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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
― 第壱章 ―
6/81

其ノ伍 ── 咲カズノ華ハ桜ヲ求ム (5/11)


 (サクラハ) 咲 花(サンゴク)(ジダイニ) 三国時代(ハナヲ サカス)

 何処(イヅコヨリ) (アラハル)

 (ナンゾ) 咲 花(ハナヲ サカス)

 (マタ) (ソノ) 双眸(ソウボウ)(ナニヲ) (ウツス)


 (アキラカ)(ナルコト) (サクラト)(イフ)〟〈(ハナノ)() ()

 (ソノ)(ハナ)() 能力(チカラ) (ノミ) (ナリ)


【三国時代に、花を咲かせた桜。

 どこから現れたのか。

 何故咲いたのか。

 そしてその瞳には、何が映し出されているのか。


 明らかになっているのは、「桜」という〈華〉の名と。

 その〈華〉が持つ能力(ちから)のみである。】



────────────────



 大広間から出た二人。

 無機質な扉の鈍い開閉音が静まると、しんとした沈黙が訪れた。

 光が扉に遮られるだけでなく、朱色を基調とした建物内は白のような明るい色があまり使われておらず、辺りはより一層薄暗く感じる。

 そんな中、比較的明るい色をしている彼の空色の華服(かふく)は、その暗さの中で目立っていた。

 しかし、それを身につけている当の本人は未だ陰りを含んだ表情を浮かべており、華服の明るさとは対照的だった。


 沈黙の中、子元(しげん)は自身を連れ出した彼女──薙瑠(ちる)に、静かに問うた。


「……俺に気を遣ったのか?」

「迷惑……でしたか?」

「いや……」


 寧ろ助かった、と言葉を紡ごうとしたところで、彼女の瞳が心配そうに揺れているのに気付き、子元は口をつぐむ。

 情けないと思ったのだ。


 自分が〈咲き損ない〉になった際の──殺されかけた過去。

 桜の鬼が現れるということは、再び殺されかける可能があるということ。

 いや、下手したら殺される可能性があるということだ。

 それを分かっていたはずなのに。

 いざその時になると、怖気づいている自分がいた。

 そしてその不安を──彼女に見破られたのだから。


 子元は軽くため息をついた後、小声でぽつりと呟いた。


「俺も……まだまだ、だな」

「そんなこと、ないですよ。殺される可能性があると知っていても、誰だってそう簡単に覚悟はできません。殺される、ということは自分の意思ではないのですから。

 でも……今の子元様の〈(はな)〉は、とても穏やかに眠っています」

「〈華〉が……眠っている……?」

「はい。私には視える(丶丶丶)んです、鬼の中に()る──〈華〉そのものが」


 子元の呟きを聞いた彼女が、静かにそう言った。


 ──視える。


 その言葉にひっかかった。

 しかし、子元がそれを問うよりも早く、彼女は話を進めていく。


「だからあなたには、自分の〈華〉の状況を知ってもらいたいんです。聞いてもらえますか?」


 前髪から覗く、蒼い右目が真っ直ぐとこちらを見ている。

 視えるという言葉が気になっているものの、今はそれには触れずに頷いた。

 子元は朱色の壁に背を預け、腕を組む。

 話を聞く準備は出来た──そう彼女に言っているようだった。

 薙瑠は彼に一言お礼を言ったあと、僅かに間を置いてゆっくりと口を開く。


「まずは、鬼の力の基本的なことについて、簡単にお話します」


 鬼の力──即ち〈華〉には、〈蕾華(らいか)〉、〈開華(かいか)〉、〈散華(さんか)〉と呼ばれる三つの状態がある。


 〈蕾華(らいか)〉とは、鬼の姿になれない状態、即ち鬼の力を扱えない状態にあること。


 〈開華(かいか)〉は、鬼の力を扱える状態のこと。


 そして〈散華(さんか)〉は、鬼の力がなくなった状態のこと。


 鬼は不老で長生きだが、数百年生きれば鬼の力は徐々に弱まっていく。

 そして力が消えて無くなれば、あまり長くは生きられない。

 つまり、〈散華〉は鬼にとって死期が近付いているという合図なのである。


 そんな鬼は皆、必ず〈蕾華〉の状態で生まれてくる。

 幼い体では鬼の力を充分に扱える状態にないからだ。


「それ故……成長することで徐々に〈開華〉の状態になっていく?」

「そうです。自然の花が、時が経過するにつれて開花するのと同じように、身体が成長すると共に鬼の力を扱えるようになる……即ち〈開華〉するのです」


 子元の問いかけに答えると、薙瑠は僅かに目を伏せた。


「ですが稀に、成長しても鬼の力を扱えない場合が……いえ、一般的な鬼よりも〈開華〉が圧倒的に遅い、という場合があります。その原因は、私の知る限り一つだけです。……お分かりでしょう?」


 薙瑠の問いかけに数秒の間を置いたあと、子元はその原因に思い当たる節があったようで、顔を俯ける。

 そして呟くように発した言葉は。



「……受け継いだ力が強力だった……」



 それは、父の強さを認める──そんな意思が込められた言葉。

 あの人は、自分のことなんか認めていない。

 それどころか殺そうとした。

 なのに、自分は父の強さを認めざるを得ない──

 正直なところ。

 屈辱的、だった。


「その通りです。鬼の力を宿す身体が、その力を扱うに相応しい身体にならなければ〈開華〉はしない、という事です。焦らずにいれば自ずと〈開華〉はしました。ですので、全ての要因は焦り。子元様の場合、〈蕾華〉の状態にあるときに、その焦りによって精神的に乱れが生じていたんです」


 俯いたままの子元だが、話を聞いていない訳ではないようで、それに気付いている薙瑠はゆっくりと言葉を紡いでいく。


「鬼の力、即ち〈華〉にも意思があるといっても過言ではありません。なので、あなたの〈華〉がその焦りに応じて、一気に力を開放──つまり〈開華〉した。まだその力を扱うに相応しい身体ではなかったあなたは、それを制御できなかった。これが〈狂華(きょうか)〉、即ち〈(くる)()き〉です」


 〈狂華(きょうか)〉──通称〈(くる)()き〉。

 〈蕾華〉の状態の時に、何らかの原因で力が暴走してしまうこと。

 暴走している間、宿し主に意識はない。

 〈華〉に操られているような状況、と言ってもいいだろう。

 この状態になってしまえば、その〈華〉の宿し主を殺すしかない。

 その方法でしか暴走を抑える術が無いのだ。


 しかし、そんな状況になっても、奇跡的に宿し主が生きていたことがある。

 その一例が彼──子元だ。


「そして、その暴走は第三者によって抑えられた。宿し主の意思とは関係なく力を抑えるということは、〈華〉を枯らす……つまり、鬼の力を使えなくすることと同じなんです」


 子元は黙って彼女の話を聞いていた。

 再び沈黙が訪れる。

 薄暗い廊下は、今の子元の気持ちを代弁するように、沈んだ雰囲気を醸し出していた。


「……つまり、枯れた〈華〉は……二度と、〈開華〉しない……?」


 ぽつり、と子元が呟く。

 その呟きはとても小さく、近くにいる薙瑠ですらようやく聞き取れたくらいだ。

 僅かに俯いているため、前髪で隠れたその表情を見ることはできないが。


 ──否定してほしい。


 そんな彼の意思が込められた呟きだった。

 しかし、薙瑠はそんな彼の意思を汲み取るも、その呟きを否定することはなく。


「……そうですね、自然の花と同じで、〈華〉は枯れたら元には戻りません」


 淡々とそう告げた。

 しかし。


「でも、安心してください」


 薙瑠は子元の元に近寄ると、彼の胸元に軽く右手を添えた。

 子元はその行動に僅かに驚きを覚えるも、その手を払うことなく、彼女の手を見つめる。

 そして薙瑠は、優しく微笑みながら──力強く一言、こう言った。



「ここに()るあなたの〈華〉は……まだ、生きています」



 子元は反射的に俯いていた顔をあげ、薙瑠の顔を見た。

 その視線は、驚いたように薙瑠に注がれている。


 ──あなたはまだ、生きるべき存在だ。


 彼女の言葉には、そんな意味が込められているように聞こえた。

 それは本当なのか? と問いたげな彼の表情を見ながら、薙瑠はふふ、と軽く笑ってから言葉を続ける。


「先程も言いましたが、〈狂い咲き〉の状態を第三者が抑え込めば〈華〉は枯れ、二度と咲かない──鬼の力を使えない状態になってしまいます。これが〈()(ぞこ)ない〉。〈狂い咲き〉のあと、普通なら生きているということはないので、〈咲き損ない〉はかなり稀な状態です。今の子元様はこの状態にあります。

 でもそれは、今まで(丶丶丶)のあなた。今は、私がいます」


 子元の胸に添えてた片手を、今度は彼の頬へと添えた。


「私の持つ力は、〈咲き損ない〉を〈開華〉の状態に戻すことが出来るんです。具体的には、〈狂い咲き〉以前の状態に戻すのですが……今の子元様は、充分〈開華〉出来る状態です。

 だから……そんな不安にならないでください」


 そう言うと薙瑠は嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔に、胸が苦しくなるほど強く締め付けられる。

 自分の不安な気持ちが顔に出ていたらしい。

 しかしそんな不安も、彼女の笑顔によって徐々に薄まった。


「……そう……か」


 左頬に添えられた彼女の手に、自分の手を重ねながら、小声で、しかしはっきりと、子元は言う。


「……そうか、俺にはまだ……生きる資格があるんだな」

「はい。そうでなければ、今ここに私は居ません」


 薙瑠は笑顔で応えた。

 それにつられるようにして、子元にも自然と笑みが浮かぶ。

 薙瑠は彼の頬に添えていた手を下ろすと、扉へ近付いて取っ手を握った。

 そして子元の方を振り返る。

 彼女の顔には、薄暗い廊下に穏やかな光を灯らせるような、暖かさを感じさせる優しい微笑みがあった。


「戻りましょう、皆様を待たせてますから」


 彼女の言葉を合図に子元も扉へと近付き、もう片方の取っ手に手を添えた。


「……そうだな、戻るか」


 そう言うと、二人は同時に左右の取っ手を押した。

 無機質な鈍い音を響かせながら、扉が開いていく。

 同時に光も差し込み、二人を希望の道へと導いているようだった。



 そして同時に。

 物語は時を刻み始めたのだ。

 ──終焉という名の、結末に向けて。

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