表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
― 第壱章 ―
8/81

其ノ漆 ── 時ハ物語ノ内ニ在リ (7/11)


(ハナハ)(イノチヲ) (マットウスル) (ハナノ) (ゴトク) 生命(マウ)

 (ハヤク)(アヤシク)(シタタカニ)

 其之(ソノ)舞台(ブタイ)終焉(シュウエンニ) (ムカフ) 物語(モノガタリ) () 時間(セカイ) (ナリ)


【〈華〉は舞う。

 生命(いのち)を全うする花の如く。

 (はや)く、(あや)しく、(したた)かに。

 終焉に向かう、物語の時間(せかい)の中で。】



───────────────



 刀同士がぶつかる金属音が響き、音を轟かせながら突風が吹く。

 大きな桜の下、広大な草原の真ん中で、刀の激しいぶつかり合いが繰り広げられていた。



 あのあと──鬼の姿になった自分の息子を見た仲達(ちゅうたつ)は、黙ってその場に立ち上がると、子元(しげん)の方へとゆっくり歩きだした。

 そしてその途中、彼は鬼の姿に変化(へんげ)したのだ。

 腰の辺りまで伸びた漆黒の髪と、闇を纏っているような漆黒の和服がゆらりと揺れ、前髪の間から覗く(あか)い瞳と鬼の角は、()の光を受けて禍々しく輝く。

 邪鬼を表すようなその見た目は、周囲にいる者の恐怖心を煽るには充分だった。

 予想もしない彼の行動に、空気が一瞬にして張り詰める。


「え……仲達? どういうつもり?」


 神流(かんな)の問いかけには答えず、仲達は子元から一定の距離を保ったところで一度足を止めた。

 そして彼は、一瞬にして間合いを詰め、いつの間にか手にしていた太刀(たち)で、子元に斬りかかった。



 そして今に至る、という訳だ。

 仲達と子元。

 親子の激しいぶつかり合い。

 それが単なる「手合わせ」だと分かったからこそ、薙瑠(ちる)も神流も止めなかった。


「……全く……いつも何考えてるか分かんないわねあいつは……」

「……私も最初は驚きました、いきなり斬りかかってくるとは思わなかったので……」

「あれでも子供思いな親なのよね、ただちょっと不器用なだけで。いや、ちょっとどころかかなりね」


 手合せとは言え、目の前で戦いが繰り広げられているのにも関わらず、呑気に会話しているところはある意味流石だ。

 対して、周囲の見物者の視線は手合わせをする親子ではなく、戦闘を目で追いながら会話をしている彼女たちに注がれており、誰一人として争いを見ていなかった。

 ──否、速すぎて見えないのだ。

 見物者の中には鬼である者もいるが、それでも必死にならなければ目で追うことは難しい。

 人間にはなおさら無理な話である。

 それに対して彼女たちは、その動きをいとも簡単そうに目で追っている。

 恐らく太刀筋も完璧に見えているのであろう。

 同じ鬼であっても、決定的な実力の差が、そこにはあった。


「だけど驚いたわね、子元の二刀流」

「そうですね、鬼でも二刀流を使いこなすのはなかなか難しいかと思いますが……思ったよりも使いこなせてますね、子元様」

「でも薙瑠ちゃん、あなたは子元が二刀流だってこと、本人よりも先に気づいてたわよね?」

「それは視えたからです、彼の〈(はな)〉が二輪だったので、もしかして……と思いまして」


 神流と薙瑠の言う通り、子元は二本の太刀を器用に使いこなして仲達と戦っていた。

 鬼は自身特有の武器を内に眠らせているため、その時武器を手にしていなくても、瞬時に呼び出すことができる。

 虚空(こくう)から出現させる、と言ったほうが分かりやすいだろう。

 仲達からの最初の一撃を受け止める時、子元は一つの太刀で受け止めていた。

 それを何とか弾き返した後、薙瑠が言ったのだ。


 ──子元様! 二刀流、です!


 それを聞くなり、子元も自身に眠るもう一つの太刀の存在に気付いたらしく。

 二本目の刀を呼び出した、という訳だ。


 それを見た仲達も最初は驚いたようで一瞬怯んだが、すぐに攻撃を再開した。

 それから今まで、一度も攻撃の手を緩めていない。

 しかし、子元も全く引けは取らず、ほぼ互角の戦いが続いていた。


 ある時は地の上で、ある時は空中で、二本と一本の太刀が交差する。

 互いの和服がはためき、生地に描かれている華が揺れるその様は、(なま)めかしい残像を生み出している。

 激しさの中に在るその妖艶さが、鬼同士の争いにおける魅力とも言えるだろう。

 時には、なびく髪と共に飛散する汗の雫までもが、妖美な要素になってしまうのである。

 とは言え、それを認識できるのは一部の者だけであるが。


 横に薙ぐような斬撃を、目にも留まらぬ速さで繰り出す仲達。

 自身に襲いかかってくる銀色の刃を、子元は右の一刀で受け、軌道を上方へとうまく逸らした。

 軌道を逸らされた仲達の横薙ぎは、子元の頭上あたりで空を切る。

 その瞬間に生まれた、仲達の僅かな隙。

 二刀を扱う彼だからこそ狙える隙だ。


 せめて、一撃だけでも。


 強い思いを、左手の刀にのせて薙ぐ。

 空いた胴をめがけて。


 ──喰らえ!!


 子元の太刀が仲達の横腹を斬り裂く──その寸前。

 仲達が、子元の視界から、消えた。


 「っ!?」


 思わず息を飲む。

 当然の如く、子元の渾身の斬撃も虚しく空を切り、訪れた一瞬の「静」の時間。

 感じたのは、背後からの妖気(ようき)

 殺気ではなく、妖気だ。


 後ろ──!


 反射的に振り返り、刹那、甲高い金属音が響いた。

 二刀と一刀が交錯する。

 子元が仲達の刀を受け止める形になり、キリキリと音を立てて鍔迫り合いが始まった。

 鍔迫り合いにおいては、二本と一本では力が分散される二刀流のほうが不利である。


「くっ……」


 何とか持ちこたえてはいるが、徐々に、そしてゆっくりと、子元が押されてゆく。

 苦痛そうな表情をしている子元に対して、仲達は顔色一つ変えていない。

 彼の紅い瞳が子元の青い瞳を捉えると、小さく、しかしはっきりと一言。


「弱い」

「……うる……っせぇ……!」


 そんな一言と共に、子元は半ば気合で力強く弾き返す。

 弾き返された仲達は、一定の距離まで飛び退き、静かに子元を見据えた。

 全く消耗していないところを見ると、彼は本気ではないのだろう。

 一方子元は、肩を激しく上下させている。

 〈開華(かいか)〉して間もない状態のため、まだ上手く力を使いこなせていないらしい。

 かなり消耗しているようだった。


「……今は弱すぎる、相手にならん」


 ぼそりとそう呟きながら、彼は太刀を内にしまった。

 その後すぐにヒトの姿へと戻り、子元に背を向けてもと居た位置へすたすたと歩いてゆく。

 漸く攻撃の手が止まったことに安堵したからなのか、子元も二本の刀をしまい、その場に片膝をついた。

 未だ荒い呼吸を続ける子元のもとに、薙瑠が駆け寄り、彼の背中を優しくさする。


「……大丈夫ですか?」

「……あぁ……っ大丈夫、だ」

「鬼は、その姿を維持するだけで少なからず体力を消耗しています。ですので、今はヒトの姿になったほうが楽になると思いますよ」


 微笑みながら言う彼女の助言を素直に聞き入れたようで、子元の姿は鬼からヒトへと変化した。

 多少楽になったようで、呼吸が先程よりも安定してきている。

 そして薙瑠は、背を向けて歩を進める仲達へと視線を移す。


 ──子供思いの、親の背中。


 それを感じさせる堂々とした彼の後ろ姿を見て、本当に不器用なだけなんだと分かると、彼女の顔に微笑みが浮かんだ。


 親子の手合わせが終わり、穏やかな場所に戻った自然の空間。

 子元の〈()(ぞこ)ない〉という(わざわい)は、完全に消え去ったかにみえた──が。

 未だ(おわり)()を告げず。

 消えたかと思われた厄の灯火は、まだ消えてはいなかった。



「……ははっ、〈開華〉しても所詮その程度かよ」



 突如として、第三者の声が空間を割いた。

 その場にいる者、全員の視線がその声の主へと向けられる。

 彼らの視線のその先には、歪んだ笑みを浮かべた彦靖(げんせい)の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ