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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第伍章 ─
58/81

其ノ伍 ── 花咲クハ徒花散ルル後 (5/15)


 (スナハチ) 短命(タンメイ) (ナリ)

 神 代行(カミ ダイコウ) (タルモノ)必要(ニンゲン ノ) 人間(ヨニ トド)之魄(マルガタメ)為 留(ヒトノハク) 人間之世(ヒツヨウトス)

 (ソノ ハク) 維持イジスルコト 其 魄(アタフルハ)最長(サイチョウ) 五年之(ゴネンノ)月日(ツキヒ) (ナリ)


【謂わば、短命であるということ。

 神相応の力を持つものが、人間(ヒト)の世に留まるために必要な(からだ)を維持できるのは、最長五年程度だった。】


───────────────


(……なんで俺が蜀に来てんだよ……)


 (しょく)の県城・成都(せいと)

 魏国(ぎのくに)子元(しげん)たちが戦準備を進めている頃、仲権(ちゅうけん)は蜀を訪れていた。

 到着するなり、客室とも言うべき一室へと通された彼は、不満げな顔で椅子に座っていた。

 何故なら、彼にとって蜀という国は、最も敵視している国だったから。


仲権(ちゅうけん)殿。

 公嗣(こうし)様の準備が整いましたので、ご案内いたします」


 そんな女官の声が聞こえ。

 仲権は溜息をつきながら椅子から立ち上がる。


 今回は、話をしに来ただけ。

 今はまだ、その時ではない。



 ──親父の仇を取る、その時では。



 ぐっと拳を握りしめて、大きく深呼吸をする。

 そうして気持ちを落ち着けてから、仲権はその部屋を後にした。


 *

 *

 *


「待たせてごめんね、夏侯(かこう)()殿」


 案内された大広間。

 伯約(はくやく)狼莎(ろうさ)など、他にも数人の姿が見られる中、数段の段差の上にある一際豪華な椅子に座るは、幼き子供。

 彼がよく響く透き通った声で、仲権へと話しかける。

 が、仲権は片膝を付いて拱手(きょうしゅ)した態勢のまま、目を丸くするばかりだった。


「ちょっと、聞いてる?」

「あ……大変失礼いたしました。

 夏侯仲権、魏国(ぎのくに)より使者として参りました」


 慌てて(いら)えを返したものの、仲権は内心で唖然としていた。

 蜀国(しょくのくに)を率いる立場に在る者──彼の名は劉禅(りゅうぜん)(あざな)公嗣(こうし)

 その父親は、関羽(かんう)張飛(ちょうひ)と共に蜀を率いていた劉備(りゅうび)である。

 そのことは当然知っていた。

 知らない者はいないだろう。

 だが、齢三十近くの彼がまさか、こんな子供だったとは。


 しかし、それだけではなく。

 驚きにさらなる追い打ちをかけたのは、彼から感じる〝気〟だった。

 間違えるはずもない、鬼である証の気。

 鬼は不老だ。

 鬼である以上、見た目の幼さに納得はできるが、蜀の鬼は、伯約と狼莎、その二名だけだと言われていたはず──


「鬼……で在られたんですね」

「うん、でも戦わないから僕は鬼じゃないってことになってる」

「戦わない……とは?」

「僕争いごとが嫌いだから。

 そういうのは全部姜維や狼莎に任せてるんだ。

 だから僕は鬼として数えなくていいよ。

 ──むしろ数えるな」


 最後の一言に、嫌悪にも強い似た感情を感じて、仲権は思わず息を呑んだ。

 鬼を嫌っているかのような彼の様子は、子供でありながらも権力を握る立場であるが故に、異様な重圧として仲権に重くのしかかる。


「早速本題に入ろう。話っていうのは何?」


 そんな仲権の気を知る由もなく、平然と尋ねてくる劉禅に、仲権は拱手しながら、負けじと真っ直ぐな視線を返す。


「単刀直入に申し上げますが……我ら魏国(ぎのくに)と、休戦協定を結んでいただきたく存じます」

「うん、いいよ」

「有り難きお言葉……は?」


 あっさり過ぎる返答に、再び唖然とする他なく。

 目を丸くして、素っ頓狂な声を出す仲権。


「ははっ、相変わらずだなぁ劉禅様は」


 やりとりを静観していた伯約が笑う。

 隣に居る狼莎も微笑んでおり、辺りには和やかな空気が流れていた。

 しかし劉禅は、笑われたことが気に食わなかったのか、どこかむすっとした顔をする。


「さっきも言ったけど、僕争いごと嫌いだし。

 それが避けられるならなんだっていいよ」

「でも、私たちにとっても、戦いが避けられるなら願ったり叶ったりだね〜」

「そうですな。断る理由がないと言えよう」


 劉禅の言葉に、狼莎と費禕(ひい)も賛同の意を表する。

 こんなにもあっさりと承諾されるとは思っていなかったが、目的を果たせたならば直接赴いた甲斐があったというもの。

 仲権は賛同した狼莎たちにも、拱手をして感謝の意を示す。

 真っ直ぐな瞳で彼女たちを見据える彼にはもうひとつ、大切な役目があった。


「提案をお受けいただき、恐悦至極に存じます。

 実はもうひとつ……狼莎殿に、お伝えしなければならないことがあるのですが」

「私に〜?」

「はい。彼女……薙瑠から、言伝を預かっております」


 薙瑠の名が出たとき、何かを察したらしい狼莎の表情(かお)から笑みが消えた。

 しかし、それは一瞬のことで、彼女の顔には直ぐに微笑みが浮かぶ。

 その笑みは、先程までの明るいものではなく。

 対照的な、悲しい色が含まれているものだった。


「そう……それで、言伝の内容は?」


 言葉を紡ぐ彼女の薄茶色の瞳は、まっすぐと仲権を捉えて離さない。

 だからこそ仲権は、彼女の瞳が切なげに揺れていることに気付いた。

 そしてそれは同時に、自分の考えは当たっていると、推測を確信へと近付ける要素になり得るものだった。


 仲権は一度深呼吸をしてから、彼女から預かった言伝を。

 一言一句、丁寧に伝えていく。



「──〝徒花(あだばな)に、実は()らず。

 生ける徒花、散りて真の花と()る〟……」



 花筏(はないかだ)の如く、流れるように紡がれた言葉。

 沈黙が訪れた空間が、より一層切なげな雰囲気を醸し出していた。


「……気付いたんだね、彼女」


 そんな中、第一声を発したのは、意外にも劉禅だった。


「恐れながら申し上げますが……気付いた、とは?」

「僕たちはね、狼莎から全てを聞いてるんだ。

 この時間(せかい)の事とか、彼女──桜の鬼のこととか。

 だから僕だけじゃなくて、ここにいる姜維や費禕も、恐らくその言葉の意味を正しく理解してるはずだよ」


 そういう劉禅の視線の先には、微笑わずに目を伏せる狼莎と費禕、そして真っ直ぐな瞳で仲権を見る伯約の姿があった。

 伯約と仲権、二人の視線が交わったとき、伯約は真剣な声音で仲権に尋ねる。


「お前は、あの言伝に……どんな意味が込められていると思う?」


 彼の問いかけに、仲権は言伝を聞いた瞬間のことを思い出していた。


 徒花(あだばな)、其れ即ち「無駄」を意味する言葉。

 一方で、仲権は、彼女が自分のことを徒花と言う言葉に置き換えているような、そんな予感がしていた。

 つまり。


 成果を残さなければ、無駄でしかなく。

 桜の花は、生きているだけでは無駄な存在。

 でもそれは、散ることで初めて意味を成す──


 彼女はそう言っているように聞こえていたのだった。


「徒花は……桜の花」


 ぽつりと、仲権は自分の考えを口にした。

 そのたった一言で、伯約は仲権の考えていることを見抜き、頷いた。


「そうだ。お前の考えは間違ってない。

 それこそが、彼女に……桜薙瑠に課せられた、死生有命(しせいゆうめい)の役割だ」


 己の考えを肯定され、仲権は眉根を寄せた。

 表情一つ変えずに、淡々と言葉を紡ぐ伯約の態度が気に入らなかったのだ。


「俺は何も知らない。知らない……けど。

 生きるだけでは無駄とか……そんなのおかしいだろ。

 なのに、お前らはそれを知っていながら……否定しなかったのか?」

「だから、死生有命って言っただろ。

 如何(どう)にもできないんだよ」

「違う。そうじゃない。

 生きてることも無駄じゃないって……そう寄り添ってやることはしなかったのかって聞いてんだよ」

「……できなかったんだ」


 仲権の言葉に応えたのは、先程まで視線を伏せていた狼莎だった。

 薄茶の瞳は真っ直ぐに仲権を捉えているものの、その顔はどこか苦しげで、言葉を紡ぐその声にも力はなかった。


「薙瑠ちゃんに、今の役割を背負わせてしまったのは……私のせいだから。

 私には、寄り添う資格なんて、ない」

「そもそも、だ。俺たちの居る場所は蜀国(ここ)で、桜薙瑠は魏国(そっち)

 どんなに状況を理解していても、国が違えば敵なんだ。

 寄り添える状況にあるわけないだろ」


 背負わせてしまった、という狼莎の言葉が気になったものの、彼女に継ぐ伯約の言葉は最もだった。

 今となっては、とは言え、つい先程休戦の申し出を受け入れたばかりの状況の中、彼らが彼女を支えることなどできるはずもない。

 確かにその通りではあるのだが。


「けど、このままじゃ、死生有命の役割ってやつを全うする前に……あいつ自身が、壊れてしまいそうな気がする」


 仲権はそんな言葉を漏らした。

 どんなに強くても、いくら伝説と謳われていても、精神的な脆さは実力に比例しない。

 言伝を預かったときの彼女から、仲権は直感的に、ある種の弱さを感じ取っていた。

 そんな彼の言葉に、伯約は何かを思い当たったらしい。

 仲権を見据えていた翡翠色の瞳を僅かに伏せて、考え込む素振りを見せた。


「なぁ……狼莎。俺、思ったんだけどさ」

「うん……どうしたの?」

薙瑠(あいつ)のためが駄目なら……自分のために動けばいいんじゃないか?」

「……!」


 伯約の言わんとしていることをすぐに察した狼莎は、僅かに目を丸くする。

 劉禅と費禕も、彼の意図は理解できたらしい。


「そっか、そういう考え方もできるんだね」

「しかし……それは少々強引だろう……」

「そうかもしれない。だが……何もしないより、多少強引でも、あいつの負担を減らせるなら、壊れることを防げるなら、絶対にそのほうがいい。

 それに今なら、魏とは休戦協定を結んでるんだ、行動範囲は広がったって言えるんじゃないか」

「行動範囲ってお前……一体何をする気だよ」


 唯一、伯約の意図を理解できず、警戒心を顕にする仲権を見て、伯約は口角を上げる。

 しかし仲権に対しては何も言うことなく、

伯約はそのまま、劉禅に向かって拱手(きょうしゅ)の姿勢を取った。


「劉禅様、恐れながら申し上げたき義がございます」


 そうして紡がれた伯約の提案は、仲権はもとより、意図を理解していた狼莎たちにとっても、思いもよらぬものだった。

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