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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第陸章 ─
80/81

其ノ拾 ── 陰陽ノ神使【菖蒲】

 此処は洛陽の都城(とじょう)──否、都城からほんの少しだけ離れた場所にある砦。

 外壁で囲われており、内側には兵士が待機する布製の天幕や食料・武器などの物資が方々に配置されている。

 そんな中で、神流(かんな)は砦内外を巡回し終え、中心に位置する天幕の中へと入っていった。


「砦周辺の様子も変わらず、都城の〈(ハラエ)〉にも今のところ反応はないわ」

「……そうか」


 薄暗い天幕の中、軍議用の机を挟んだ向こう側で座る仲達(ちゅうたつ)に報告しながら、神流は自らも入口付近の椅子に腰掛け、他にも数人の兵士が机を囲んでいる中で、静かな空気をかき消すように話を続けていく。


呉国(ごのくに)が鬼のみで仕掛けてきている以上、都城で反応がある確率は極めて低いと思うけど……もし向こうで反応があったら私が向かう、で良いのよね?」

「……ああ、都城に待機してる兵士が必要になったら好きに使え」

「分かったわ。ま、余程のことがない限りは必要ないと──」


『──神流! 呂蒙が姿を消して向かってる! 悪いが仕留める余裕はない──!』


 (からす)からの念話が脳内に響き、神流は目を丸くしながら言葉を止めた。


『──その代わり、孫権は任せろ』


 付け加えられた鴉の言葉に頼もしさに、神流は一瞬だけ小さく微笑(わら)うも、その表情はすぐに真剣みを帯び、日が差し込む天幕の入り口を鋭い目付きで見遣る。

 唐突に途切れた言葉と彼女の纏う空気が変わったことでその場に緊張感が漂うが、仲達だけは事情を察したようで。


「動きがあったようだな」

「ええ、鴉から連絡があったわ。洛陽に、姿を消した呂蒙が向かっていると」

「──そうか」


 たった一言だったが、これまで以上に鋭い目つきに変わり、低く、それでいて緊迫感のある仲達の言葉に、周囲の兵士は僅かに肩をびくつかせた。

 しかし仲達は周囲の反応など気にもとめず、立ち上がって外に出ようとする神流に声をかける。


「お前は姿が視えないんじゃないのか」

「そうね。私が彼の姿を捉えることは不可能」

「だったらどうする気だ」

「どうするも何も、やることはひとつだけでしょ」


 ひとつに纏められた白くて長い髪を揺らしながら、神流は仲達を振り返る。

 そして小さく嗤った。


「どんな手を使ってもあんたを守る。それだけよ」


 それだけ言って、神流は再び前を向く。

 あまり聞いたことのない真っ直ぐな言葉に、仲達は僅かに目を丸くした。

 外からの光によって逆光になっていることも相まってか、どこか珍しくも頼もしい後ろ姿に、なんとなく気恥ずかしくなったようで。


「……自分の身くらい、自分で守れる」


 仲達は目を伏せながら、呟くように言葉を投げかけた。

 背後からの言葉だったが、神流にはそれが照れ隠しであるということが分かり、彼に気付かれないように前を向いたまま小さく笑う。

 しかしすぐに気持ちを切り替えて、如何動くべきかと思考を巡らしながら神流は天幕の外の様子を窺う。


「許昌からここに辿り着くまで、普通に考えたらそれなりに時間は要するから、今すぐに来ることはない……と思いたいけど」

「ここに向かってると確認できているのは呂蒙だけか?」

「そうね。でも呉の戦力を考えても、呂蒙以外の鬼が洛陽にまで手を回す余裕はないはずよ」

「……とすれば、単騎で来る以上、無策ではないだろう」


 二人の会話には、確かな緊張感がありながらも、どこか穏やかな時間が流れていた。

 (しか)しその時間は、突如として終わりを告げる。

 此処(ここ)からは少し離れた場所、砦へと続く道の途中にも施していた神流の妖術・〈(ハラエ)〉。

 地に施した術式の上を通った者の妖術を無効化できるものだが、術者はその場に居ずとも、術式が発動すればそれを感知できる。

 神流はそれを、たった今、感知したのだが。


「──弾かれたわね」


 先ほどとは打って変わり、言葉を紡いだのは真剣味を帯びた声音。

 確かに術は発動した。

 しかし発動した術式に、対象の妖術を無効化した気配がない。

 正確には一時的な無効化のみに留まった、と云うべきか。

 そして今、この時、この瞬間。

 術式の対象となり得る人物は(ただ)一人──呂蒙のみ。

 つまり、彼は術式を受けたものの、未だ姿を消しながら向かってきているということだ。

 その原因は言うまでもなく、氷牙の短刀〈刹華〉によるものだろう。

 事前に氷牙から話を聞けたことで、術式が効かない可能性があることは分かっていた。

 気になることといえば、鴉から連絡をもらって間もなく、ここ洛陽周辺に姿を現したということ。

 本来、許昌から洛陽(ここ)に来るには馬を走らせても半日はかかるだろう。

 その距離を、一体如何(どう)やって移動したのか。

 ──いや、それよりも今、留意するべきは。

 神流は勢い良く仲達を振り返りながら、半ば早口で、そして端的に状況を共有する。


「私が砦の外に仕掛けた術式の発動を感知した。呂蒙がこの砦に到達するのは時間の問題よ。私は予定通り門前で迎え撃つ。──問題ないわよね?」


 呂蒙の思った以上の速さに仲達は僅かに目を見開いたが、そうなる可能性もすでに想定済み。

 立ち上がりながら答えるその声は、とても落ち着いているものだった。


「やはり無策ではなかったな。問題ない、俺も予定通りお前の後方で迎え撃つ態勢を整えておく」

「承知。あんたの手は煩わせないわ」


 神流は小さく微笑って応えると、天幕を出て門の近くの外壁の階段を駆け上り、見晴らしの良い外壁の上から辺りを見回す。

 見渡したところで視えるはずがないのだが、周囲にまだ呂蒙の気配を感じられないことを確認すると、神流は外壁から軽快に飛び降り、閉じられた門の前に静かに立ちはだかった。

 ゆっくり目を閉じ、姿を消している呂蒙の気配を探ることに集中する。

 姿を消せども、その妖気まで消すことができるのは桜の鬼のみ。

 つまり、呂蒙相手ならば妖気を感じ取ることが可能。

 〈六華將(ろっかしょう)〉の中で最も索敵に長けている氷牙(ひょうが)には劣るが、神流は己が感じ取れる範囲の限界まで意識を集中させる。


 砦内に居る兵士たちから伝わる緊張感。

 後方に控える仲達の妖気。

 優しく肌を撫でる冷たい微風(そよかぜ)

 砦の外で揺れる梢の音。

 そして、眼前に続く道を辿った、その先で。

 ──(かす)かに。

 微かに感じた鬼の妖気。

 それは徐々に明確に感じ取れるようになり、呂蒙の接近を確かなものとした。


 神流はゆっくりと目を開け、視えなくとも感じる気配を静かに見据える。

 妖気の近付き方からして、恐らく走ることもせずゆっくりと歩いてきているのだろう。

 単騎故の警戒か、視えない故の慢心か、はたまた全く別の理由によるものか。

 いずれにせよ、視覚で不利がある以上は無闇矢鱈に突撃されるより対応しやすいに違いない。


 一歩、また一歩。

 そしてふと、妖気の接近が止まった。

 呂蒙が足を止めたのだろうが、間合いに入るには程遠い距離感で歩みを止めたことに、神流は僅かに眉根を寄せる。

 そして抜刀の構え。

 仕掛けてくるならば、間違いなく遠距離による攻撃──

 そう思った矢先だった。


 何もない空中に、突然現れて飛来する火の玉。

 それはもちろん呂蒙によるもの。

 しかし、視えないことが災いしてか。


(速い──!)


 気付けば眼前に迫り来る火の玉。

 間に合わないかと思ったが、間一髪、神流は抜刀からの切り上げ動作で火の玉の直撃を防いだ。

 ふたつに斬られた火の玉は神流の後方、砦の石壁に当たって爆ぜ、爆音と共に暴風が吹き荒れる。

 白い髪と華服が激しくはためき、砂埃で僅かに視界が悪くなったその瞬間を見計らったかのように、周囲の草木から炎が上がり始めた。

 砦の外壁が背後で瓦落瓦落(ガラガラ)と崩れる音を聞きながら、神流は彼方此方(あちらこちら)で燃え盛る炎を見据えて(わら)う。


「……視えないって、こんなにも()(にく)いものなのね」


 その瞳は笑っていなかった。

 呂蒙が周囲を火の海にしようとするのは言わずもがな、妖気で居場所を突き止められないようにするため。

 自らの妖術で作り出した炎からは、僅かながらも術者の妖気を感じとることができる。

 ──今ばかりは、出来てしまう(丶丶丶丶丶丶)というべきか。


「動じるな」


 背後、砦の内側から聞こえた低く重い声。

 仲達のその言葉は、外壁が崩れたことにより動揺した兵士たちに向けて紡がれたものだろう。

 しかし神流にとってはそれが、己に向けた言葉のように感じられ。

 視えないことに対する僅かな焦りを見透かされたかのような重圧に、神流は小さく嗤うと、一度抜刀した刀を再び納刀する。

 そして間髪を容れず。


「──〈白耀(ハクヨウ)(ハラエ)(メグリ)〉」


 妖術の展開。

 それは神流を中心に、同心円状に領域のようなものが展開され、あたりをほんのり白く染めていく。

 〈(ハラエ)〉、それ即ち妖術の無効化。

 〈祓ノ巡〉は〈祓〉の効果を持つ領域を広げることで、領域内の鬼の妖術を無効化する防御術の一種。

 しかしそれは敵味方関係なく対象となり、領域内に入った鬼は妖術の使用が出来なくなるもの。

 それ故神流は、仲達が領域内に入らないよう、それでいて呂蒙が居るであろう範囲に領域を広げていく。

 領域内に入った焔は飛散するように消え、火の海になりかけていた景色が少しずつ静かになる中で、邪魔な妖気も除外されていく。

 直後、弾けるような音とともに、視界の端に突然姿を現した人物。

 言うまでもなく、それは姿を消していた呂蒙。

 周囲の音が消え、全ての動きがゆっくり見えるほどの集中力で、神流は彼の姿を確実に捉える。


(──見つけた、けど……)


 砦に向かって駆ける呂蒙との間合いを詰めようとした、その時だった。

 ゆらり、と彼の姿が再び消える。

 彼が所持する氷牙(ひょうが)の短刀〈刹華(セッカ)〉により、〈祓〉の妖術が無効化されたのだ。

 〈祓〉の無効化が妖術であるのに対し、〈刹華〉の無効化は妖術ではなく、刀そのものが持つ効果。

 つまり、〈祓〉で無効化できるのはほんの一時的だということ。


 ──そんなことは、(はな)から理解(わか)っている。

 ──躱されてもいい、今はひたすらに、こちらの作戦を悟られないよう動くだけ。


 姿を捉えた瞬間から、瞬きをするくらいの僅かな時間で頭を切り替えて〈祓ノ巡〉を解除し、神流は妖気の動きを頼りに呂蒙が向かうであろう方向──外壁が崩れ、砦内部に侵入可能となった箇所に狙いを定めれば。


「〈白耀(ハクヨウ)白羽(しらは)一閃(いっせん)〉」


 間合いを詰めると同時に抜刀し、妖気を感じる場所に向けて切り上げる抜刀術を見舞う──が。

 直前に、彼の妖気が瞬間移動したかのように砦内部に移動し、刃は虚しく空を斬った。 

 そのことに驚きもせず、神流は再び周囲の動きが遅く感じるほどの集中力で砦内部の状況を整理する。

 妖気を感じ取るに、呂蒙は真っ直ぐ仲達に向かっているようで、そのことに仲達本人も気付いている。

 とは言え、視えない相手の太刀筋を読むのは至難の業。

 もう一度〈祓〉を展開して無効化する手もあるが、一時的な効果では状況は変わらない。

 ならば、如何(どう)するか。


 ──こんなときの為に()がいる。


 自分の役割は、自ら前線に立って注意を引くことで、要となるもう一人(丶丶丶丶)の存在を悟られずに戦うことだった。

 でもそれは仲達ではない。

 彼の手は煩わせないと言ったが、一人で片付けるとも言っていない。


 ──適才適処(てきざいてきしょ)

 姿を消す相手が居るならば、〝視える眼(丶丶丶丶)を持つ存在(丶丶丶丶丶)で対処すれば良い。


(からす)!!」


 神流が叫ぶと同時に、仲達の前に現れる人影。

 彼──鴉は、姿を現したときには既に回し蹴りの態勢になっており、目の前に鴉が現れたことを認識したときには時既に遅し。

 鈍い音とともに、視えない何か、即ち呂蒙の身体は横に吹き飛ばされ、衝突した外壁から轟音が響いた。

 瓦落瓦落(ガラガラ)と崩れる音とともに砂埃が舞い上がる中、姿を現した、というより自然と透過の術が解けた呂蒙は、咳き込みながらも上体を起こし、つい先ほどまで自分がいた場所を睨む。

 その視線の先には、黒くて長い髪をひとつに結えた人物──鴉の姿。

 鴉もまた、切れ長の瞳で見下すように呂蒙を見据えている。

 お互いの口から言葉が紡がれることはなく、沈黙が訪れた僅かな間。

 呂蒙はその機を逃さず、遠方──許昌にいる孫権(そんけん)に念話を送った。


『鴉の姿を確認しました。予定通り、彼にも──』

「……」


 念話で孫権に報告する呂蒙と、口を開くことなくただひたすらに呂蒙を見据える鴉。

 膠着状態の中、先手を打とうと刀を握る手に力を込めた呂蒙だったが。


「俺にも(丶丶)と言ったな」


 沈黙を破ったのは鴉だった。

 あくまでも今、言葉として発していたのは鴉のみで呂蒙は一言も喋ってはいない。

 静観している仲達や神流にも、呂蒙の言葉は聞こえていなかった。

 にも関わらず、鴉は彼の言葉を理解しており、呂蒙は僅かに目を丸くするも、己の動揺を誤魔化すように小さく嗤う。


「〝視える〟上に〝聞こえる〟とは……何者ですか、あなたは」


 呂蒙を見据えていた鴉は、問いかけには何も答えず、黒くて長い髪を揺らしながら静かに呂蒙に近づいて行く。

 そして少しの距離を保ったところで足を止め、腕を押さえながらゆっくり立ち上がる彼を、紅き双眸に映し出す。


「それを知ってるから俺を狙うんだろう」

「……」


 呂蒙は険しい顔をしながらも、何も答えなかった。

 というよりは、この状況を如何すべきか考えているようで。

 そのことを敏感に感じ取った鴉は、表情ひとつ変えずに、淡々と。


「殺れるもんなら殺ってみろ」


 あからさまな挑発。

 呂蒙は何も答えなかったが、直後、瞬く間に姿を消した。

 ──否。

 己の背後から感じる妖気、即ち転移。


「鴉、後ろ!!」


 神流の声とほぼ同時に振り返ったものの、一瞬でも〝姿を消した〟という選択肢が頭に過ぎったことで、ほんの僅かに鴉の行動が遅れ、呂蒙が薙いだ太刀筋は、退いて避けようとした鴉の腹部を軽く抉った。

 黒だからこそ分かりにくいものの、裂けた華服(かふく)にほんのり血が滲む。

 しかし、鴉は表情ひとつ変えていない。

 それどころか、紅き双眸は呂蒙の姿を捉えて離さず。


「お前の〝転移(それ)〟は、お前自身の妖術ではないな」


 淡々と紡がれた言葉に、呂蒙は再び目を丸くした。

 動揺による一瞬の隙。

 鴉はそれを見逃すことなく、彼が瞬きする一瞬で姿を消した。

 そのあとは瞬く間に決着する。

 鴉を見失った、というより〝視る〟ことができない呂蒙になす術はなく、どう対処するかを思考する時点で詰んでいる。

 姿を消した鴉は身動きの隙を与えずに、呂蒙の後頭部に強めの手刀を見舞った。

 彼が倒れ込む音を最後に、砦内は異様な静けさに包まれる。

 姿を消していた鴉は、足元に倒れている彼が気絶していることを確認すると、その場にゆらりと姿を現すなり、砦の隅で静観していた神流を振り返った。


「……拘束を頼めるか」

「思いの外あっさり仕留めたわね」

「姿を消せるだけで俺の相手が務まると思ってる此奴(コイツ)が間違いだ」

「それは同意見」


 応えを返しながら、神流は鴉の足元で気絶している呂蒙へ近付くなり、しゃがんで彼の背中へ手を添える。


「──〈(ハラエ)〉」


 ぽう、と白鷺が羽を広げているような紋様が浮かび、彼の背中に吸い込まれるようにして消えた。

 神流は立ち上がりながら、距離を取って静観していた兵士に拘束用の綱の用意を頼み、再び呂蒙を見下ろす。


「妖術を扱えないようにしたから、これで目が覚めても姿を消されることもなければ、転移されることもない」

「……そうだな」

「にしても流石ね、あんたに任せて正解だったわ。

 ひとまず、あとはゆっくりして……と、言いたいところなんだけど」


 ふと神流は言葉を止めて、視線を上げた。

 その先には、いつにも増して鋭い視線で神流を見据えている仲達の姿。

 今回の作戦、鴉による奇襲を確実に成功させるため、神流は仲達にも鴉の存在を伝えていなかった。

 無言ではあるものの、そのことに関して何か言いたげな彼の空気を、神流は敏感に感じ取る。


「聞きたいことがたくさんあるわよね、どこからでも答えるわ」


 神流の言葉を合図に、仲達の双眸は彼女ではなく、その隣にいる鴉へと向けられ。

 紡がれた言葉は、ただ一言。


「──お前は何者だ」


 呂蒙と同様の問いかけに、神流は小さく笑った。

 今自分の隣に居る鴉は、間違いなく鴉。

 だが彼の知る鴉は今、許昌で孫権と相対しており、ここには居ない。

 ──ならば、彼は一体何者なのか。


「神流……つまり〈六華將(ろっかしょう)〉が関わっている。それが答えだ」


 問いに答えたのは神流ではなく、他でもない鴉本人だった。

 仲達に劣らない鋭い目つきだが、その視線はどこか柔らかい雰囲気をまとっており、鴉は静かに言葉を続ける。


「お前も気付いているだろう。〈六華將〉の中で唯一、未だ姿を見せていない……いや、名乗っていない(丶丶丶丶丶丶丶)者。それが俺たちだ」

「……俺たち(丶丶)か」


 鴉の言葉に、仲達は呟くように単語を反復しながら、奇譚の一節とその解釈の内容を思い出す。


 ── 菖蒲(アヤメノ) (シメシハ)(カラス) ()陰陽(インヨウ)

 ──菖蒲(あやめ)が示す烏の〝陰陽(いんよう)〟は

 陰影(かげ)陽光(ひかり)の二面性──


 唯一、名を聞いていない存在。

 理解(わか)ってはいた。

 理解ってはいたが、確信を持てなかったが故の問いかけは、鴉の応えによって確信に変わった。

「俺たち」という言葉が示すのは、奇譚に紡がれる陽光(ひかり)陰影(かげ)、つまり二人いる(丶丶丶丶)ということ。


「──菖蒲(あやめ)


 呟くように紡がれた言葉は、〈六華將〉の花の名前。


「……そうだ。菖蒲は二人。お前がよく知るあいつも鴉だが、ここにいる俺もまた鴉」


 ふわり、とそよ風が彼らの髪や華服(かふく)を揺らす。

 長く黒い髪を揺らす鴉は、静かに仲達を見返しながら。



「俺の名は、菖蒲──菖蒲ヶ咲(あやめがさき)鴉斗(あと)

 〈六華將〉の菖蒲を名乗る者の一人だ」



 金烏(たいよう)が徐々に下り、きれいな夕焼け空に染まりつつある頃。

 時時刻刻(じじこくこく)陽光(ひかり)鷺草(さぎそう)(いざな)われ、陰影(かげ)の菖蒲が花開く。

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