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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
50/81

其ノ拾参 ── 月夜ニ舞ウハ咒ノ言ノ葉 (13/15)


 その日の、夜のこと。


「……うっ……く……っ」


 彼女──薙瑠は、寝台の上で、胸元を力強く掴みながら、不規則な呼吸を繰り返す。


「っ……は……はぁ……」


 痛みを堪えるような、苦悶の表情を浮かべる彼女の目尻には、月夜の光を受ける雫があった。

 息を吸うだけで、心の臓が締め付けられるような痛みを覚え、普通に呼吸することがままならず。


「……死に……ったくない……」


 繰り返す浅い呼吸の吐き出す息と共に、口から出たのはそんな言葉。

 いつもなら、少しの間耐えていれば、胸の痛みは引いていたのだが。

 それは日が経つにつれて、痛みの時間が長くなっていた。


 それは、身体から己への、警告の証。


 きっかけは、記憶が戻ったことだった。

 人間(ヒト)であった頃の、諸々の出来事と共に、思い出してしまったのだ。

 茱絶(じゅぜつ)に殺されかけた、あの瞬間を。

 そこから蘇るは、痛い、怖い、死にたくない──そんな感情だった。


 その時を境に、毎晩のように、その瞬間を思い出してしまい、この痛みに苦しめられるようになった。

 痛みの原因は明白だった。


 死にたくない、というこの思いは、(ちぎり)に反するものだから。


 契に反する思いは、持ち合わせてはならないと、切り捨てるべきだと、身体がそう警鐘を鳴らしているのだ。

 そうだと分かっていても、思い出してしまったこの思いは、そう簡単に忘れられるはずもなく。


「……うっ……死ぬのは……怖い……っ」


 紡がれるのは、自分を苦しめる言葉だった。


 痛い。苦しい。死にたくない。



 ──助けて、ほしい。



 誰にも言えない本音を、心の内で繰り返す。

 そんなとき、思い描くのは彼の姿。

 今日の昼下がりの時刻、木の下で。

 側にいて欲しいと、そう言いながら伸ばされた手。

 許されるならば、その温かさに、優しさに、縋りたかった。

 手を取って、ずっとずっと苦しいのだと、死ぬのが怖いのだと、感じていること全てを言ってしまいたかった。


「……しげん……さま……」


 自分に言い聞かせるように、そして、この痛みを鎮めるために、感情を、思いを、全てを捨てる、(まじない)の言葉を紡ぐ。



「わたしは、あなたになら──……」



 その言葉を紡げば、痛みはすう、と消えていく。

 同時に、彼女の瞳からも、光が消える。

 月夜に輝く涙だけが、その光を残して。

 しかし、そのお陰で、彼女は漸く眠りにつけるのだった。


───────────────


 (ミル) (ベキ) (メヲ) (モッテ)(ミエ) (ザル) (モノ) (アリ)

 (ソレ) (スナハチ)(ウチ) (ヨリ) (サク) (ハナ) (ナリ)

 (オナジ) 能力(チカラヲ) 所持者(ジョジスル モノ)(ソノ) (ヒトノ) 人之華(ハナヲ ミル)

 (コレ) (マコトノ) 真之姿(スガタヲシル) 唯一(ユイイツノ) (スベ) (ナリ)


【視える目を以てしても、

 視ることができないものがある。

 それが、己の中に咲く華の姿。

 同じ視える目を持つ者に。

 視てもらう他に、真の姿を知る(すべ)無し。】

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