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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第伍章 ─
66/81

其ノ拾弐 ── 鬼ノ妖気ハ生命ヨリ生ズ (12/15)

 (コノ) 生 於(セカイニ) (イキル) 世界(オニハ) (ハナノ) 花之(ヨウキ)妖気(ヲモツ)

 其姿(ソノ スガタ)似 芍薬(シャクヤクニ ニル) (ニシテ) 色彩(シキサイ) (ユタカ) (ナリ)

 可 視(ミルベキ)(モノ)(ケイイヲ) 敬意(ヒョウシテ) (ソノ) (ウツクシキ)〈華〉(ヨウキ)() (ハナ)妖気(ト ヨブ)


【一方で、この世界の鬼が持つ妖気は花。

 芍薬に似た姿を持つ、彩りある存在。

 視える者は、敬意を込めて。

 その美しき妖気を〈華〉と呼んだ。】


───────────────


 記憶辿咲(きおくてんしょう)──その行く先は、洛陽(らくよう)に花咲く〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉。

 まだ金烏(たいよう)が真上に昇る少し前、樹の下にふわりと二人の姿が現れる。

 桜が梢を揺らす音ともに、彼らの耳に入ってきたのは。


「…………びっくりした」


 たまたま中庭の近くを通りかかっていた子上(しじょう)の、驚きの声だった。


「あ……子上様。

 驚かせてしまい申し訳ございません」

「え……っと、それが例の、一瞬で移動できるっていう……?」


 呆然としながらも、二人の元へと歩み寄る彼に、薙瑠は優しく応える。


「はい。(ぎょう)へ向かう際にも使用した桜の鬼の妖術です」

「へぇ、こんなに突然現れるんだね。

 それで、なんで兄さんも一緒なのさ」


 彼女の隣に当たり前のように居る兄を見て、子上は首を傾げる。

 顔に感情が現れにくいものの、その声音は何処か揶揄(からか)い気味で、子元は僅かに眉根を寄せた。


「俺が一緒にいては駄目なのか?」

「駄目じゃないけど、本当に好きだよね、薙瑠殿のこと」

「お前が聞きたいのはそういうことじゃないだろう」

「んー、半分正解かな」


 半分正解、という曖昧な返答に子元は更に眉根を寄せ、これ以上ふざけるなとでも言わんばかりに子上を睨む。

 少しの本気を感じ取った子上は、角楼(かくろう)鳩尾(みぞおち)を蹴られた記憶が過り、身を守るためにも素直に謝ることにした。

 

「ごめんって。僕はそんなに本気じゃないから」

「分かっている。だからお前の冗談は質が悪い」

「そうだね、自覚はある」

「は……? ならば尚更悪質だぞ……」

「うん、だから兄さんや父さん以外にはそんな質の悪いこと言ってないよ」


「嬉しいでしょ?」と続ける子上に、子元は半ば呆れ気味に「嬉しくない」と応える。

 そんな二人のやり取りが微笑ましくて、薙瑠は小さく微笑っていた。

 他愛のない兄弟のやり取りをしたあと、子上は漸く気になっていたことを口にする。


「それで……なんで兄さんも一緒に移動できてるわけ?」

「話すと長くなるんだが……結論を言えば、俺が特別だから、らしい」

「説明になってないよそれ」

「でも間違ってはないですよ」


 子元に続く薙瑠の言葉も曖昧な言い方で、子上は納得が行かないような顔をした。

 そんな弟に、子元は少しだけ補足してやる。


「俺にも詳しいことは分からない。

 だが父上なら、現時点では俺よりもよく知っているはずだ。

 気になるなら父上に聞いてみるといい」

「……そっか。

 じゃあ後で父さんに聞いてみるよ」


 何故〝特別〟であるはずの兄は知らず、父は知っているのか。

 そんな疑問が残る形ではあったものの、子上がそれ以上追求することはなかった。

 しかし、そこに彼なりの気遣いがあることに気付いた薙瑠は、さらに話を続けていく。


「子上様。以前、私たち〈六華將(ろっかしょう)〉の目的は、この時間(せかい)を在るべき姿に戻すことだとお伝えしたのを、覚えておいでですか?」

「うん、覚えてるよ。

 鬼の居ない、人間(ヒト)だけの世に戻すこと、だったよね」

「はい。その目的に関わりを持つことが、子元様が〝特別〟である所以です」

「兄さんが……? でも実際、如何やってやるの?

 戻すって言い方が、まるで時間(とき)を戻すかのような──」

「仰る通りです」


 話の核心をつくような言葉を、薙瑠は否定することなく微笑んだ。

 半ば冗談のつもりで口にしていた言葉を肯定され、子上は目を丸くする。


「え……本当に?」

「桜の鬼は、記憶を辿ることで時間と空間を司る鬼……その特性を用いて、この時間(せかい)の時を戻そうとしているんです」

「……そうなんだ……」

「現実味がない話ですし、信じ難いですよね」


 驚きのせいか、言葉を失っている子上に対して薙瑠は苦笑した。

 一方で子元はというと、驚くことなく平然と話を聞いていた。

 彼女の「時を戻す」という言葉を聞いたとき、すとんと、何かが綺麗に収まったような、そんな不思議な感覚を覚えた。

 全てが無くなる──それは時を戻すが故に、この時間が消えることを意味する、終わりの言の葉。


「……成る程」


 子元は考え込む素振りを見せながら、小さく頷きの言葉を漏らす。

 そんな兄に、子上が黙っているはずもなく。


「何で兄さんはそんなすんなり受け入れられてるのさ」

「少しだけ薙瑠から話を聞いていたからな。

 初めてその類の話を聞かされたときは、確かに理解し難かったが」

「その節は……申し訳ございません」


 軽く頭を下げる薙瑠に、子元は気にするなと小さく微笑う。

 そしてふと、頭上から花の欠片を散らす〈逍遙樹〉を見上げる。

 思い返せば、初めてこの世界の結末の話を聞いたのも、この桜樹の下だった。

 何も知らな過ぎると言われた当時よりは、この時間(せかい)の現状を理解しつつある自分に、彼女の言う「殺さなければならない」という最悪の未来からは遠ざかっているような気がして、子元は少しだけ安堵する。

 一方で、自分が現状を知れば知るほど、彼女の云う〝終焉〟が刻一刻と迫りつつあるような──そんな不安も覚えていた。


「それで……如何(どう)やって時を戻すの?」

「簡単に言えば、桜の鬼の妖術を用いるのですが……その上で必要不可欠なのが、()の桜樹です。

 子元様にはお伝えしたことがありますが、〈逍遙樹〉は辺りに蔓延する妖気を集め、蓄えているんです。

 時を戻すにあたって、膨大な妖気が必要となるので」

「簡単にできるわけじゃないってことだよね」

「仰る通りです。時を戻すのは、簡単じゃない。

 簡単ではないが故に……ただ妖気を集めるだけでは足りず、犠牲……も、必要でした」


 はらはらと桜の花弁(はなびら)が舞う中、薙瑠は何処か辛そうな表情を浮かべながらも、静かに、そして丁寧に二人へ語る。

 これ迄の桜の鬼が、鬼を殺すことで〈逍遙樹〉に蓄えた妖気。

 そして、辺りから少しずつ吸収して集めた妖気。

 それらの妖気だけでは、時を戻せるほどの力に満たなかった。

 故に、()れを補うものが必要だった。

 それが──この時間(せかい)に生ける、人間(ヒト)の生命力。


「妖気とは、妖術を使用するために、鬼の生命力の一部が変化したもの、と考えられています。

 つまり、妖気は生命力から作り出されていると言っても過言ではない訳です。

 だからこそ、人間(ヒト)からも生命力を集め、足りない分を補っていく……これ迄の桜の鬼は戦いながら、〈逍遙樹〉に妖気を蓄えていたんです」

「犠牲……というのは、桜の鬼が殺した者たちのことか」


 子元の言葉に薙瑠は頷かず、ただ悲しそうに微笑んだだけだった。


「そして、その生命力の中には、元凶となる蒼燕(あおつばめ)の存在も必要なんです。

 罪は身を持って償う──当たり前、ですよね」

「蒼燕って、今は薙瑠殿の中に魂が宿ってる……んじゃなかったっけ?」

「はい。だから私のこの身体は、蒼燕(あおつばめ)の御霊を護る器としての役割もあります」


 そっと胸元に手を添えながら語られた彼女の言葉に、子元は沈黙した。

 否、沈黙せざるを得なかった。


 妖気の代わりとして生命力を集めるため、桜の鬼は多くの人間(ヒト)を殺してきたこと。

 加えて蒼燕の生命力も必要であり、それを今、彼女が器として護っていること。

 だとしたら。

 蒼燕の生命力は、御霊は、如何やって(丶丶丶丶丶)逍遙樹(丶丶丶)に蓄える(丶丶丶丶)──?


 (めぐ)(めぐ)る思考が辿り着いた先は、己が役割のとある答え。

 それは言葉にするのも憚られ、子元は小さく息を呑む。


 ──言いたくありません。


 その彼女の言葉が、今は何よりも真実を物語っているように感じた。

 だが、これはまだ憶測に過ぎない。

 断定するのは、あの『幻華譚(げんかたん)』を読んでからにするべきだと、子元は半ば強引にその思考を中断させる。

 そんな兄をよそに、子上と薙瑠の二人は話を進めていく。


「蒼燕の生命力も必要だけど、今はそれを薙瑠殿が護ってるなら、何か取り出す方法があるってことだよね」

「仰る通りです。子元様と子上様は、ご理解いただけるのがとてもお早いですね」

「まあね、僕たちの賢いところは父さんと母さん譲りだから」


 表情こそ変化はないものの、何処か誇らしげにする子上を見て、薙瑠はくすりと小さく微笑う。

 その直後だった。

 ぐぅ、と生き物が鳴いたかのような音。

 それが子上のお腹の音だと分かれば、先程までの真剣な空気は一転、和やかな温かさに包まれる。


「ふふ、大きな音でしたね」

「……考えてばかりだったから、お腹減ったなぁ」 

「全く、お前というやつは……」


 小さなため息をつく子元だったが、先程までの思考を変えるには丁度よいきっかけにもなり、自然と肩の力が抜けていた。

 何処か呆れ気味の笑みを浮かべる兄に、子上が不貞腐れるのは言うまでもなく。


「何が可笑(おか)しいのさ」

「いや、考えただけで腹が減るのかと思ってな」

「疲れたら誰だってお腹減るんだし、別におかしなことじゃないでしょ」

「疲れるほど頭を使ったのか?」

「馬鹿にしてるでしょ?」

「少しだけな」

「うわ、兄さん意地悪」

「お前に言われたくはない」


 兄弟ならではの、小さな火花を散らす二人。

 その傍らで、薙瑠は微笑ましくその様子を見ていた。


「本当に仲が良いんですね、お二人は」

「ちょっと気に食わない所もあるけどね」

「それはお互い様だ。

 そんな事より子上、本当に腹が減ってるならこの後何か食べるか?」

「うん、薙瑠殿が良ければ」

「私もご一緒しますよ」

「有り難う。薙瑠殿と食事を共にできて嬉しいよ」

「そう仰っていただけて光栄です、子上様」


 そんな会話をしてから、三人は〈逍遙樹〉のもとから離れていく。

 金烏(たいよう)もちょうど真上に登りつつある時刻。

 彼女の前を歩く二人の背中は、華服(かふく)の刺繍がきらきらと陽光(ひかり)を受けて輝いていることもあり、とても眩しく見えていた。


 (いず)れ消える運命にあったとしても、()時間(せかい)は確かに時を刻んでいる。

 仲間との時間、家族との時間、そして敵国との交渉、戦闘、失われる命──全ての出来事は、決して幻などではなく、確かに在る、現在(いま)の記憶。

 それを、無駄にしたくはない。

 ──否、無駄にしてはならない。

 それが桜の鬼としての役割、ではなく。

 自分が(丶丶丶)望んでいる(丶丶丶丶丶)ことなんだと。

 二人の後ろ姿について行きながら、薙瑠はひとり、内心でそう言い聞かせていたのだった。

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