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掌編小説

寝湯にいた父

作者: タマネギ

いっしょに来た息子は、

うたせ湯の方へ行ってしまった。

さっき脱衣場で出会った

仲の良い友達に誘われたらしい。

いつもなら、

からすの行水息子につきあい、

ゆっくり湯につかれないところだが、

今日は長くぬくもることができるぞと、

これ幸いに、奥の寝湯に向かった。


寝湯のある岩風呂では、老人が一人、

仰向けに湯に浸っていた。

私もその邪魔をしないよう、

一つ間を空けて、静かに湯に寝転び、

首を岩の端っこにひっかけた。

岩塩風呂のせいか、

力を抜くと自然に体が浮いてくる。

それがなんとも心もとなく、

ひざを片方だけ曲げておいた。


目をとじ、体の芯に伝わる熱を

感じていると、

昨日のこと、今朝のこと、

そして先週のことが、

取り留めのない順番で、

まぶたの裏側を行き来していく。


そして、場面はやがて、

遠い日の記憶をさかのぼり始め、

意識してそうしたわけでないのだが、

小学生の自分が、

当時暮らしていたS通りの商店街を、

歩いているのだった。


「ついて来ようか?」


父親がふりかえり、聞いていた。


「う-ん」


草履ばきの私が、

小走りに父のところへかけよる。


手には、小さな出目金が泳ぐ

ビニ-ル袋をもっていた。

出目金は、

父親に買ってもらったような気がする。


違う場面が見えてきた。

銭湯で広告入りの鏡をのぞき、

父親が髭を剃っている。


この頃、

父親はいくつだったのだろうか?

今の自分より、若いな。

暗算をしながら、自分より年下の父親を、

不思議な気持ちで眺めた。


するとその肩にかけられたタオルの具合が、

一瞬、鮮明になり、場面はまた変わっていた。


「タオルかしてみ」


父親がそう言って大きな手を伸ばしてきた。


「……」


私の手元のタオルが掴みとられ、

いっきに搾られている。

ザ-ッと湯がしたたり落ちている。

さっき自分が搾ったばかりのタオルなのに、

父親にかかると、

湯から引き上げたばかりのようだ。


固く搾られたタオルを見ているうちに、

冷たい風が頭を撫で、私は目を開いた。



隣の老人は、すでにあがっていた。

代わりに息子が、湯にタオルをつけたまま、

岩塩のかたまりに手を伸ばそうとしていた。



「タオルつけたまま、遊んだらあかんで。」


私は息子に注意した。


「う-ん」


「さあ、あがろか?」


「う-ん」


息子がタオルを引きずり湯から出て行く。


「タオル、かしてみ」


息子が持ってきたタオルを絞る。

勢いよく、湯がしたたり落ちていく。


一滴も出なくなったところで、

息子に手渡した。

それはあの日、父親に搾ってもらった

固いタオルそのものだった。

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