第11話 魔法
街の至るところで未だ人々の喧騒が聞こえる中、ヘトヘトになりながらロベルトは自宅へと帰ってきた。
疲れている体を引きずるように彼はゆっくりと屋敷の門を潜り、庭を通って玄関の扉を開けた。
「あっ!お兄様!おかえりなさい!」
「リナリー。ただいま」
疲れたロベルトを出迎えてくれたのはリナリーだった。
夜遅くまで彼を待っていてくれたようで、満面の笑みを浮かべて彼の帰りを祝福する。
この笑顔が多少ではあるものの、疲れたロベルトの心を癒してくれる。
彼女なりの気遣いなのだろう。
「あっ、そういえば……先ほど大きな音がしたのですがお兄様、何か知りませんか?」
「やっぱりお前も聞こえていたんだな。実は17地区の方で爆発があったんだよ」
「ばっ、爆発ですか!?」
物騒なことを言ったため、リナリーは思わず驚いてしまう。
「一応この件はハイド団長が担当することになってね。今頃は現場検証をしている最中かも」
「そうですか……でもお兄様がご無事でよかったです」
あの爆発でリナリーは大切な兄が危険な目にあったのではないかと思うと、身の毛もよだつ気分になる。
だがご覧の通り、その兄は目の前で疲れてはいるものの無事だ。
「心配してくれてありがとう。じゃあ俺は風呂に入ってくるよ」
「お兄様。食堂でご飯が作り置きしてありますので、お風呂あがりに食べてくださいね」
「分かった」
ロベルトはそのまま風呂場へと直行し、今日の仕事の疲れを湯船につかって心身共に癒した。
その後風呂から上がって食堂に行くと机の上には彼の食事がクローシュと呼ばれる、銀色のドームの形をした蓋の中に入っていた。
このクローシュは主に料理の鮮度や温度を保つ為のものであり、レストランでも料理が運ばれてくるときにこの蓋がされている。
「さてと今日の料理は……おっ、俺の好きなやつじゃん」
ロベルトはクローシュの取っ手を握って上にあげると中には豪華な料理が食欲をそそる匂いと温かい湯気を出しており、目の前にいる人間に早く食べてもらいたいと待っていた。
どうやら今日の料理は彼の好きなものらしい。
こういう食事は家族と一緒に食べてこそ美味しい物だが残念なことに今日は仕事が終わるのが遅かったため、この食堂にはロベルト一人……寂しいものである。
「お兄様」
「ん?リナリー。まだ起きていたのか?」
「はい、お兄様一人だとかわいそうだと思ったので、せっかくだから隣、よろしいですか?」
「もちろんいいよ」
リナリーはそう言って彼の隣の椅子に座る。
手にはいい香りのする紅茶を持っており、ロベルトが寝るまでの間お話がしたいようだ。
ロベルトは食事、リナリーはお茶を楽しみながら今日の出来事を話した。
遅めの夜食を堪能したロベルトは部屋に戻り、そのままベッドに入り込んで眠りにつこうとする。
部屋は既に暗く、ガラス窓から入ってくる月の光だけが部屋を照らす。
彼の瞳に映るは自分の部屋の天井だが、ほとんど暗いため見えているのかわからない。
そして任務で疲れているためか、5分もたたず彼は開けていた目が自分でも気づかないまま、閉じられ、そのまま眠りに着いた。
ただ一つ壁に掛けられている時計の秒針の動く音が、暗闇の部屋の中で朝まで響いていた。
翌朝、ベッドから這い上がって起きたロベルトは未だ眠気が残っていながらも、朝食を摂るために食堂へと向かった。
「ロベルト、おはよう」
「おはようロベルト。その様子だとあまり眠れなかったみたいね」
「あぁ、昨日は仕事が長引いたからな」
エミリーは眠気を孕んでいる息子の目を見て、彼の事を心配する。
自分の子供の事を心配するのは、親としては当然の反応だろう。
「それよりロベルト。今日は何があるか聞いているか?」
「今日は確か……城でパーティーだよね。ハイド団長がそういってた」
「分かっているならいいよ。だから今日は八貴族の騎士団員は全員午前で仕事が終わりって、先ほど団長から電話があったよ」
「お兄様。今日のために新しいドレスを新調しましたの!帰ってきたら、ぜひご覧になってください!」
「それは楽しみだな。俺もリナリーのドレス姿は見てみたいよ」
大事な妹のドレス姿をこの目に焼き付けるために今日は午前だけではあるものの、仕事を頑張らくてはとロベルトは自分の中で少しだけ気合を入れた。
「そういえば、俺は仕事は午前中ということは……リナリーも今日は学校は午前だけか」
「はい」
「ロベルト、帰ってきたら少し休憩したあと、着替えなどの準備をしてから城に行くからね」
「時間は?」
「5時には家を出るよ。それまでに準備をするように」
「分かった」
今日の予定をまとめると、この後は午前中は仕事に行く。
そのあとは帰ってきて着替えやらしたあとに5時には家を出ることになる。
「それとロベルト。リナリー。タキシードとドレスを後から出しておくわね」
エミリーの言う通り、パーティーにおいて大事な要素の一つ、タキシードやドレスは重要だ。
こういうパーティーではそれにふさわしい恰好、すなわちドレスコードは最低限守らなければならない。
「さぁ早くご飯を食べましょう?せっかくみんなが作ってくれたのだから、早くしないとご飯がさめるわよ?」
エミリーのいうみんなとはこのエルヴェシウス家で働くメイドのことである。
彼女はメイドたちとは仲が良く、趣味のお菓子作りで他のメイドたちとも親睦を深めている。
ロベルトはエミリーの言葉通り、椅子に座っていつも通りご飯を食べ始めた。
朝食を摂った後、騎士団の制服に着替えて家を出る準備をしていたロベルト。
汚れやシミもなく、皺もない制服は几帳面な彼の性格を表している。
着替えた後は忘れ物がないかチェックをし、アイリから貰ったイヤリングをつけて最後に腰にマリエスとクロスをさし、これでよしと確認してから部屋を出た。
廊下を渡ってエントランスに出て、階段を降りるとリナリーも学校の制服を着て靴を履いていた。
「あっ、お兄様!」
ロベルトに気づいた妹は元気な笑顔を兄に向ける。
彼女の着ている騎士学校の制服は白と黒といったモノトーン調の制服であり、着ているだけで清潔感や高級感を感じさせる一品。
かつてはロベルトやアイリ、アルトも来ていた制服だ。
リナリーの場合スカートもそこまで短くないので、清楚で品のあるお嬢様といった風にも見える。
その彼女の満面の明るい笑みにロベルトも妹のために今日も一日頑張ろうと思えた。
「これから学校か?」
「そうですよ。せっかくだからお兄様、途中までご一緒しませんか?」
「もちろんいいよ」
ロベルトはリナリーの申し出を快く引き受ける。
その直後にシリウスとエミリー、メイド一同も玄関に集まり、二人の子供が家を出るのを見守る。
「二人とも、今日は用事が終わったら寄り道せずに真っすぐに帰ってくるんだぞ」
「わかった。それじゃ、行ってくるよ」
「ではお父様、お母さま。行っています!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ロベルト様、妹様。行ってらっしゃいませ」
両親とメイドたちに見送られながら、二人の子供は玄関の扉を開ける。
本日のメランシェルも天気は快晴、絶好の仕事日和でもありパーティー日和でもある。
この天気であれば、当分は雨など降らないだろう。
自分の職場へ向かう道中、ロベルトはリナリーと共にお喋りしながら街の中を歩く。
祭りは昨日だけだったようで、辺りを見渡すと既にすっかり元通りの光景に戻っていた。
しかしロベルトたち貴族は、まだ今日の夕方に王子の凱旋パーティーがある。
「ではお兄様、私はこれで失礼します!」
「リナリーも気をつけろよ」
ロベルトは自分の目的地に着いたところで妹と別れ、彼女はそのまま学校へと向かっていった。
リナリーの姿が見えなくなるまで彼女の背中を見送ったロベルトは、とある建物に目を向ける。
メランシェル第13警備署……前世でいう警察署である。
かなりの大きさの建物であり、レンガで作られた壁や屋根は前世でいう西洋文化が入ったばかりの明治後半の日本を彷彿とさせる。
「さてと……今日も一日頑張りますとしましょうかね」
そう言ったロベルトは警備署の扉を開けると、既に多くの団員が自分の職務で忙しそうに動いていた。
夜勤明けの団員もいるのだろうか、入り口にいた団員が眠そうな顔をしていた。
「おはようございまーす」
「おぅ、ロベルトおはよーさん」
「ロベルト先輩、おはようございます」
ロベルトは自分の仕事部屋に向かう最中、すれ違う団員に挨拶をしていく。
朝来たら挨拶は基本、社会人としての常識である。
そしてとある部屋の扉の前まで行くと、ロベルトはその扉を開けて部屋の中へと入る。
入った瞬間コーヒーの甘い香りがロベルトの鼻先を横切り、一気に脳を覚醒状態へと誘う。
「おっはよーさん。ロベルト」
「おはようロベルト。せっかくだからコーヒー飲む?」
部屋の中にはアルトがデスクに座って書類仕事をしており、ヴィンセントがお盆の上にコーヒーを載せてロベルトのほうに向かってきた。
この部屋に充満するコーヒーの香りの正体は、ヴィンセントが手に持っているコーヒーだ。
「おはよう。じゃあせっかくだから俺も朝の一杯ということで」
ロベルトはヴィンセントからコーヒーの入ったカップを受け取り、それを一口飲む。
香りはもちろんコクのある苦みに多少の甘味など、朝飲むには絶品の一品である。
「ヴィンセントー。俺もコーヒー一杯頼むわ。砂糖多めで」
「はいはい」
デスクで書類仕事に専念しているアルトがヴィンセントにコーヒーを注文する。
アルトはコーヒーを飲む際は砂糖を多めに入れる甘党派だ。
アルメスタでは既に砂糖の自家生産技術が可能になっており、本と同じく昔は高かった砂糖も今では庶民でも手に入れられる。
そのためメランシェルの各地では砂糖を使ったスイーツ店が立ち並び、女性客を中心に行列ができるほどだ。
無論、自家生産技術を開発したのも国王であるオスカーだ。
「はいアルト」
「ありがとさん」
ヴィンセントが入れた砂糖多めのコーヒーをアルトは左手で受け取り、それを自らの口へと運ぶ。
「んー!やっぱり朝はこれだよなー!」
「お前なぁ……あまり砂糖入れすぎると糖尿病になるぞ」
「ん?とうにょうびょう?」
「あっ、いや……何でもない」
ロベルトはこの時内心しまったと思った。
アルメスタ王国は現在、様々な技術が発展していて医療技術も現在日々向上している。
だが今のところ、前世でもあった糖尿病に関してはこの世界では未だに未知の病気という風に扱われているため、その名を出すべきではなかったとロベルトは後悔した。
「それより、今日の予定知ってるよな?」
「知っている。八貴族は午前で仕事が終わって夕方からパーティーだろ?あまり乗り気がしないんだが……」
「駄目だよ。王族が絡むパーティーなんだからちゃんと出ないと。そうじゃないとエルヴェシウス家の評判も悪くなっちゃうよ」
「分かってるよ」
ロベルトが貴族に転生して一番面倒くさいと感じたのが、貴族や王族が絡むパーティーである。
はっきり言って、貴族のパーティーはお互いの腹の探り合いなのである。
とは言っても現在の八貴族はほぼ全員が仲が良いため、そのようなことはないだろうが一番陰湿なのが下級貴族と中級貴族だ。
奴らは自分の家が成り上がるためならば、他の貴族の噂や情報をこうしたパーティーで探り、タイミングを見計らっては蹴落とす。
上級貴族であるエルヴェシウス家の息子が王族主催のパーティーに出ないなんて知られれば、奴らはその瞬間、牙を向けるだろう。
さらにこういう貴族は子供にも目をつける。
着ている服、食事を食べているときのマナーや礼儀など、とにかく子供の行動を逐一見て粗を探し、ここぞというときにちくちく攻撃する。
お宅の子供は礼儀がなっていない、と。
故に貴族に生まれた子供たちはパーティーや社交界でのマナーは親から徹底的に叩きこまれるのだ。
「さて、そろそろ仕事に取り掛かるとしようか」
手に持ったコーヒーを再び一口飲むと、ロベルトは自分のデスクに向かい椅子に座る。
「ほら、これ今日の分な」
アルトが持ってきたのは昨日起こった案件の書類だが……結構な量がある。
これを午前中でやりきるのは無理があるかもしれないが……
「なんだ、これだけか。結構少ないんだな」
なんと、ロベルトはたくさんある資料の山を見てこれだけかと吐き捨てる。
どうやら彼にとってはこの書類の山は大した量ではないらしい。
「それじゃ、さっそく始めるとしよう」
ロベルトは胸ポケットに差していた誕生日にエミリーから貰った万年筆を手に、目の前の書類を片付けようとする。
資料の内容は主にここ最近起きた事件の報告書や今後の仕事の内容について。
書類に目を通して、ちゃんと内容を読んでからサインをする。
特にここ最近はアムレアン盗賊団絡みの事件が多発している。
あいつら、余計な仕事を増やすなとロベルトは恨み節を吐きつつ万年筆という剣を使って書類と戦った。
「終わった終わったー!」
時刻は11時39分、お昼まで残り僅か。
少し早いが彼らの業務はこれで終了し、ロベルトも山ほどあった書類を既に片付けた後であった。
しかし仕事が終わるにはまだ少し時間がある。
と、ここでアルトが
「あっ、そうだ!昨日の爆発の件だけどさ……」
昨日の爆発事件の事を切り出してきた。
「あれか。それがどうした?」
「それがさー。昨日現場に行ったら団長に見つかってさ」
「えっ!?アルト、昨日あの現場に行ったの!?」
「おぅ!少し気になったからな!でも何があったのか教えてくれぜ!」
どうやらアルトは昨日、例の爆発の現場に行き、案の定ハイドに見つかったようだ。
だが彼の表情を見る限り、てへぺろ的な笑顔をロベルトに見せつけており、反省の色は全く見えない。
「やれやれ……で?あの爆発は何だったんだ?」
「あれな!なんと魔法で爆発したんだよ!」
「……は?」
ロベルトは魔法という単語を聞いた直後、表情がすぐに固まり思考が停止した。
「だから魔法だよ!まーほーう!火属性の上級魔法、爆散が使われたんだよ。ヴィンセントはあの時気づいていたみたいだけどな」
「うん。あの爆発が起こった直後、マナが一気に爆散したのを感じたからすぐに分かったよ」
「魔法……ねぇ」
魔法……これまた異世界系ファンタジーでは超が付くほど定番の要素。
というより魔法がなければファンタジーなどではないだろう。
呪文を唱えれば何もないところに火をおこしたり水を出したり、夢溢れるロマンが詰まった奇跡。
アニメやゲーム、ラノベが好きな年ごろの男子高校生などであれば、一度は夢見るものであろう。
「で?何であの現場、魔法で吹き飛んだんだよ?魔法を使った奴がいたのか?」
「客同士のトラブルで喧嘩になって魔法をぶっ放したんだってさ。幸いにも死人は出ていなかったんだけど、怪我人が数人出たらしいぞ。ちなみに店は全壊だ」
「魔法ということはグラハマーツ大陸の魔術師が来たんだよね」
「だよな。まったく、うちの大陸にまで来て魔法使うんじゃねぇよ。こっちは大迷惑だ」
セルメシア大陸の東側にある大陸、グラハマーツ大陸は別名、魔法大陸とも呼ばれている。
かの大陸には4つの国があり、そのうちの一つがこのアルメスタ王国と同盟を結んでいるセレニア王国だ。
そしてグラハマーツ大陸には魔法を使える魔術師が数多くおり、彼らは戦いから日常まで、常に魔法と密接な関係にある。
昨日のお祭りには、グラハマーツの魔術師も遊びに来ていたのだろう。
「アルト、その魔術師はどうした?」
「本部の牢屋にぶち込まれたらしいぞ。この件は団長が担当するって」
こういうやつらが出てくると、彼らの仕事も余計に増えてしまうものである。
「でもあの場所で魔法使ってよく被害が出なかったな」
「そりゃそうだよ。だってセルメシアはマナの濃度が薄いから魔法の威力も下がるんだよ」
「は?どういうことだ?」
アルトの疑問にヴィンセントが答える。
昨日の爆発魔法もマナが爆散したおかげですぐに魔法が使われたことが分かった辺り、どうやら彼は魔法について幾分か詳しいようだ。
「アルト、魔法について何か知ってる?」
「グラハマーツ大陸の人間が魔法を使えるってくらいしか知らないが」
「その様子だとほとんど知らないみたいだね。仕方ない。僕が簡単に教えるよ」
ヴィンセントは部屋の隅に置かれていたホワイトボードをズルズルと引きづって、アルトのデスクの前に設置する。
そしてマーカーで魔法、マナといった魔法に関係する単語を次々と書いていく。
「そうだね……まずはロベルト、何でグラハマーツ大陸の人たちは魔法が使えて、僕たちセルメシア大陸の人間には魔法が使えないかわかる?」
「えっ!?あーそうだな……」
ヴィンセントのいきなりの指名にロベルトは多少動揺する。
実はロベルト、騎士学校時代に独学で魔法を学んでいたため、魔法の知識は多少はある。
元々異世界系の小説を読んでいただけあって、魔法には興味があったからだ。
ヴィンセントの問いに頭の中の引き出しから次々と情報を引き出してそれを整理し、彼はそれを口から言葉として出す。
「確か……グラハマーツ大陸の人間たちには魔核と呼ばれるものがある。魔法に使う魔力を貯める内臓のようなもので、彼らは魔法を使う際はその魔核に溜まっている魔力を消費して魔法を使うんだろ?」
「正解だよロベルト。随分と詳しいね」
ロベルトがすらすらと答えたことにヴィンセントは驚くも、彼はロベルトが魔法に関して詳しいことを褒め称える。
この異世界ルナティールにおいて、魔法を使うには魔核と呼ばれるものが必要である。
魔核とは魔力を貯めるタンクのような役割を果たし、魔法を使う際はその魔核に溜まっている 魔力を消費して魔法を使用する。
「その魔核だけど、この世界では空気中の魔力……マナが漂っていて、グラハマーツ大陸ではマナの濃度が特に濃いんだよ」
「マナの濃度って何か関係があるのか?」
「大ありさ。マナの濃度が濃い地域で生まれ育つと体内に魔核が形成されるんだ」
ヴィンセントの話を簡単にまとめると、魔法を使うには魔核が必要。
だがその魔核はマナの濃度が濃い地域で生まれ育たないと、体内に形成されない。
グラハマーツ大陸はマナの濃度が濃いため、かの地域で生まれ育った者たちは魔核を体内に宿しており、魔法が使えるということになる。
ヴィンセントは今言ったことを次々と、ホワイトボードにマーカーで書き込んでいく。
「さらにマナの濃度は魔法の威力にも大きく関係する。マナの濃度が濃いグラハマーツ大陸で魔法を使えば威力も大きくあがるんだよ」
「あっ!まさか昨日の爆発って!」
ヴィンセントの説明を聞いていたアルトが、突如声を荒げる。
マナの濃度が魔法の威力にも依存するとなれば、昨日の爆発があんなに小さなもので済んだのか、彼の頭の中でも理解できたようだ。
「そういうこと。セルメシア大陸はマナの濃度が薄いんだ。だから昨日の爆発も小規模なもので済んだんだよ。本来、爆散は火の上級魔法で使えば店だけじゃなくあのあたり一帯が全部吹き飛ぶほどの魔法だからね。もちろん魔法を使用する魔術師の腕にもよるけど」
「セルメシアのマナの濃度が薄いってことは……」
「魔法を使うのに必要な魔核もできない。だから僕たちは魔法が使えないのさ」
このセルメシア大陸ではマナの濃度が薄い、それはロベルトたちは魔法が使えないことを意味する。
せっかく異世界に転生したのに魔法が使えないと知った当時のロベルトは少し残念な気持ちになったが、今はアリシアが死にかけていると分かった以上、我儘はいえない。
それに彼には、神の力「ラグナ」が宿っている。
もっとも、彼のラグナはどんなものかは未だに不明ではあるのだが。
「それよりもヴィンセント。魔法が使えないのに詳しいな。ロベルトも詳しかったし」
「僕はセレニア王国に魔法が使える従妹がいてね。一年のうちに何度かあの国に行くんだよ。行くたびに凄い魔法をいつも見せてくれるから僕も魔法についてある程度知識が身についたんだよ」
「俺は学生時代に独学で学んだ。魔法については興味があったからな」
ロベルトは独学、ヴィンセントはセレニア王国の従妹から教えてもらったようだ。
つまりこの中で魔法について碌に知らないのはアルトだけになる。
「アルト、いずれグラハマーツ大陸に行くことになるかもしれん。その時までにある程度魔法について勉強しておけ」
「いや、だって魔法使えないんだったら知っていても……」
「知っているのと知らないとでは大違いだ。相手がどんな魔法を使うのか知っておけば対処だってできる」
ロベルトの言う通り、魔法が使えなくても知っておくことに越したことはない。
前世でも軍隊などはありとあらゆる状況を想定して作戦を遂行しなければならない。
この世界では魔法が常識の一つになっているのであれば、それも想定の一つになる。
軍隊では、知らなかったでは済まないのだから。
「はぁー。わかったわかった。時間があったら勉強するわ」
「よければまた僕が教えてあげるよ」
「助かる」
深いため息をつき、しぶしぶ魔法について学ぼうと決心したアルト。
その時、館内全域に大きな鐘の音が鳴り響いた。
お昼の12時ちょうどをお知らせる鐘の音である。
「おっ、鐘が鳴ったな。じゃあもう帰るとしようか」
「そうだね。早く帰ってパーティーの準備をしないと」
「だな。じゃあお前ら、また夕方会おうぜー!」
3人はバッグを手に取り部屋を出た後、お昼休憩に向かう他の騎士団員にお疲れの挨拶をしてから署を出ていった。
これからラマーの凱旋パーティーの準備をしなければならないし、父からも寄り道せずに帰って来いといわれたので、ロベルトはそのまま寄り道せずに帰ることにした。
「それにしても……魔法、か」
魔法というのはファンタジー系には欠かせない。
ロベルトの前世では魔法はアニメや漫画、ゲームといった創作の世界だけの存在で、ロマンや憧れがあるものだ。
だがそれと同時に危険なものでもあり、扱い方を誤るととんでもないことになる。
作品によっては神級クラスの魔法は、もはや世界を滅ぼすようなものまである。
神様に特典を与えられた転生者が神級クラスの魔法を簡単に使えるということは、ロベルトの前世で言い換えるならば個人で核兵器を所持し、それを自由に使えるのと同じようなもの。
「魔法」という単語で綺麗事を並べてはいるが、ようは「魔法」と言う名の「兵器」だ。
……あまりに大きすぎる力は味方からも恐れられ、自らを滅ぼすとはよく言ったものである。
魔法に関して色々と思うところがありながら、ロベルトは屋敷へと帰っていった。
次回の更新はお盆ということで次の日曜日に12話を、連休中に追加で13話を上げます。
第14話は8月15日の21時から0時の間に更新予定です。




