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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
52/81

其ノ拾伍 ── 紅玉ノ瞳ト白銀ノ身体 (15/15)

 時を僅かに遡り、子元(しげん)子桓(しかん)と共に(ぎょう)へと向かっていた時のこと。

 同刻、呉国(ごのくに)建業(けんぎょう)

 県城の中心付近、城を囲む城壁の、四方に建つ角楼(かくろう)の屋根に、一羽の(カラス)が佇んでいた。


 空は水色から灰色に染まりつつあり、そのうち雨が降り出すのではないかという状況だったが、県城内は相変わらず賑やかで、多くの人の姿があちらこちらに見える。

 そんな城内の様子を、しばらくの間眺めたあと。

 烏は静かに飛び立った。

 降り立ったのは、とある建物の周辺に植えられた木の上。

 その位置からは、ちょうど窓を介して中の様子を伺うことが可能だった。


(以前と同じ場所のまま、だな)


 中の様子を見て、烏──紗鴉那(しゃあな)は、内心でそう呟く。

 その窓の向こうには、横たわる氷牙(ひょうが)の姿があった。


 紗鴉那(しゃあな)建業(ここ)に忍び込むのは、今回で二回目。

 前回は氷牙と連絡が取れなくなった際に、神流(かんな)と手分けして県城内外で情報収集をしたときだ。

 その時既に、紗鴉那は氷牙の居場所を突き止めていた。

 故に万が一、呉国がその事に勘付いていたら、氷牙の居場所を変えられている可能性もあったのだ。

 居場所が変わっていないということは、恐らくまだ気付かれていないということだ。


(さて……と、やるか)


 事は迅速に済ますべし。

 烏の姿になっているとは言え、素早く(こな)すに越したことはない。


『氷牙。聴こえるか?』


 紗鴉那は念話を用いて、方形の幾何学模様の窓枠の向こう、氷牙に向かって話し掛ける。

 彼女は窓側に背を向けているため、直接烏の姿を確認することはできない。

 しかし、彼女は気配の察知に長けている。

 それは対象が、どの方向にどれくらいの距離にいるかに至るまでを、一瞬で察知できるほどだ。

 故に氷牙は、話し掛ける前から既に、紗鴉那の存在に気付いていただろう。


『聴こえてたら、一度でいい。

 小さく頷いてくれないか』


 するとすぐに、白に近い水色の髪を纏った頭が、小さく頷いた。

 その様子を瞳に捉えた紗鴉那は、すかさず話を続けていく。


『そのうちお前を助けに来るつもりだ。

 こっちの準備が整ったら、あたしから念話で合図を送る。

 その合図に合わせて、お前は抜け出す準備を整えてくれ。

 お前のことだ、やろうと思えば──簡単に抜け出せるだろう?』


 そんな紗鴉那の問いかけに、氷牙の頭が再び動く。

 何故今まで動かなかったのか。

 それは、姿を消せる鬼・(りょ)子明(しめい)を警戒していたからだ。

 如何(いか)なる時に、如何(いか)なる場所で見張られているのか、どんなに察知に長けていようとも、姿を消されていれば彼から逃れるのは至難の業──そう判断したからだろう。


『安心してくれ、こっちに来るときは薙瑠(ちる)にも同行してもらう。

 自らの存在を隠せて、尚且つ〝視える眼〟を持つあいつ以外に、適任な奴は存在しないからな』


 そんな紗鴉那の言葉に、氷牙は薙瑠の姿を、初めて会った時に見た、柔らかく笑う彼女の姿を思い浮かべていた。

 自分が取った行動は、一度は彼女を危険に晒すことになったものの。

 結果としては、守ることが出来ていたのだと。

 彼女がここに来るということは、〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉が無事であり、彼女が桜の鬼として問題なく力を扱えているということの証明に他ならず。

 氷牙は内心で、小さく微笑ったのだった。


 その表情は、紗鴉那からは見えてはいないものの。

 横わる小さな背中から、何処となく安堵している様子が伝わったらしい。

 つられるようにして、紗鴉那も微笑った。


『これで伝えるべきことは全て伝えた。

 また待たせる事になるが……もう少しの辛抱だ』


 言葉を続けていた紗鴉那は、一転して真剣な眼差しで氷牙を見つめ。


『あんたはあたし達の元に──いや、薙瑠の元に帰るべき存在だから。

 何があろうと必ず、あんたを連れ戻す』


 そう伝えると、烏の姿をした紗鴉那は、静かに空へと飛び立った。

 念話からも伝わってきた、確かな決意。

 氷牙は後ろ背に彼女の気配が遠のいて行くのを感じながら、蒼玉色の瞳を静かに閉じる。


 ──帰るべき、存在。


 それは、〈六華將(ろっかしょう)〉という立ち場だからこその言葉で。

 決して自分自身という存在に向けられた言葉ではない。

 そんなことは百も承知だが。

 きっと彼女は、こう言うのだ。


 立ち場とか関係なく、あなたを待っています──と。


 我ながら都合のいい妄想だと思う反面、確信もあった。

 それくらい、彼女は優しくて、純粋で──そして脆い。

 だから、どんな形でもいい。

 自分には帰るべき場所があって。

 その場所が、彼女の元であると言うのなら。

 どんな手を使ってでも。



 必ず──生きて戻る。



 そんな決意とともに、閉じていた氷牙の瞳が、ゆっくりと開かれる。

 蒼玉のような青色の双眸は。

 禍々しき紅玉色に変わっていた。


────────────────


 被 刻(ハクトウ)白蛇之(ノ サヤニ)紋様(キザマラル)白刀之(ハクジャ ノ)(モンヨウ)

 (ソレ) 示 賜(ヒイラギノ) (セイ)之姓(タマハル) 所以(ユエンヲ シメス) (ナリ)


【白き刀の鞘に刻まれた、白蛇の紋様。

 それこそが、彼女が柊の姓を賜った所以を示すものだった。】

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