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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第参章 ─
33/81

其ノ捌 ── 真ノハジマリ桜ニ眠ル (8/11)



『……辛くないの?』



 頭の中に響く、幼い少年の声。

 (うずくま)りながら心の中で返事をする。



(……だれも、助けてなんかくれない)



 声に出していないからか、彼からの返事はない。

 今度はこちらから問いかけてみる。



(……なんで話かけてきたの)


『……それは……』



 返事があった。

 どうやら聞こえていない訳ではないらしい。

 続けて言葉を紡ぐ。

 もちろん、心の中で。



(……私が、可哀想だから?)



 沈黙が訪れる。

 しかし、僅かな間を空けたあとすぐに、少年の声が響いた。



『私が……あなたを助けたい』


(……え?)



 予想もしない言葉に、思わず顔を上げる。

 暗闇の中で(うずくま)る自分の目の前には、幼い少年が立っていた。

 幼いながらも白群色(びゃくぐんいろ)の洒落た華服(かふく)を身に纏った少年は、肩まで伸びた灰色の髪の下から、綺麗な青い双眸(そうぼう)を覗かせている。

 その大きな瞳に、自分の姿が映り込む。


 ぼさぼさしている、黒と青の混ざった髪。

 ぼろぼろで、小汚い衣服。

 生気の無い、濁った青い瞳。


 彼とは明らかな差があった。



『皆が助けないなら、私が助ける』



 少年は嘘じゃない、とでも言わんばかりに、じっとこちらの返事を伺っている。

 けれど。




 私は──それが〝嘘〟だと言うことを、知っている。




 それが嘘だったから、私は彼にこう伝えたのだ。


 ──「嘘つき」と。


 それが嘘だったから、私は殺されかけたのだ。


 ──自分を喰らっていた(丶丶丶丶丶丶)青年……茱絶(じゅぜつ)に。


 あれが嘘だったから、私は桜の鬼として拾われ──再会したのだ。




 今目の前にいる、嘘をついた少年──司馬(しば)子元(しげん)に。




 未だ真剣な眼差しを向けている少年に、私は何て答えればいいのか。

 もう一度、嘘つき、と言ってやればいいのか。

 それとも────



『ありがとう、かしら』



 突如、背後から別の声が聞こえる。

 柔らかい女性の声。

 座った状態のまま、後ろを振り返る。

 目に映ったのは、水色の着物を身に纏う人物。

 腰まである長い髪は自分と同じ青色で、何よりも特徴的なのが、前髪から覗く角だ。


「……あなたは?」


 初めて声に出して問いかける。

 思いの外凛とした自身の声音に驚き、ふと自分の姿を見下ろすと、先程までの幼い(過去の)自分ではなく、華服(かふく)を着た現在(いま)の自分に戻っていた。


『私が誰なのかは、あなたが一番良く知ってるはずよ』

「……蒼燕(あおつばめ)、ですか?」


 少しの間を開けてその名を紡ぐと、彼女は柔らかく微笑んだ。

 彼女は否定も肯定もしなかったが、私は彼女が蒼燕であると、確信を持っている。


 何故ならば。


 ──彼女が、己の中にいる存在(丶丶丶丶丶丶丶丶)であるからだ。



『あなたは、これからどうするの?』


 静かに問いかけてくる彼女。

 すぐには答えることができずに黙り込んでいると、彼女がこちらに近づいてきた。

 歩くだけで、ふわりと舞う髪と着物。

 その妖艶な姿に、ついつい目を奪われる。

 目の前まで来ると、彼女は中腰になってそっと右手を差し出した。


『立ち上がりなさい。あなたはこんなところに留まっている場合じゃないの』


 彼女はその言葉をかけることで、私の背中を押してくれている。

 そしてそれは、恐らく今回が二度目。

 一度目は──


「……あのとき……茱絶(じゅぜつ)に私が殺されそうになったとき、助けてくれたのは……あなただったんですね」

『ふふ、それはどうかしら』


 楽しそうに笑う彼女を見ていると、自然とこちらも笑顔になる。


 ──前に、進まなければ。


 彼女が差し出している右手を、自分の手で握った。

 力強く手を引かれ、それにつられるように立ち上がる。


「今回助けてくれたのは……」

『そうね、私ととても深い繋がりを持つ人よ』


 そう言ってにっこり笑う。

 しかし、その笑顔にはどこか寂しさが浮かんでおり、未だ握られたままの私の手を、両手で優しく包み込んだ。


『私は、自分の罪を償うための役割を、あなたに押し付けてる。あなたの人生を利用することで、罪滅ぼしの手助けをしてもらってるの』

「……そうですね」

『あなたは、そんな私のことが……憎いんじゃない?』


 考えたこともなかったその問いに、再び黙り込む。


 私は、彼女──蒼燕のことを、憎いと思っているのだろうか。

 その質問は、司馬子元という人物にも言える。

 私は、彼のことを、憎いと思っているのだろうか。


 正直なところ、その答えはよくわからない。

 しかし、ひとつだけはっきりと言えるのは。

 今の私が()るのは、彼女や彼がいたお陰であるということだ。


 ──けれど。

 今ならわかる。


 それらは全て──仕組まれていた(丶丶丶丶丶丶丶)ものだったのだ。


 一般的に言い換えれば、皆こういう筈だ。




 それが運命なんだ、と。




「……ひとつだけ、質問してもいいですか?」

『いいわよ。何かしら?』

「なぜ、私を選んだ(丶丶丶)のですか?」


 私の質問に、彼女は僅かに驚いたような顔を見せた。

 しかしすぐに、柔らかい微笑みへと変わる。


『あなたに、霊依(たまよ)り……〝霊依(れいい)〟の素質があったから。

 それに、実際に選んだのは私じゃなくて、咲耶(さくや)よ。咲耶があなたの事を気に入ったの。

 もちろん、あなたをちゃんと見極めて、選ぶに値すると判断した上で、ね』



 ────薙瑠っ!



 突如背後から、自身の名を呼ぶ声が聞こえた。

 聞き間違えるはずのない、彼の声。

 振り返ってみるが、そこには既に少年の姿はなく、暗闇があるだけだった。


『そろそろ時間ね』


 彼女はそう呟いた。

 先程彼女が言った咲耶(サクヤ)というのは、姫様──木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)のことだろう。

 己が選ばれるきっかけとなった、〝霊依〟という素質のこと。

 それに関しては、一度姫様に話を聞いてみる必要があるかもしれない。



『行きなさい、桜薙瑠。私とはまたすぐに会えるわ』



 彼女の手が、私の額に触れる。

 その瞬間から、私の意識は徐々に遠のき、深い眠りに落ちたのだった。



───────────────



 〝為 真(マコトナル) (オノレ)()為 偽(イツハリナル) (オノレ)〟。

 (ソレ) (スナハチ)過去(カコ)( ノ )(オノレ)()現在(イマ)( ノ )(オノレ)(ニシテ)

 〝人間(ヒト)( ノ )(オノレ)()(オニ)( ノ )(オノレ)(ナリ)


 (ソノ) (モノ) (スナハチ) (サクラ) 薙瑠(チル) (ナリ)

 当人(トウニン) 知 其(ソレヲ シリシガ) (イマ)(サクラ) (マイ) (チル) (ソノ) (トキ) (スデニ) 不 遠(トオカラズ)


【〝真の自分〟と 〝偽りの自分〟 。

 それ即ち、〝過去の自分〟と〝現在の自分〟であり、同時に〝人間の自分〟と〝鬼の自分〟でもある。


 それが彼女──桜薙瑠。

 本人がそれを知った今、

 桜舞い散るその時は、

 もう、そんなに遠くない。】

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