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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
48/81

其ノ拾壱 ── 焔在ラザレバ燈火灯ラズ (11/15)


 (ハナノ) (ゴトキ) 鉱石(コウセキ ヲ) (モツ) (イシ)──桜石(サクライシ)

 其 石(ソノ イシ)宿 特殊(トクシュナ チカラ)(ヤドル)

 (ユエニ)桜石(サクライシヲ)所持(ショジスル)(モノハ)常住坐臥(ジョウジュウザガ)

 (チカラ ノ) (エイキョウ)影響(ヲ ウケル) (ナリ)


【華模様の鉱石が埋め込まれた石──その名も桜石。

 その石には、不思議な力が宿っている。

 故に、その石を授かりし者は。

 宿りし力の影響を、常住坐臥(じょうじゅうざが)、受け続けることになる。】


───────────────


 茱絶(じゅぜつ)との話を終え、その内容を曹操(そうそう)に報告した後のこと。

 子元(しげん)薙瑠(ちる)は、(ぎょう)県城(けんじょう)内で昼食を済ませると、県城の外にある静かな平原へと来ていた。

 鄴での用は一通り済んだため、たまには県城の外でゆっくりしてみたい、という薙瑠の要望を聞き届けたのである。

 歩いていけるくらいの距離だったため、今回の移動には馬は用いていない。


 県城を背に、前方に広がる景色を見渡せば、澄んだ青空の下に、数本の木と遠方に見える山々が在り、地には青々とした雑草が芽吹いている。

 二人は木の下で、茂る草の上に並んで腰を下ろし、そんな穏やかな自然の景色を眺めていた。

 季節は玄冬(ふゆ)

 肌を撫でる柔らかい風には若干の寒さを感じるものの、暖かな陽射しが心地よい。


「静かな所ですね」

「そうだな……こういう所でゆっくりする機会はあまりなくて新鮮だ」

「そうですね。今は膠着状態で、戦があまり行われてませんが……戦時中の世であることに、変わりはないですし」

「ああ」


 頭上で揺れる、聞き心地の良い木の葉の音を聞きながら、子元は彼女と村に赴いたときのことを思い出していた。

 その時も、道中の景色を見ながら、似たような会話をしたなと思い、自然と小さな笑みが浮かぶ。


「少しだけ、お話しませんか? この時間(せかい)のこと」

「鄴でのやるべきことは一先ず全て終えたからな、別に構わない」


 自然と紡がれた薙瑠の提案に、子元も素直に同意した。

 少し冷たい微風(そよかぜ)を肌で感じながら、薙瑠はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「子元様は、『幻華譚(げんかたん)』という名の書が在ることは……ご存知でしょうか?」

「この時間(せかい)の全てが書かれた書、らしいな」

「仰る通りです。その話はどなたから……?」

「子桓様から……そういう書があるということと、それは今父上のもとにあると、それだけ聞いた」


 景色を眺めながら、穏やかな表情で応える子元。

 薙瑠は子元の左側にいる為、彼の伸びている前髪の関係で、はっきりと表情を見ることはできないのだが。

 その前髪が風に揺れ、時折顕になる彼の表情。

 たまに覗くその感じが好きで、薙瑠は柔らかく微笑んだ。


「そうでしたか。いずれはその『幻華譚』を読んでいただくことになると思いますが……読む前にも話しておけば、より理解がしやすいはずですので、少しですが、この時間(せかい)の状況をお話しますね」


 ああ、と子元は小さく頷いて、何も言わずに彼女の話に耳を傾ける。

 茱絶の一件が落ち着いたからなのか、今の彼女の声はとても聞き心地が良いもので、いつも以上に安心感があった。

 子元の表情が穏やかなのは、きっとそのお陰だろう。


「ご存知の通り、現在の帝は献帝(けんてい)です。

 彼は人間(ヒト)ですが……不老長寿となっている現状は、ご存知ですか?」

孟徳(もうとく)様が不思議な首飾りを献上したから、だったか」

「そうです」


 この三国時代には、魏国(ぎのくに)を統治する(みかど)と呼ばれる存在がいる。

 名を献帝(けんてい)()い、曹操(そうそう)は彼の配下としてこの国を統治してきた。

 あくまで帝に変わって、である。


 きっかけとなったのは、鬼である曹操が人間である帝を庇護(ひご)したこと、そして桜の鬼から譲り受けたという首飾りを帝に献上したことだと言われている。

 その首飾りは身に着けている者に加護を与えるらしく、その加護こそが不老長寿になるというものであった。

 (いささ)か不可思議な話であるが、それから三十年程の時が経った現在に於いても、人間である帝が、鬼と同様に若々しい姿のまま健在していることこそ、その話が事実であることの証だろう。


 結果、帝は曹操を魏公(ぎこう)、更には魏王(ぎおう)という役職に任命し、与えた土地を魏国として国を統治するよう命じたのである。


 そして時は流れ。

 現在の魏国(ぎのくに)は、許昌(きょしょう)に献帝、(ぎょう)に曹操と曹丕(そうひ)、そして洛陽(らくよう)司馬懿(しばい)がいる。

 世間的には、曹操は死に、曹丕が父から継いだ立場を司馬懿に譲ったことで、司馬懿が国を統治していることになっている。


「曹操様が、桜の鬼から譲り受けた装飾品を献帝に献上したのは、鬼である曹操にとって、不老長寿の加護は必要のないものだったからです」

「鬼である者は、元々不老長寿の身体を持っているからな」

「はい。ですが実際は……そのことを、桜の鬼が利用したに過ぎませんでした」


 僅かな間を開け、薙瑠は再び言葉を紡いでいく。


「王朝が変化すると共に〝徳〟というものも変化する、というのはご存知ですか?」

陰陽家(いんようか)陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)の考え方を元にした、謂わば、その時代に恩恵を受けやすい属性のこと、だな」

「仰る通りです。その徳が、現在の漢王朝は〝火徳(かとく)〟なんです」

「つまり、()()を持つ者が恩恵を受けやすい時代……か」


 子元は呟きながら、考えを整理していく。


 火の気を持つ者、即ち()属性の妖術を操る鬼と言えば、良い例が呉国(ごのくに)陸遜(りくそん)呂蒙(りょもう)である。

 そして陸遜(りくそん)は、刀を銅鏡に変化させることで、反射という能力を扱えること。

 呂蒙(りょもう)は、自分自身の姿を消すという能力を持つこと。

 それらの能力は、どちらも他に無い能力であると言えるだろう。

 それこそが恩恵だと考えれば、現在が〝火徳〟であると言うことにも納得がいく。


 考え込んでいる子元を助けるように、薙瑠が静かに言葉を添えた。


「不老長寿の加護……その真なる目的は、持ち主である献帝を、延命させること。

 献帝の延命によって、漢王朝、即ち〝火徳〟を長引かせる……桜の鬼の狙いは、そこにありました」

「……ということは、その〝火徳〟の時代であることが、偽りを正す為に必要な要素だったと」


 子元は考えの正否を確かめるように、薙瑠へと視線を移す。

 自然の景色を瞳に映していた彼女も、子元の目を見て小さく頷いた。


「仰る通りです。

 では何故、火徳であることが、偽りを正すために必要な要素だったのか」


 薙瑠は再び前を向く。

 そして静かに。


「それは……火徳でなければ(丶丶丶丶丶丶丶)この世界と(丶丶丶丶丶)関われない存在(丶丶丶丶丶丶丶)がいる(丶丶丶)から、です」


 そんな言葉が紡むがれるのと同時に、少し冷たい風が吹く。

 ざわざわと木の葉を揺らし、二人の髪も滑らかに揺れた。


 火徳でなければ、関われない存在。

 そんなものがいるとすれば、現状思い当たるのは〝桜の鬼〟という存在に他ならない。


鬼神(きしん)、という存在を、子元様はご存知でしょうか」

「鬼神……鬼の神と書いて鬼神。

 鬼の中でも神としての立場に在って、鬼を統治している存在のこと……か?」

「その通りです。私たち〈六華將(ろっかしょう)〉は、その鬼神という存在にお仕えする立場にある特殊な鬼なのです。

 その鬼神の名は、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)。私たちは姫様とお呼びしていますが……その姫様が、火の神でもあるんです」


 地に茂る草を撫でるように触りながら、薙瑠は言葉を続けていく。


「桜の鬼の力は、〈逍遙樹〉から供給している、という話をしましたね。

 その〈逍遙樹〉を通して、私に……桜の鬼に力を与えてくださっているのが姫様です。

 そして同時に、この時間(せかい)の偽りを正す手段として〈六華將〉を送り込んだ(丶丶丶丶丶)のも、姫様なのです」


 ──送り込んだ。

 その言い方に、子元は引っかかりを覚える。

 しかし、彼の疑問を察したのか、彼が問い掛けるよりも早く、彼女は言葉を次いだ。


「鬼神が直接、この世界に手を下すことは許されません。

 神であるが故に……です。だから〈六華將〉という代理を立てて、偽りを正すべく動いてるのです。

 火徳じゃなければ、桜の鬼は……いえ、もっと言えば〈六華將〉という鬼は、この世界には存在しなかった。姫様なくして、〈六華將〉が偽りを正すことはできないのです」


 自然の中、木の葉の揺れる音だけが響く、静寂が落ちる。

 鬼神という、神なる存在。

 そんな存在が実在し、しかもこの世界に手を下そうとしているなどという彼女の話は、本来なら直ぐには信じられるものではないだろう。

 しかし、鬼の実際は人間には視えない霊的存在であり、今の世界はそれらと交わってしまっている異様な状況。

 その話を聞いていた子元は、彼女の話に然程(さほど)驚くことはなかった。

 彼は澄んだ空を瞳に映しながら、聞いた話を整理するように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「偽りを正すべく……火徳を維持させる必要があり、そのために陛下は、不老長寿の加護を受けている。

 そして〈六華將〉は、手を下せない鬼神の代理として、この世界に送り込まれた存在……か」

「はい。だから傀儡(かいらい)、なんです。

 曹操様が『この時間(せかい)に生きる者を手駒にして』と仰ってましたが、本当にその通りなんです。

 〈六華將〉は……桜の鬼は、帝までをも利用しているのですから」


 そんな風に言う彼女の、自然を眺める横顔は、至って穏やかな顔をしていた。

 それは同時に、一人で背負う覚悟はできているとでも言うかのように、強い意志が現れているようにも見えた。

 しかし子元には、その様がとても、儚く脆いものであるように感じて。


「……薙瑠」


 名を呼べば、青瑪瑙(あおめのう)のように綺麗な髪を揺らして、乱反射する宝石のような青の瞳が、真っ直ぐと子元を捉える。

 微笑みが浮かぶその表情(かお)は、子元の胸を容易く締め付けた。

 無性に助けたくなって、頼ってほしくて。

 だから思わず、口にしてしまったのだ。


「出来るだけ……俺の側にいて欲しい」


 その方が、いつでも手を差し伸べることができるから。

 そしてそれが──自分の、小さな望みでもあったから。

 真っ直ぐと、目を逸らすことなく思いを口にした。


 ──してしまった。


 そう思ったのは、彼女の瞳が僅かに動揺したのを、子元は見逃さなかったからだった。

 しかし、その動揺を押し隠すように、彼女は柔らかい笑みを浮かべたまま。


「はい、子元様の仰せとあらば」


 彼女は肯定したものの。

 距離を感じざるを得なかった。


 肩が、腕が、触れそうなくらい、直ぐ近くに、居るはずなのに。

 手を伸ばしても、届かないのではないかと錯覚するくらい、彼女との間には距離があって。

 子元は何処か不安そうな顔を浮かべながら、彼女の頬に触れようと、そっと右手を伸ばす。

 しかし、その手の行く先は。



「──触るな」



 そんな第三者の声によって、妨げられたのだった。

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