女は右手を握りしめてそのままロウの腹筋に綺麗な右フックをお見舞いした。
「ふんっ!」
「ぐはぁ!!」
ミクリの右フックを食らったロウは近くにあった大きな木の柱にまで吹き飛ぶ。
柱にぶつかった衝撃で柱の梁の上に積もっていた埃もいくらか落ちる。
「さ……流石だなミクリちゃん……いいパンチだったぜ。世界……狙えるぜ……ガクッ」
しょうもないことを言ってロウは肩をがっくりと項垂れて、そのまま気絶した。
ダイヤモンド並みの硬さを誇るラグナを持ったロウを右フックで気絶させるとは……女王ミクリ、恐るべし。
「どうじゃ? 妾の再会の一撃を食らってさぞ嬉しいじゃろう。これに懲りたらその減らず口を直すことじゃな」
ミクリはロウの言葉を無視し、乱れた着物を整えつつ今度はロベルト達のほうに向きなおる。
先ほどまで見せていた苛立ちは押さえ、頂に立つべき女王として彼女は振る舞う。
「見苦しいものを見せて済まなかったな。では其方の名を聞こう」
要は名前を名乗れ、ということだ。
ロベルト、アイリ、アルト、リナリーの順番に名を名乗る。
「ふむ……副団長の妹に八貴族の子たちか。オスカーの奴、なかなかいい人材を送り込んできたな」
品定めするかのように、ミクリは自信満々に黄色の瞳でロベルトたちを見つめる。
その瞳は厳しいながらも母性溢れ、どこか懐かしい感情は思い起こす。
心のどこかで安心感を覚えるような気分を感じた。
「ところでミクリ様、おひとつ聞いてもよろしいですか?」
「ロベルトと言ったな。いいだろう、質問を許す。何なりと聞いてくれ」
「そこで気絶しているロウさんとはお知り合いなんですか?」
今のやり取りから、ミクリとロウは今回初めてあったわけではなさそうだ。
ロウが完全に馴れ馴れしい態度をしているがため、知り合いなのは確実だろう。
その事をロベルトが聞くと、彼女は重くて深いため息を吐いた。
「まぁ、そうだな。話せば少し長くなるが……そこで気絶しているうつけと初めて知り合ったのは5年前ほどじゃ。以前、仕事の関係でバンの奴が連れてきての」
やれやれと重たく話すミクリは再び煙管に口をつけて煙を吸う。
胃の中にためた煙を一気に吐き出し、彼女はロウと知り合いになったいきさつについて語りだした。
5年前……バンが連れてきたロウとミクリが初めて知り合った時の事を。
太陽が空の頂点に上っている頃、ヤクモ国、イザナミ城の謁見の間には数名の人物がいた。
一人はこの国の女王であるミクリ・スメラギ、そして側近の巫女服を着た女性が二人。
ミクリの直属護衛人、ウコン、サコンの筋肉兄弟。
そしてミクリと対面するはナギ国の大王であるバン・ハオランと……ナギ国首都警備治安部隊、ローファンに所属する男、ロウ・セイラン。
「ミクリ殿、遅れて済まなかった」
「気にするでない。遅れたのは5分くらいであろう? それくらい、妾は気にせんわ。それと……横にいる男は? 見ない顔だが」
ミクリはバンの横に突っ立っている男……ロウに目を配る。
5年前なので今より髪は短く、肩ほどまで伸びている。
それでも男の髪としては十分長いが。
「あぁ、こいつは先日うちのローファンの総隊長に就任ばかりの奴でな。信頼できる奴だ。セイラン、挨拶しろ」
「ミクリちゃんって言うのか? 初めましてー! 俺ロウ・セイランって言うんだ。よろしくなー!」
女王であるミクリに対して初めて会った時からロウは馴れ馴れしく挨拶する。
隣にいたバンはもちろん、彼女の側近の表情は青ざめており、ミクリに至っては既にこめかみに青筋が浮かんでいた。
「……おいバン。なんだこいつは?」
「す、済まない! おいセイラン! 頼むからミクリ殿にはちゃんと礼儀正しく挨拶してくれ!」
「おやっさん、前に言ったろ? 俺はおやっさん以外には頭を下げる気はねぇ。それが他国の王だろうがな」
自分が命を預ける者以外には決して媚びを売る気もなければ、下に出ることもない。
今は服で隠れて見えない右腕の竜がその覚悟を表している。
「と、いうわけだから……よろしくなミクリちゃーん! この後暇? よかったら夜になったらバーに行って一緒に飲まない? それともSNSの番号でも交換する? 後で連絡するからさー!」
もっとも、その覚悟とは真逆に本人のノリは軽すぎる。
こんな調子の主に右腕の竜は何を思っているのだろうか。
挑発とも思えるロウの言動を聞いてミクリは自分はなめられていると確信し、彼女の何かがブチ切れた。
二度三度もミクリちゃんなどとと呼ばれたことは彼女に対する不敬どころか、屈辱でもある。
右腕を上げて、背後に控えていた筋肉兄弟が前に出た。
「このうつけを仕置き部屋に連れていけ!」
「「はっ!」」
命令された筋肉兄弟は、腕を組みながらロウの前に立ちはだかる。
武術服の上からでも分かるほどに鍛えられた筋肉、常人であれば震えるほどの顰めた表情。
その姿は堂々と鎮座する大仏のようだった。
「あ? なんだこいつら?」
「申し訳ありませんが、女王様の命令故、少し痛い目にあっていただきます」
「決して恨まないでくだされ」
筋肉兄弟はロウよりも背が高いので、ロウを見下ろして威圧感を与える。
だが……
「ほぅ? それはつまり……俺と喧嘩しようって腹か? いいぜぇ……やってやるよ」
ロウは筋肉兄弟が放つ威圧感をもろともせず、自分の指を鳴らして逆に彼らを挑発し返す。
「それでは、ついてくるがいい。喧嘩の場にふさわしい部屋にご案内しよう」
「よっし、じゃあおやっさん。ひとつ暴れてくるからあとは頼んだぞー!」
「ちょ、おいセイラン!」
バンの静止を聞かず、ロウは筋肉兄弟と共に謁見の間を出ていってしまった。
なぜこんなことになってしまったのか、バンは頭を抱えて天井を仰ぐ。
「はぁ……ミクリ殿、申し訳ない。まさかこんなことになるとは……」
「まったくじゃ。なんなのだあいつは……」
「いや、根はいいやつなんだよ。だがあいつ……喧嘩になると容赦ないからな。あの兄弟が死なないことを祈るよ」
バンは内心、これからロウが何かをしでかすのではないかと心配していたのだが……残念ながら彼の予想は約5分後……見事に的中した。
「では、この製品の単価については……」
「そうじゃな。ならばこれはどうじゃ? コスト面の事を考慮してもそちらに儲けが十分入ると思うが?」
「なるほど! じゃあこれに関しては問題ないな! では次に……」
バンとミクリは互いが持っている書類を見せ合って仕事をしていた。
単価やらコストなどの単語からしてナギ国とヤクモ国で製造されている何かしらの製品の製造に関しての話だろう。
本来であれば王に仕えている大臣等がすべき仕事であろうが、バンはできることは自分でやりたいのだ。
と、その時だった。
「うらあああああああああああ!!」
聞き覚えのある男の怒号が城全体に響き渡り、直後イザナミ城全体が大きく揺れる。
山の斜面の上に大きな柱を重ねて建てられているため、衝撃が加わればそれに伴って揺れるのだ。
そのおかげで柱がミシミシと音を立てて振動し、柱の梁に積もっていた埃が振ってくる。
こんなことをする奴はバンの中で一人しかいない。
「な、な、な、なんじゃ今のは!?」
「はぁ……あいつだな」
その時、けたたましい足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
大扉のほうを見ると、巫女服を着た女性が謁見の間に慌てて入ってきた。
「ミ、ミクリ様! た、た、大変です!」
「何事じゃ!? まさか今の怒号か!?」
「はい! 仕置き部屋が大変なことに!」
巫女服の女性の言葉を聞いた二人はすぐさま謁見の間を飛び出し、ロウが連れていかれた仕置き部屋へと大急ぎへ向かう。
部屋に向かっている最中もロウの怒号が度々聞こえ、城が何度も揺れる。
「おらああ!! こんなもんじゃねぇだろうあああああああ!!」
「いぎゃあああああああああ!!」
「お許しをおおおおおおおお!!」
目的地である仕置き部屋の前につくと、中からロウと一緒に入っていった筋肉兄弟の悲鳴が聞こえてきた。
あの立派な肉体を誇る兄弟が出すとは思えない情けない悲鳴に、ミクリや巫女服の女性の顔面が青ざめる。
「ミ、ミクリ様……どうしましょう!?」
「とりあえず扉を開けろ! 奴を止めるのじゃ!」
ミクリは巫女服の女性に扉を開けるように命令するが、途端にさっきまで聞こえていたロウの怒号がピタリと止まった。
「……ん? 止まったぞ?」
「一体、何だったんでしょうか……?」
「……いかん! 離れろ!」
バンが何かを察知したのか、二人に扉から離れるように強く命令する。
二人はその言葉を聞いてすぐに扉から離れた瞬間、仕置き部屋の扉が大きな音を立てながら吹き飛んできた。
だが吹き飛んだのは扉だけではなかった。
「「ひ、ひいいいいいいいいいいいいい!!」」
扉と共に先ほどロウを仕置き部屋に連れて行った筋肉兄弟まで吹き飛んだのだ。
筋肉兄弟は全身がボロボロであり、ウコンに至っては右目が腫れあがり、サコンに関しては鼻血を出しながら前歯が抜けている。
そして……仕置き部屋からこの騒動の張本人が姿を現した。
「なんだぁ? ……テメェらこんなものか? かかって来いやぁ!!」
「「ゆ、許してくださあああああああい!!」」
仕置き部屋からロウが無傷のまま指をバキボキと鳴らしながら出てきたが、未だ暴れ足りないのか目の前でひれ伏している筋肉兄弟を睨みながら叫ぶ。
睨まれた筋肉兄弟は恐怖のあまり、ロウに向かって土下座をしていた。
「おいセイラン!」
「ん? あ、おやっさん。こいつら弱いな。ローファンの奴らのほうがまだ強いぞ」
ロウは自分の部隊、ローファンのほうが強いと言って筋肉兄弟をこき下ろした。
「な、な、な……なんなのじゃこいつは!?」
ミクリは目の前の光景が信じられないのか、目をぱちくりさせながらさらに顔が青ざめていた。
筋肉兄弟はミクリ直属の護衛人ゆえに、腕もたつ。
その筋肉兄弟をいとも簡単にボコボコにしてしまったのが目の前のこの男、ロウ・セイラン。
バンの奴……とんでもないやつを連れてきおったと、ミクリは顔には出さないながらもそう思った。
ロベルト達はミクリから5年前にロウと初めて出会った時のことを聞いた。
やはりというか案の定ロウは相変わらずだった、というのがロベルトの感想だ。
「いやー懐かしいな! もう5年もたつのか! 俺とミクリちゃんの運命の出会いってやつだな!」
「誰が運命じゃ。こちとら最悪の出会いじゃ」
先ほどミクリの右フックを受けて気絶していたロウがいつの間にか起き上がり、笑っていた。
竹林の薬師といい、ミクリといい、この性格が災いしてロウを嫌っている者もいくらかいるのだろう。
「まったく……それよりバンの奴からアレを預かっていると聞いたぞ。さっさと寄こせ」
「あ、それそれ。えーとちょっと待ってろ。……おっ、みっけ。ほらよ」
ロウは腰のポーチからバンから渡された和書をミクリに渡す。
だが受け取ったミクリの表情が明らかに変わる。
「おい……お前、何だこれは?」
「は? 何が?」
ミクリはロウから受け取った和書の表紙をロベルト達に見せる。
そこにはリンメイを出る前にはなかった大きな染みが付着しており、彼女はその染みの正体をロウに突き詰める。
「この染みはなんじゃ? それに何やら少し臭いぞ」
「んー……あぁそれか! いやー列車の中ってさ、ガタンゴトンと揺られて眠くなるじゃん」
「……だから何じゃ?」
この染みと列車が揺れることになんの因果関係があるのだろうか。
ロベルト達は何も言わずにロウの言葉に耳を傾けていると、彼の口からとんでもない言葉が出てきた。
「それで眠くなってその本を枕にして寝たんだよ。それ多分、俺の涎だわ」
女王に渡す品を枕にした挙句、それを涎を垂らして染みにしてしまった。
その衝撃発言を聞いたミクリから完全に何かがブチ切れた音が、ロベルト達にはっきり聞こえた。
そしてミクリは手に持っていた和書を……
「こんの……うつけがああああああああ!!」
「いったああああああああああああああ!!」
そのままロウの頭に振り下ろした。
それもご丁寧に本の角で。
ラグナでダイヤモンド並みの硬さをの体を持っているはずのロウはクリーンヒットを食らって、その場で頭を押さえて蹲っていた。
「……翼、なんかもうこれ見てるだけであたし、疲れたんだけど」
「……俺もだよ」
アイリの言う通り、このやりとりはもはやコントそのもの。
傍から見ていた二人の表情はもはや疲れて切っていた。
「まぁいい……それよりアルメスタ王国騎士団の者たちよ。なんか色々と済まなかったな。この男のせいで余計なことに時間をかけてしまった」
「いえいえ。別に私たちは気にしていませんよ」
「さて……遅れてしまったが、其方たちが持ってきた蓄音機は後で使いの者を出して持ってこさせる。ではこれより騎士団の者たちの歓迎をするとしよう」
ミクリはロベルト達の脇を通り謁見の間を出ていき、彼らのほうを振り向く。
美人故、振り向く仕草だけでも思わず綺麗だと見とれてしまう。
「其方たち、これから出かけるぞ。我がヤクモ国の自慢できるものをぜひ其方たちに見せたいのじゃ。ヤクモ流の歓迎というやつじゃな」
「歓迎ですか?」
「ついてこればわかる。では、妾についてまいれ」
ロベルト達はその後、ミクリから自慢できるものを見せたいと言われ、そろってイザナミ城を出た。
今は彼女の後ろをついていきながらイズモの街中を歩いていた。
やはり一国の女王が街の中を出歩いていれば嫌でも目立つため、傍には護衛がいる。
先ほどの筋肉兄弟と、巫女服を少しアレンジしたような服を着た女性二人だ。
「ミクリ様、失礼ですがこの女性たちは?」
「彼女たちは我がヤクモ国の治安を守る女性部隊、花簪の者たちじゃ」
アルメスタであれば騎士団、ナギ国であればローファンといった国の治安を守る部隊はヤクモ国にも当然存在する。
それが巫女服を着た女性だけの部隊……花簪。
二人の女性は凛とした佇まいで周囲を目を配っている。
彼女たちが守っているのはこの国の女王なので、それだけ気を張るのは当然だろう。
「ミクリ様ー! こんにちはー!」
「ミクリ様ー! 今日はどこかにお出かけですかー?」
護衛を引き連れて歩いているとはいえ、街のど真ん中を堂々と歩いているので、ミクリの姿は当然ながらかなり目立つ。
街中の人たちが次々と彼女に向かって声をかけてきた。
声をかけられたミクリは笑みを浮かべながら街の人に向かって手を振っていると、一人の小さな女の子がミクリに駆け寄ってきた。
「ミクリ様こんにちわ! 先日お母さんが弟を無事産みました!」
「おぉ、そうかそうか。其方に似てきっとかわいい弟じゃろうな。一度その顔を見てみたいものじゃ」
「はい! これからは私がお姉さんですね!」
「そうじゃな。姉としてしっかりと弟を育てるのじゃぞ? それと母によろしく伝えておいてくれ」
「はい! では失礼しますね!」
小さな女の子がそういってミクリから離れていった。
先ほど謁見したときは女王としてかなり威厳があったのだが、今のミクリはとても母性溢れる優しさをロベルトは感じ取った。
「ミクリ様は子供がお好きなんですか?」
「子供だけじゃなくて、妾にとってはこの国の民全員が好きじゃな。妾にとって、この国の民こそが宝じゃからな。民無き国は何の価値もない」
確かにミクリの言う通り、国というのは王と民がいてこそ初めて成り立つ。
王が横暴を働いて民がいなくなれば、もはや国ではなくただの土地だ。
民がいなくなった国など、未来などない。
「へぇー! それじゃ俺もこの国に引っ越してこようかなー?」
「お前は引っ越しても絶対に歓迎はしないからな」
「うわっ! ひどっ!」
ロウがそういうもミクリに拒絶されてしまう。
女王様にあんな態度をすれば当然のことだろうが。
そして数分後、ミクリの後をついていくと目的の建物へと到着した。
「ここじゃ、さぁ、中に入るぞ」
ミクリはそう言ってその建物の中に入っていく。
ロベルトの視線の先には日本の木造建築と桃山風の意匠が混ざったような大きな建物が目の前に存在した。
特に目についたのが上のほうにある黒い瓦屋根と屋根の形だ。
日本のお城などにも使われている切妻造、そして一番上の入母屋造と呼ばれている屋根の形。
まるで京都の祇園にある南座を思わせるような建物。
屋根の存在感だけでここが特別な場所というのがフインキで分かる。
(ここは何の建物だ?)
しかし考えても仕方ないし、ミクリも入れと言われたので彼らは言われるがままに彼女の後についていって、その建物の中に入っていった。




