其ノ拾参 ── 月夜ニ舞ウハ咒ノ言ノ葉 (13/15)
その日の、夜のこと。
「……うっ……く……っ」
彼女──薙瑠は、寝台の上で、胸元を力強く掴みながら、不規則な呼吸を繰り返す。
「っ……は……はぁ……」
痛みを堪えるような、苦悶の表情を浮かべる彼女の目尻には、月夜の光を受ける雫があった。
息を吸うだけで、心の臓が締め付けられるような痛みを覚え、普通に呼吸することがままならず。
「……死に……ったくない……」
繰り返す浅い呼吸の吐き出す息と共に、口から出たのはそんな言葉。
いつもなら、少しの間耐えていれば、胸の痛みは引いていたのだが。
それは日が経つにつれて、痛みの時間が長くなっていた。
それは、身体から己への、警告の証。
きっかけは、記憶が戻ったことだった。
人間であった頃の、諸々の出来事と共に、思い出してしまったのだ。
茱絶に殺されかけた、あの瞬間を。
そこから蘇るは、痛い、怖い、死にたくない──そんな感情だった。
その時を境に、毎晩のように、その瞬間を思い出してしまい、この痛みに苦しめられるようになった。
痛みの原因は明白だった。
死にたくない、というこの思いは、契に反するものだから。
契に反する思いは、持ち合わせてはならないと、切り捨てるべきだと、身体がそう警鐘を鳴らしているのだ。
そうだと分かっていても、思い出してしまったこの思いは、そう簡単に忘れられるはずもなく。
「……うっ……死ぬのは……怖い……っ」
紡がれるのは、自分を苦しめる言葉だった。
痛い。苦しい。死にたくない。
──助けて、ほしい。
誰にも言えない本音を、心の内で繰り返す。
そんなとき、思い描くのは彼の姿。
今日の昼下がりの時刻、木の下で。
側にいて欲しいと、そう言いながら伸ばされた手。
許されるならば、その温かさに、優しさに、縋りたかった。
手を取って、ずっとずっと苦しいのだと、死ぬのが怖いのだと、感じていること全てを言ってしまいたかった。
「……しげん……さま……」
自分に言い聞かせるように、そして、この痛みを鎮めるために、感情を、思いを、全てを捨てる、咒の言葉を紡ぐ。
「わたしは、あなたになら──……」
その言葉を紡げば、痛みはすう、と消えていく。
同時に、彼女の瞳からも、光が消える。
月夜に輝く涙だけが、その光を残して。
しかし、そのお陰で、彼女は漸く眠りにつけるのだった。
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以 可 視 眼 而 在 不 視 物。
其 即、華 咲 自 内 也。
同 能力 所持者、視 其 人之華。
此 知 真之姿 唯一 術 也。
【視える目を以てしても、
視ることができないものがある。
それが、己の中に咲く華の姿。
同じ視える目を持つ者に。
視てもらう他に、真の姿を知る術無し。】




