真夏の夜の。
これは夢だということは、初めからわかっていた。
死んだ人間が目の前にいて、それで夢じゃないなら何だという話だ。
死人が生き返られるほど科学は発達していない。
それがどれほど大切な誰かであっても。
死んでしまえば、もうどうしようもない。
それを覆しているのだから、これを夢と言わずして何と言おう。
「まあねえ」
実のところ、何度も繰り返し見た夢でもある、という理由もある。
幼馴染との最後の記憶。
あいつは、あの日、いつもの道で別れてから、脇見運転の老人の車に轢かれて、死んだ。
目の前で能天気に笑っているこいつは。
「……」
「どうしたの?」
ただ、今見ているこれはいつも見ていたそれとは、違った。
場所もキャストも一緒だ。いつもの分かれ道で、俺とあいつ。
ただ、違う。
「……」
「ん?」
悪戯っぽい笑みでこいつが俺を見ていたりするのとか、絶対に違う。
いつもの夢、あの日の情景をなぞるだけの夢とは、違う。
「なぁに、むっつりして。ちょっとは笑ってみせたら? 久し振りの再会なんだし」
「……いやいや」
久し振りというか、夢になら毎晩見ていたんだが。
「毎晩見てたんだ」
「……」
「えっち」
「おい」
どういう意味だと反論する前に、彼女はくるっと向こうを向いてしまった。
「本当は駄目なんだけど……無理言って連れてきてもらったんだ」
「誰に。死神か?」
「まあそんなトコ」
ふふ、と彼女は含み笑いをする。
「何て言うか、さ。その、言っておきたくて」
「……何を」
なぜか無性にその言葉を聞きたくない思いにかられながらも、俺は問う。
彼女は再びこちらを向いて、困ったような笑みで、言った。
「死んじゃった。ごめんね」
聞かなければよかったと俺は本気で思った。
「……お前の謝ることじゃない」
即死だった、そうだ。俺は翌日、あいつの収容された病院で聞いた。
事故を起こした運転手は多少生き延びたが結局病院で死んだ。だから謝るべき奴も生きていない。
それでも、
「……ごめんね」
彼女は、繰り返した。
返す言葉もなく俺が黙っていると、彼女は両手を広げて大きく伸びなどして、
「あー、すっきりした!」
「……」
「あ、なにその不満そうな顔」
「……いや」
自分だけすっきりしてんじゃないと思ったが、相手が夢では自分に言っているようなものだ。
それに……つまり俺は彼女にそう言ってほしかったのか、と気づいて自分に幻滅した。
「あ、いや違う違う。……っても信じないだろうけど」
何かに気付いた様子で彼女は顔の前で手を振った。
「ほんとに、私が言いたかっただけだからさ……キミがどうこうってわけでは全くなく」
いっそ酷い言いようだ。彼女なら言いそうと言えば確かにそうだが。
「言い残したこととかあるとすっきりあの世に行けないじゃん? まあ、私がどこに行くのかは知らないんだけど」
あっさりと言う。そんなに軽い話ではないと思うのだが。
「……それだけか?」
「何が?」
「言い残したこと」
んー、と彼女は唇に指を添えて考えていたが、やがて、うん、と頷いた。
そうか、と俺も返す。そして、
「じゃあ俺はお前から聞き残したことがある」
「え」
心当たりが皆無のようで、彼女は目を丸く見開いて俺を見る。
「な、何かあったかな?」
「ああ」
「体育祭でキミがお腹壊したのは私の差し入れのお弁当が九割腐りかけだったから、って話?」
「違う」
「参考書買うってお金借りたけどついつい漫画買っちゃった話?」
それも違う。というかそんなことをしていたのか。それはそれで別に説教したい気分だが、今は押さえておく。いつ覚めてしまうとも知れない夢だ。優先順位は大切に。
「――この時」
「ん?」
「ここで最後に別れた、あの日」
俺たちの立つこの道を手で示す。
「お前、最後に何か言おうとしてただろう」
一番引っかかっていたことだった。
何度も繰り返し同じ夢を見ていた理由はそこにあったのかもしれない。
『――ねえ』
最後の別れ際、やや俯き加減に彼女は言ったのだった。
『……ん、やっぱり何でもない』
はにかみながら、そうやって。
「お前はあの時、何て言おうとしたんだ?」
問う。ん、と彼女は視線をさ迷わせてから、しかしゆっくりと首を振った。
「……それは、言えないよ」
「どうして」
彼女は笑った。
今にも泣き出しそうな顔で、笑った。
「だって私、死んじゃってるもん――今更言っても、今更だから」
ごめんね。
彼女はもう一度、そう言った。
目が覚めたとき、俺はどうやら泣いていた。
どうしてかはわからない。けれど多分、何か夢を見ていたんだろう。
ずっと傍にいたものが、二度と手が届かなくなってしまった、そんな夢を。
そう思う。
時空モノガタリと重複投稿。