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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
47/81

其ノ拾 ── 蕾厶花ノ咲ク頃ニ (10/15)


 何処(コノ セカイ) 此 世界(ノ イヅコカニ)(アル) (イシ) (アリ)

 (イビツナ) 歪 六角形(ロッカクケイヲ ナシ)(ソノ) 桃色之(チュウシンニ) 鉱石(トウショクノ) 其 中心(コウセキ アリ)

 鉱石(コウセキ)(ハナノ) (ゴトキ) 華 模様(モヨウ アリ)

 (ソノ) 見目(ケンモク)所以呼(ソノ イシヲ)桜石(サクライシ ト)其 石(ヨブ ユエン) (ナリ)


【この世界の何処かに、とある石が存在する。

 歪な六角形で、真ん中には桃色の華──六枚の花弁を持つ、華の模様をした鉱石が埋め込まれた石。

 その見た目から、その石は〝桜石〟と呼ばれた。】


───────────────


「これはあくまでも、私の推測に過ぎませんが……茱絶(じゅぜつ)様と子元(しげん)様。

 お二人は同じ状態だった、と言っても過言ではないかと」


 薙瑠は、(ぎょう)に仕える女官に、自ら斬りつけた腕の止血を簡単に施してもらったあと、子元(しげん)茱絶(じゅぜつ)の二人に己の知る限りのことを伝えようとしていた。

 茱絶の、薙瑠への最初で最後のお願い。

 それは、鬼の力を扱えなかった理由を教えてほしい、というものだった。

 少し長くなるから座って話そうという薙瑠の提案により、部屋の片隅にあった木製の椅子を二つ、寝台の前に用意して、子元と薙瑠はそれに腰掛けた。

 茱絶はそのまま、寝台に座りながら話を聞いている。


「茱絶様の〈(はな)〉が〈開華(かいか)〉しなかった原因と、子元様の〈華〉の〈開華〉が遅れた原因。

 それが同じだとすれば、お二人には共通点があるんです」

「共通点?」


 子元は僅かに首を傾げながら、ちらりと茱絶を見遣る。

 茱絶も子元へと視線を移していたようで、二人の視線がぶつかった。

 暫くの間じっと見合っていた二人だったが、先に視線を外したのは茱絶だった。

 その顔にはどこか気まずそうな表情が浮かんでいる。

 過去のことがあった以上、まだ今の関係性に慣れていないらしい。

 しかし、そんな茱絶の様子を見て、子元は思い当たったのだった。


「……村……あの村と関わりがあったこと……か?」

「はい、その通りです」


 ゆっくりと紡がれた子元の言葉に、薙瑠は柔らかい表情を浮かべながら肯定する。


「茱絶様は、あの村で暮らしていたこと。

 そして子元様は、あの村に訪れたこと。

 状況は違っても、村と関わりがあった、という意味では、お二人に共通することです」

「ならば、父上も当てはまるんじゃないか?」

「確かに、村と関わりがあった、という意味では仲達(ちゅうたつ)様も当てはまります。

 ですが、その時に仲達様と子元様には違いがありました」

「違い……〈開華〉してるかどうか、くらいしか思い当たらないが……」

「それですよ、子元様。

 子元様は当時、〈蕾華(らいか)〉の状態でした。

 そのことを踏まえると、お二人には、もう一つ共通点があるんです」


 薙瑠はわずかに間を開けて。

 自分を見ている青白い瞳と黒い瞳、それぞれを真っ直ぐと見ながら、言葉を継いでいく。


「村に関わったとき、〈蕾華(丶丶)の状態(丶丶丶)だったこと(丶丶丶丶丶)

 これが、お二人の二つ目の共通点です」

「……なるほど」

「んで、それがどうやって鬼の力が扱えなかった……〈華〉が〈開華〉しなかった原因に繋がるんだよ?」


 茱絶の真っ直ぐな問いかけに、薙瑠も真剣に応えてゆく。


「あの村には、〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉がありました。

 〈逍遙樹〉には、この時間(せかい)に鬼が現れて以来、辺りに蔓延し始めた妖気を吸収する、という力があります」

「妖気を吸収する、だと?」

「はい。と言っても、一気に膨大な量を吸収するのではなく、少量の妖気を常に吸収し続けている感じです。

 そして鬼は、妖気吸収の影響を受けます。

 鬼だったら誰もが、あの近くにいれば、妖気を吸収されるんです」


 子元の問いかけに頷きながら、薙瑠は少しずつ、そしてできる限り分かりやすい言葉を選びながら、二人の状況を言葉にする。


「そのことを踏まえた上で、〈華〉の話に移るのですが……〈華〉は、〈開華〉していれば妖術を扱うことができるので、妖気を消費することができる。

 消費することが可能ならば、回復することも可能なわけです」

「つまり、〈蕾華〉だと妖気を消費しないが故に、回復もしない……と?」

「そういうことです。厳密には回復しないこともないのですが、元の妖気量に戻るまでに、かなり時間がかかります」

「……ということは」


 それまで黙って話を聞いていた茱絶が、自分の状況を整理するように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「俺が鬼の力を扱えなかったのは、〈逍遙樹〉に妖気を吸収されていたからってことか?」

「はい、そう考えることができます。

 あの村に、〈逍遙樹〉付近に居る以上、妖気を吸収され続けていた。

 〈蕾華〉の状態では、回復量が吸収量に追いつかなかった……ということだと思われます」

「ならば、〈開華〉が遅れた原因も、あの村に行っていた間に、妖気を吸い取られていたが故にということか」

「恐らく、そういうことかと。

 強力な力を受け継いだということと、妖気を吸収されていたということ。

 それが重なって、〈開華〉する妖気量に回復する迄に、長い時間がかかってしまったと、そういうことなんだと思います」


 同じように、鬼の力が扱えない状況にあった子元と茱絶。

 それは双方共に〈逍遙樹〉の影響を受けていたから。

 あの村に〈逍遙樹〉があったばかりに、二人は辛い思いをすることになってしまったのだ。

 あの村に、〈逍遙樹〉がなかったら。

 〈逍遙樹〉が別の場所にあったのならば。


 ──きっと彼らは、こんな思いをしなくて済んだはずだ。


 しかし、一方で。

 その村に〈逍遙樹〉が無ければ、全く別の何処かの誰かが、茱絶や子元のような思いをすることになっていただろう。

 そして自分も、その村に〈逍遙樹〉が無ければ──今、此処には居なかった。


 そんな矛盾とも言える思いを抱えながら、子元と茱絶、二人を見て微笑む。

 子元には、それがどことなく悲しそうに見えていた。

 だからだろうか。

 彼女のその表情を見て、胸がつきりと痛んだのは。


「時が経てば回復する……のか」

「はい。ですから、茱絶様。あなたの〈華〉の状態に関して、少し補足をさせていただくなら」


 僅かに間を開けて、薙瑠は滑らかに言葉を紡ぐ。

 それも、何処か儚げのある声音で。


「あなたの〈華〉は、私の力を借りなくとも、そのうち自然と〈開華〉します。

 妖力の回復には時間がかかりますが……もう、吸収され続けるような環境にいることは、ないのですから」

「そうか……そうだな」


 茱絶は己の手のひらをしばらく見つめたあと、その手をゆっくりと握りしめた。

 そんな彼の様子を見ながら、薙瑠は再び柔らかく微笑んだ。

 しかし、彼女は心から微笑むことはできなかった。

 何故ならば。


 彼の〈華〉が開く前に、この時間(せかい)は、きっと──……


「なあ……最後にもうひとつだけ、聞いてもいいか?」


 茱絶からの問いかけに、心の内で考えていたことを打ち消して、薙瑠は小さく頷く。


「何でしょう?」

「聞きにくい……んだが。

 お前は……あの時、死んでなかったのか……?」


 それは、茱絶がずっと、気になっていたことだった。

 半ば口を噤みながらも、目を逸らすことなく問いかけてくる彼に、薙瑠は僅かに目を丸くした。

 思いもよらない問いかけだったのだろう。

 そして同時に、思い出されるあの瞬間。

 自分に迫る〝死〟への恐怖と。

 その直後に、貫かれる己の胸元──


「薙瑠」


 落ち着く声音で名を呼ばれ、はっとして我に返る。

 彼の方へ視線を向ければ、子元は心配そうに彼女の顔色をうかがっていた。


「……大丈夫か?」

「あ……はい、すみません」

「悪い……言いたくないよな、そんなこと」


 視線を伏せながら謝る茱絶を見て、薙瑠は深呼吸で自分を落ち着かせる。


「言いたくない……わけじゃないんです。

 何となく……微かに記憶が残っている……程度なんですけど」


 瞳を伏せながら、あの恐怖の後の記憶を手繰り寄せるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「恐らく……ですが。

 茱絶様の仰る通り、死んでは……無かったのかと。

 死の直前に……〈逍遙樹〉に助けられたんだと、思います」

「〈逍遙樹〉に助けられた?」

「はい。曖昧なんですが……刺された直後、〈逍遙樹〉は私に桜の鬼としての力を与えてくださった。それによって……傷も回復したのかと思われます」

「それで……その後すぐに逃げたのか?」

「はい……必死で逃げたような……そんな記憶があります」


 正直、今伝えたことが事実なのかどうかは分からなかった。

 それでも、伝えられることは全て伝えることが、彼と向き合うために唯一できることなのではないかと、薙瑠は思っていた。


「そうか。お前のことも……自分の状況も。

 どちらも知れてよかった。

 何だか……少しだけ気が楽になったような、そんな気がする」

「それなら良かったです。

 茱絶様は……これからどうなさるおつもりですか?」

「お前な……俺はお前からの処分を待つ身なんだぞ」

「だからこそ聞きたいのです。

 あなたに自分の道を選んで貰う──

 それが、私があなたに下す処分ですから」


 思いもよらない薙瑠の言葉に、今度は茱絶が目を丸くした。

 そんな茱絶の黒き瞳を真っ直ぐに見返しながら、薙瑠は強かに言葉を続けていく。


「ですから、選んでください。

 あなたの意思で……あなたが行きたいと思う道を」

「……選ぶ、か」


 ぽつりと呟き、僅かに逡巡した茱絶が紡いだ答えは。

 

「……俺……という存在が、受け入れてもらえる場所で……暮らしたい。

 それだけ選べれば、もう充分だ」

「分かりました。

 そのことは私から、曹操様にお伝えします」

「……ああ」


 頷く茱絶の顔は、とても穏やかな表情をしていた。

 そんな彼を見て、薙瑠もようやく、心からの微笑みを浮かべた。

 そんな彼女の微笑みに、子元は内心、安堵していた。

 これまで幾度となく、寂そうな、悲しそうな──そんな感情が見え隠れする彼女の表情を、見逃していなかったから。


「そろそろ……行くか」

「はい、子元様」


 二人の会話が落ち着いたのを見計らい、子元が立ち上がれば、薙瑠も彼に続いて立ち上がる。

 部屋を後にしようと子元が戸を開ければ、眩しいくらいに明るい陽光(ひかり)が、室内を照らし出す。

 子元に続き、薙瑠も廊下へと出ようとしたとき。

 彼女は、青い髪を揺らしながら室内を振り返った。

 そして、小さな声で。


「また……会いましょう。……お兄さん」


 微笑む彼女は、昔の、あのときの少女と同じ呼び方で、茱絶へ言葉を投げかけた。

 彼は一瞬、驚きの表情を浮かべたが。


「……ああ、また……な」


 直ぐに微笑んで、小さく応えを返す。

 そんな彼の様子を、安心したように見届けて。

 薙瑠は再び、青い髪を揺らしながら前を向く。

 そして、後ろ手に、ゆっくりと。

 彼の部屋の戸を閉めたのだった。

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