第2話 「おさらい」
近々、闇人妻の杜、第2部を始めますが、1部は大体こんな感じのお話です。
夢を見ていた。僕がこの世界に来るまでの夢だ。いや、猫の全力さんが普通にしゃべってた時点で、一度目覚めたあの世界の方が夢なのかも知れないけれど、どっちが本当の世界だろうと、もはやあまり変わりはない気がする。あの箱の煽り通り、僕の人生は、既に大きく変わってしまったのだから。
目覚めた世界が夢なら、僕は最低でも警官を二人殺した殺人者として、逃亡生活を続けなきゃいけない。そして、目覚めた世界の方が本物なら、僕はこれから、誰一人頼るものの居ない1946年の日本で、全力さんと一緒に暮らしていくことになる。
後ろの方が多少はマシだけど、全力さんは役には立たないし、金もない。僕はともかく、カリカリとちゅーるしか食い物と認識しない全力さんが、74年前の日本で生きていけるのか、はなはだ疑問だ。こんなことなら、あんな箱なんかに手を出すべきじゃなかった。
「クソみたいな貴方の人生を、この箱で変えてみませんか? これまで数々の為政者を生み出してきた奇跡の箱です。お代は送料のみで結構。どんな権力でも思うがままです。無事に権力を手にしましたら、成功報酬として1000万円を振り込んでください」
Twitterのタイムラインに突然飛び込んできた、このふざけた煽りに僕が騙されてしまったのは、この文章に添えられてた注意書きがきっかけだった。
「ただし、保証するのは権力を手にすることであって、その後の人生の補償まではいたしません」
「効果は個人によって異なります」とか、「個人の感想です」とか書いてあるのはよくあるけど、「権力は保証するけど、幸せになれるとは限りませんよ」ってことが書いてあるのは見たことない。これは珍しいなと思って、詳細ページをクリックしてしまったのが運のツキだったのだ。
結局僕は、ユキと名乗る少女からその箱を購入した。その箱の最後の持ち主が、自分の尊敬する【ある人物】の遺品だと説明されていたからだ。箱は怪しげな運び屋の手によって翌朝には届けられたのだが、一緒に添えられていたユキさんからの手紙は、不幸の手紙と言っても過言じゃない代物だった。こんな感じだ。
「拝啓 伊集院アケミ様
この手紙を読んでいるという事は、無事に箱を受け取ったという事だと思います。突然で申し訳ありませんが、今すぐこの箱を持って、その場所から離れてください。行く先はどこでも構いません。遠ければ遠いほど良いです。
現在、貴方の身には危機が迫っていますが、今ならまだ回避できますし、箱の力が貴方を守ってくれることでしょう。箱は既にその力を発揮していますので、開封する必要はありません。それは、最後の手段です。
何らかの事情で貴方自身が束縛を受けそうになったり、第三者に箱を奪われそうに事態に陥った時のみ、この箱を開封してください。幾ばくかの後悔と引き換えに、貴方の願いは叶えられることでしょう。
我々にも少し手違いがあり、栄光より先に挫折が迫る事態になったことをお許しください。貴方ならきっと、切り抜けられると信じています。
繰り返しになりますが、箱の開封は最後の手段です。
そうなることを、我々は望んではいません。
貴方の安全が確保されたと判断した時点で、必ずまたご連絡差し上げます。またお話しできる日を楽しみにしています。ユキより」
僕は相場を生業としていて、他人の恨みなら方々で買っている。注文からわずか数時間しかたっていないというのに、怪しい運び屋の手によって箱が届けられたこともあって(送料に5万円も取られたのだ)、僕はこの手紙を信じてみることにした。つまり、全力さんだけを連れて、どこかに逃げようと決めたのだ。でも、その判断は間違いだった。
出発の準備をしているうちに、僕の家は黒い服の人々に囲まれ、僕は金融庁の強制捜査を受けることになった。なんとか、全力さんを連れて、その場から脱出することには成功したものの、僕の愛車(CR-X)が非常に目立つ車だったこともあって、近隣住民の通報で、僕はパトロール中の警察車両から停止を求められる。
もう逃げきれないと思った僕は、箱を開けることに決めた。手紙には「第三者に箱を奪われそうになった時には、箱を開けろ」と書いてあったからだ。何か武器か、緊急の連絡手段でも入っていると思ったのに、箱の中にはノートパソコンと手紙が一通入ってるだけだった。
ここで僕は、二つ目の誤りを犯す。きっとこのパソコンで何かするのだろうと思った僕は、手紙を読む前にパソコンを立ち上げてしまったのだ。
警察に捕まったら人生が終わってしまうのだから、致し方ないとも思うのだけど、僕はPCの電源を立ち上げたことで、そのパソコンに仕込まれていた爆弾の起爆シークエンスを作動させてしまったのだ。
おそらくは、箱を処分するために仕掛けられていたそのパソコン(ばくだん)を僕は窓から投げ捨てて、再び逃亡を開始した。実際に爆発するまでの猶予は2分。最後にモニターを見た時、カウントダウンの残り時間は90秒になっていた。
運よく爆発には巻き込まれなかったが、パソコンに気を取られた二人の警察官は、その爆発のせいで死んでしまった。中身が爆弾とは知らなかったといっても、多分通らない。僕はその箱を自らの意思で買い求め、その箱を持って逃亡し、自らの手で爆弾を起動させた後、再度逃亡を開始してるのだから……。
「何はともあれ、命だけは助かった」と思った瞬間、車の後部で、空になっていたはずの箱が爆発した。その瞬間、僕は自分が最初から嵌められたことに気づいた。彼らは最初から、箱と一緒に僕を処分するつもりだったのだ。
どう見ても、あの運び屋の二人組は堅気じゃなかった。彼らの主たる目的が箱の処分だったのか、それとも最初から僕の命だったのかは分からないけど、いずれにせよ、【彼ら】の事を知る僕は始末される。
僕の死はガサを喰らい、警官二人殺めたことに絶望したことによる、【自殺】として処理されるのだろう。それで困る人は誰もいないから、彼らの足がつくことはない。仮に彼らに辿り着いたところで、僕が自らの意思で箱を買い求めたことに変わりはないのだから、僕の冤罪を証明してくれる人は誰もいない。本当によく考えられている。
車は爆発によって空高く舞い上がり、屋根から地上に落ちていった。全力さんもプカプカ中を浮いてた。何故だかそんなに悔しくはなかった。「散々、人を嵌めてきた自分が、今度は嵌められる側に回っただけだ」と覚悟を決めた瞬間、僕は意識を失った。
次に目覚めた時、窓からは何故か空が見えて、全力さんが僕の上に乗っていた。全力さんは、僕のアゴ髭に頭をグリグリぶつけると、突然しゃべりだしてこう言った。
「少し近くを探索してきたのですが、どうやらここは、1946年の長岡市で間違いないようです。猫の身では、調べるのにも限度がありますが……」
やっぱり、ここは天国なのかもしれないなと僕は思った。だって、全力さんがこんなに流暢に話す訳がないもの。
「全力さん、いつからそんなに賢くなったの?」と僕が尋ねると、全力さんはこう答えた。
「まだ意識がはっきりしてないみたいですね。私は全力さんじゃないですよ。この猫の体を借りているだけです」
その語り口には、確かに覚えがあった気がする。でも、それが誰かは思い出せない。僕は死んで天国にいるか、そうじゃなくても、せめて1946年の方が現実で、全力さんの体を借りた【誰か】が僕の味方だといいなと僕は思った。
闇人妻の杜 第一部 「人生を変える箱」編
https://ncode.syosetu.com/n7210gd/
闇人妻の杜外伝 第一部「嵌められた金を取り返せ!」編
https://ncode.syosetu.com/n2264ge/
面白そうだなと思ったら、是非読んでみてくださいね。
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