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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
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番外篇 ── 翡翠ノ華


「〈華〉の色? それがどうしたんだ?」

薙瑠(ちる)ちゃんから聞いたんだけどね、あなたの〈華〉の色って、翡翠(ヒスイ)色をしてるんだって〜」


 商人や民たちの賑やかな声に包まれる、蜀国(しょくのくに)の都・成都(せいと)

 都城内を見回っている伯約はくやく狼莎(ろうさ)は、桜の鬼・薙瑠にしか視えないという、鬼の〈華〉の話をしていた。


「お前、桜と会ったのはあの戦以来だろ? いつの間にそんな話聞いたんだよ」

「〈六華將(ろっかしょう)〉にはやり取りできる手段がいくつかあるからね〜。

 私の〈神霊(しんれい)〉だってその一つだよ〜」


 そう言いながら狼莎は「(レイ)」、と呟く。

 するとどこからともなく黒い鳥──(カラス)が飛来し、狼莎の腕に留まった。


「れい……って、その烏の名前か?」

「そうだよ〜、黒いから、黎明の黎、って名付けたんだ〜」

「……そのままじゃねぇか」

「そのままのほうが分かりやすいじゃない〜」


 腕に留まる烏の頭を、優しく撫でる狼莎。

 烏も気持ちよさそうにその身を委ねている。


「で……その烏が桜のところまで飛んで?

 情報を共有してると?」

「そう〜いつ飛ばしてるかは内緒だけど〜」

「別に知ったところで何もしねぇよ。

 ほんと用心深いな〈六華將(お前ら)〉は」

「……何時(いつ)何処(どこ)で敵に知られるかなんて、分からないから」


 狼莎の纏う空気が僅かに変わった。

 彼女はたまに、人柄や空気感ががらりと変わることがある。

 普段の穏やかさなど微塵も感じさせない、緊張感のある空気。

 伯約でさえ、彼女の変化を垣間見ただけでも、僅かながら恐れを抱くほどだった。


「……お前、突然そういう空気出すのやめてくれないか」

「え〜何を今更〜」

「いつも言ってるだろ、急に変わると心臓に悪いんだよ」

「恐いの〜?」

「恐い。恐いって認めるから、都城(とじょう)内にいる時くらいいつものお前で居てくれ」

「分かったよ〜」


 くすくすと笑う狼莎は、腕に留まっていた烏の黎を空へと放ってやる。

 一方で伯約は、一瞬とは言え息が詰まった空気から解放され、安堵の息を吐いた。


「ところで……俺の〈華〉の話はどうしたんだ」

「あ〜特に意味は無いんだけど〜」

「はぁ……? だったら何でそんな話をしたんだよ……」

「それはね〜あれが目に入ったからかな〜」


 そう言いながら狼莎が向かったのは、すぐ近くにあった装飾品が売られる場所。

 彼女に続き、伯約もその露店へ近付く。


 成都に限らず、各国の都城内では、武器以外にも装飾品の類が造られており、それを売ることで生計を立てている商人がいる。

 故に都城内ではあちらこちらで、様々な装飾品が売られているのだ。


 見回りついでに、装飾品が売られる露店に寄る二人。

 台の上には、千紫万紅(せんしばんこう)の如く、様々な装飾品が並んでおり、中でも翡翠のような緑色をした装飾品が多くあった。


「ああ……翡翠って確か、(ギョク)とも呼ばれるものだったよな」

「そうだよ〜、これを見て薙瑠ちゃんから聞いた〈華〉の話を思い出したんだ〜」

「これはこれは、伯約様、狼莎様……このようなところに何用で?」


 二人の姿を見るなり、商人が僅かに緊張感を持って拱手した。

 畏まらなくていい、という伯約の言葉に商人は安堵したようで、顔には僅かに笑みが浮かぶ。


「気になるものがあるようでしたら、お手にお取りになっても問題ないですよ」

「そう〜? じゃあ遠慮なく〜」


 そう言って、狼莎は翡翠色をした腕輪を手に取った。

 白く濁った、然して自然な輝きを持つ腕輪。


「きれいね〜」

「そうか? それよりもこっちの方が綺麗だろ」


 そう言って伯約が手にしたのは首飾り。

 楕円形に加工された石は、狼莎が持つ腕輪よりも、宝石の如く透き通る輝きを放っていた。


「それも翡翠なの〜?」

「ええ、そちらも同じ翡翠でございます。

 同じ鉱石でも、自然から生まれる姿は千差万別なのですよ」


 商人が何処か楽しそうに問いかけに応えると、狼莎は興味深そうに「へぇ〜」と関心の声を漏らす。

 一方で、伯約はこういった類のものにはあまり興味がないらしい。


「女はほんと好きだよな、こういう綺麗なもの」

「私は装飾品が、というよりは、鉱石の話に興味があるの〜、鬼は自然と共存するべき存在でもあるから〜」


 鬼は自然と共存するべき。

 それは鬼にまつわる話をするとき、狼莎が度々言う言葉だった。

 恐らく、そこには狼莎なりの願いが込められているのだと、伯約はそう捉えていた。


 首飾りを手にしつつも、それを興味なさそうに眺めている伯約を横目で見ながら、狼莎は何かを思い当たったらしい。

 腕輪に金烏(たいよう)の光が当たるよう、上へとかざしながら狼莎は微笑(わら)う。


「それに、薙瑠ちゃんも鉱石の類が好きだって聞いたから、何かあげようかな〜って」

「……そうなのか」


 薙瑠の名前を出すと、僅かながらも伯約の反応が変わった。

 それを見逃さなかった狼莎は、まるで背中を押すかのように言葉を続ける。


「薙瑠ちゃんが云う、あなたの〈華〉の翡翠色。

 それはきっと、この白濁した翡翠じゃなくて、今あなたが手にする翡翠に近いと思うよ〜」

「なんでそう思うんだ?」

「薙瑠ちゃんはあなたの〈華〉のことを、透き通っている、綺麗な翡翠の宝石だったって、そう言ってたから〜。

 白く濁った翡翠だったら、透き通るなんて表現は使わないでしょ〜」


 その言葉を聞いて、伯約は僅かに目を丸くしながら狼莎を見遣る。

 しかしその視線は直ぐに、手の内ある首飾りへと落とされた。

 その瞳は、先程までの興味なさ気なものではなく、僅かに真剣さが加わり、手にしているものを見ては、時偶(ときたま)並べられている別の装飾品を見遣り、何かを選ぼうとしているようだった。


 そんな伯約の変化を、狼莎が微笑みながら見守っていると、彼はとある装飾品を手にして、じっと見つめ始めた。


「それにするの?」

「……そうだな……って、なんで俺がこれを買うって思ったんだお前は」

「え〜? だって薙瑠ちゃんに贈ろうとしてるんじゃないの〜?」

「いや……だから……なんでそこまで分かってんだよ……」

「伊達にあなたと長く過ごしてないから〜そのくらい分かるよ〜。

 それに、余談だけど、翡翠って霊的な力を高める効能がある鉱石だって聞いたことがあるから、そういう意味では鬼に相応しい鉱石の一つかもね〜」


 見抜かれたことが悔しいのか、伯約は僅かに眉根を寄せながらも、手にしている装飾品を、代金を払って商人から購入した。


「ありがとうございましたー」という商人の声を背に、二人は再び都城内の見回りを再開する。


「薙瑠ちゃんが〝敵〟ってこと、忘れてない〜?」

「忘れて……ない」

「ほんとに〜?」

「わ、忘れてねぇよ。それを承知で買った」

「じゃあどうやって渡す気〜?」

「…………そうだよなぁ」


 ゆったりと、整備された都城の(みち)を歩きながら、伯約は購入した装飾品──小さな翡翠が輝く指輪を、上へと掲げる。

 金烏(たいよう)陽光(ひかり)を受けて輝くその石は、僅かに角度を変えるだけで、様々な輝きを見せた。

 薙瑠が見たという自分の〈華〉も、こんな感じだったのだろうか──そんな想像をしながら、伯約はどこか楽しそうに微笑む。


 そしてふと、掲げる指輪の向こう側に広がる、雲一つない空を気持ちよさそうに横切る鳥の姿が目に入ったらしい。

 それを見た伯約は、ある事を思い立って狼莎を振り返ったが。


「黎に頼むのは禁止だからね〜」

「なんで俺の思ってたことを即座に当てるんだお前は……」

「だから伊達に一緒に居ないって言ったじゃない〜」

「それは聞いた。そこまで俺のこと分かってんなら、もう少し知恵を貸してくれてもいいだろ」

「そうだね〜どうしようかな〜」


 面白そうに微笑う狼莎の隣で、伯約はむすっとした表情をしていた。

 渡せるかどうかも分からない、翡翠の指輪に視線を戻せば、思い出されるのは彼女の姿。

 伯約は、漢中(かんちゅう)での戦で初めて会った時以来、彼女の存在が何となく気になっていた。

 それはもちろん、〈六華將〉に協力する立場にある、というのも理由の一つであろうが、それとは別の、胸の内に確かにある、僅かな淡い想い。

 伯約はその感情の正体に気付いていたが、必要のない感情(もの)だとして、今まで見てみぬふりをしていたのだった。


 故に、その感情と向き合う機会を作るためにも。

 いつか渡せる機会があると信じて。


 そんな小さな願いを込めて、伯約は懐から取り出した首掛けの麻袋へ、翡翠の指輪をしまったのだった。

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