夏は風の感情の時間の如く過ぎ去っていく
───嗚呼、夏がやってくる。
蝉の声が、アスファルトの住宅街をまるで無邪気な子供の声のように木霊する。
少し温いがさわやかな青春の風が、草原を走り去っていく。
照り付ける真っ白な太陽が、ゆらゆらとカゲロウをたなびかせる。
子供の頃の夏休みというのは、不思議と胸を高鳴らせた。
山へカブトムシを獲りに行ったり、川へ泳ぎに行ったりもした。飛び込みも、やったっけな。
駄菓子屋で食べたアイスは、理由もなく不思議と美味しかった。“しちゅえーしょん”という奴なのだろうか。
他にも、何もせずにただ縁側で無駄な時間を過ごすのも、それはそれで乙なものだった。
───嗚呼、夏がやってきた。
蝉の声が、暑苦しさを思い出してうるさくて。
青春の風という意味の分からないものなんかよりも、エアコンの冷風が恋しくて。
照り付ける真っ白な太陽は、そもそも見えない。
青春時代を迎えて思うは、それほどこの黄金時代とやらは胸躍らなかった。
確かに、少しだけ大人になった事により行動範囲も出来る事も昔と比べて増えたのだが、それでも何か───何かを忘れてしまっているような気がする。
子供の無邪気さとか。それらを見ては、まだまだ青いなと思うのだが、それでもまだ青いのかな?
やる事といえば、将来に向けての勉強と、面白くもない友達付き合いだ。
宿題に追われて、友達と紅く夕暮れ時まで遊んだ。そんな素敵な夏は、───もう巡ってこない───。
───嗚呼、夏が過ぎ去っていく。
夏という季節を、この頃感じなくなってきた。
いつも、エアコンの冷風に当てられて、それで寝転がってテレビを付ける。
いつもと同じ、当たり前の日常。
♢♦♢♦♢
あの頃の夏は、楽しかった───。
そんなよく思う事を、今になって思うのだ。
別にそれは、悪い事ではない。
何故ならそれは、今まで過ごしてきた夏が素敵なものだったのだと。その事実を、己自身が思っているのだから。
浮かび上がってくる泡の中に映る一枚絵の思い出が、飽和する。
───自然と触れ合って、人間味がそこら中に溢れていて、鬱陶しいほどの蝉の声と照り付ける真っ白な太陽がそこにあって、とても素敵な夏。だった。
それでも、刻は無条件に過ぎ去っていく。
一枚絵の思い出は、ゆらゆらと暗い海の底へと沈んで行って。
手元に残った夏といえば、ただ好き勝手にうつろっていく、そんな四季の一遍でしかない。
何か、───失った気がする。
なんだろうと、なんだろうと思う。
それはきっと、失ってから気付く、浮遊する感情のようなものだ。
嗚呼、───。
───夏がまた、やってくる。
───夏がまた、過ぎ去っていく。
───あの頃の夏は楽しかったと、───また思うようになる。