其ノ漆 ── 時ハ物語ノ内ニ在リ (7/11)
〈華〉舞 如 花 全 生命。
疾、妖、強。
其之舞台、終焉 向 物語 之 時間 也。
【〈華〉は舞う。
生命を全うする花の如く。
疾く、妖しく、強かに。
終焉に向かう、物語の時間の中で。】
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刀同士がぶつかる金属音が響き、音を轟かせながら突風が吹く。
大きな桜の下、広大な草原の真ん中で、刀の激しいぶつかり合いが繰り広げられていた。
あのあと──鬼の姿になった自分の息子を見た仲達は、黙ってその場に立ち上がると、子元の方へとゆっくり歩きだした。
そしてその途中、彼は鬼の姿に変化したのだ。
腰の辺りまで伸びた漆黒の髪と、闇を纏っているような漆黒の和服がゆらりと揺れ、前髪の間から覗く紅い瞳と鬼の角は、陽の光を受けて禍々しく輝く。
邪鬼を表すようなその見た目は、周囲にいる者の恐怖心を煽るには充分だった。
予想もしない彼の行動に、空気が一瞬にして張り詰める。
「え……仲達? どういうつもり?」
神流の問いかけには答えず、仲達は子元から一定の距離を保ったところで一度足を止めた。
そして彼は、一瞬にして間合いを詰め、いつの間にか手にしていた太刀で、子元に斬りかかった。
そして今に至る、という訳だ。
仲達と子元。
親子の激しいぶつかり合い。
それが単なる「手合わせ」だと分かったからこそ、薙瑠も神流も止めなかった。
「……全く……いつも何考えてるか分かんないわねあいつは……」
「……私も最初は驚きました、いきなり斬りかかってくるとは思わなかったので……」
「あれでも子供思いな親なのよね、ただちょっと不器用なだけで。いや、ちょっとどころかかなりね」
手合せとは言え、目の前で戦いが繰り広げられているのにも関わらず、呑気に会話しているところはある意味流石だ。
対して、周囲の見物者の視線は手合わせをする親子ではなく、戦闘を目で追いながら会話をしている彼女たちに注がれており、誰一人として争いを見ていなかった。
──否、速すぎて見えないのだ。
見物者の中には鬼である者もいるが、それでも必死にならなければ目で追うことは難しい。
人間にはなおさら無理な話である。
それに対して彼女たちは、その動きをいとも簡単そうに目で追っている。
恐らく太刀筋も完璧に見えているのであろう。
同じ鬼であっても、決定的な実力の差が、そこにはあった。
「だけど驚いたわね、子元の二刀流」
「そうですね、鬼でも二刀流を使いこなすのはなかなか難しいかと思いますが……思ったよりも使いこなせてますね、子元様」
「でも薙瑠ちゃん、あなたは子元が二刀流だってこと、本人よりも先に気づいてたわよね?」
「それは視えたからです、彼の〈華〉が二輪だったので、もしかして……と思いまして」
神流と薙瑠の言う通り、子元は二本の太刀を器用に使いこなして仲達と戦っていた。
鬼は自身特有の武器を内に眠らせているため、その時武器を手にしていなくても、瞬時に呼び出すことができる。
虚空から出現させる、と言ったほうが分かりやすいだろう。
仲達からの最初の一撃を受け止める時、子元は一つの太刀で受け止めていた。
それを何とか弾き返した後、薙瑠が言ったのだ。
──子元様! 二刀流、です!
それを聞くなり、子元も自身に眠るもう一つの太刀の存在に気付いたらしく。
二本目の刀を呼び出した、という訳だ。
それを見た仲達も最初は驚いたようで一瞬怯んだが、すぐに攻撃を再開した。
それから今まで、一度も攻撃の手を緩めていない。
しかし、子元も全く引けは取らず、ほぼ互角の戦いが続いていた。
ある時は地の上で、ある時は空中で、二本と一本の太刀が交差する。
互いの和服がはためき、生地に描かれている華が揺れるその様は、艶めかしい残像を生み出している。
激しさの中に在るその妖艶さが、鬼同士の争いにおける魅力とも言えるだろう。
時には、なびく髪と共に飛散する汗の雫までもが、妖美な要素になってしまうのである。
とは言え、それを認識できるのは一部の者だけであるが。
横に薙ぐような斬撃を、目にも留まらぬ速さで繰り出す仲達。
自身に襲いかかってくる銀色の刃を、子元は右の一刀で受け、軌道を上方へとうまく逸らした。
軌道を逸らされた仲達の横薙ぎは、子元の頭上あたりで空を切る。
その瞬間に生まれた、仲達の僅かな隙。
二刀を扱う彼だからこそ狙える隙だ。
せめて、一撃だけでも。
強い思いを、左手の刀にのせて薙ぐ。
空いた胴をめがけて。
──喰らえ!!
子元の太刀が仲達の横腹を斬り裂く──その寸前。
仲達が、子元の視界から、消えた。
「っ!?」
思わず息を飲む。
当然の如く、子元の渾身の斬撃も虚しく空を切り、訪れた一瞬の「静」の時間。
感じたのは、背後からの妖気。
殺気ではなく、妖気だ。
後ろ──!
反射的に振り返り、刹那、甲高い金属音が響いた。
二刀と一刀が交錯する。
子元が仲達の刀を受け止める形になり、キリキリと音を立てて鍔迫り合いが始まった。
鍔迫り合いにおいては、二本と一本では力が分散される二刀流のほうが不利である。
「くっ……」
何とか持ちこたえてはいるが、徐々に、そしてゆっくりと、子元が押されてゆく。
苦痛そうな表情をしている子元に対して、仲達は顔色一つ変えていない。
彼の紅い瞳が子元の青い瞳を捉えると、小さく、しかしはっきりと一言。
「弱い」
「……うる……っせぇ……!」
そんな一言と共に、子元は半ば気合で力強く弾き返す。
弾き返された仲達は、一定の距離まで飛び退き、静かに子元を見据えた。
全く消耗していないところを見ると、彼は本気ではないのだろう。
一方子元は、肩を激しく上下させている。
〈開華〉して間もない状態のため、まだ上手く力を使いこなせていないらしい。
かなり消耗しているようだった。
「……今は弱すぎる、相手にならん」
ぼそりとそう呟きながら、彼は太刀を内にしまった。
その後すぐにヒトの姿へと戻り、子元に背を向けてもと居た位置へすたすたと歩いてゆく。
漸く攻撃の手が止まったことに安堵したからなのか、子元も二本の刀をしまい、その場に片膝をついた。
未だ荒い呼吸を続ける子元のもとに、薙瑠が駆け寄り、彼の背中を優しくさする。
「……大丈夫ですか?」
「……あぁ……っ大丈夫、だ」
「鬼は、その姿を維持するだけで少なからず体力を消耗しています。ですので、今はヒトの姿になったほうが楽になると思いますよ」
微笑みながら言う彼女の助言を素直に聞き入れたようで、子元の姿は鬼からヒトへと変化した。
多少楽になったようで、呼吸が先程よりも安定してきている。
そして薙瑠は、背を向けて歩を進める仲達へと視線を移す。
──子供思いの、親の背中。
それを感じさせる堂々とした彼の後ろ姿を見て、本当に不器用なだけなんだと分かると、彼女の顔に微笑みが浮かんだ。
親子の手合わせが終わり、穏やかな場所に戻った自然の空間。
子元の〈咲き損ない〉という厄は、完全に消え去ったかにみえた──が。
未だ終の音を告げず。
消えたかと思われた厄の灯火は、まだ消えてはいなかった。
「……ははっ、〈開華〉しても所詮その程度かよ」
突如として、第三者の声が空間を割いた。
その場にいる者、全員の視線がその声の主へと向けられる。
彼らの視線のその先には、歪んだ笑みを浮かべた彦靖の姿があった。