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第4話 「たった一人の親友の話」(前編)

 夢の話だ。ガキの頃に毎日のように一緒にいた親友の夢を、今朝久しぶりに見た。最初はただ「夢か……」と思っただけだった。でもそれから、昔の思い出が止めどなく溢れてきて、僕は少し泣いた。未だに僕は、彼の事をまったく消化できていない。ずっと【彼】で続けるわけにもいかないから、彼の名前を、仮に鷹野たかの君としよう。


 闇人妻の中の伊集院アケミしか知らない人たちには、ガキの頃の僕がサッカー少年だったと言っても、多分、信じやしないだろう。もちろん、僕がそんな【らしくない】ことをしていたのには訳がある。鷹野君の存在だ。当時はまだ野球が強かった時代だけど、『キャプテン翼』が流行りだしていた頃で、次第にサッカー人口が増えだしていた。

 

 多分、学童保育で一緒だったのが最初の始まりだったと思う。お互い片親で家庭環境も似てるし、家も近かったから、僕はたいてい彼と一緒にいた。彼は僕に優しいだけじゃなくて、イケメンでスポーツも勉強もできる完璧超人だった。おまけに、お母さんがものすごく綺麗だった。

 

 今の僕にとって、リア充は憎しみの対象でしかない。だけど、鷹野君のことは本当に好きだったし、僕は彼の一番の親友であることを誇りに思っていた。実際、彼はクラスで……いや学校でも一番のアイドルだった。僕はいつもその傍にいる、背が高いだけの冴えない男だ。

 

 だが、僕が彼の家に入り浸ってたのは、彼と遊びたいからだけではなかった。彼のお母さんに会いたかったのだ。こんなこと本当は書きたくないのだが、彼女は僕の初恋の人といっても過言ではなかった。30歳は超えていたと思うけど、そういうものを超越するくらいに美しかった。

 

 僕は芸能界にはとても疎いのだが、かじ芽衣子めいこの事だけはよく知ってる。今じゃ73歳のおばあちゃんだけど、若い時はゾッとするほど美しい女優で、鷹野君のお母さんは、その梶芽衣子にそっくりだった。


 大学を卒業したばかりの頃、僕は偶然、飛行機で鷹野君のお母さんと乗り合わせ、向こうから声をかけられた事がある。ものすごくびっくりしたけど、僕はとても嬉しかった。美しさにそれほど陰りがなかったからだ。「本当に美しい人は、年をとっても全く関係ないのだな……」と、その時の僕は思ったものだ。


 実を言えば、僕の母親も相応に美しい人だった。だが僕の母は、鷹野君のお母さんと違って、見た目以外に何の取り得もない感情的な人だった。理不尽に手を挙げられたことだって何度もある。別々に暮らしだして、もはや声すら聞かなくなった今でも、僕にとって母は恐怖の対象でしかない。

 

 だけど、鷹野君のお母さんは違った。遊びに行くたびに、これがいわゆる『母』というものなのだろうなと、いつも思った。僕の事を息子同然に可愛がってくれたし、僕も自分の家より、彼の家にいる時の方が、よっぽど居心地がよかった。「もしこの人と結婚したら、鷹野君は僕の義理の息子になるんだなあ……」って、馬鹿な想像までしたくらいだ。

 

 僕は時々絵を描くんだけど、いつも子供の頃の鷹野君や、彼のお母さんを思い描いてる気がする。それくらい、彼の目鼻立ちはお母さんにそっくりだった。今にして思えば、僕はいつも彼の傍にいることで、『同い年のお母さん』との疑似恋愛を楽しんでいたのかもしれない。

 

 鷹野君の家は決して裕福ではなかったけど、子供心にこれが理想の親子という気がした。人の暖かさを教えてくれた鷹野君の母と、恐怖を叩きこんでくれた実の母――二人の美しい母の所為せいで、僕はいまだに三次元の女性に関心が持てない。そして二人を面影を断ち切るために、今も創作を続けている。

 

 母の事ばかり語っていても話が進まないから、皆が喜びそうなエピソードを一つ披露しよう。小3の時のバレンタインデーの話だ。

 

 その日も僕は、鷹野君の家に居た。同じクラスの女生徒たちがチョコレートを渡しに、ひっきりなしに彼の家へと押しかけて来た。僕と鷹野君とではレベルが違いすぎて、もはや嫉妬すら感じなかった。前々から、ちょっといいなあと思ってた同級生も家に来て、何故か鷹野君ではなく、僕が呼び出された。

 

 幾ら本命がお母さんでも、相手は悪からぬ気持ちを持っていた子だ。ドキドキしながら表に出たら、「恥ずかしいから、代わりに鷹野君に渡してくれ」という。僕は彼女からチョコを受け取り、言われたとおりに鷹野君に渡した。流石にちょっとショックだったけど、そんなこと位で、僕らの友情は揺らがなかった。 


 それくらい、彼は完璧な男であったのだ。勉強でもスポーツでも、彼に負けるなら仕方ないなあ……って思ってたし、鷹野君の方も、そんなことで僕を見下す男ではなかった。だいいち彼は、女の子のことなんかよりも、サッカーが上手くなることに、とても熱心だったのだ。

 

 要するに僕は、鷹野君と一緒にいるために、仕方なくサッカーを始めた。僕は昔から協調性が皆無で、団体競技なんか大嫌いだ。だけど、体を動かす事は好きだったし、何よりもそんなことで鷹野君との距離が遠くなるのは嫌だった。それに物事はなんでも、始めたら始めたなりに楽しくなってくるものだ。


『キャプテン翼』の影響だから、彼はいわゆる攻撃的ミッドフィルダーでガンガン点を取りまくるポジションだった。僕はディフェンダーで、顔面ブロックで有名な石崎君のポジション。だけど僕は、石崎君の事が結構好きだったし、守備陣の最後の砦となるこの位置を、結構気に入っていた。

 

 かりそめにも鷹野君と同じ舞台に立ててる。それだけで僕は十分だった。彼はよく、「君がいるから、僕は攻撃に専念できるんだよ」と言ってくれた。その言葉はとても嬉しかったし、おそらくは本心だった。その後の人生で、上辺だけの褒め言葉を連ねる人には沢山あってきたが、この頃の思い出があるから、僕は大抵それを見抜ける。

 

「彼はきっと、サッカーで身を立てるのだろうな」と、子供心に僕は思っていた。そして、もしプロになれなくとも、何か華々しい世界で華々しい仕事をやるのが鷹野君なんだと、信じて疑わなかった。そんな彼に、全幅の信頼を寄せられてる唯一の存在が僕だ。

 

『自分が主役になれなくとも、鷹野君の近くにいられればそれでいい。それだけで、僕の人生はきっとうまくいく』


 それがガキの頃の、僕の価値観のすべてだったのだ。


 だけどそんな蜜月の日々も、僕の引っ越しで終わった。引っ越し後も、時々会いに行ってはいたけれど、物理的な距離はいかんともしがたくて、昔ほど頻繁に会うことはなくなった。そうこうしてるうちに、一部のマニアが遊んでるだけだったファミコンが、熱狂的に周囲で流行りだした。


 僕はそっちの方に夢中になって、あっさりとサッカーを捨てた。元より、鷹野君の傍にいるために始めたものだから、続ける理由がない。そして僕は、ゲームには関してはサッカーより遥かに適性があった。


 僕はドラクエをさっさとクリアして攻略情報をクラスメートに売ったり、品薄のソフトを予約しまくって、それを全部大人に転売したりして、結構なお金を稼いでいた。別に働かなくても、物や情報を動かせばお金が手に入る。その行為【そのもの】が、楽しくて仕方なかったのだ。


 今の人たちにはピンとこないだろうが、まだネットのなかった時代、人気のゲームをいち早くクリアするというのは、とても名誉な事だった。今と違って簡単には追加生産が出来ない時代だから、人気ソフトをクリアして大人に売り飛ばせば、金は増えて返ってくる。そして、日々増えていくゲームの知識と攻略法が、周囲からの更なる賞賛と金を生むのだ。

 

 相場師としての僕の素地は、この時代に作られたといっても過言ではない。情報を持つ人間の元には、更に情報が集まる。今と全く同じだ。過剰仕入れでワゴン行きになったソフトや、客寄せの用の目玉商品を大量に買い込んだ後、情報が出回る前に大人や中古屋に転売して、差益を抜くのは何度もやった。そして僕は、そうやって増やした金を、再びゲームに投資していたのだ。


(続く)


まだまだ続きます。

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