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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
44/81

其ノ漆 ── 力在レドモ鬼ニ成レズ (7/15)


 (ワレ) 犯 大罪(タイザイヲ オカス) 鬼 也(オニ ナリ)

 汝等(ナンジラ) 人間(ニンゲンニ)(キョウフ) 恐怖(アタフル) (ソンザイ) 存在(ツクリシ) 鬼 也(オニナリ)

 (ユヘニ)汝等(ナンジラ)不 当(マサニ ワレヲ) 信仰 我(シンコウ スベカラズ)

 (マサニ) (ワレヲ) (ニクムベシ)


 青鬼(アオキオニ)(ソノ) (オモイヲ) (カクシテ)(ニンゲンニ) 人間(セッス)

 其 即(ソレ スナハチ)継続(シンコウヲ) 信仰(ケイゾク サセン) (ガタメ) (ナリ)


【私は、大罪を犯した鬼。

 人間に恐怖を与えるであろう存在を、創り出してしまった鬼。

 故に本来は、信仰されるべきではなく。

 憎まれるべき存在なのだ、と。


 そんな思いを隠しながら、人々と触れ合った、青き鬼。

 ──全ては、人々の信仰心を薄れさせないがために。】


───────────────


 この世の中には、不思議な信仰がある。

 鬼神信仰(きしんしんこう)──鬼神を守護神として信仰すれば、邪鬼や妖怪などの魔除けになるとされているものだ。

 故に、鬼神を信仰する村には、出入り口となる場所に蘇塗(そと)が建てられていたりする。


 蘇塗とは鳥杵(とりざお)とも言われ、太めの木の棒の先端に、木製の鳥のような生き物をつけて建てれられているもののこと。

 その蘇塗には、木の棒の部分に(つる)で作られた籠目(かごめ)がひとつ、括り付けられていた。

 上向きと下向き、二つの三角形を合わせた形をしている、籠目──別名、鬼の目。

 そんな蘇塗を建てることで、村を守る守護神として、鬼神を信仰しているのである。


 そしてとある村には、鬼が姿を表したことがあるという、逸話とも言うべき話があった。

 その鬼は、青くて長い髪を後ろでひとつに結い、水色の衣装を身に纏っていたという。

 そして特徴的だったのは、額から伸びる角。

 初めて鬼という存在を目にした村人たちは、その見た目の美しさに、目を奪われたのだった。

 そんな村人たちの様子が、自分を恐れているように見えた青き鬼は、()ったのだった。


 信仰してくれて有り難う、と。


 その一言が、とても柔らかくて。

 とても穏やかで。

 村人たちは、青き鬼を警戒することなく受け入れたのだった。


 その鬼は数日の間、村に留まった。

 そして人々に、鬼という存在の特徴を教えた。

 額に角がある鬼の姿と、角がない人間の姿。

 二つの姿を持つこと。

 妖術という不思議な術を扱えること。

 それらを実際にやって見せながら、鬼という存在についてを説いたのだった。

 それだけではなく、村の人々の仕事を手伝い、人と快く接したという。


 これがその村に伝わる、鬼に纏わる逸話だった。


 そんな村で、一人の少年が生まれた。

 信仰されている、鬼として。

 しかし、人間には鬼であるかどうかを瞬時に見抜くことはできない。

 見抜く方法は、先の逸話として伝えられている、

 角のある姿になれること、

 妖術という不思議な術を扱えること、

 この二点を確認するしかない。

 生まれた時点で、額に角の存在は確認できなかった。

 だからこそ、その少年が鬼だと思う者は誰一人いなかった。

 少年自身も、自分が鬼なのではないかと感じるようになったのは、異様な身体能力を発揮したときだった。


 それは、彼が(とお)になり、鬼として生まれたと言われている、曹操という人物が活躍し始めた頃のこと。

 ある日の夕暮れ(どき)、村が賊に襲われた。

 少年は、目の前で両親が殺され。

 頭が真っ白になって、その場から動くことができなかった。

 しかし。


 ──殺してやる。


 そんな殺意が湧き上がり、少年は涙を流しながらも、射るように賊を睨み付けた。

 そして咄嗟に、近くにあった薪割り用の斧を手にした。


 その時、だった。


 子供では持ち上げるので精一杯の重さの斧を。

 彼は軽々と、振り回せたのだ。


 ──いける。

 ──()られる前に、()れ!


 それからは、あっという間の出来事だった。

 賊の人数が少なかったことが幸いしたのかもしれないが、襲ってきた賊を、一人残らず殺したのだ。


 (とお)の子供が、たった一人で。


 その時初めて、少年は己が普通ではないと感じたのだろう。

 片手で斧を提げながら、空いている己の掌を見つめていた。

 血塗られた小さな手。

 一見は普通の人間の手だが。

 内には別の何かが眠るような、そんな感覚を覚えていたらしい。

 そしてそれが、曹操と同じ〝鬼〟というものなのではないかと感じていた。


 この村には鬼神信仰があるが故に、曹操が鬼であるという話が伝わってきたときには、皆褒めていたのだ。

 鬼神に選ばれた、素晴らしいお方なのだと。

 そして少年自身も、憧れていたのだ。

 曹操に会ってみたい、自分も鬼のように強くなりたいと。

 だからこそ、鬼のように強い力を持っていたことが素直に嬉しくて。

 そして自分も褒めてもらえると、そう思っていた。

 しかし、それも束の間のことだった。

 返り血に(まみ)れた少年の姿を見て、村人が紡いだ言葉は。



「ば……化け物……!!」



 容赦のない、心を抉る言葉だった。

 少年のお陰で、命が助かったというのにも関わらず、だ。

 彼はどれ程傷付いたことだろう。

 どれ程失望したことだろう。

 それによって、両親が殺されたことに対する心の痛みまで、一緒になって溢れ出し。

 自分の異常な力に対しても、恐怖を覚え。


 少年は、その場に泣き崩れた。

 赤紫色に染まる空の下。

 鮮血の華が咲く、村の中心で。

 少年の頬を伝う、透明度のある雫だけが、残酷なほど美しく、輝いていた。




 その翌日。

 少年は目を覚した。

 薄暗い、家屋の中。

 両親と暮らしていた家屋の中で、彼は眠っていたらしい。

 上体を起こせば、出入り口の戸の僅かな隙間から、眩しいくらいの明るい光が、少年に向かって一筋の道を作り出していた。

 泣き崩れたあと、自分がいつここに戻ったのか、彼はさっぱり覚えていなかった。

 ぼうっとする頭が徐々に覚醒し、昨日の出来事を思い出したのだろう。


 両親がいないという現実に。

 化け物だと言われた現実に。

 再び涙が溢れるかと、そう思ったが。


 彼は泣かなかった。


 ──否。


 泣けなかった。


 気持ちは不思議と落ち着いていて。

 むしろ何の感情も感じられなくて。

 しかし、少年の中には、ある強い意志が生まれていた。


 誰にも頼ることなく──たった一人で生きてやる。

 そして同時に。

 鬼であることを証明して──化け物だと言った奴らを、見返してやる。


 そんな強い意志が生まれていた。

 少年は家屋を出て、村の出入り口付近にある、蘇塗へと向かった。

 その前で足を止め、手を合わせて願った。

 曹操のように、強い鬼で在りたいと。

 そんな少年の瞳には、憧れという名の希望(ひかり)が灯っていた。




 しかし、それから十年という月日を経て、二十になっても。

 青年とも言うべき姿に成長した彼の身に、変化は起きなかった。


 村に伝わる逸話によれば、鬼とは角がある鬼の姿というものになることができ。

 妖術という、不思議な術を扱うことができるという。

 それらがどちらも。

 青年にはできなかった。


 故に、周囲の大人からは、

「角のある姿にならないから」

「妖術を扱うところを見たことがないから」

「だから鬼じゃない」

「人間の姿をした、別の何かなんだ」と。

 容赦の無い言葉を浴びせられた。


 鬼だと証明できたら。

 鬼神信仰をしている彼らの、自分に対する考え方を、変えられるかもしれないのに。

 化け物だと言った彼らを、見返すことができるのに。

 なのに──できない。


 ──何故(なぜ)、姿が変化しないのか。

 ──何故、術が扱えないのか。


 ──何故、鬼だと認めてもらえないのか。


 何故。

 なぜ。

 何故、なぜ、何故。


 そんな答えのない自問自答を、嫌というほど繰り返した。

 繰り返したからこそ。

 彼はひとつの答えに辿り着いた。

 辿り着いてしまった。



 自分は鬼ではない。

 曹操と同じ、鬼として在ることは叶わないのだと。



 そう感じたのと同時に、十年前、鬼に憧れていた自分が、蘇塗(そと)に願った自分が、酷く馬鹿馬鹿しくなった。

 鬼神という存在にすら、嫌気が差した。

 その時だろうか。

 少年にもあったはずの鬼神に対する希望(ひかり)が、綺麗に消えてなくなったのは。


 希望(ひかり)を失った青年は、行動するのが早かった。

 それは、風が強く、雨も降り注ぐ嵐の如き夜だった。

 彼は家屋を出て、村の出入り口付近にある蘇塗へと向かった。

 その前で足を止め、風雨の中、大きくしなるそれを見上げる。

 こんな意味のわからない力など、なければ良かったと。

 鬼に憧れたり、しなければ良かったと。

 憎しみにも似た、感情を込めて。

 己の異様な身体能力を以て、蘇塗(そと)を蹴り倒したのだった。

 そんな青年の瞳には、灯火の欠片もない、絶望(かげ)が落とされていた。


 その行為は、己の想いを、願いを、意思を、憧れを。

 全てを切り捨てることに他ならなかった。


 誰の視線もない、嵐の夜。

 唸る風の音を聞きながら、雨に強く打たれながら、彼は初めて、自分の気持ちを口にした。


「鬼神信仰なんて、なければ良かったんだよ。そんな信仰があったから……俺みたいなのが生まれたんだろ」


 次々と溢れ出る思いを、言葉という形にしていく。

 悔しい。苦しい。



 ──助けて、ほしい。



「なぁ、鬼ってなんだよ。一体何なんだよ……お前ら〝鬼神〟って一体どんな存在なんだよ……っ!?

 この村に鬼が現れたなんて……そんな話も、ただの作り話だったってことだろ。

 そうじゃなきゃ……俺はこんな酷い目に合ってないはずだ……」


 そこで漸く、溢れる言葉が終わりを告げた。

 青年は早足で自分の家屋へと戻り、勢い良く戸を閉めれば、背を預けるようにしてその場に座り込んだ。

 初めて本音を口にしたからだろうか。

 そんな青年の頬には、あの日と同じ、透明度の高い涙が伝っていた。


 *

 *

 *


(……嫌な夢を見た)


 片腕を額に乗せながら、茱絶(じゅぜつ)は薄っすらと目を開ける。

 瞳に映るのは、いつも見ていた薄汚れた家屋の天井ではなく、馴染みのない綺麗な天井。


(そう言えば俺は今……捕虜だったな……)


 しかし不思議なのは、捕虜であるにも関わらず、牢のような場所ではなく、普通に人一人が生活するような、しっかりとした部屋にいることだ。

 彼を捕らえたのは紛れもなく曹操であり、その曹操がこの部屋で過ごせと、そう言ったのだった。

 いや、捕らわれた直後は、牢のような場所で目が覚めたが、曹操との話が終わると、この部屋に案内されたのである。


 力を使えない鬼は、牢に入れるまでもないということなのか。


(あんな夢を見たのは……曹操に洗いざらい話したからか……?)


 ──ああ、気分が悪い。


 最悪な気分になったらしい茱絶は、上体を起こすことなく、そのまま横を向く。

 寝台が接している壁には朱色の窓枠があり、そこからは、幾何学な模様越しに青い空が見えた。

 寝台の上で横になっている茱絶は、その窓から入り込む冷たい空気を感じながら、己の心とは対照的に、明るく晴れ晴れとした空を睨みつけていた。


 ──同じだ。


 あの夢には、まだ続きがある。

 その先に描かれる、あの時も。

 今見ている空と同じ、皮肉なほど明るい空だった。

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