第13話 パーティーと冒険者
今回は少し早めに投稿します。
ロベルトたちの乗った車は速度をあまり出さずゆっくりと大通りを進んでいき、やがてメランシェルの城であるエドワード城へとたどり着いた。
正門を潜って大扉の前で車はようやく停車し、中に乗っていたエルヴェシウス一家が全員車から降りる。
彼らの他にも既に他の貴族たちも到着しているのか、エルヴェシウス家の車の他に別の貴族の車も数台止まっていた。
アルメスタでは既に自家用車の開発も進んでいるが、やはり値段が高いため車を買えるのは貴族しかいない。
「そういえば、今日の会場はどこだった?」
「中庭のほうですよ」
ロベルトの質問にリナリーが答える。
城でパーティーが行われる場合、城の大広間か中庭のどちらかが会場になるのだが、今回は後者……つまり中庭ということになる。
「さてと……気を引き締めていくとしましょうか」
何度やってもなれないパーティーだが、腹をくくったロベルトはその足で本日の会場となる中庭へと足を進める。
会場につくと既に他の貴族たちが集まっており、庭にはテーブルクロスが敷かれた丸い机の上に豪華なディナーが置かれていた。
この世界の庶民では食べることは一生ないであろう食材にデザート。
見ているだけでお腹がすきそうだ。
夜のためか、中庭に設置されているガス灯や豪華なランプで会場を明るく照らしている。
さらに上を見上げればほんのり赤く染まった空に星が浮かび始め、この会場にもムードが生まれてきている。
空が真っ暗になり、光輝く星々が生まれるのも時間の問題であろう。
「おっ、どうやら既に始まっているみたいだね。それに顔見知りも何人か来ているようだし……私は少し彼らに挨拶をしてくるとしよう。お前たちも知り合いがいるなら挨拶はしておきなさい」
シリウスはそう言うと、人だかりができている場所に向けて歩き出す。
こういったパーティーではマナーや作法だけではなく、挨拶回りも大事なのだ。
「それじゃ、私も少し挨拶をしてくるから二人はぜひ楽しんでね」
そう言ってエミリーもその場から離れて他の人が集まっている場所へと向かう。
そして残ったのはロベルトとリナリーの二人だけだ。
「どうしましょう?お兄様」
「そうだな……せっかくだから何か食べようか」
「そうですね!」
ロベルトとリナリーの近くにあるテーブルの上には、これまた見ているだけで涎が出てきそうな食事がある。
肉や魚、さらにデザートと至りつくせりで、このパーティーを彩る花の一つでもある。
二人は何か食べようとテーブルに近づいたとき……
「翼ー!リナリーちゃーん!」
「ん?」
背後から聞きなれた声がしたのでロベルトは後ろを振り向くと、普段は着ることのない豪華なドレスを着たシャルロットとアイリがこちらに向かって歩いてきた。
「おー来たか。にしても随分と気合の入ったドレスだな。お前そんなに露出好きだったか?」
「たまにはこういうのに挑戦してみようかと思ってね」
アイリの来ているドレスは肩部分が完全に露出しており、さらに少しだけ胸の谷間が見え隠れしている。
彼女はこういう露出モノはあまり着ないため、彼女の言う通り今回は少しだけ冒険気分で挑戦したのだろう。
「にしても翼は相変わらず似合っていないよねー。今の翼なら女性もののドレスのほうが絶対に似合っているって!」
「頼むから勘弁してくれ!」
「お兄様!私、お兄様のドレス姿、ぜひ見てみたいです!」
「リナリーまで!?」
アイリだけではなく、リナリーまでもがロベルトの女装姿を見てみたいと言い出す。
だが流石に彼は女装趣味はないため、必死に否定する。
「そういえば、リナリーちゃんのドレスもいい感じだね。落ち着いた感じで品があるよ」
「シャルロットさんもありがとうございます!」
アイリの横にいたシャルロットもリナリーの黒いドレスを褒める。
「姉さんもよく似あっていますね」
「そうだね。これ選ぶのに半日かけちゃってもう大変だったんだから」
「ははは……そうですか」
シャルロットのドレスはアイリの露出の聞いたものとは違い、露出少なめのドレスで俗にいうプリンセスラインと呼ばれるドレスだ。
まだ十分若い部類に入るシャルロットは生前、結婚もできなかったのでこういうドレスには憧れていたのだろう。
いうなれば、このドレスは彼女の長年の夢が叶ったものである。
「あっ!お兄様、私お友達を見つけましたので、少し挨拶をしてきますね!」
「ん?そうか。じゃああとでな」
「はい!」
リナリーは笑顔でそう返すと、彼女は離れた人だかりのほうに向けて駆け足で向かう。
走るたびポニーテルの髪型が左右に揺れ動き、ドレスのスカートもふわりと舞う。
リナリー自身の伸長も小さいだけあって、その様は人込みに紛れた小さな妖精のようだ。
「じゃあ私もそろそろ挨拶回りに向かうから、あとはお二人で楽しんでねー」
シャルロットもそう言ってその場を離れ、この場に残ったのはロベルトとアイリの二人だけとなった。
「じゃあ飯でも食べようか」
「それじゃ、あたしはケーキから!」
アイリは机の上にあった皿とフォークを手に取り、机の上に並べられているケーキを皿にのせる。
フォークをケーキにぷすりとさし、アイリはそれを自らの口の中へと運ぶ。
「んーー!おいひー!」
食べた瞬間、ドーパミンやセロトニンといった脳内物質が彼女の頭の中で急激に分泌され、幸福感に満たされる。
今のアイリは先ほど屋敷でケーキを食べたロベルトと同じ反応をしていた。
「お前……ディナーより先に甘いものかよ」
「いいじゃん。こういうものはさっさと食べないと誰かにとられちゃうよ」
彼女の言う通り、こういった立食パーティーでは自分の食べたいものはさっさと食べたほうが吉である。
だがパーティー前に屋敷で甘いものを食べていたロベルトも、あまり人の事を言えないだろう。
「やれやれ……」
ロベルトは若干呆れつつ皿とスプーンを手に取り、机の上の大皿に盛られていたパエリアをよそい、スプーンで自らの口に運ぶ。
タコやエビといった海藻類がお米と非常によく絡み合い、素材本来の味が引き出されている。
異世界にお米があるのは意外かもしれないが、隣国のヤクモ国がお米の産地であり、アルメスタからも蒸気機関車を経由してお米が輸入されてくる。
値段も高くないため庶民、貴族問わずヤクモ国のお米はアルメスタ王国民にも広く受け入れられているのだ。
「あっ!パエリアじゃん!いっただきー!」
「おいコラ!!」
ロベルトが食べていたパエリアをアイリがスプーンを使って横取りする。
ケーキを食べていたのに、今度は米料理……この娘、なかなか食い意地が張っている。
パーティーが始まって一時間がたったころ、多くの貴族関係者が中庭に集まり、その数は500人。
大人たちは仕事の話をしたり、子供たちは食事を楽しんでいる。
当然、多くの人が集まれば最初に出されていた料理もあっという間になくなっていくが、王宮料理人たちが料理を作っては次々と出していく。
「あっ、これうまいな」
「だよね。あたしの家のご飯もおいしいけど、流石にこれにはかなわないかな」
「そりゃ王宮料理人の作る料理は別格だからな。でも俺は家の料理のほうが好きだよ。あっちは家庭の味ってものが感じだし」
「そう言われるとそうだね」
確かにこういった一流の料理人の作る料理はおいしい。
味付けや使う食材に至るまで、すべてか完璧である。
だがロベルトやアイリにとってはそれは舌を唸らせても、心までは唸らせない。
彼らにとっては母やメイドの作る料理のほうが、親しみがあり優しさが感じられるからだ。
「んー!これもおいしーい」
「おいこら華蓮。ちょっと動くな」
「えっ?」
ロベルトがポケットからハンカチを取り出し、アイリの口元についたハンバーグのソースを軽くふき取る。
「まったく……レディ。はしたないですよ?」
「あ……うん。ありがとう」
ロベルトの行動にアイリが少しだけ顔を赤くして、照れながらお礼を言う。
傍から見ていたら恥ずかしくなるような、とても甘酸っぱいような光景。
幼馴染ではあるものの、第三者から見たら恋人のような一枚絵だ。
「ほら、ワインはどうかな?」
「いただくよ」
ロベルトは白ワインのボトルとグラスを手に取り、グラスをアイリに渡す。
アイリはグラスを受け取り、ロベルトはそのグラスに白ワインをゆっくりと注ぐ。
白ブドウの芳醇漂う甘い香りと、完成度の高い熟成されたブドウの果実の風味。
グラスを回すことで、その香りはさらに引き立つ。
アルメスタの一流ソムリエが選んだこのワインも、豪華なディナーと同じく今宵のパーティーを飾る花の一つでもある。
「うん、いい香りだね」
アイリは軽くグラスを回して鼻で香りを楽しんだ後、グラスに口をつけて白ワインを飲む。
濃縮された甘口のワインが彼女の喉を通り過ぎ、引き締まった後味が残る。
アルコールが脳に入り込んだせいか、アイリはあることを思い出す。
「そういえば、前世ではお姉ちゃん飲みすぎると脱ぎだす癖があったの、思い出したよ」
「あーそうだったな。あれはなかなか強烈だった。転生してからも姉さんやってるのか?」
「流石にそれはないよ」
実はシャルロット、生前では酒が入ると脱ぎだして下着姿になることが多かったのだ。
生前のロベルト……翼は両親が仕事柄、家に帰ってくるのが夜遅くになることが度々あり、その都度幼馴染のアイリこと華蓮の家である二ノ宮邸へよく夜ご飯を食べに行っていた。
その際シャルロットこと杏はご飯を食べながらビールを飲んでいたのだが、酔っぱらうと翼がいる前でも脱ぎだすことが多く、よく妹の華蓮に注意されていた。
華蓮曰く、そんなんだから結婚どころか彼氏もできなかったんじゃないのとかなんとか。
「お願いだからお前も酔っぱらって服脱ぐとか勘弁してくれよ」
「それはないって!今は貴族だから、そんなことをしたら家に迷惑かけちゃうから気を付けるよ」
そんな飾り気の会話をしながら二人は星空の下の元、豪華なディナーとワインを楽しむ。
その時だった。
「ん?ねぇ翼、あれって団長じゃない?」
「え?あっ、ほんとだ」
華蓮の白くて細い指がさす場所、そこには藍色の制服に黒いコートを羽織り、腰に剣をさした騎士団団長のハイドがしかめっ面をしながらパーティー会場を見張っている。
王族絡みのパーティーのため、団長自ら警備に出ているのだろう。
「せっかくだ。少し挨拶をしようか」
「だね」
ロベルトとアイリは挨拶をするため、ハイドのいる場所まで向かって歩きだす。
会場の中に不届きものがいないか目を光らせて見張っていたハイドも、自分に向かってくるロベルトとアイリに気づいた。
「む。エルヴェシウスとミス・カタルーシアか。どうした?」
「いえ、お姿を見かけたので挨拶をしようと思いました。団長、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
ハイドの問いに二人は労いの言葉を投げる。
「そうか。今日は貴様たちが主役のパーティーだ。私もプライベートのことまでは口出しする気はない。心行くまでパーティーを楽しむがいい」
「ありがとうございます。それと団長、すみませんが少し聞きたいことがあるのですが……」
「……ここじゃ目立つ。少し場所を変えよう」
実はロベルト、気になることがあってこの際だからハイドに質問することにした。
だが今いる場所は多くの貴族たちが集まる場所であり、彼の言う通り目立つ。
なのでパーティー会場の端っこにある、ガス灯の光があまり届かない場所で話をすることになった。
「それで?何が聞きたいんだ?」
「まずは一つ目……昨日の王子のパレードでの件なのですが……王子の近くにいた全身に鎧を纏った4人の連中のことです」
「あっ、あたしもそれ気になっていました。騎士団の人たちじゃないですよね?あれ」
昨日のパレード、ラマーの傍にいた剣やら弓やら杖などを持っていた正体不明の全身鎧姿の4人組。
アイリも彼らの姿を見ていたようで、彼女もあの連中が気になっていたようだ。
ロベルトは少しではあるが彼らの正体に心当たりがあるようで、ハイドに質問するのはその答え合わせでもある。
「あぁあいつらか……」
ロベルトの質問にハイドの表情が険しくなる。
嫌なことを質問されたわけではなく、あの連中たちが疎ましいといった風に感じ取れた。
「エルヴェシウス。ミス・カタルーシア。このことはあまり周りに言いふらすなよ。あの4人組はラマー王子がグラハマーツ大陸から連れてきた冒険者たちだ」
「えっ……や、やっぱり」
冒険者……異世界ファンタジーでは魔法、モンスターに続くこれまた定番のファクターだ。
モンスターを倒して報酬を得て、世界を旅しながら名声を得る職業である。
ロベルトが前世で読んでいた異世界転生小説では、主人公のほとんどが冒険者になってチート能力を持って無双するのが定番であった。
初めて訪れた冒険者ギルドで、新人冒険者がガラの悪い冒険者に絡まれるのはこれまたテンプレと化している。
ハイドの言葉を聞いたロベルトの予想は当たっていた。
「実は昨日の朝、私も警備直前に知ったことだ。なんでも向こうの大陸で王子と共に仕事をして、王子の戦いに見惚れたらしい。それで王子がわざわざ勧誘してここに招待したとのことだ。これを聞いた陛下は頭抱えて悩ませていたよ」
ハイドはため息をつきながら昨日の事を説明する。
「そういえば昨日、王子が演説で言っていましたよね。冒険者と共に巨大魔獣を倒したって」
「そうだ。奴らはその冒険者連中だ」
昨日の演説、ラマーは城の前の広場で陛下の勅命任務でグラハマーツ大陸の冒険者と共に巨大魔獣を倒しに行ったと声高らかに宣言した。
昨日のパレードでラマーの近くにいたのは、その冒険者だろう。
「貴様たちも騎士学校で学んでいるとは思うが……このセルメシア大陸では冒険者の事はあまりよく思われていない。わかるな?」
「わかっていますよ。あの事件ですね」
異世界の冒険者を語る上で欠かせないもう一つのファクター、それが冒険者ギルドである。
異世界というのは文明があまり発展していないためアルメスタ王国は別として、基本的に会社組織という概念自体が存在しない。
冒険者ギルドというのは所謂組合もしくは協会みたいなもので、多くの冒険者はこのギルドで仕事をもらっている。
世界中を旅し、多くの人との出会い、多くの強敵との対峙、巨大なドラゴンとの戦いなど危険もあればロマンもある。
年頃のゲームが好きな男子高校生であれば一度は夢見るものだろう。
そんな夢の詰まった冒険者だが実のところ、セルメシア大陸では冒険者は疎ましく思われている。
昔はセルメシア大陸でも冒険者がたくさんおり、アルメスタ王国と隣国のナギ国とヤクモ国にも冒険者ギルドがあった。
だが……今から約400年ほど前に、大きな事件が起こった。
それは当時のアルメスタ王国の国王が、一人の冒険者によって暗殺された事件だ。
記録ではとある依頼で国王を殺したと犯人は供述したのだが、当然ギルド側は否定。
だが当時は正規のギルドとは別に闇ギルドと呼ばれる、犯罪専門の依頼を扱う国家非公式のギルドの存在があった。
犯罪の依頼だけに報酬も正規のギルド以上に破格であり、当時のアルメスタ王国でもかなり問題視されていた。
これらの事は王国の歴史に深く刻まれ、今日に至るまで騎士学校でも当時の国王が冒険者に殺されたことが教科書に載っている。
公式記録では国王を殺した冒険者は捕えられて、公開処刑されたとある。
少なくとも国王暗殺が当時のギルドが全く関与していなかったとはいえ、冒険者を管理していたのはギルドであることに変わりはない。
さらにこの頃アルメスタ王国だけではなく、ナギ国やヤクモ国にも冒険者が色々とやりたい放題をしていたそうだ。
一般人に危害を加えたり商人の恫喝に貴族屋敷に忍び込んで脅迫材料を盗むなどといった、犯罪紛いの事も当時の冒険者はしていた。
冒険者という言葉で表現を変えているものの、彼らは要するに仕事請負人……傭兵なのだ。
セルメシア大陸ではそんな歴史があったため、今でも冒険者は金次第では犯罪もする野蛮な連中というイメージが強くついてしまっている。
そのためセルメシア大陸全体で冒険者を凶弾する意見が民衆から強く上がり、彼らは逃げるようにセルメシア大陸から撤退。
現在はグラハマーツ大陸に活動拠点を移して、そこで活動をしている。
セルメシア大陸の各主要都市を始めとした街中で、武器などを持った冒険者の姿が見られないのはそれが原因である。
「400年前の冒険者による暗殺事件……あの事件がきっかけで騎士団が結成されたんでしたよね」
「当時のアルメスタ三大貴族の一つ、フローレンス家ですね。騎士団の紋章もフローレンス家の家紋が由来だったと覚えています」
「見事だ。二人とも、騎士学校で学んだことをしっかり覚えているようで関心だ」
ロベルトとアイリの言葉にハイドが二人を称賛する。
犯罪紛いをしていた冒険者だが、しっかりと真面目に仕事をする冒険者もいた。
中には治安を守る仕事をしていた冒険者も多かったのだが、400年前の事件で冒険者が大陸からいなくなった後、新たに治安を守る大規模な組織が必要だと国は判断。
今アルメスタには八貴族が存在するが、400年前には三大貴族と呼ばれる貴族がおり、その中でも影響力が大きかったのがフローレンス家だ。
暗殺された国王の後をついた王子の信頼も大きく、フローレンス家が筆頭となりその結果、アルメスタ王国騎士団が誕生したのだ。
その際に騎士団の紋章に使われたのが当時の彼らの家紋……二輪の白い百合の花である。
この百合には意味が込められており、右の百合は国や己に対する忠義、左の百合は国や大切な人を守ろうとする強き意志を表している。
フローレンス家の家紋に使われたこの二輪の百合は、今日ではアルメスタ王国騎士団の紋章として、制服の胸ポケットに刺繍が入っている。
(……忠義と強き意志……か)
ロベルトはフローレンス家の家紋であり、騎士団の紋章である百合の花を思い出し、ふと右手の甲をちらりと見る。
彼の右手に刻まれているアリシアの紋章……三日月の百合は一体、何の意味が込められているのだろうか。
「あっ!それと団長!もう一つ思い出したんですけど!」
「どうした?」
アイリが何かを思い出したようで、急に声を上げる。
「エリック・ブランシャールの件なんですけど、何であいつゼロ部隊にいるんですか?大して実力もないのに」
「あいつか……確かに奴はゼロ部隊に入る器はないし、正直私も奴の扱いに困っている」
「どういうことですか?ハイド団長が決めたのではないんですか?」
騎士としての腕も大してないエリックがなぜエリート部隊のゼロ部隊に所属しているのか。
そのことを聞いた二人だが、なぜか団長であるハイドが知らない。
これはどういうことだろうか。
「それは私も聞きたいくらいだ。お前たちは知らないだろうが、ゼロ部隊への配属を決める権限は私にはない」
「えっ!?じゃあ誰が――」
「騎士庁の連中だ」
騎士庁……アルメスタ王国騎士団の事務を統括する機関のことで、日本でいう行政機関の検察庁に該当する場所だ。
騎士団が捕らえた犯罪者たちは取り調べの後、騎士庁へと送検される。
また、不祥事を起こした騎士団員の処分や審議も騎士庁が決める。
「あそこの官僚たちは騎士団の団長や副団長、ゼロ部隊出身の連中が多い。さらに貴族や王族関係者との太いパイプ……繋がりもある」
「それってつまり、ハイド団長よりも権力がある人達がエリックをゼロ部隊にいれることを決めたんですよね?」
「そういうことだ。確か奴の父親は騎士庁に勤めていたな。大方上に掛け合って息子を無理やりゼロ部隊にいれたのだろう。本人もゼロ部隊に入ることを望んでいたらしいしな。つまり奴の件は私は一切知らない。下手に反対すれば私は団長を外されることになるだろう」
騎士庁に努めている者たちは団長であるハイドよりも強い権力を持っていることになる。
エリックがゼロ部隊にいるのは父親が決めたのだろう。
実力のないエリックがゼロ部隊にいることに関してハイドは異を唱えたくても、彼らに歯向かえば団長の権限を奪われる。
どこの国、どこの世界であっても役人の考えることは同じだ。
ほとんどが自分の私利私欲のためであれば手段を選ばず、自分の立場を脅かすものは自身が持っている権力で消す。
権力というものを手に入れたからって王や神になった気分なのだろう。
だが実力に似合わないエリックがゼロ部隊にいる理由もこれで判明した。
「さて、私はそろそろ警備に戻るとしよう。貴様たちもこんなところにいないでとっとと会場に戻るがいい」
「わかりました。ありがとうございます」
ロベルトとアイリは後ろを向いて去っていくハイドに向かって軽く頭を下げる。
「冒険者ねぇ……アルトとヴィンセントにも一応言っておくとしようか」
「大丈夫?団長、あまり言いふらすなっていっていたけど」
「知り合いには最低限言っても大丈夫だろう。華蓮もあまり周りに言わないでくれよ」
「わかった」
冒険者に騎士庁……これからの事が少し不安になりながらも、二人は再び人で溢れかえる会場へと戻っていった。
14話は8月15日の夜9時から0時までの間に更新予定です。




