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第1話 突然の日常の終わり

 8月、日々勉学に励む学生にとっては心の癒しとなる期間……

 これ即ち……夏休みである。

 学生のみに許された一年にたった一度しかない、約一か月間の大型連休。

 外に遊びに出かける人もいれば、家にこもってゲームやらネットサーフィンで一日を費やす人もいる。

 そして旅行に出かける人もおれば、休みを利用しアルバイトでお金を稼ぐ人もいたりなど、この連休の過ごし方は人それぞれだ。

 だが、夏休みはいいことばかりではない。

 最大の問題は、異常なまでの暑さだ。

 特にここ数年は地球温暖化の影響で、年々気温が上昇している。

 夏になれば日中の外の気温は40度を超えるなど、もはや近年では珍しいこともでもなく、毎年熱中症による死者も続出している。

 そして朝なのにも関わらず、既に現在の気温は35度を超えており、その暑さは家の中にいる住人の気力すらも蝕む。

 現在、机に突っ伏している少年……海堂翼もその一人だ。

 室内にいるならエアコンを使えばいいのではないかと思うが、間が悪いことに今このリビングのエアコンは調子が良くない。

 少し前から壊れかけていたので、業者を呼んで修理しようと思ったのだが、その矢先にこの夏の慈悲無き暑さが襲い掛かってきたのだ。

 仕方ないのでエアコンの代わりに扇風機でこの部屋に涼しい風を送っているものの、やはり扇風機だけでは心許ない。

 こういう自体に陥ったときに改めて、文明の利器の有難さというものがわかる物だ。


「母さん、飯まだー?」

「今作っているから、もう少し待ちなさい」


 暑さにやられて机にへばっている翼は弱々しい声を出しながら、台所にいる母に向かって問いかける。

 台所では母が息子のために、沸騰した味噌汁や目玉焼きを焼くフライパンから出る熱で、額に汗をかきながらも朝食を作っていた。


「はい、できたわよ」

「ありがとう」


 お盆に乗っている朝食は白米に味噌汁、納豆や目玉焼きなど、ごく一般的な日本の朝食である。

 朝食を作ってくれた母に感謝しながら、翼はいただきますと一言そういって、箸を手に取ってご飯を食べ始めた。


「それじゃ、お母さん仕事に行くから、出かけるときは戸締りをお願いね」

「分かった」


 母はエプロンを外し、ソファーの上に置いていた鞄を手に取ってリビングを出ていく。

 これから仕事に向かうのだろう。


『次のニュースです。昨日発生した、東京証券取引所のシステム障害について……』


 リビングに置いてある50インチという大きな液晶テレビからは、本日のニュースが流れており、美人アナウンサーが資料を手にニュースを読み上げている。

 内容は東京証券取引所の株売買などのシステムに異常が発生し、取引ができずに一部の投資家などが大騒ぎした事件。

 株というものは知識がないものが下手に手を出せば、人生のどん底に落ちてすべてを失いかねない。

 競馬やパチンコなどで、お金が楽に稼げる方法なんてものがあれば、みんながやっている。

 昨日の騒動については投資家などは生活にも関わる事件であるが、翼は株などとは無縁の人生を送っている。

 おそらく、これからも株に手を出すことなどないだろう。

 適当にニュースを聞き流しながら味噌汁を飲みほし、ご飯を食べ終えて食器を台所で洗った後、外出するために着替えだす。

 本日、翼はこの8月の休みを利用してある場所へと遊び行く。

 関東では屈指の海水浴スポット、江の島である。

 無論、よほどのもの好きでもなければ、男一人でそんなところに行っても何も面白くはない。

 翼だけではなく、小さい頃から近所に住んでいる幼馴染とその姉の3人で遊びに行くのだ。

 そのためにこの夏休みという、昼まで寝ていても許される期間にわざわざ早起きして準備をしていた。

 着替え終えた翼はソファーの上に置いてあった黒い鞄に水着にタオルや着替えなど、海水浴に必要な色々なものを詰め込む。


「これでよし」


 すべての準備が完了し、満足気にそう言った翼は笑みを浮かべながら鞄を手に取ると、そのまま玄関へと足を進める。

 靴を履き、玄関を開けて外に出ると、空に浮いた真夏の太陽が容赦なく暑さという夏の洗礼を浴びせた。


「あっついな……まったく、この暑さは嫌になる」


 あまりの眩しさに思わず右手で顔を覆い隠しながら、嫌々そう呟いた。

 玄関に鍵を閉めて、しっかりと戸締りを確認した翼は家の敷地を出ていき、太陽の熱で熱せられたアスファルト舗装の道路を北に向かって歩きだす。

 聞こえてくるは夏の風物詩、セミのやかましい鳴き声。

 さらにあまりの暑さに、彼の視界の向こう側にはこれまた夏によくみられる陽炎がゆらゆらと揺れていた。

 ただでさえ暑いのに、セミの鳴き声で余計にいらだっていた。

 たった数分外に出て歩いたのにも関わらず、翼の額には既に汗が流れ始め、タオルで自らの額をぬぐう。


 5分ほど歩くと赤い屋根の一軒家が翼の視界に映り、その家の駐車場に止めてある一台の青い車の近くに、一人の女性がいた。

 車はトランクが開いており、女性はその車に色々なものを積み込んでいた。


「姉さん。おはようごさいます」

「あら翼君。おはよう」


 翼はその女性に近づいて朝の挨拶をし、女性も翼に向かってそう返事を返す。

 二ノ宮杏、翼の幼馴染のお姉さんだ。

 小さい頃からの付き合いで、一人っ子で兄弟もいない翼にとっては姉同然の人。


「仕事もあるのにすみません。わざわざ俺たちに付き合ってくれて」

「全然いいよ。私も少しは羽を伸ばして遊びたいからね。ただ上司からは今日は休んでいい代わりに土曜日は出て来いと言われちゃったけど」


 彼女は既に社会人であり、夏休みなどないので本来であれば今日は普通に仕事なのだが、休みをもらえたらしい。

 その代わり、上司から土曜日は出勤しろと言われた辺り、彼女の職場はそれなりにブラックなのかもしれない。


「ところで華蓮は?」

「華蓮ならまだ準備してるよ」


 杏はそう言って玄関のほうに指をさした。


「マジかよ。はぁ……8時って指定したの誰だよ……」

「そう言わないの。女の子というのは時間がかかるものだよ。お化粧とか服選びとかね」


 翼は幼馴染が来ないことにため息をつきながら呆れる。


「そういえば翼くん。この水着どうかなー? 結構奮発して買っちゃったー」

「これは……結構思い切った水着ですね……」


 杏は車に荷物を載せながらも翼に水着を見せびらかすが、見せてきた水着は一言でいえばセクシー感溢れるもので、男の視線をくぎ付けにしてしまいそうなものだった。

 その水着を見せつけられた翼は反応に困っている。

 荷物を積みながら杏と会話して20分が経った頃、玄関の扉から大きな音を立てながら、一人の少女が出てきた。


「ごめーん! 遅れちゃった!」

「華蓮、遅いぞ」

「だってしょうがないじゃん! 服もそうだけど化粧もしないといけないし」

「どうせ海に入るんだから化粧落ちるだろ」

「最近の化粧品は防水性でもあるんですー。化粧しない翼はわかりませんよー」

「あー分からねえな」


 腰まで伸びているさらさらとした長い髪の毛が、夏の暑さの中で光に照らされて輝く。

 整った顔立ちは男受けがよく、街中を歩けば芸能人とも間違われそうなほどの美少女、それが二ノ宮華蓮……昔からいつも一緒にいる翼の幼馴染だ。


「こらこら二人とも。早くいくよ。じゃないと高速が渋滞するぞー」

「そうですね。ほら華蓮、行くぞ」

「はーい」


 ようやく荷物を載せ終わった杏が、翼と華蓮に早く車に乗れと言ってくる。

 彼女の言う通り、夏休みだから早く行かないと高速道路が渋滞し、つくのが下手をすれば正午くらいになる。

 下手をすれば今度は駐車場が満車状態でどこにも止められない。

 そうなると最悪だ。

 翼と華蓮は後部座席の扉を開けて車に乗り込み、杏運手席に座ってシートベルトを着けて、エンジンを動かすボタンを押す。

 車はエンジンという心臓が動き始め、乗っている者を目的地へ安全に運ぶために、タイヤという足を回す。

 目的地は関東有数の海水浴場、神奈川県藤沢市にある陸繋島、江の島。

 ゆっくりとアクセルを踏み始めた杏は事故を起こさないように周りをよく見て、目的地へと向かって車を動かし始めた。


 午前10時39分、神奈川県内のとある高速道路では、午前の時点で大量の車やトラックによる渋滞が発生しており、3つある車線すべてを車で埋め尽くしていた。

 翼はフロントガラスの向こう側に見える、果てしなく続いている車の列を険しい表情で見る。

 だが車の先にはまた車、どこまでも車が列を作ってはほとんど動かず、亀のようにのろのろと進んでいる。


「うわぁ……これ凄いな。車がどこまでも続いているぞ」

「渋滞情報だと30キロの渋滞だって」

「さっ、30キロ!?」


 後部座席で翼の隣に座っていた華蓮が、スマホの画面に映っているネットの渋滞情報を見ながらそう教えてくれた。

 数分前、彼らは少し手前にあるサービスエリアに寄り道をして、おにぎりやサンドイッチなどを買い、ついでにトイレも済ませてきた。

 なので当分は、渋滞しているときに突如襲い掛かる尿意や便意という悪魔の攻撃に襲われることはない。

 だが30キロの渋滞という情報は、海水浴を楽しみにしている彼らにとっては楽しみを半減させてしまう要因にもなる。

 このままであれば江の島につくのは最悪、昼過ぎになってしまうだろう。


「仕方ないな……暇つぶしに何か読むか」


 そうぼやきながら翼はポケットからスマホを取り出して、ある物を見始めた。

 それはひと昔前に大流行し、今も人気がある異世界転生小説だ。

 内容は現代に住む主人公が突如異世界に勇者として転生し、魔王を倒すという、いい意味でいえば王道で悪い意味でいえば常套的な作品。

 今では誰もがネットで好きな小説を書いては、自分の妄想をそこに文章という形で表現できる時代。

 しかしその作品に魅力もなく、作者に文才などがなければ誰もがその作品に振り向いてくれないだろう。

 そして作者が飽きて途中で書くことをやめた作品はネットの片隅に放り込まれ、そのまま誰からも忘れられる。

 だが逆に人気がある小説はユーザーが広めて知名度があがり、よい評価を得られれば漫画化や書籍化、素晴らしいものはアニメ化まで至る作品もある。

 故に、多くの人は自分の作品が形になるのを夢見て、日々頭の中で妄想を膨らませて、指を痛めてでも文字を打ち続ける。


 翼が異世界小説を読み始めて1時間頃立ったころ、目に異変を感じ始めた。

 長時間画面を見続けたことによる目の疲れである。

 一度目を休ませようと思った翼は、読んでいた小説を閉じて再びフロントガラスの向こう側を見るが、車はあまり進んでおらず、渋滞地帯を以前として進行中だった。


「ちょっとお腹減ってきたな。翼くん、サンドイッチとってくれる?」

「はい」


 運転していた杏が後部座席にいる翼にサンドイッチを要求してきた。

 彼女は長時間運転しており、その間にお腹もすいてきたのだろう。

 翼は杏にサンドイッチを渡すと、彼女は袋を破ってサンドイッチを一口かじった。

 パンに挟まった卵とハム、マヨネーズが見ている者の食欲を誘う。

 それをみた翼も袋から別のサンドイッチを取り出して、袋を破ってかじる。

 彼が食べたのは焼き鳥が挟まっている、これまた変わり種のサンドイッチだ。

 サンドイッチに挟む具は卵やツナ、ハムといった王道なものもあれば、昨今では焼肉や焼き鳥などのものもあれば、フルーツやデザートといったとんでもないものなどを挟んでいるものもある。

 邪道という声もちらほら聴くが、そこはやはり人それぞれの好みだ。

 だが生憎と翼はそういうものは好まない。

 翼はサンドイッチを食べながら、暇つぶしに周りの車や運転手を観察する。

 他の車の運転手を見ると色々な人がいる。

 煙草を吸いながらイライラして今にも早くいけよという顔をしている初老の男性、助手席に彼女を載せ、耳にピアスを十数個もつけていかにもチャラくてヤンキー感丸出しの男。

 他にも子供を乗せた家族連れもいた。


「……ん?」


 翼は一番右の走行車線に見えた赤い軽乗用車の助手席に座っていた人物を、一瞬だけ己の瞳に捉えた。

 残念ながらその人物はすぐに別の車に入りこまれて見えなくなってしまったのだが、彼は記憶の中にとある人物と思い浮かべ、とっさに一言こぼした。


「今のって…桜井絵里瀬?」

「桜井絵里瀬? 誰?」


 桜井絵里瀬、今人気のアニメ声優だ。

 翼自身はアニメをあまり見ないのだが、彼と同じクラスの男友達がCDをすべて持っているうえ、彼女のライブには必ず行くほどのファンである

 そしてその男友達は桜井絵里瀬を、翼にも布教してくるのだ。

 おかげで翼は彼女のCDを押し付けられる形で数枚持っており、桜井絵里瀬の事はある程度知っていた。

 しかし翼の横にいる華蓮が桜井絵里瀬のことをよく知らないようで、誰かと聞いてくる。


「今流行りのアニメの声優だ。俺のクラスメイトの友達が彼女のファンなんだよ」

「有名なの?」

「そうらしい。俺はアニメをあまり見ないからよく知らないが」

「ふぅん……そうなんだ」


 華蓮は桜井絵里瀬の事を聞いておいて、割と冷めた発言でそう返す。

 彼女はここ数年で急に有名になったらしく、一年ほど前までは翼も知らなかったので無理はない。


「あ、そういえば」

「ん? どしたの?」

「お前、クラスの男子から告白されたって聞いたけど?」

「あーあれね。もう噂になってるか」


 急に話が切り替わってしまったが、翼と華蓮は同じ学校だがクラスは違うので、学校で華蓮がどういった行動をしているかは不明だ。

 一週間前、翼は華蓮のクラスメイトの女子から、彼女と同じクラスの男子に告白されたという噂を聞いた。

 彼としては、自分の幼馴染が誰かも分からない男に告白されたのが気になったのだろう。


「で、どうなんだよ?」

「……告白されたっていうのは本当。でも断ったよ」

「マジで?」

「だってあたしのタイプじゃなかったし。あの男子のことあまりよく知らないし。正直あたしの本能があいつはやめろと言ってたし」


 華蓮は自分に告白してきた男子をボロクソに言う。

 もしこの場にその男子がいれば、メンタルを削られて再起不能に陥っていたかもしれない。


「それに……」

「ん?」


 すると華蓮は翼のほうをちらっと見た。


「……なんだよ?」

「……別に」


 彼女は恥ずかしそうにそう言って、再びスマホに目を落とした。

 しかし翼は華蓮が今向けた視線の意味を今一つ理解できていないのか、頭の中に疑問符が浮かぶような表情をする。


「ふふっ…」


 杏も今のやり取りをルームミラーで見て、楽しそうにほほ笑む。

 そういった楽しい会話が渋滞の最中、車内で続いたが……悲劇は突然起きた。

 突然の轟音が渋滞している高速道路に鳴り響いた。


「きゃ、きゃあ!?」

「な、何だ!?」


 彼らは突然の轟音に驚き、パニックになってしまう。

 音の発生源であろう後ろを見ると……


「嘘だろ……おい!!」


 大型トラックが他の車両を巻き込んでこちらに突っ込んできた。

 逃げようとしても距離にして車一台分の距離。

 さらに翼たち3人はシートベルトをしていて、外してドアを開けて外に出ようとしても……


 もう……間に合わない。


 無常にも彼らの乗っていた車はスクラップになり、車内にいる人間全員の意識が遠のいた。


『臨時ニュースです。本日午前10時45分頃、神奈川県内の高速道路で大型トラックが渋滞で立ち往生していた車の列に衝突し、数名の死傷者が出ました。警察は大型トラックを運転していた63歳の運転手の男を自動車運転過失致死傷容疑でその場で緊急逮捕し、事故の原因を調べています。この事故の影響で……』



「……ここは?」


 現在、翼は何も見えない暗闇の世界にいた。

 右を見ても左を見ても、誰もいないし建物もない。

 耳を澄ませても、音すらも何一つ聞こえない。

 時間が止まった世界に一人放り込まれた気分になる。


「確かあの時……」


 翼は右手を頭に当てて、自分の身に何が起こったのかを思い出す。

 あの時、自分が乗っていた車にトラックが突っ込み、そのまま意識を失ったことを。


「あぁそうか。俺、死んだんだな」


 となれば、ここは死後の世界もしくは、生死の狭間なのかもしれない。

 だがここで翼はあることを思い出した。


「そういえば……華蓮! 杏姉さん!!」


 長い付き合いで何よりも彼にとって特別な存在である幼馴染、そして彼女の姉の名前を必死になって呼ぶ。

 だが帰ってきたのは翼自身の声であり、彼女たちの声は聞こえることはなかった。


「そんな……ここ、どこだよ……」


 急に襲い掛かってくる恐怖感を必死に抑え、翼は不安になりながらも、周りを見渡す。

 だがすべてが黒に染まりし世界に存在するのは、彼ただ一人である。


「それに……ここから異世界転生するってフインキじゃあなさそうだよな」


 この状況からこれから神様が現れて、特典くれて異世界に転生させてくれるというフインキとは程遠い。

 もし神様があられるとしたら、男性ならば立派な髭を生やした老人か、女性ならば絶世の美女なのかもしれない。

 そう考えていたら、地平線の向こう側から一筋の光が彼の目に映った。

 その光は徐々にその光は強さを増していき、あまりの眩しさに彼は目をつぶってしまう。

 やがてすべてが黒だった世界が光に飲まれて、今度は白一色の世界へと塗り替えられる。

 光も収まり、ゆっくりと目を開けた翼はとんでもないものを目にした。


「な……何だこれは!?」


 目にした光景は、先ほどの真っ黒な空間ではなく、何処かの建物の部屋である。

 だがこの部屋には翼だけではない。

 彼の目の前には刑務官の制服を着た数人の大人。

 そして彼らの視線の先には、一枚の大きなガラス窓があるのだが、問題は……そのガラスの向こう側にいる人物であった。

 手首を拘束され、アイマスクをつけられて首にロープが引っかけられている男。

 ……今まさに、死刑執行されようとしている光景だ。


「■■■■■■■■■■■■■■」


 刑務官らしき男性が手に持っていた無線機に向かって何かを言っているが、声にノイズでもかかっているのか、翼は聞き取れず何を言っているのか分からなかった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 今度はガラスの向こう側にいる死刑囚が何かを言っているのだが、死刑囚の言葉も同じく翼には何も聞こえない。

 だがこの時、翼はあるものを感じた。

 死刑囚らしき人物から感じる感情……恨み、妬み、この世のありとあらゆる負の力すべてを凝縮し、それを恐怖という形になって翼に一気に降りかかる。


「はぁ……はぁ……」


 先ほどからその身に襲う恐怖感がさらに強くなり、ついに翼は胸に手をあて、その場で膝をついてしまう。

 額からは汗も出てきて顔も真っ青になり始めるも、少しずつ鼓動が激しくなる心臓をなんとか落ち着かせようとする。


「■■■■」


 再び刑務官が手に持っていた無線機で、何処かに指示を出す。

 やがて死刑囚の足元が開き、死刑囚は重力に身を任されて下へと落下する。

 しかし首にかけられたロープがそれを許さない。

 そのロープが伸び切ろうとした瞬間……


 再び景色が真っ暗になり、海堂翼の記憶は……そこで途切れた。

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