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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
51/81

其ノ拾肆 ── 内ニ秘メラレシ紅ノ焔 (14/15)


 (ソウ) 草木(モク モヤス)(ホムラ)

 (ホムラ) (ツクリシ) (カタナ)

 (カタナヲ) (モッテ) (ツルヲ) (キリシ) (トキ)華鳥(カチョウ) (カイホウ) 解放(セラル) (ナリ)


【草木を燃やす(ほのお)

 焔を創り出す刀。

 刀を以て蔓を斬れば、

 華鳥が解放されるだろう。】


───────────────


「あの……ひとつだけ、聞きたいことがあるのですが」

「なんだ?」


 翌日の(あさ)

 子元(しげん)洛陽(らくよう)へ帰省する前に、子桓(しかん)の部屋を訪れていた。

 立ちながら窓の外を眺めている子桓の背に向かって、子元は言いづらそうに口を開く。


「……私が〈(くる)()き〉に陥った時のこと、なんですが」

「……ああ」


 何となく気まずい話題ではあったが。

 色々話を聞いた中で、ふと浮かんだ疑問があり、それをどうしても確かめておきたかったのだ。


「なんだ、言ってみろ」


 振り返りながら子元を見つめるその瞳は、笑みこそ浮かんではいなかったものの、柔らかい視線だった。

 それに小さく安堵すると、子元はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あなたは……ご存知だったのですか?

 同じ力を持つ者同士なら……力の受け渡しができるということを。

 だからあの時、父上に私を殺せと言った……のではないですか」

「……」


 子元の問いに、子桓はすぐには答えず、静かに子元を見つめる。

 真っ直ぐと己を見る子元の視線からは、あの時の──子桓が〝役立たず〟の烙印を押した時の彼とは違い、強かに咲く〈華〉の存在を感じ取ることができて。

 その変化に子桓は何処か嬉しそうに、小さく微笑った。


「……ああ、そうだな。お前の言う通りだ」


 柔らかい笑みと共に紡がれた言葉に、子元は目を丸くしていた。

 自分から問うたとはいえ、まさか子桓に限ってそんな事はないだろうと、心の何処かで諦めにも似た感情を持っていたのだ。

 しかし、実際は。

 彼は自分を殺そうとしたのではなく。


 ──助けるために、殺せと命じていた。


 その事実が分かっただけでも、子元の彼に対する印象は、大きく変化した。


「自分から聞いといて、何をそんなに驚いてんだ?」


 驚いた表情のまま、無言でいる子元を怪訝に思ったのか、子桓は眉根を寄せている。


「い、いえ、その……」

「俺がお前を助けようとしていた。

 その事実がそんなに意外だったのか」

「…………はい」

「ったく、お前は俺を何だと思ってたんだ?

 ……まあ、あんなことを言ったんだ、そう感じるのも無理はない」


 腕を組み、窓枠部分に背を預けて、再び窓の外へと視線を移した子桓。

 そんな彼は、当時を思い出すかのように穏やかな表情(かお)をしていた。


「我が父が知っていた。

 それを俺が、予備知識として持っていたのが……あの時に役立った。

 ただそれだけのことだ」


 ただ、それだけ。

 彼にとってはそうなのかもしれない。

 しかし、それは子元にとって、とても重要で、大切なことで。


「…………子桓様」


 気付いたときには、彼の名を呼んでいた。

 急に名を呼ばれ、子桓は半ば驚いたように子元へと視線を移す。


「……なんだ」

「ありがとうございます」


 自然と紡がれた、感謝の言葉。

 柔らかい笑みを浮かべながら述べられた子元の言葉に、今度は子桓が目を丸くする。

 照れ隠しなのか、子桓はすぐに視線を逸した。


「……やめろ、礼なんかいらん。

 それに俺は、聞いたことをもとに命じた──……」


 不自然に途切れた言葉。

 そして僅かな間を開けて。

 穏やかだった子桓の表情は一転して、険しくなり、半ば苛ついたように舌打ちをした。


「この俺も利用されていたに過ぎないってか」


 低い声で、聞き取れないくらい小さな声でそう呟いた。

 が、子元はそれをしっかりと聞き取っていた。


「……利用されていた?」

「ああそうだ。桜の鬼に、な」

「どういう……ことですか?」

「俺がそのことを知ったのは、我が父から聞いたからだ。

 そして父は、その話を桜の鬼から聞いていた。

 では何故、桜の鬼は父にその情報を伝えたと思う?」

「……」


 子元は僅かに考え込む素振りを見せたが、すぐにとある予測に辿り着く。


「桜の鬼は……この先何が起こるかを知っていたから……?」

「そうだ。その内容が恐らく、〈狂い咲き〉のことだ。

 〈狂い咲き〉は必ず起こる。

 何故ならば……その者こそが、桜の力を受けし者となるからだ。

 その者を死なせない方法。

 生きながらえさせる方法が、力の受け渡し。

 それだけを伝えておけば、後は自分たちの筋書き通りになると、そう踏んでいたんだろう。

 そして本当に……その通りになった」


 真っ直ぐと子元を見る子桓。

 お前が今ここにいることがその証だと言っているような、そんな瞳。


「勿論、全て俺自身の意思で取った行動だ。

 故に当然、桜の鬼にとって予想外だったことも多々あっただろうな。

 だが、それらを全て、自分たちの筋書き通りに修正していくことができるとしたら……桜の鬼(奴ら)の本当の恐ろしさは、そこにあるのかもしれないな」


 ──この時間(せかい)に生きる者を、手駒に。


 その言葉の本当の意味を、漸く理解できた気がした。

 直接的に操るのではなく。

 間接的に、その意思を利用する。

 利用すべき存在の意思に従い、桜の鬼はそれに沿った行動をすることで、それぞれを自ずと進むべき道へ誘導していく。

 無論、そこには〈六華將〉の協力もあるだろう。


「そんなことより、聞きたいことはそれだけか?」

「あ……はい、ありがとうございました」

「己が役目から逃げるなよ」

「承知しております」


 念を押されるように言われ、子元は拱手(きょうしゅ)しながらしっかりと頷いた。


 真に恐ろしきは、桜の鬼か。

 ──否。

 桜の鬼を〝傀儡(かいらい)〟とする、神なる存在に違いない──


 そんなことを考えながら、子元は踵を返して、子桓の部屋を後にしたのだった。

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