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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第肆章 ─
41/81

其ノ肆 ── 内ニ秘メタル結末ノ欠片(4/15)


 (ナガルル) (サクラ) 廻 続(マハリ ツヅクル)

 (ソレ) (トドマル)(コト ナシ)(マタ) 存在理由(シメイ) (ナリ)

 (クチル) (ハナ) (アレバ) (サク) (ハナモ) (アリ)

 (ユエニ) (ハナハ) (フタタビ) (ヨミガエル)


【流るる桜 廻り続ける

 留まることなく廻る それが存在理由(しめい)

 咲き誇る華 朽ちてゆく華

 朽ちても 再び 蘇る】


───────────────


 子元(しげん)子桓(しかん)と共に(ぎょう)に向けて発った後、洛陽(らくよう)に残った薙瑠(ちる)はとある人の元へ向かっていた。

 行く先は厩舎(きゅうしゃ)

 目的とする人はそこに居た。

 短い朱色の髪を揺らしながら、己の馬を撫でている彼。


仲権(ちゅうけん)様」

「お? なんだ、珍しいな」

「少しお願いしたいことがありまして。

 ……近付いても大丈夫ですか?」

「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫だぞ」

「なんとなく、見知らぬ人に近づかれるのはお馬さんも嫌がるかと……」

「ははっ、優しいやつだなお前」


 笑いながら手招きする仲権に応じるように、薙瑠は彼の元へ近付く。

 自分の身長よりも大きな馬の存在に、薙瑠は半ば見上げるような状態になる。

 とは言え、彼女からしたら自分の周囲にいる人は皆背が高いため、馬に限らず、誰と話すときも大抵は見上げる形になっているのだが。


「改めて近くで見ると、すごく大きいですね、お馬さん」

「お前、馬のこと『お馬さん』て言うのか」

「? 何かおかしいですか?」

「いや、そうじゃなくて、可愛いなと思ってさ」


 仲権の唐突な言葉に、薙瑠の動きが停止する。

 かと思えば、彼女の顔はみるみる紅潮し、両手で顔を覆った。

 そんな彼女の反応に驚いたのは寧ろ仲権の方だった。


「は!? いや、えっ!? なんだその反応!?」

「かっ……可愛い、とか、急にそんな恥ずかしいこと言わないでください……」

「えっ、いやいや、ちょっと待て、一度落ち着けって」

「お、落ち着いてはいますよ……?」

「……全然説得力ないぞその言葉……」


 薙瑠の思わぬ反応に、仲権はそのあと何をどう切り出したらいいのか分からず、二人の間に変な沈黙が訪れる。

 今の彼女の反応で、仲権はあることを察していた。

 彼女はそういうことに関する耐性が皆無なのだということを。

 大きくひとつ深呼吸をしてから、仲権は沈黙に耐え切れず話題を切り出した。


「お前……いつもそうなのか?」

「い、いつも……といいますと?」

「子元殿だよ。彼に対しても毎回そんな反応してるのか?」

「えっと……子元様は普段そんなこと言いませんから」

「…………はっ!?」


 仲権は再び驚きの声を上げた。

 それもまた彼にとっては予想外のことだったのである。


「あいつ何も言ってないのか? あんなに分かりやすい態度取ってるのに? ……嘘だろ」

「嘘じゃない……と思います」

「思いますって……いつも側にいながら何でそんなに曖昧なんだよ」

「いえ、えっと、あんまり記憶になくて」

「……」


 仲権は小さくため息をついた。

 鈍感なのか、そもそも眼中にないのか。

 二人の関係の中途半端さに半ば呆れつつも、好奇心旺盛な彼は寧ろ絶好の機会だと思っていた。


 子元は態度で分かる。

 分かりやすすぎるくらい態度に出ている。

 本人にその自覚があるのかは不明だが。


 しかし一方で、彼女に関しては何も分からなかった。

 そして今こそ、それを知る機会なのではと、仲権は思った。


「真面目に聞くから、真剣に答えてくれ」

「……はい」

「お前、子元殿の気持ちに気付いてる?」


 真剣な眼差しで投げかけられた仲権のその問いは、彼女の表情に変化をもたらした。

 彼に向けられていた真っ直ぐな視線は地に落ち、小さな微笑みが浮かぶ。

 しかし、それは何処か辛そうな微笑みだった。


「はいかいいえで答えるなら、その答えは『はい』、です」

「それに対するお前の返事は?」

「……」


 俯き気味の彼女の表情(かお)から、今度こそ笑みが消えた。

 しかしそれは一瞬のことで、直ぐに再び微笑みが浮かぶ。

 そして先程と同じく何処か辛そうに微笑みながら、今度は仲権の目を見てはっきりと言った。


「答えられません」

「答えられない……? それは問いに答えたくないのか、気持ちに答えられないのか、どっちの意味でだ?」

「仲権様の捉え方にお任せします」


 冷たい微風が吹き、二人の髪と馬の(たてがみ)を揺らす。

 曖昧すぎる彼女の答え方に、仲権は黙り込むことしかできなかった。

 しかし何となく、「答えられない」という彼女の返答は、恐らく「子元の気持ちに答えられない」という意味なのだろうと仲権は感じ取っていた。

 そうでなければ、あの時あの瞬間に笑みが消えることはなかったはずだ。


「分かった、これ以上のことはもう聞かない。だけど、ひとつだけ言わせてくれ」

「はい、何でしょう?」

「男の前でああいう反応するの、やめたほうがいい」

「ああいう反応……?」


 きょとんとしている薙瑠に、仲権は再び溜息をつく。


「照れ方だよ、男からしたらあんな反応されると、自分に気があるのかと勘違いする奴も居るからな」

「えっ、す、すみません……私は仲権様に対して、全然そんなつもりはないので、あの、ご安心ください」

「……そこまで否定されると流石に傷付く」


 あたふたと謝罪する彼女に悪気がないことは分かっていたため、傷付けたことに対して再び謝ろうとする彼女を見て、仲権はくつくつと笑う。


「ほんと面白いやつだな、お前」

「あ、ありがとうございます……?」

「ははっ、そこは素直に礼を言うんだな。

 それより、俺に用があって来たんだろ?」

「あっ、そうでしたね。

 少し言伝(ことづて)を頼みたいのですが……」

「言伝? 誰にだ?」

狼莎(ろうさ)様……蜀国(しょくのくに)にいる、〈六華將(ろっかしょう)〉の和菊(なごみのぎく)狼莎様に、です」


 思わぬ名が挙げられ、仲権は軽く目を見開いた。

 仲権は今、子桓(しかん)の命により蜀へと向かう準備をしている。

 そのため、言伝を頼まれること自体は別におかしくないのだが、〈六華將〉に纏わる頼みごとをされるとは思いもしなかったのだろう。

 驚きを隠せないでいる仲権に、薙瑠は微笑みながら言葉を続けた。

 その刹那。



「──────と、お伝えできますか」



 突風が吹き抜け、彼女の言葉を掻き消した。

 その言葉を聞き取れたのは、仲権と、彼らの近くにいた一頭の馬のみ。


「……それは」

「その言葉通りです。意味、分かってしまいましたか?」

「……」


 〈六華將(ろっかしょう)〉の目的が、偽りを正すこと──鬼のいない世界に戻そうとしていることだと知った今、仲権は彼女のその言葉の意味を何となくは把握していた。

 しかし、それはあくまでも憶測に過ぎない。

 過ぎないが、何となくいい意味での言伝ではないことは間違いないだろうと、根拠のない確信があった。

 ──こういう時の、謂わば嫌な予感というものは、よく当たる。


 仲権の表情に僅かな陰りが見られたが、彼は特に何も言うことなく、彼女の頼みを受け入れた。


「……分かった、そう伝えておく」

「はい、よろしくお願いします。

 あと……仲権様」

「なんだ?」

「余計なお世話かもしれませんが……今、あなたが抱えているその思いは、この先役に立つ時がくるはずです。

 それまでは大切に、心の中に留めておいてください」


 彼女の言っていることが直ぐには理解できず、半ば怪訝な顔をしたものの、思い当たることがあったらしい。

 仲権は、彼女の小さな気遣いが嬉しかったようで、柔らかな笑みを浮かべた。


「悪い、俺は大丈夫だ、ありがとな」

「いえ、余計な口を挟んでしまってすみません。

 では、私はこれで失礼いたします」


 丁寧に拱手(きょうしゅ)をして、彼女はその場を去っていく。

 仲権は、青い髪が揺れるその後ろ姿を静かに見つめていた。

 そしてふと、仲権を呼ぶような、馬の小さく鳴く声が聞こえ、そちらに視線を移す。

 どこか悲しげな瞳になっている馬の額を、仲権は優しく撫でてやる。

 ふわりと微風(そよかぜ)が吹き、彼の髪と馬の(たてがみ)が小さく揺れる。


「お前も、あいつから預かった伝言……聞いてたか?」


 仲権の問いかけに答えるようにして、馬は再び小さく鳴いた。

 そんな反応が返ってきたことに半ば驚きつつも、彼は小さく微笑んだ。

 ──どこか、悲しそうな表情で。


死生有命(しせいゆうめい)……なんだろうな」


 その四文字は、彼が薙瑠の言葉を聞いたときに、頭に思い浮かべた文字だった。


 死生有命。

 人の生死は天命で決まっており、どうすることもできない状況を表す言葉。

 彼女──薙瑠の瞳には既に、この時間(せかい)の結末が映し出されていた。

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