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第25話 招かれざる者

 巨大魔獣をロウが倒し、リナリーの足もスー・ヤンの竹林に住む薬師の先生に直してもらったところで、彼らは無事にリンメイの街へと戻ることができた。

 彼らの中で大きな騒動になっていたのにも関わらず、リンメイの街は何事もなかったかのように人々の喧騒で満たされている。

 街についた途端、ロベルト達の中で居心地の良い安心感が沸々と沸き上がり、街という場所がいかに安心できる場所であるとその身で実感した。

 彼らは厩舎に馬を返し、人込みの中を動きながらゲンブ宮へと無事帰還した。


「おやっさーん。ただいま帰ったぞー」

「おぉセイラン! チョウから聞いたが巨大魔獣に出くわして勝ったんだってな! すげぇな!」

「いやいや、大したことないですよ」


 流石のロウも主であるバン相手には頭を下げながらも、褒められるのが少しだけ恥ずかしいのか照れているのがわかる。

 バンもロウが無事に帰ってきたことに安堵し、ほっと胸をなでおろす。

 だが一番嬉しいのは……


「セイラン!」


 バンの娘であり、妹のような存在であるシンイーだろう。

 彼女はロウの姿を見るや否や、泣き出しそうな顔をしながら彼に近寄る。

 そしてロウはシンイーの前で片膝をつく。


「お嬢すまない。心配をかけさせたな」

「怪我とかはない!?」

「大丈夫だ。ご覧の通り、ぴんぴんとしているぜ」


 心配するシンイーを励まそうと、ロウは腕に力を入れて自分は大丈夫だというアピールをする。

 今回は巨大魔獣を相手にしていたので、彼女たちも不安を隠せずに息が詰まる思いだっただろう。


「セイラン。よく帰ってきましたね」

(アネ)さんもご心配おかけして申し訳ありません」


 王妃であるリーフェンも無事に帰ってきたロウに労いの言葉をかける。

 ロウはシンイーをお嬢と呼び、リーフェンを姉さんと呼んでいる。

 血はつながっていないものの、彼らバン一族もロウの事を大事な家族と思っているのが傍から見ていたロベルトたちにも伝わってくる。

 今でこそリナリーという妹がいるが、生前一人っ子だったロベルトにとってはどこか羨ましく思えてきた。


「アルメスタの騎士たちよ。この度は大変なことに巻き込んで済まなかったな。感謝するぞ」

「いえいえ。それより……」

「無論、巨大魔獣の件だな。セルメシアではこれまで見られなかったが……まさかついに現れるとはな」


 今回はロウのおかげで事なきを得たが、もし彼が巨大魔獣を倒さなかったらどこかで犠牲者が出ていたであろう。

 それに問題はそれだけではない。


「もしかしたら他にも巨大魔獣がどこかに現れているかもしれません」

「だろうな。一応この件は後からオスカーとヤクモ国のミクリ女王にも電話で連絡を入れておく。今後は俺たちも巨大魔獣について対策を立てなければならない」

「私のほうからも後からハイド団長のほうに連絡を入れておきます」

「頼むぞ」


 と、ここまでシャルロットがバンと情報を交換したところで、暗い話はここまでといわんばりに顔をにやりとして笑う。


「あ、それとシャルロット副団長。先ほど貴殿たちがスー・ヤンの竹林に行っている間に列車の積荷を確認させてもらったぞ。オスカーからの届け物、しかと受け取った」

「ありがとうございます」

「あいつの人を見る目は未だ健在だな! さてアルメスタの騎士たちよ。遅くなったが改めてよく参られた! 我がナギ国は其方たちを歓迎しよう!」


 バンが両手を広げ、盛大に声を上げて彼らに向かってそう宣言した

 少し恥ずかしいものの、こんな風に歓迎してくれるもの悪い気はしないものだ。

 と、その瞬間……妙に気の抜けるような音が謁見の間に響き、一瞬にして静寂が支配する。

 その音の発生源は……ロベルトの腹からだった。

 一斉に皆の視線が彼に集中し、ロベルトはこの時顔をリンゴのように赤くして、穴があったら入りたいと本気で思った。


「ちょっと、翼ー」


 横にいたアイリの視線が痛いほど心に突き刺さる。


「仕方ないだろ……昼飯食べてないんだから」

「……ふ、ふははははは!!」

「ちょ、バン大王! 笑わないでくださいよ!!」


 バンの笑い声がきっかけで、シャルロットやアルト、ロウすらも笑い始めてしまう。

 

「くっ、くくっ、ひひ!!」

「お、お兄様……ふふっ」

「ガハハハハ!!」


 リナリーはとても上品そうに笑い、ロウに至っては真逆の下品ともいうべき笑い方。

 彼の笑い声は謁見の間だけではなく、ゲンブ宮全体に響き渡っていた。

 だが……この時再び気の抜ける音が再び鳴り響く。

 しかし今度はロベルトの腹の音ではない。


「あ、俺だわ」


 すぐさま自分が鳴らしたと白状したロウに一同はお笑い芸人のようなズッコケを思わずしてしまう。


「でもよく考えたら……時間もお昼の2時を過ぎているのよねぇ……」


 シャルロットが制服から懐中時計を取り出して時刻を確認する。

 彼女の時計は既に2時を少し過ぎており、昼食にしては遅い時間である。

 今朝は9時にメランシェルの駅を列車で出発し、本来であれば2時間ほどで着く予定が道中アムレアン盗賊団の襲撃にあったため一時間ほどのロス。

 結果ナギ国リンメイに到着したのが12時頃。

 そのあとはバンとの謁見をしていたのだが、スー・ヤンの竹林ににて巨大魔獣騒動で2時間経過。

 続々とトラブルが起こったせいで昼食を食べていないのだ。

 リンメイ到着時にシンイーからパイランを奢ってもらいそれを食べたものの、あれだけでは足らず腹の虫が鳴いてもおかしくはない。


「しゃあねぇ。少し遅いが飯食いに行くか。おやっさん、こいつらレイシュン亭に連れていくわ」

「あぁあそこか。ぜひとも連れていってやってくれ。経費は俺のほうに回しておいていいから」

「あいよ。じゃあお前たち、飯にくいに行くからついてこい。うまい店紹介してやるよ」


 ロウの案内でアルメスタの騎士一行はゲンブ宮を出ていき、彼の言うレイシュン亭へと向かうことになった。


 空には白い雲が漂い、風によってどこかに流される。

 吹く風もどこか気持ちよく、外出するにはうってつけ。

 こんな日は外で何か食べたいものだ。

 ロウに連れてこられてリンメイの街に連れてこられたアルメスタの騎士一行は、彼の言うレイシュン亭へと向かって足を動かす。


「ロウさん。レイシュン亭ってなんですか?」

「俺行きつけの飯の上手い店だ。仕事終わりによく飲みにいったりしてな、おやっさんもよく足を運ぶんだ。あとオスカーのおやっさんもな」

「陛下もですか!?」

「以前軽く聞いたけど、うちのおやっさんとオスカーのおやっさんてガキの頃からの付き合いなんだってな。今もたまにお忍びで来てのみに来ているらしいぜ」


 そういえば昨日エドワード城の謁見の間にて、オスカーの秘書であるナタリーがそんなことをちらりと言っていたのをロベルトは思い出した。

 二国の王の舌をも唸らせる名店……ぜひ一度その店で食事をしてみたいものだ。

 ナギ国は中国風の国なのでやはり出てくるのは中華料理なのかもしれない。

 呼び方は違うが前世の中華料理といえば麻婆豆腐に青椒肉絲(チンジャオロース)回鍋肉(ホイコーロー)だ。

 転生してまさから中華料理が食べれるとは思わなかったロベルトにとって、考えるだけでも空腹が更に加速してしまう。

 今すぐにでも食べたいという気持ちでいっぱいだったが……それを許してくれない者がいた。


「はぁ……はぁ……あっ! 親父! やっと見つけました!」


 ローファンの隊員が息遣いが荒いままこちらに近づいて、ロウに詰め寄る。


「なんだ? そんな血相変えて……無線で連絡すればよかったのに」

「レイシュン亭前で騒ぎが起こっています! 亭主と奥さんがいけ好かない男に土下座させられて一触即発のフインキになってるんですよ!」

「はぁ!? いけ好かない男だと!?」


 これから行く予定のレイシュン亭で何やら騒ぎが起こったようだ。


「お前ら悪い! ちょっと走るぞ!」

「えっ」


 その言葉と同時にロウは現場であるレイシュン亭でへと走り出し、彼らもついていく。

 だがこの時ロベルトの中で妙に胸騒ぎが起こっていた。

 隊員の言ういけ好かない男……それは本来であればいるはずがない人物であるのだから。


 ロウの後をついていき、3分ほどで現場であるレイシュン亭へとたどり着いた。

 だが騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まって、店の前で何が起こっているのかが不明だ。


「お前たち!」

「ん? おぉロウさん!」

「悪いが少し通してくれ!」


 ロウは野次馬をどけながら店の前まで行き、彼らも後を追っていく。


「……え」

「嘘。何であいつがここにいるの!?」


 中央にいるとある人物……先ほど隊員が言ったいけ好かない男を見た途端、彼らはあり得ないものを見たかのような顔をする。

 ロベルト達がみたものは……


「申し訳ありません……申し訳ありません……」

「できることは何でも致します。ですので、このお店と主人、娘だけは……」


 白い帽子に前掛けをかけた男の人と、エプロンをつけた女の人がある男に向かって土下座をしている。

 あの土下座をしているのはレイシュン亭の亭主であり、横にいるのは彼の奥さんなのだろう。

 なぜ彼らが土下座をしているのは不明ではあるが……問題は彼らが土下座をしている人物だ。


「貴様……よくもこの俺の服を汚してくれたな!! この服は俺のために特注で作られた服だぞ! 貴様のような愚民が一生働いて払えるモノじゃないんだ! どうしてくれるんだ!?」


 豪華な白い服にこれまた派手にソースがかかって汚れてしまっているが、その人物とはロベルトたちもよく知っているアルメスタの王子、ラマーだ。

 なぜ彼がここにいるのかは不明ではあるが、状況から見て亭主か奥さんがラマーの服にソースをぶちまけたのだろう。

 そのせいでラマーは完全にご立腹であり、眉間にしわが寄っていた。


「おいロベルト、あそこ」

「……あの冒険者もいるな」


 ラマーの背後にはパーティーの時にもいた全身鎧の4人の冒険者の姿もいた。

 この騒動が起きている最中でも一言も発せず、ただ黙ってラマーの後ろに立つ姿はより不気味に感じる。

 彼らはこのやり取りを見て一体何を思っているのだろうか。


「そうだな……だが俺にも慈悲の心くらいはある。ただし……許すにしても条件がある」

「じょ、条件……な、なんですか?」


 ラマーは亭主の横で土下座をしている女の人……亭主の奥さんに目を向ける。


「貴様の嫁、相当いい女だな。気に入った。おい女……貴様、俺の女になれ」

「えっ!?」

「おい……嘘だろ? 王子ってあんな奴だったのか?」

「いつもパーティーや国民に見せているいい王子は演技だったんだろうな」


 まさかの衝撃発言。

 この間パレードで連れていた女性やアイリだけではなく、人の奥さんすらも奪おうとするラマーにロベルトは彼に対して心の底から軽蔑をした。

 いくら女好きだからと言って人妻すらをも自分の女にしようとするとは……


「それだけではない。店の中にいるお前の娘も俺好みの女だな。二人を俺に献上すれば俺の服を汚した大罪を許してやろう」


 ロベルトは店のほうに顔を向けると、入り口には今に泣き出しそうな女の子が震えながら外をのぞき込んでいた。

 見た感じ15歳か16歳ほどで先ほどラマーが言っていた夫妻の娘なのだろう。


「いや、それは流石に無理です! 娘と女房は私の大切な家族なんです! それを渡すなんて!」

「貴様には過ぎた女だ。嫁と娘は貴様には不釣り合い。俺のほうがふさわしい」


 ラマーは不敵な笑みを浮かべて土下座をしている亭主にそういい放つ。

 この時ロベルトの中でラマーに対する怒りが沸々と混みあがっていき、今にも噴火しそうな気持ちでいっぱいだった。

 自分のために他人の物を平気で奪う、こんな奴が自分の国の王子だということ。

 そして次の国王だと思うと反吐が出る、と。


「どうしても渡さないというのなら……おい」


 ラマーの言葉で彼の背後で控えていた二人の冒険者が前に出て、土下座している亭主を無理やり起き上がらせて羽交い絞めにする。

 そしてラマーは腰に差している剣を引き抜く。

 この光景に周りの野次馬から悲鳴が湧きだした。


「えっ!? ちょ、嘘だろ!?」


 意地でも女房と娘を渡さないというのであれば、殺してでも奪い取る。

 もはや一国の王子なんかではなく、正真正銘の屑野郎である。


「な、なにをするんですか! やめてください!」

「お願いです! 主人を! 主人を殺さないでください!!」

「お父さん! お母さん!」


 羽交い絞めにされて剣を抜かれる……言葉で語る必要はもはやなく自分は殺されると亭主は判断し、必死に抵抗するも自分を羽交い絞めにしている相手はこれまでいくつも死線を潜ってきた歴戦の冒険者。

 力がある彼らにただの料理人である亭主がかなうはずがなく、ただじたばた暴れても彼らは動じない。

 女房も嫁も自分の大事な夫、父がこのまま殺されてしまうのかと必死に王子に命乞いをするも、もはやラマーは聞く耳をもたない。


「翼! これ止めないとまずくない!?」

「だろうね! 止めるぞ!」


 アイリと意見があったロベルトはラマーを止めようと動こうとするが……二人の動きを察したシャルロットに腕を掴まれる。


「お姉ちゃん! 何で止めるの!?」

「貴方たち分かってるの!? 相手は王子なのよ!?」

「知っていますよ! でもこんなの……黙ってみているわけにはいかないでしょう!」

「貴方の気持ちは理解できるわ。私だって止めたいのが本音よ。でも今ここで王子を止めたら下手すると貴方だけの問題じゃなくなるでしょ!」


 シャルロットの言う通り、ロベルトが今行動を起こせばあの夫妻は助かるかもしれない。

 だが夫妻を助けるためにラマーに殴りかかろうものなら、ロベルトは王子に暴行を加えた者として捕らえられる。

 それにロベルトは騎士団員であると同時にアルメスタの八貴族、エルヴェシウス家の子である。

 そうなればロベルトだけではなく、彼を育てた親シリウスにエミリー、リナリーにまでも迷惑をかけることになる。

 最悪、エルヴェシウス家が八貴族から外されて貴族としての地位を剥奪されるかもしれない。

 正直な話、ロベルトにとっては貴族の地位なんでどうでもいい。

 今の彼の心境はあのムカつくクソ王子の顔面に右ストレートをお見舞いしたい気持ちでいっぱいだった。


「では王子たる俺の服を汚した罪で死罪にするとしよう。安心しろ。死ぬのは貴様だけで嫁と娘は俺がもらってやる」


 下衆な笑みを浮かべながらラマーが手に持った剣の切っ先を天に向ける。

 このまま剣が振り下ろされれば亭主の体は真っ二つになり、何も言わぬ死体になり果てる。

 自分の欲望のままに弱きものから大切なものを奪う人の姿をした悪魔は今、剣を振り下ろす。

 が、亭主が剣で斬られそうになった直後に何かがラマーの頭に飛んできて、気持ちのいい渇いた音を鳴り響かせて彼の側頭部へと命中した。


「いったああああああああああ!!」


 あまりに突然の事だったのでラマーは持っていた剣を落としてしまい、亭主を羽交い絞めにしていた冒険者もいつの間にか彼を放していた。


「……え? なに?」


 よくわからないが、今の騒動のおかげで亭主は殺されずに済んだ。

 そして地面を見るとラマーの頭に向かって飛んできたものが転がっていた。

 それは……桶だ。


「だ、誰だ!? この俺に向かってこんなものを投げ飛ばした愚民は!?」


 ラマーは頭を押さえながら周りを見渡し、自分に桶をぶつけた犯人を捜す。

 野次馬の存在もあって、彼はロベルト達には気づいていない。


「俺だよ」


 離れたところから聞こえたドスの聞いた低い声がこの一帯に重く響く。

 ロベルトはこの声を聴いた途端、すぐに声の主が誰なのか一瞬で理解した。

 その声の者は……ロウ・セイラン。

 彼はいつの間にかロベルトたちから離れた場所に降り、どこからか拾った桶をラマーの頭に投げつけたのだ。

 この時ロベルトはロウの瞳を見た瞬間、体内の血の気が引いたのを感じた。

 彼の瞳から感じる怒り、憤怒……そのすべてがラマーに向けられており、あの目をみたロベルトはいつの間にか額からも汗を流していた。

 一つ分かるのは、普通の人間であれば出せないような殺気を放っている事。

 彼の生前の職業はヤクザ……はみ出し者の烙印を押された普通じゃない人間。

 裏の人間が出すような殺気を彼はこの一帯に放っており、彼の圧に押された人は立っているだけでもやっとなほどだ。

 そしてロウはゆっくりと一歩ずつ、その足をラマーに向かって動かしていく。


「おぉ! ロウさん!!」

「親父、奥さん。ケガはねぇか?」

「は、はい! ロウさん、ありがとうございます!」

「危ないから二人とも、下がってな」


 先ほどまで絶望の底まで落とされていた夫婦はロウをみた瞬間、明るい表情を取り戻す。

 夫婦はロウの指示に従い、店のほうまで下がる。


「き、貴様……この俺にこんなものを投げつけるなんて……愚民風情が……あっ!! ききき貴様は!」

「久しぶりだな、クソ王子。5年前お嬢に手を出しておいてその間抜け面でよくのこのこと、この国に顔を出せたものだな? あ?」


 どうやらこの二人は面識があるらしい。

 ラマーはロウの顔を見た途端何かを思い出したようだが、顔を青ざめているので感動の再開とは程遠いだろう。

 王子のほうは完全にロウを見て震えているのに対し、ロウはラマーを睨みつけ……

 先ほど巨大魔獣と戦った時に出していた赤いオーラを体に纏っていた。


「翼、ロウさんが纏っているオーラ、見える?」

「お前も見えるのか?」

「うん。多分ラグナが宿っている人だけに見えるんだと思う。翼も一昨日のクソ王子との模擬戦であのオーラを出していたよ。色は緑色だったけど」

「え? 俺出していたか?」


 あの時はアイリをラマーに奪われたくないという必死の気持ちでいっぱいだったので、ロベルトは自覚はなかったものの、あの時の彼は体に翠玉色のオーラを纏っていた。

 アイリの言う通り、あのオーラはラグナが宿っている者にしか見えないのであれば、ラグナを所有している者だけが出せるオーラということになる。

 周りを見ても野次馬やラグナを宿していないリナリーやアルトは、ロウが纏っている赤いオーラが見えてはいないようだった。

 ロウを纏うオーラ……魔法を使う者なら魔力が具現化したオーラなのかもしれないが、あれは魔力とは何かが違うとロベルトは直感でそう判断する。


「そんなことはどうでもいいわ。それよりクソ王子……一つ聞く。テメェ……今何をしていた?」

「な、何だと!? 質問を許した覚えは……」


 ラマーはがくがくと震えながらも強気な態度でロウと会話をするが、傍からみてもロウに怯えているのがよくわかる。

 しかしロウはラマーの服の襟元を掴み上げ、彼の顔を自分の顔に近づける。


「テメェの許しなんて必要ねぇんだよ!! この夫婦に何をしたって聞いてんだよゴラアアァァァァ!!」

「ひぃぃぃぃぃ!!」


 ロウの怒号が周辺に残響する。

 その怒りの声はロベルトたちの鼓膜を強く揺らし、超音波を発するが如く店先に吊られていてる無数の赤い提灯が揺れては、近くの店先に並べられている茶器を声で破壊する。

 だがロウの怒号の一番の被害者はラマーである。

 目の前で怒鳴られたラマーは完全に怯み、顔からは苦悶の表情を浮かべて今にも泣きだしたい気持ちで満たされていた。

 もっともそんな光景を見てロベルトやアイリは彼に対して憐みの感情なんていうものは一切ない。

 むしろざまあみろと、心の中で吐き捨てた。


「こ、この夫婦が俺の服を汚したんだよ!! 俺のために特注で作られた高価な服を……」

「そんな汚れ洗えば落ちるだろうがぁ!! テメェの服とこの夫婦の命、比べるまでもねぇだろ!! そんなことも分からねぇのか!?」

「何を言ってるんだ!! そんなもの、そこの愚民の命よりも俺の服のほうが…」


 ラマーの言葉を聞いた瞬間、ロウの中にある理性の糸が音を立ててブチ切れ、彼は王子であるラマーの顔面に向けて怒りの右ストレートを食らわせる。

 派手に吹き飛ばされたラマーは後方にある店の備品に激突し、店先に並べられている商品を地面にぶちまけた。

 鼻の骨が折れては鼻血を出し、イケメンな顔が台無しになってとても王子とは思えないほど情けなかったが、この光景を見たロベルトたちアルメスタの騎士たちは顔を青ざめていた。


「お……おい、これまずくねぇか!?」

「お姉ちゃん……やばくない?」

「ヤバいに決まってるでしょ……王子が殴られたなんてことが陛下や団長に知られたら……」


 あんな屑王子でもアルメスタの王子。

 しかも手を出したのは隣国の王の関係者……間違いなく国際問題に発展する。

 しかし肝心のロウはそんなこと知ったことではないと言わんばかりの顔をして、気にせず手首をゴキゴキと鳴らす。


「がはっ……よ、よくも……仕方ない。おい! お前たち!」

「あ?」


 ラマーの命令で周りにいた冒険者がロウを取り囲む。

 そのうちの一人がロウの正面に立ち、背中に背負った大剣に手をかけてロウに向かって構える。


「なんだこいつら?」

「こいつらは俺がグラハマーツ大陸で勧誘した凄腕の冒険者だ! 貴様が勝てる相手じゃないぞ!」


 ラマーが自慢気にそう叫ぶと、周りにいたギャラリーが騒ぎ出した。


「マジかよ!? 冒険者!?」

「何で冒険者がこの大陸にいるんだよ!?」


 耳を傾ければ聞こえるのは冒険者に対する悪口。

 やはり以前ハイドが言ったように、アルメスタだけではなくナギ国の人にとっては冒険者は最悪の印象を持っているようだ。

 この様子だと明後日行くヤクモ国でも同じ反応だろう。

 だがロウは冒険者と言われても特に彼らに対して嫌悪感は感じず、むしろ強そうな相手と戦えると嬉々として思わずにやける。


「おぉ? 冒険者か。じゃあその冒険者とやらの腕前……見せてもらおうか? ほら、俺はいつでもいいぜ。来な」


 ロウはそう言って武器を持たず、腰を少し下ろしては左を開いて前に突き出し、右手で拳を作って腰に添える。

 先ほどの巨大魔獣との戦いでも見られたが彼の戦闘スタイルは素手による徒手空拳。

 おそらく何か武術を極めていると思われるが、相手は大剣を持っている冒険者。

 あの剣を振られたら、いくらロウでも無傷では済まないだろう。

 両者、構えると先に動いたのは大剣の冒険者だ。

 地面を強く蹴っては重そうな鎧をもろともせずに早く動き、あっという間にロウの近くに接近する。

 そして大剣をロウに目掛けて力強く振り下ろす。


「ロウさん!」


 ロベルトは思わず彼の名を叫ぶ。

 あの冒険者の腕はどれほどの者かは不明だが、あのラマーが目をつけるほどなので腕はいいのだろう。

 このままではロウはあの大剣の錆になる。

 が……彼らはあり得ない光景をその目で見ることになった。


「やれやれ……冒険者というからには強いと思ったんだがな。これは期待外れだな」


 普通であれば避けるか、盾や武器で剣での攻撃を防ぐものだが……驚くべきことにロウは左腕で大剣をそのまま受け止めていた。

 ロウはガントレットや鎧の類は一切つけておらず丸腰状態なのにも拘わらず、全くの無傷である。

 アルメスタの騎士団員であれば制服を着ていれば剣を防げるが、ロウの場合はこの国の武術服だ。

 もしかしたら、これが彼のラグナなのだろうか。


「それよりも……テメェのほうから手を出したんだ。だったら……やられる覚悟はできてるよなぁ!!」


 そう叫んだロウは左腕で冒険者の大剣を受け止めたまま、右腕を引いて腰の位置で止める。

 この時ロベルトはまさかと思い、次の瞬間彼の予想は的中した。

 ロウは右足を前に踏み込み、そのまま強く地面に叩きつけるように右足を下す。

 その衝撃で叩きつけた右足周りの地面が軽くえぐられ、それと同時に腰を回転させながら右腕を前に突き出して冒険者の胸部を殴りつけた。

 先ほど巨大魔獣に繰り出した一撃、そして二日前のオスカーがラマーに出したあの技をロベルトは再びこの目でみることになった。

 そしてロウの強烈な一撃が冒険者の鎧の胸部を破壊し、殴られた冒険者はそのまま後ろに飛んでいく。

 しかも飛んでいった先が……


「わ、ちょ! こっちに飛んでくるなあああぁぁぁ!!」


 ちょうど先ほど殴られたラマーが倒れ込んでいた場所で、さらに吹き飛ばれた冒険者とラマーがぶつかり合った。

 完全にこの場はロウの独壇場である。


「ん? ねぇ、あれ見て!」

「あっ!」


 アイリに指摘したのはたった今、ロウの強烈な一撃を食らって吹き飛ばされた大剣の冒険者。

 今のロウの攻撃で鎧の胸部が破壊され、鎧の下に隠された素肌が露わになる。

 起き上がった拍子に頭部の鎧も外れ、その素顔も晒されてロベルトたちはその冒険者の顔をみてしまった。


「おっ、女!?」

「あの冒険者、女だったの!?」


 深緑のすらりと長い髪に整った顔立ち……さらに鎧で隠されていた胸部、そこから出ていた二つの膨らみを。

 鎧という殻で隠されていた秘密のベールがロウによって暴かれ、その中から出てきたのは女性だった。

 あの冒険者が女だったのであれば、残る3人も女性なのかもしれない。


「………………」


 この時ロベルトは、何も言葉を発せずに黙って女冒険者を見ていた。

 彼がまっすぐ見る視線の先……何も言わぬ人形のように生気を失った瞳。

 ロベルトはあの女冒険者に違和感を抱いた。

 だが女冒険者はロウの一撃を食らったのにも関わらず、再び大剣を持って彼に向ける。


「まさか女だったとはねぇ……でもこれはお前からふってきた喧嘩だ。剣を向けるということは喧嘩の続きを希望するってことだからな。喧嘩や戦いに男も女も関係ない。代わりに……手を抜く気はないけどな! さぁ来な!!」


 ロウは再び腰を下ろして女冒険者を手招きして挑発する。

 大して女冒険者は大剣を再び構えてロウに向かって走り出し、間合いに入ったのを見計らって大剣を振り下ろすものの……


「遅い」


 ロウのほうが一つ、早かった。

 女冒険者が大剣を振り下ろそうとする直前、彼は体を横に向けながら外側から右肘を前に突き出す。

 たったこれだけだがその右肘は重い一撃と化し、女冒険者の脇下に命中。

 再び彼女は後方に派手に吹き飛んでいった。


「やれやれ……」


 ロウは体に纏ったオーラを消しつつ、ため息をつきながら呆れるようにそう言うと、後ろでへたり込んでいるラマーの元へと歩く。


「う、嘘だろ……あいつが……」


 まさか自分が雇った冒険者があっさり負けるなんて思っていなかったラマーは、信じられない結果に顔を青くする。

 嘆く暇もなく、自分に接近するロウに気づかなかったラマーは、そのまま彼に髪を鷲掴みされた。

 頭部に来る痛みに彼は思わず泣き顔になって悶絶してしまう。


「いだだだだだ!! いだいいだい!!」

「おいバカ王子。一つ言っておく。ここはバン大王やナギ国の民……そして俺たちローファンのシマだ。俺たちのシマでデカい顔はさせねぇし好き勝手させねぇ。もしこの国でそんなことする奴はな……他国の王族だろうが神だろうが関係ねぇ」


「俺がこの手でぶっ殺してやるよ」


 ロウは自分の顔面をラマーに近づけて、殺気を放ちながら真顔で怯えるラマーに向かってそう言い放った。


「最後に一つ。今回の件はおやっさんを通してお宅の王様に厳重抗議させてもらうから。わかったらさっさと消えな」


 それだけ言ってロウは鷲掴みにしていらラマーの髪から手を放す。

 確かにロウの言う通り、王族とはいえ他国の国民を勝手に殺そうとしたのだ。

 場合や状況によっては国際問題になりかねないし、最悪戦争のきっかけにもなる。

 厳重抗議されてもおかしくはないが……ロウもラマーに鉄拳を出したので、彼の行動も十分問題になる。


「くっ……くそっ……お前たち、撤収する!」

「二度とその(つら)見せんなクソ王子が」


 ラマーは泣き顔になりながら自分が連れてきた冒険者たちに撤収命令を出す。

 ロウの重い一撃を食らった女冒険者もよろよろと起き上がり、ラマーと共に街の外に向かって歩きだした。

 先ほどの一撃が効いたのか、歩くのも必死そうだ。


「さて……親父、奥さん。もう大丈夫だぞ」

「ロウさん! ありがとうございます!」

「ロウさん助かりました!」


 この瞬間、周りの野次馬たちから歓喜の雄叫びが舞い上がり、ロベルト達は思わず耳を塞ぐ。


「ロウさんよくやった!」

「ロウさん素敵よー!」

「流石うちの国の守護神だな!!」


 周りがロウの事を守護神と呼んでいる辺り、ロウはこの国で民に愛されて尊敬されている存在だということがわかる。


「皆さん! この度は大変お騒がせして申し訳ありません!さぁどうぞ、レイシュン亭へとお入りください!」


 先ほどまで怯えていた亭主は元気な声で周りにそう呼びかけ、自分の店へと案内する。

 その声に吊られて数人の客が続々と入っていく。


「さてと……そろそろ店に入ろうぜ」

「いやいやいやいや!! 入ろうぜじゃないですよ!!」


 何事もなかったかのようにロウはロベルト達に入店を促すが、今の彼らの心境はそれどころではない。

 シャルロットやロベルトは必死の形相でロウに詰め寄る。


「ロウさん! 貴方何をしたか分かっています!?」

「あれでもうちの国の王子なんですよ! 国際問題間違いないですよ!?」


 怒りに身を任せてラマーを殴ってこの場を収めたはいいものの、冷静に考えればロウのしたことは他国の王子に対する暴行。

 しかもロウはナギ国のローファンと部隊に所属しており、国家に仕える立場。

 言い換えればこれはナギ国がアルメスタ王国に対して宣戦布告したと言ってもいい。

 だが……


「国際問題にはならねぇよ」


 と、ロウは自信満々にそう言い切った。


「ど、どう言うことなんですか?」

「詳しく説明してやるから。ほれ、さっさと店に入ろうぜ。飯食う前に教えてやるから」


 気になったものの、ロウに促されるがままにロベルトたちはレイシュン亭へと入店する。

 なぜ隣国の王子であるラマーを殴っても国際問題にならないのか……これよりロウの口からその真実が明かされる。

次回は二回目のワクチン接種のため、来週の更新はお休みし、11月21日の夜22時以降の更新となります。

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