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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第伍章 ─
56/81

其ノ参 ── 歪ナ宝石、望マザル路 (3/15)

 数多(アマタナル) 御霊(ミタマハ) 消滅(ショウメツス)

 人間之(ヒトノ)世界(セカイ) (ナオ) (オオキ) (ナリ)

 (アオツバメ) 蒼燕之(ノミタマヲ) 御霊(マモリテ) 而、(マコトノ) 真之(セカイヘト) 時間(モドス)

 (ソレ) 役割(サクラノ) 桜之(オニノ) (ヤクハリ) (ナリ)


【消えゆく御霊の方が圧倒的に多いのが常。

 人間(ヒト)の世となれば、尚更のこと。

 故に、蒼燕の御霊を消滅させないよう護り、在るべき時間(せかい)に戻すこと。

 それが、桜の鬼が背負いし役割だった。】


──────────


「なんだか久々ね、戦なんて」

「休戦中のような状態だったしな」


 澄み渡る青き空に、映えるは妖しく輝く桜樹(おうじゅ)

 その下で言の葉を交わしているのは、白銀(しろがね)(さぎ)と、漆黒(しっこく)(からす)だった。


「氷牙の正確な位置も再確認できたし、救出自体はそんなに手間どんないと思うが、問題は呉国(あいつら)がどう出るか……だな」

「でもどんな出方であれ、いつまで経っても慣れないものね。

 人間(ヒト)相手に戦うってのは……」

「とか言いながらいっつも容赦ねーのがあんたのいいところだよな」

「貶してるの?」

「褒めてんだよ」


 のんびりと会話する神流(かんな)(からす)のもとに、青瑪瑙(あおめのう)のような髪を靡かせながら、小走りでやって来たのは。


「お待たせしてすみません、神流様、鴉様」

「全然待ってないわよ、薙瑠(ちる)ちゃん」

「俺たちも丁度来たところだしな」


 駆け寄る薙瑠に二人が優しく微笑むと、彼女もつられるように笑みを浮かべる。


「私たちに聞きたいことがあるって言ってたけど、それって私たち二人だけで大丈夫なの?」

「構いません。また姫様のお話を聞かせていただけたら……と思っただけなので」

「そういうことか、だったら神流が専門だな」

「そうね、任せなさい」


 自分の胸元をトンと叩いて誇らしげな顔をする神流を見て、薙瑠はくすりと小さく笑う。

 彼女の顔には、確かに笑みが浮かんでいるのだが。

 その笑みには、どこか悲しそうな、苦しそうな、そんな感情が見え隠れしていることを、神流は敏感に感じ取っていた。

 そしてそれは、鴉も同じだった。

 しかし二人はそのことには一切触れずに──否、敢えて触れないようにして、彼女に本題を促す。


「姫様のことなら何でも話すわよ。何が聞きたい?」

「姫様は……嘘をつかれるお方なのですか?」


 予想だにしていない質問だったのか、神流も鴉も、僅かに驚いたような表情になる。

 

「嘘……か。それは難しい質問ね。

 嘘をつくのは良くないことかもしれないけれど、時には必要な嘘もあると思うから。

 だから姫様も当然、嘘をついたことがない、なんてことはないと思うわ」

「けど、なんでそんな事が気になったんだ?」


 鴉の最もな質問に、薙瑠は僅かに視線を伏せて口を開くも。


「いえ……少しだけ、気になることがあったので」


 彼女の口から紡がれたのは、そんな曖昧な答えだった。


「気になること……って?」

「……蒼燕(あおつばめ)、のことです」


 わずかな間を挟んで紡がれたその名前をきっかけに、神流も鴉も、同時に春華から聞いた話を思い出す。


「蒼燕と言えば、私たちも気になることがあるのよね」

「子元が幼い頃に会ったっていう、蒼燕という名前の少女のことだろ?」

「そう」


 二人が、蒼燕の存在を気にしていた理由(わけ)

 蒼燕の存在を知っているのは本来、薙瑠を含む〈六華將〉のみで。

 故にその存在自体を、彼ら以外の、ましてや普通の(丶丶丶)人間が知れるはずがない。

 さらに言えば、それはモノを依代として護られている存在のはずだったから。


「偶然……じゃないわよね」

「仮にそこに〝視える〟人間がいたとしても、名前まで知り得る方法はないはずだ。

 御霊の声が聞こえる場合もあるだろうが、蒼燕には声を伝えられるほどの力は残ってないだろうしな」

「だから考えられるとすれば……御霊の依代がその少女に変わってしまったとしか……依代になれば、少なからず記憶が引き継がれるって聞くし……そんなこと、あってほしくないけど」

「けどおかしくないか? 薙瑠を桜の鬼として迎えたとき、姫様は蒼燕の依代は変わらず(丶丶丶丶)在る(丶丶)って仰ってただろ。

 その少女が依代になってるなら、そのときに姫様はそう仰る──……」


 不自然に途切れた鴉の言葉。

 何かに気付いたのか、鴉は「まさか」と呟きながら、神流とのやりとりを静かに聞いていた薙瑠を見遣る。

 そんな鴉の紅き瞳に映り込んだのは、哀しそうに微笑(わら)う薙瑠の姿だった。

 そんな彼女を見て、神流も鴉の考えていること、そして薙瑠が言わんとしていることを理解したようで。

 白銀の髪の間から覗く彼女の漆黒の双眸は、何処か不安そうに薙瑠を映す。


「姫様は嘘をつくのかっていう問いかけ……あなたは蒼燕の依代が、その少女に変わっているという確信を持っているということなの?」


 神流の問いかけに、薙瑠は小さく微笑んだだけだった。

 その視線はすぐに地へと落とされ、俯き気味の微笑みには僅かに陰りが浮かぶ。


「蒼燕の御霊は、姫様が仰っていた場所……もともと依代だった場所には、もう()りません。

 それはお二人が考えるように、視えていた少女が、蒼燕の依代になってしまったから」


 絞り出すような、しかしながら芯のある声音で、ゆっくりと紡がれていく言の葉。


「その憶測に、確信を持てるのは」


 ざわりと、桜の樹が揺れる。

 僅かな静寂の時を越え、再び舞った言の葉は。


「私こそが、蒼燕の依代となってしまった少女だった、からです」

「……え」

「……は?」


 二人を絶句させるものだった。

 それは、彼女たちが慕い仕える木花咲耶(コノハナサクヤ)の言葉が、嘘だと認めざるを得ない事実であること以上に。

 依代は(丶丶丶)モノで(丶丶丶)あるべき(丶丶丶丶)──その事実が崩れ去ったことのほうが、問題だった。


「……ちょっと待って、どういうことよ」

「言葉通りの意味です。この時間(せかい)を創り出した元凶でもある蒼燕は、今や私の中に()るんです」

「間違いないのか、それは」

「経験した本人しか知り得ない、蒼燕を宿した瞬間の記憶が……あるので。

 それにこの姿。私の人間(ヒト)の姿は、蒼燕の影響を強く受けているんです」


 薙瑠は視線を地に落としたまま、力のない声で、己の知る限りのことを伝えていく。


「私は幼い頃の……人間(ヒト)だった頃の、自分の本当の名前を知らない。

 名前で呼ばれた記憶がないから、名前なんてあったのかどうかすら分からない。

 けれど、ある時……〝蒼燕〟という名前を知った。

 名も無き私が、唯一知れた、自分の名前に値するもの、だったんです。

 だから幼い頃、私は〝蒼燕〟が自分の名前であるかのように……思い込んだ」


 僅かな静寂。

 地を映す彼女の視界に入り込むは、妖しい輝きを放ちながら舞う、桜の花弁(はなびら)

 ふと、何気なく手を出せば。

 はらはらと舞う桜の欠片(カケラ)は、自然と手の上にも落ちてくる。

 己の手の上で、仄かに光る桜の花弁(はなびら)

 その存在が、とても残酷なものに見えて。

 彼女は手の内の花弁(はなびら)を、まるで捨てるかの如く、手を翻して地に落とす。

 しかし、地に落つ前に、桜の欠片(カケラ)は宙にて消える。


「でも、違った。色んなことを把握した今だからこそ、気付けたんです。

 その名は、私を依代とする別の存在の名前であり、この姿が……その存在の影響を受けているということに」


 薙瑠の話を、神流と鴉は黙って聞いていた。

 ──否。

 言葉が見つからなかったのだろう。

 驚きと困惑が混ざっているかのような、そんな眼差しで、二人は彼女を見つめていた。


「蒼燕が内に在るが故に、私はこの髪色と瞳を授かった。

 青い右目は蒼燕、桃色の左目は、姫様から授かった、桜の鬼の証。

 そして、人間(ヒト)の姿は蒼燕の姿、鬼の姿は桜の鬼としての姿。

 どちらも〝与えられた姿〟であって……〝本当の私の姿〟なんて、どこにもない。

 人間として生まれた時に与えられたはずの……名前もない。

 そんな……曖昧で、偽りだらけの存在なんです、私は」


 そう言う彼女は、自嘲するような笑みを浮かべて、左眼を隠すために伸ばしている長い前髪を、くしゃりと掴む。

 その行為がまるで、自分という存在を傷め付けているかのようにも見えて。

 神流は思わず、制止するように彼女の腕を掴んだ。


「違う、あなたは偽りだらけの存在なんかじゃ……」

「それで、いいんです」


 神流の言葉を遮るように、凛と響く薙瑠の聲。

 彼女の気持ちを知ってか知らずか、桜の樹がざわりと揺れる。

 薙瑠は神流の手を振り払うようなことはしなかったが、代わりに俯き気味の顔を上げて。

 何処か辛そうに揺れる瞳で、真っ直ぐと神流の姿を捉えていた。


「理由が何であれ、私という存在が必要とされた。

 私でも、役に立てることがある。

 それが嬉しかったから、私は姫様に従うと、ついていくと決めたんです。

 ただ……その(みち)が、私も、姫様も、望んではいない形だっただけ……」


 神流も、そして鴉も、彼女の言葉を聞いていることしかできなかった。

 薙瑠は己の左腕を掴んでいる神流の手を、右手でそっと、離すように促す。


「姫様が、私が依代となっていることに気付かないはずがありません。

 恐らく依代が私になった瞬間から、その事実に気付いていたはずです。

 にも関わらず、〈六華將(私たち)〉には蒼燕が私の中に在るとは伝えなかった……いえ、()えなかった、のだと思います」


 微風(そよかぜ)に吹かれ、桜が揺れる音だけが響く、静寂の時。

 依代が、モノからヒトへと変わってしまったこと。

 それを知った瞬間から、彼女──木花咲耶(コノハナサクヤ)はきっと、決断していたはずだ。

 例え望んでいた形ではなくとも、それを利用することを選んだのだ。


 でも、彼女は優しかった。

 優しいが故に──云えなかった。


「〈逍遙樹〉の結界と蒼燕の依代を、神霊を通じて見守っていた狼莎(ろうさ)様は、私が依代になった頃から、その事実にお気づきだったと思います。

 そして皆さまも現在(いま)、理解していただけた……のではないでしょうか」


 さざめく桜の音にかき消されてしまいそうなくらい、か細い声で話す薙瑠。

 神流も、そして鴉も、不安そうな、そしてどこか心配そうな、そんな感情が入り混じる瞳で、彼女の姿を映し出していた。

 そんな二人の視線から、逃れたいと思ったようで。


「そんな表情(かお)をさせてしまい、申し訳ございません。

 お時間をいただき……ありがとうございました」


 微笑んで丁寧に一礼したあと、薙瑠は二人の返答も待たずに、踵を返してその場を去っていく。

 そんな彼女の後ろ姿は、動きに合わせて揺れる髪や華服(かふく)の綺麗な青さが相まって、とても哀しげだった。


 静寂の時間(とき)の中、ざわりと揺れる桜の樹。

 彼女の後ろ姿を背景に、舞い散る数多(あまた)花弁(はなびら)

 その一片(ひとひら)一片(ひとひら)には、優しさ、温かさ、安心感、そして悲しみ、困惑、不安、心配。

 それぞれの感情が幾重にも重なりながら、舞っているようだった。


 そんな感情の桜吹雪と共に、二人は暫くの間、薙瑠の小さくなる姿を、静かに瞳に映していた。

 少しの時間(とき)が経ち、桜の木の上からバサバサと羽ばたきの音が響く。

 一羽の烏──鴉斗(あと)が〈逍遙樹〉から飛び立つのを見上げながら、鴉こと紗鴉那(しゃあな)は、ぽつりと呟く。


「……なあ、神流」

「……何よ」

「蒼燕があいつの中にいるなら……どうやって〝解放〟するんだよ」


 それは神流も気にしていた、最も聞きたくて、最も聞きたくない、矛盾する思いを含んだ問いかけだった。


「……それは」

「心当たりはあるが……あたしはそんなこと信じねーからな」


 どこか腹立たしそうな顔をしながら、紗鴉那も足早にその場から去ってゆく。

 信じない。信じたくない。

 それは神流も同じ想いだった。

 

 二人が去っても、変わらず花舞う桜の樹──〈逍遙樹〉を、神流は静かに見上げる。

 分御霊(わけみたま)(いえど)も、この樹は姫様の依代の一種。

 その存在に縋るように。

 神流は樹に歩み寄り、その幹に手を添えた。


「……姫様」


 届いているのかどうかは分からない。

 分からなくても。


「何か……何か他に、方法はないのですか……?」


 そう願わずにはいられなかった。

 しかし、薙瑠が口にした「望まない形だった」という言葉。

 それが全ての答えを言い表しているものであることを実感して、神流は幹に添えた手を、静かに握りしめたのだった。

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