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第12話 名探偵の推理

 現在の時刻は12時30分。

 仕事が終わり途中でアルトとヴィンセントと別れたロベルトは一人、自分の屋敷へと帰ってきた。


「ただいまー」


 玄関の扉を開けてエントランスに入った直後、甘く香ばしい匂いがロベルトの鼻を刺激した。


「ん?なんだこの甘い匂いは?」

「あ、ロベルト様。おかえりなさいませ」


 扉の奥から2名のメイドが出てきて、帰ってきたロベルトを迎える。

 彼女たちの手にはバスケットに入った大量のお菓子が入っており、出来立てなのかお菓子から湯気がたっていた。

 先ほどから漂っていたいい匂いはこのお菓子なのだろう。


「お菓子作ってたの?」

「はい。現在奥様がほかの者たちとお菓子を作っているのですよ。ロベルト様もお食べになりますか?」

「じゃあ食べようかな。ただその前に風呂に入るわ。今日は王子のパーティーに参加しないといけないからあまり食べれないけど、いくつかはいただくよ」

「わかりました。では少ししたらお部屋のほうに置いておきますね」


 メイドはそう言うと奥の厨房に続く扉に向かって入っていった。

 エントランスに置かれている置時計を見るとまだまだ時間には余裕がある。

 シリウスは5時には家を出るといっていたので、ロベルトはそれまでにやることは済ませておこうと思った。


(リナリーと親父はまだ帰ってきていないみたいだな)


 玄関の靴置き場を見ると、リナリーが学校に履いていくローファーとシリウスの革靴がなかったため、あの二人はまだ帰ってきていないのだろう。

 二人を待っていても仕方ないので、ロベルトはまず最初に風呂に入ることにした。


 30分後、風呂から上がったロベルトはバスタオルで髪を乾かしながら自分の部屋に戻ってきた。

 部屋に入った瞬間甘い香りが再び彼の鼻先を横切り、不思議と気持ちが安らぐ。

 デスクの上にはケーキスタンドが置かれており、そのスタンドの上にはケーキといくつかのお菓子、近くにはティーポットとカップが置かれていた。


「おっ、出来立てかな?どれどれ……」


 ロベルトはケーキスタンドに置かれていたシュークリームを一つ手に取って、それを口元に持っていって一口ぱくりと食べる。


「……んんーー!!おいひーー!」


 食べた瞬間、外はサクサクのシューと中はふんわりと甘くて柔らかいクリームがロベルトの口の中を満たし、女子のような声を出しながら恍惚な表情をしていた。

 傍から見ればスイーツを食べて喜ぶ女子そのものである。

 このシュークリームを作ったのは母エミリーで、彼女は一流パティシエにも引けを取らない腕を持っている。

 流石、趣味がおかし作りは伊達ではない。


「じゃあ次はこれを……」


 今度は近くに置かれていたお湯の入ったティーポットを手に持って、すぐ横にあるティーカップにお湯を注ぐ。

 本来紅茶というのは正しい飲み方があり、飲む前にカップにお湯を入れて温め、温まったらそのお湯は捨てる。

 その後はカップの中に茶葉を入れて、再びお湯をカップに注ぎ、蓋をして蒸らすなどいった工程がある。

 蒸らす時間は茶葉によるが、細かいものなら2、3分で大きなものなら3、4分が目安だ。

 何より紅茶を美味しく飲むコツはお湯の温度であり、沸騰直後の100度が一番おいしく飲めるとのこと。

 ただ今日は夕方から王子主催のパーティーがあり、カップを温めたり蒸らしたりする時間がもったいないので、今回は茶葉とお湯を入れる程度にしておいた。

 味や風味が格段と落ちてしまうが、それでも美味しい紅茶であることには変わりはない。


「……うん、行けるな」


 紅茶と甘いお茶菓子、仕事で疲れた体には至高のひと時。

 今のロベルトはこれのために仕事を頑張っているといっても過言ではない。

 だが今日のパーティーでも甘いお菓子は出てくる。

 あまり食べすぎて太らないか、彼にとっては心配の種でもある。


「さーて、時間もまだあるし……あれの続きを読むとしようか」


 すっかりお菓子の世界に誘われてしまったが、パーティーが始まるのは5時で今はまだ十分時間がある。

 それまで時間をつぶしておこうと思ったロベルトは、本棚の横に置いてある蓄音機のスイッチを押して針をレコードの上にセットする。

 ゆっくりと回り始めたレコードを針がなぞり、ホーンから鳴り響くクラシックが一瞬にしてこの部屋をコンサートホールへと変える。

 ロベルトの近くには紅茶とお茶菓子、手にはアイリから誕生日にもらった推理小説。

 異世界の貴族ならではの楽しみだろう。

 甘いお菓子の匂いに心安らぎながらロベルトは椅子に座り、アイリにもらった推理小説の続きを読むことにした。


 とある屋敷の大広間。

 部屋の中には高価な調度品が壁際に並べられ、中央にはビンテージ風の応接デスクとソファーが置かれており、いかにも成金趣味が鼻につく部屋である。

 そんな応接間に一つだけ、高級感とは不釣り合いなものがあった。

 デスクの近くの床……人間の形をした白いロープが床に置かれており、さらに絨毯の一部が赤黒く染まっていた。

 すなわちこの部屋は殺人現場であり、ロープが張られている部分の床は死体が倒れていた場所である。

 現在、この部屋には7人の人間がいる。

 一人はこの物語の主人公である探偵、その探偵の助手である少女、青い制服を着た捜査官に黒いタキシードを着たこの屋敷の執事。

 さらにメイド服を着た屋敷のメイド2名と、最近雇われた見た目がチャラい執事だ。


「教授!犯人が分かったって本当ですか!?」

「シモン捜査官、落ち着いてください」


 教授と呼ばれた男……彼こそがこの物語の主人公である探偵である。

 探偵……謎を解き明かす者であり、真実の探求者。

 この世に謎がある限り、探偵である彼はどこにでも現れる。

 そして今日もこの屋敷で大きな事件という謎が、彼を呼び込んだのだ。

 探偵は左手に持ったパイプを口につけ、大きく息を吸って燃やした葉を吸い込む。

 喉を通る爽快感と脳に来る刺激が、彼を真実という終着点(ゴール)へと導く。


「まずは……被害者の状況について確認しましょう。被害者はこの屋敷の主人。死体はこの応接室のデスクのすぐそばに倒れていました」


 探偵は右手に持っていた杖の先を死体が倒れていたであろうロープに向ける。


「死体が発見されたのは今朝10時。確かあなたが第一発見者でしたね」

「はい。旦那様は朝食後に読書をしながらお茶を飲むのが日課で、いつもこの時間にお茶を飲んでいました。そして本日のお茶を入れようとしてこの部屋に入ったら……」

「死体を発見してしまったと」


 死体の第一発見者はこの屋敷に勤める若いメイドの一人で、今日のお茶当番をしていた。

 自分の雇われ人が殺されたからか、表情も暗く緊張しているのが伝わる。

 だがそんな中、そのメイドの横にいたいかにも見た目がチャラい執事が口を開いた。


「探偵さんよぉ。こういうのって第一発見者が犯人ってものじゃねぇのか?だったらその女が殺したんだろ?さっさとそいつを捕まえろよ」

「違います!私ではありません!」


 メイドは泣きながら自分が殺したのではないと強く否定する。

 だがチャラい執事の言う通り、こういうのは第一発見者が疑われやすいものだ。


「はいはい落ち着いて。大丈夫ですよ。少なくとも私の推理ではあなたは犯人ではありません」

「えっ!?じゃあ一体誰が……」


 若いメイドが犯人ではないならば、残る容疑者は3人。

 チャラい執事と落ち着いた執事、そしてもう一人のメイドである。


「その根拠となるのが……凶器ですよ。シモン捜査官。確か凶器は未だ発見されていないんでしたね?」

「はい。この屋敷を調べつくしましたが……凶器らしきものは出てきませんでした」

「そう。ここで被害者の死因について思い出してほしいんです。被害者の死因は背後から棒状のもので貫かれたことによる失血死。被害者の体を貫通しており、床にもおびただしい量の血が残っていますね」


 今回の事件のポイントとなるのが、探偵の言った凶器だ。

 凶器は棒状のもので未だ発見されていない。

 となれば、どこかに隠されているのかもしれない。


「それと、被害者の傷について気になることがありました。被害者は背後から刺されたのですが、貫通したのであれば当然背中と胸に大きな傷ができますね。その傷ですが……背中の傷が大きく、胸の傷が小さかったのです」


 胸の傷口が小さく、背中の傷口が大きい。

 つまり凶器は太さが均等ではない棒状の何か。


「私はその答えを見つけましたよ……皆さん、窓の外をご覧ください!」


 探偵が声を上げて、杖の先を窓に向ける。

 彼の一声で関係者が窓の近くまで寄って、外の景色を己の瞳に映す。

 そこに映っていたのは……空から白い結晶が降り注ぐ、一面銀世界の楽園。

 即ち、雪景色である。


「そういえば、昨日から大雪が降り積もっていましたよね」


 探偵の横にいる可愛い助手の少女がそういった。


「だから探偵さんよぉ!凶器はどこにあるんだよ!?」


 チャラい執事が声を荒げる。

 そのせいで隣の二人のメイドが怯えてしまうが、彼にとってはどうでもいいようだ。


「何を言っているんですか。既にこの景色に映っているでしょう?」

「はぁ!?一体どこに――」


 どこにあるんだと言おうとした瞬間、窓の外に突如大きな棒状のものが降り落ちて、深く積もった雪の上に突き刺さった。

 いきなりの事でメイドが軽く悲鳴を上げて驚きながら、その場で尻餅をついてしまう。

 そしてその落ちてきた棒状の正体は……


「あっ!まさか……氷柱(つらら)ですか!?」

「その通りだサラ!さすが私の助手だ。それこそが被害者を殺した凶器に他ならない」


 目の前に突き刺さった氷柱はかなり長く、重さもそれなりにある。

 これが、この事件における凶器となったのだ。

 さらに氷柱は先端部分に近い部分は細く根本に近い部分は太いため、被害者の傷口の違いもこれで説明がつく。


「そういえば、被害者の服が少しだけ濡れていましたね!」

「犯人はこの部屋に氷柱を持ち込み、背後から被害者を貫いた。この部屋には暖炉があります。特に今日は寒いですからね。部屋に持ち込んだ時には少しだけ溶けかかっていたのでしょう。犯行の際に溶けた氷柱が水分となって被害者の服を濡らしたんでしょうね」


 探偵と捜査官の目線の先には立派な暖炉があり、中には黒く焦げた薪がそのまま残っていた。

 事件が起こった際あの暖炉には火がついており、犯人がこの部屋に氷柱を持ち込んだ時点で溶け始めていたのだ。


「さらに氷柱は氷……すなわち、火に当てれば溶ける。凶器が見つからない理由もこれで説明がつきますよ。犯人は犯行後、あの暖炉に氷柱を放り込んで溶かしたんでしょう」


 探偵が左目に着けている片眼鏡がきらりと光る。

 数々の虚構が漂っている情報の海でただ一つ、暗闇の深海にて輝く、真実というお宝を引き上げる。

 その真実(おたから)とは、この事件の真犯人だ。


「そして被害者の体格はかなり大きく、力が弱い女性では貫くことは不可能」

「それと被害者はかなり読書家で一度本を読むと、本の世界に入り浸って周りが見えなくなったり聞こえなくなったりするようです」

「被害者のことをよく知り尽くしたうえでの犯行。さらに殺人後に凶器を溶かして消すという念入りに計画された犯行。それらの情報から犯人は……」


 探偵が持っていた杖の先を天高く掲げる。

 ここは室内ではあるが、空に浮かんでいる星々はすべてを知っているだろう。

 星の持つ光が闇を照らし、卑劣な犯人を今、かの探偵が持っている杖で指し示そうとした瞬間……

 探偵の背後の扉から二回ノックの音が聞こえた。


「おや?こんな時に客人かな?ちょっと待っていてくれたまえ」


 探偵は杖を持ちなおし、扉のほうへと向かって歩く。

 そして扉を開いた。


「どちらさまかな?……いっ!?」


 扉を開けた探偵は訪ねてきた人物の顔を見るや、驚きの表情をした。

 その人物とは……


「ロベルト様。旦那様と妹様が帰ってきましたので、そろそろ準備をお願いいたします」


 そこにいたのはエルヴェシウス家に努めるメイド。

 探偵……否、ロベルトはふと気が付くと、部屋の周りを見る。

 大きな応接間、デスクの傍にあるロープ、事件の関係者。

 それらすべては本の世界の出来事であり、現実には存在しない物語。

 どうやらロベルトは本を読んでいるうちに傍観者という立場から、いつの間にか自分自身が主人公の探偵になりきってしまったようだ。


「どうかしました?」

「いや、何でもない。じゃあ準備をするわ」


 正気に戻ったロベルトはメイドにそういうと、扉を閉める。


「あともう少しでいいところだったのに……仕方ない。帰ってきたら続きを読むとしよう」


 時計を見ると既に4時を少しだけ過ぎていた。

 とんだところで邪魔が入ってしまったが、今日は読書よりも大事な予定が入っている。

 この国の王子であるラマーの凱旋パーティーがあり、貴族は全員参加しなければならない。

 少しだけ残った甘いお茶菓子を平らげたロベルトは、部屋を出て一階のリビングへと向かった。


 リビングに入ると既にエミリーがロベルトのパーティー用の衣装を用意していた。


「あらロベルト。はいこれ」

「ありがとう。じゃあ着替えてくるわ」


 エミリーからパーティー等に着る衣装を受け取ったロベルト。

 生前の彼にとってはこういったパーティーとは無縁の人生であり、転生してからまさか何度も着ることになるとは思わなかっただろう。


 自分の部屋に戻ったロベルトは先ほどまで着ていた服をベッドの上に脱ぎ捨て、エミリーから渡された衣装を着る。

 高価な素材で作られた衣装は着心地もよく、不思議と気持ちも引き締まるがそれと同時になぜか緊張感も少しだけ高まる。


「……これ似合っているのか?」


 ロベルトの着ている衣装は男性用のため、女性にしか見えないロベルトが着るとどうも男装しているようにしか見えない。

 どちらかといえばロベルトはこうした男性用の衣装よりも、女性もののドレスのほうが断然似合うだろう。

 最後にマントを羽織り、彼は再び一階のリビングへと戻る。


「母さん、着替えたよー」


 そう言いながらロベルトはリビングの扉を開けると……


「あっ!お兄様!どうですか!?」


 リナリーが学校の制服から今日のパーティー用のドレスに既に着替えていた。

 黒を基調とした派手すぎないドレス。

 生前では結婚式といったパーティーでは黒は葬式を連想させるため黒いドレスは演技が悪いとよく聞くが、この世界ではそういうのはないらしい。

 髪型もいつもはロングヘアーだが、気分を変えてポニーテールへと変えていた。

 リナリーはドレスの裾をつまみながらその場でくるりと一回転すると、スカート部分がひらりと少し舞い上がる。


「かなりいいじゃないか。よく似合っている」

「ありがとうございます!」


 可愛い妹のドレス姿にロベルトも思わず表情がにやけてしまう。

 直後、背後の扉が開かれ父シリウスが部屋に入ってきた。


「待たせたかな?おっ、ロベルトもリナリーもいいじゃないか」

「ありがとうございます!お父様!」

「ははは……」


 妹はドレス姿が似合っている者の、兄は着慣れていない衣装の感想に愛想笑いで返す。

 だが肝心の父の衣装がなかなか様になっている。

 やはり大人の男性の貫録がにじみ出ているのか、既にフインキだけで風格を肌で感じ取れるほどだ。


「エミリー。お前もそろそろ準備してくれ」

「わかったわ。それじゃ私も準備してくるね」


 エミリーはそう言って座っていたソファーから立ち上がり、隣の別室へと入る。

 彼女は私服だったので、これからドレスに着替えるのだろう。

 時計を見ると4時30分を少し過ぎており、あと30分ほどで家を出る。

 それまでロベルトはリナリーとシリウスと共に雑談に興じた。


 時計の針は4時と50分、家を出るまで残り10分となった。

 そして別室の扉が開かれ、エミリーの着替えが完了し、彼女はリビングへと入ってきた。


「待たせたわ。どうかしら?」

「……すごいな」


 ロベルトはエミリーのドレス姿を見た瞬間、一瞬だけ脳が思考停止した。

 彼からしたら、貴方本当に二人の子供を持つ人妻ですかと質問を投げたいくらいである。

 しかもその息子はもうすぐ20歳になる。

 ドレスを着たエミリーはどう見ても20代の女性にしかみえないため、一体どうやったらそんなに若作りができるのだろうか。


「あら?ロベルト、どうしたの?」

「いや、何でもない。とりあえず似合っているよ。母さん」


 ロベルトは母の美しいドレス姿を恥ずかしそうに見ながらそう答える。

 彼としてはなぜか恥ずかしい気分になったのだろう。


「お母さま!とってもお似合いです!」

「久しぶりにそのドレス姿を見られたな……綺麗だよ」

「リナリー。シリウス。ありがとう」


 リナリーとシリウスも思ったことを口にしてエミリーを褒める。

 これで一家全員準備完了となり、あとは5時になるまで待機するだけであるが、肝心の時間までもう5分くらいしかない。

 その時、リビングの扉が開かれて一人の執事が部屋に入ってきた。


「旦那様。お車の準備ができました」

「ありがとう。では三人とも、準備はいいか?」

「大丈夫よ。すぐにでも出れるわ」


 ロベルト、リナリー、エミリーも準備ができたので、リビングを出てそのままエントランスへと向かう。

 既にエントランスにはこの家のメイド部隊が並んでおり、パーティーに向かう彼らを出迎えてくれるようだ。


「じゃあ君たち。家の事を頼むよ」

「「「わかりました。では皆さま、行ってらっしゃいませ」」」


 メイドたちは一斉に頭を下げてエルヴェシウス一家に向けてそう言い放った。

 シリウスが玄関の扉を開けると、目の前の噴水の横に少し大きなレトロ感あふれる車が一台止まっていた。

 エルヴェシウス家が所有する自動車である。


「では皆さま、お車にお乗りください」

「わかった。運転は任せるよ。では私は助手席に座るとしよう」


 シリウスはそう言って車の助手席のドアを開けて、中に入り込む。


「じゃあ私たちは後ろの席に座りましょうね」

「はい!」


 後ろの席の真ん中にエミリー、その横に子供たちが座ることになった。

 一家全員が乗り込んだのを確認すると、運転手の執事がカギを差し込み、車のエンジンが唸りを上げる。

 そしてハンドルを握った執事がゆっくりとアクセルを踏んで車が動き出し、そのまま屋敷の門をくぐっていった。


 執事が運転する車が街をゆっくりと走る頃、太陽が少しずつ沈み、もうすぐ夜が訪れようとしていた。

 大通りに設置されているガス灯に火が灯り始め、この街の夜を照らす。

 車内ではリナリーがシリウスとエミリーと楽しく会話をしているなか、ロベルトは窓の外を眺めており、彼らの会話など耳に入ってこなかった。

 昨日はあれだけ人で埋め尽くされていた大通りも、今日は人影がほとんどいなくなっている。

 だが夜になれば酒場などが開くので、昼間ほどでないにしろ、大通りは完全に静まり返るわけではない。

 酒場目当てに街を彷徨う者もいるのだろう。


「………………」


 外の景色を眺めているロベルトの青い瞳は今、濁っていた。

 今見ている景色が汚らわしいわけではない。

 その理由は彼は今、悩んでいたからである。

 この異世界ルナティールの事、女神アリシアの事、邪悪なる者の事など。

 よくある異世界転生系であれば、彼も自分のやりたいことをやっていただろう。

 冒険者となって世界各地を旅しながらモンスターを討伐して名を馳せたり、魔王を倒す勇者とかになって英雄になったり。

 だが彼は今、ロベルト・エルヴェシウスとして生を受け、現在瀕死の状態である女神アリシアから自分の力を奪った邪悪なる者から力を取り戻してくれと頼まれている。

 つまり……彼はこの世界に転生した瞬間、大きな宿命を託されたのだ。

 その証拠が、彼の右手の甲に浮かんだ百合を包んだ三日月……神の力、ラグナである。

 ロベルトだけじゃなく、同じくこの世界に転生したアイリやシャルロットだって同じだ。


「ん?どうしたのロベルト?右手をじっと見て」

「いや、何でもないよ。少し考え事をね」

「あらそう?でもせっかくのパーティーなんだから、そんなに暗くなっちゃだめよ?」

「そうだね」


 エミリーが優しく笑み、ロベルトも思わずそれにつられて少しだけ笑う。

 右手の甲に刻まれたアリシアの紋章はラグナが宿っている者同士にしか見えないため、エミリーからしたらこの紋章は見えていない。

 アリシアから神の力を託されたものの、ロベルトは未だその力の覚醒に至っていない。

 なぜ自分だけが力がないのか、なぜアリシアは自分にラグナを託したのか。

 答えが未だ己の中で錯綜する中、彼らを乗せた車は大通りを進み、本日のパーティー会場であるエドワード城へと向かっていった。

13話は連休ということもあって火曜か水曜のどちらかに投稿します。

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