第27話 エーテル
中華料理で腹を満たしたロベルトたちはゲンブ宮に戻り、本日寝泊まりする部屋に案内されたのち、自由時間となった。
リナリーはシンイーと共に街へ繰り出しては楽しくおしゃべりしながら探検し、アルトは一人で街を放浪。
シャルロットは先ほどスー・ヤンの竹林で遭遇した、巨大魔獣の件をハイドに電話で連絡している。
「……はぁ」
ゲンブ宮の中庭にある縁側にロベルトが座り込んで、空を見ながらため息をつきていた。
近くの竿竹には先ほどまで着ていた騎士団の制服がずぶ濡れになって干されている。
ナギ国にくる道中アムレアン盗賊団に襲われ、アイリを守るために一人の男を斬り殺し、その返り血が制服に付着したままだったので彼は制服を洗って干していたのだ。
そのため現在ロベルトは普段着ている私服に着替えていた。
「………………」
先ほどから浮かない顔をしてロベルトは空を見続けている。
青く塗られた空に浮かぶ無数の雲。
もしかしたら近いうちに雨でも降るのかもしれない。
「つーばーさ! どうしたの? そんな浮かない顔をして」
廊下から動きやすい私服に着替えたアイリが元気よく現れて、ロベルトに向かって声をかけてくる。
先ほどの中華料理がよほどおいしかったのか、店にいる時から終始テンションが高い。
「……何だお前か」
「うわっ! 何その反応!? ちょっと傷つくんですけどー!」
「やかましい。何か用か?」
「別にないけど? たまたまこのお城を探検していたらあんたを見つけただけだよ」
そう言ってアイリはロベルトの隣に座ってくる。
しかし特に話すこともなく、沈黙だけが二人の間に走る。
が、先に沈黙を破ったのはアイリだ。
「やっぱり、さっきの事気にしてるの?」
アイリのいうさっきの事、スー・ヤンの竹林での出来事だ。
妹を守るために巨大魔獣と対峙したのはいいものの、結局ロベルトは何もできなかった。
あの時は運よくロウが助けてくれたが、もし彼がいなければどうなっていたのか……考えただけでも恐ろしい。
「あの時俺は恐怖のあまり、まったく動けなかった。せっかくアリシアからラグナを授かったってのに……情けないよな」
「……流石に巨大魔獣は仕方ないよ。あたしだって初めての事だったんだし。それに翼はラグナに目覚めたばかりだから」
「それでもだ。これから先、巨大魔獣よりももっと恐ろしくて強いやつが出てくるかもしれないし、さらに言えばアリシアの力を奪った邪悪なる者にすら手が届くわけがない。なのに……俺は無力だよ」
ロベルトはそう言って傍に置いてあった白竜を鞘から抜いて、刀身を眺める。
刀身は鏡のように磨き上げあげられ、ロベルトの顔を綺麗に映している。
しかしその刀身に映った彼の顔は覇気がなく、顔だけは美少女の美顔も憂鬱かつ途方にくれた顔をしていた。
刀身に彫られた竜は主の表情を見て何を思っているのだろうか。
と、その時だった。
「おーいお前ら」
廊下から男の声が聞こえ、顔を向けるとロウがこちらに歩いてきた。
「どうしたんだ? そんな葬式みたいにしょっぱい顔をして」
「しょっぱい顔って……」
ロウの微妙な例えに思わず苦笑いしてしまうロベルト。
「何か悩み事か?」
「えぇ、まぁそんなところです」
「だったら腹に抱えてねぇで言ってみろ。貯めこむよりは言ったほうが少しは気が楽になるし、もしかしたら力になれるかもしれないぞ。遠慮せず言ってみな」
そう言ってにやりと笑みを浮かべるロウ。
目の前にいる男は巨大魔獣を一人で倒せる力を持っている。
一体どうすればそんな力を持てるのか、この際だから彼に相談してもいいかもしれない。
そう判断したロベルトはロウに心の中に思っていることを全部ぶちまけるように相談した。
ラグナを持っているのも関わらず、大切な人すらも守れない自分は無力であり愚か。
どうすれば強くなれるのか……ロウは目を閉じて腕を組みながら、言葉を発することなくただ黙ってロベルトの言葉を聞いていた。
「なるほどね……強くなりたい、か」
言葉をすべて吐き終えた頃、ロウがようやく口を開いた。
「よしわかった! 二人とも、ついてこい」
言われるがままにロベルトとアイリはロウの背中を追いかけていくようについていく。
ついたのはゲンブ宮の本殿から少し離れた大きな建物。
ロウが正面の大扉を開け、部屋の中を見るとロベルトとアイリは口を開いたまま驚いた。
彼らが目にしたのは板が張り巡らされた床に壁には竜が空を泳ぐような絵が彫られた、大きな道場であった。
「どうだ! これがナギ国リンメイの誇るローファンの修行道場、その名も林鳴館だ!!」
林鳴館……首都のリンメイからとられたのだろうか。
「道場ということは……」
「そういうことだ。俺がお前らを鍛えてやるよ。ついでにラグナの本当の使い方も教えてやる!」
「「本当ですか!?」」
巨大魔獣を一人で倒せるロウから鍛えてもらえることはロベルトにとっては嬉しいことだ。
彼に教えを受ければ自分を強くできるかもしれない。
道場に入ると少しひんやりしているせいか、体がほんの少しだけ震える。
しかしそんな寒気も奥にある、とあるものを見てしまったせいで止まってしまった。
「なんだこの大仏は……」
ロベルトとアイリが目にしたもの……太い樹木から造られたそれは圧倒的な存在感を放ち、見る者を恐怖に陥れるもどこか惹かれるものがある。
上半身に来ている着物がはだけて右腕だけが露出している、いわゆる肩肌脱ぎをしている男性の大仏。
いかつい顔つきに、鍛え抜かれた肉体はまさに威風堂々という言葉がふさわしい。
右手に持っている日本刀も巨大化しており、あれで斬られてたらひとたまりもないだろう。
「気になるのか? その大仏」
「えぇ、少しだけ。ナギ国の建国者なんですか?」
「ちょっと違うな。お前ら、ルナティールの神々の事を知っているか?」
「一応知っていますよ。アルタイルにエマ、ガゼルにカタリナ、クロエ、ルフェイドと……」
「カグヤにユヅキ、リアナにスカーレットにアレス……それにアリシアですよね。あれ? っていうことは……」
アイリが大仏のほうに改めて目を向ける。
今ここでルナティールの神々の名前が出てきたということは、その中の一人なのだろう。
「お前らよく知っているな。この大仏はな、ルナティールの神々の一人……武神ガゼルの大仏なんだよ」
「「ガゼルの!?」」
「昔おやっさんから少し聞いた話だけどな。大昔この一帯、まだナギ国がなかった頃にこの地はガゼルにとって所縁のある場所だって聞いたんだよ」
創世神アルタイルの友人であり好敵手、武神ガゼル。
大昔のこの地に所縁があった神は、今のナギ国をみてどう思っているのだろか。
(そういえば……あの刀の文字、見たことあるぞ)
ガゼルの大仏が右手に持っている日本刀の刀身にはとある文字が全体に渡って彫られている。
ロベルトはあの文字をどこかで見たとあるのか、思い出そうとしてもいまいちピンと来ていないようだが実はあの文字、ロベルトの前世に置いて古代インドのブラーフミー文字の漢訳名である梵字と呼ばれるものだ。
梵字は一文字一文字に霊的な力が込められているとも言われ、神との繋がりが非常に深いともされている。
もしかしたらガゼルも何かの縁で梵字との繋がりを持ったのかもしれない。
「おーい、そろそろやるぞー」
「えっ!? あ、はい!」
ガゼルの大仏に興味を持ってしまったが、今はそれどころではない。
ロベルトとアイリはロウのほうに向きなおる。
「さてと……まず最初に確認しておくが、お前らのラグナってなんだ?」
「俺はこれです」
「あたしはこれです」
アイリはそう言って手の中にエルルーンを取り出し、ロベルトは腰に差していた白竜をロウに見せる。
「おぉ、日本刀と槍か。なるほどね……お前らは武器型か」
「武器型……そういえばロウさんのラグナって武器じゃないですよね」
「そうだ。ラグナには武器型と能力型ってのがあってな、俺は能力型なんだよ。もうお前らも見ているから知っているだろうが改めて俺のラグナを教えてやる。俺は能力型のラグナ、ダイヤモンド・アダマスだ!!」
「ダイヤモンド・アダマス……」
「自分の肉体をダイヤモンドの如き硬さに変え、並大抵の衝撃なら痛くもかゆくもないんだよ」
金剛石とも言われるダイヤモンド……その言葉はギリシア語のアダマスという言葉が語源である。
意味は何者にも征服されない、屈しないという意味だ。
何者にも征服されないということは誰にも傷つけられないとも捉えられる。
さらにダイヤモンド自体の言葉にも意味は多々あるが、その中に不屈という言葉がある。
自身が忠誠を誓った相手以外には屈しない、誰にも傷つけられず、その肉体はまさにダイヤモンドの硬さを誇る……ロウらしいラグナだ。
「それだけじゃない。自分が硬いということは自分自身が武器にもなりえる。力を込めて殴ればレンガだの太い柱だの真っ二つだぜ」
そう言ってロウは二の腕に力を入れて自慢する。
見た感じ普通の腕をしてはいるものの、まさかその腕がダイヤモンド並みの硬さになるとは思わないだろう。
しかし先ほどラマーが連れてきた冒険者の大剣の素手で受け止めたのも、ラグナの力であれば納得のいく話だ。
「そういえばロウさんもラグナを持っているってことは、アリシアの事情を知ってるんですよね?」
「あぁ知っている。だがあの女神の言った邪悪なる者については俺は全く知らないな」
どうやらロウも邪悪なる者については知らないようだ。
期待はしていなかったが、やはり答えはそう簡単に見つからない。
「さて……そろそろ特訓と行こうか! では最初は……エーテルを操る修行から行くとしよう」
「エーテル? 魔力とは違うんですか?」
「それとは違うな。確かグラハマーツの魔術師とかいう連中は魔法を使うのに魔力を使うんだろ? だがエーテルは魔力の上位互換……魔力より優れているんだよ。そしてそのエーテルを宿しているのは、俺たちのようにラグナを持っているやつだけだ」
簡単に言うとエーテルは魔力よりも強い、ということになる。
「今からエーテルの使い方を教えてやる。手本を見せてやるから目ん玉かっぽじってよく見てろ」
ロウはそう言って目を閉じると、彼の体を赤いオーラが纏って炎のように燃え盛る。
「これがエーテルだ。ラグナの力を使う際のエネルギーとでもいえばいいか」
「このオーラ……さっきも出してましたよね」
「そうだ。お前らこのオーラ出せるか? っていうか出せないなら今から出せるように特訓しろ」
随分と無茶なことを言う男だ。
どうやって出すかも分からないのに出せと言われても、特訓にすらならない。
「そういえば……翼ってあのオーラ出したよね。クソ王子との模擬戦で」
「そうらしいな。俺は無我夢中だったからよく分からないが」
「ん? どういうことだ?」
ロベルトは先日のラマーの凱旋パーティーで王子と模擬戦をした際に、無意識にエーテルを放出していたことを話す。
あの時はアイリを守りたいという一心で必死だったが、なぜ出たのかは自分でもよくわからなかった。
「なるほどね……じゃあ今後は自由に出せるようにすればいい。そうすれば各段と強くなれる」
「どうやって出すんですか? 何かコツとかってあります?」
「そうだな……じゃあ今から目を閉じろ。その間は何も考えるな」
ロウに言われた通り、ロベルトとアイリは何も考えず、ただ無心のままに目を閉じる。
道場の外から聞こえる鳥の鳴き声、道場に漂うお香の香り、鼻や耳の神経すらもなくなるほど意識を落とし、心を無にする。
その時、黒い世界にただ一つ、ロベルトは緑色でアイリは水色の小さな炎が灯る。
「見えたようだな。己の中にある小さな炎、それがエーテルの源だ。その炎を掴むイメージをしてみろ」
ロウに言われた通り、二人は自分の中に灯った小さき炎を右手でつかむイメージをする。
するとロベルトの体が翠玉色のオーラが纏い、アイリは瑠璃色のオーラが体を包む。
「おぉ!」
「やった!!」
「よくやったな。それにしても緑色と水色か……人によってはエーテルが違うんだな」
「ロウさんは赤色でしたよね」
「そうだ。なぜ人によって違うかは俺もよくわからないけどな……それはいいとして、それがエーテルだ。感覚を覚えたか?」
「「はい!!」」
ラグナを使いこなす鍵となるエネルギー、エーテル。
魔法を使う魔力よりも優れており、使いこなせるのはロベルトやアイリ、ロウのようにラグナを宿している者のみ。
この力を使いこなせばこの先幾多の強敵とも渡り合えるだろう。
無論、そのためには修行は怠ってはいけない。
「じゃあ次のレッスンだ。次はこのエーテルを使った移動術を教えてやる。その名も……雷華だ」
「雷華?」
「実際に見れば分かる……行くぞ」
そう言った直後、ロベルトの目の前からロウは瞬時にいなくなった。
「うわっ! 消えた!」
「おーい、こっちこっち」
後ろから声が聞こえたので振り向くと、そこにはロウが手を振って自分の存在をアピールしていた。
「雷の如き速さ相手を翻弄し、華の如く花弁を舞散らす……それが雷華だ。俺の師匠が編み出した技だ」
「ロウさんって師匠がいるんですか?」
「あぁ。でも数年前におっ死んじまったよ」
師匠が死んだという言葉を聞いたロベルトたちは気まずそうな顔をしてしまう。
聞いてはまずかった話題だったと少しだけ後悔したものの……
「師匠って言ってもジジイだからもう歳だったし、もうどのみち長くなかったからな。お前らが気にする必要はない」
ロウは特に気にしていなかったようだ。
と、ここでアイリがあることに着目した。
「あれ? エーテルを使った移動術をお師匠さんが開発したんですよね? ということはそのお師匠さんって……」
「いいところに気が付いたなアイリちゃん。そう、俺の師匠もラグナを宿していたんだよ」
「「えぇ!?」」
「とは言っても師匠が俺たちと同じ転生者かどうかは分からなかったけどな。あのジジイ、そんなこと一言も言わなかったし」
案外このルナティールには転生者以外にもラグナを宿している者が多いのかもしれない。
シリウスやオスカーのようにラグナに関して知っている者もいるのだから。
「さて、お喋りはこれくらいにしてやるぞ。まずはさっきと同じようにエーテルを纏ってみろ」
ロウに言われた通り、ロベルトは翠玉色、アイリは瑠璃色のエーテルを体に纏う。
先ほどまでエーテルの纏い方すら知らなかった二人だが、呑み込みが早いのか既にコツをつかんだらしい。
エーテルを纏っていると不思議と体が温かく感じるのは気のせいだろうか。
「では次だ。そのエーテルを足に集中して地面を強く蹴って、ブレーキをかけるようにしろ」
「ブレーキですか?」
「ちゃんとブレーキをかけないと敵や壁に突っ込むことになるぞ。コツは移動中に足に体重をかけるようにしろ。それじゃ向こうの壁近くまで飛んでみな」
引き続きロウから指南を受けてもらい、二人は足にエーテルを込めるイメージをしながら、反対側の壁の近くに移動しようとする。
地面を蹴った瞬間、体全体が浮遊する感じに襲われ、一瞬だけ無重力を体験したかのような気分になる。
そしてロウの指示通り、足に体重をかけてブレーキをかけるが……
「ちょ、とととと!」
「止まらなーーい!」
少しブレーキをかけるのが遅かったせいか二人は盛大に林鳴館の壁に激突してしまった。
「ぎゃははははは!! お前ら、やっぱりやったな!」
そんな二人を見てロウは大声を出しながら笑う。
どうやらこの男は過去に同じことをしたようで、昔の自分を見ているような気分なのだろう。
壁に激突した二人は笑っているロウに対してあきれ果てていた。
「流石に雷華はすぐにはできないか。じゃあ今から慣れるまで特訓だ」
エーテルを使った移動術、雷華。
瞬間移動をするかのような動きは相手の懐に一瞬にして飛び込むだけではなく、状況を見て相手から距離を放すこともできる。
この術があるかないかで生存率も大きく変わってくる。
ロベルトとアイリはこの術を自分のものにすべく、何度も挑戦する。
何度やっては何度も壁にぶつかり、顔や体に衝撃が走って痛みが増すが諦めるわけにはいかない。
雷華の特訓が始まってから30分が経過した。
最初こそは大きな失敗をしでかした二人だったが、何度も挑戦していくうちにコツをつかんだらしく壁にぶつかることはなくなった。
移動し、足に体重を込めて壁ギリギリで止まる。
未だ少しだけ粗削りなところがあるが、近いうちに雷華を自分のものにできるだろう。
(……まさか30分やっただけであそこまでうまくなるとはな。俺ですら一か月はかかったというのに)
腕を組みながら見ていたロウは成長が早い二人を見て思わず関心する。
雷華についてはこれ以上教えることはないと判断し、彼はここで一度ストップをかけた。
「はい! そこまで!」
「え? まだ出来てませんけど」
「いや、あとは自分で特訓すれば問題ない。帰ってからも雷華の特訓、忘れるなよ」
どうも消化不良な感じだが、ロウが言うのであれば仕方ない。
これで今日の特訓は終わり……かと思ったらまだあるのだ。
「さて……確認するが、お前ら……本当に強くなりたいんだな?」
この時、ロウの瞳の奥に宿る雰囲気が大きく変わる。
竜が睨みを聞かせるように、目の前にいる二人に覚悟を問う。
彼のその瞳を見た者は恐怖のあまりビビッてしまうが、この二人は違った。
「はい」
「あたしだって同じです」
ロベルトとアイリのまっすぐな瞳は目の前にいるロウを曇りなく映す。
力を得るために、できることはなんだってするつもりだという覚悟。
瞳を通して伝わった意志はロウにも伝わり、彼は口を開いた。
「よし。ならばこれから本格的にお前らを鍛えてやるとしよう。転生者であるお前らも名前くらいは聞いたことあるだろう? ……八極拳をな!!」
ロウのラグナの正式名称は「征服し得ない不屈の肉体」と書いて「ダイヤモンド・アダマス」と呼びます。
ルビ振りが10文字以内という制限上、本文はダイヤモンド・アダマスとだけ記載させていただきます。
次回は12月5日の夜22時以降の更新予定です。




