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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
― 第壱章 ―
3/81

其ノ弐 ── 陽光在レバ陰影モ在リ (2/11)


 人間(ニンゲン) 不能(オニニ マサル)勝 鬼(コト アタハズ)

 各国(カクコク) 為 鬼(オニノ トウチ)所 統治(スル トコロト ナル)

 然而(シカレドモ)護 人間(ニンゲンヲ マモル) オニ (アリ)

 (ソノ) (オニ)進 時間(ジカンヲ ススムル) (カギ) (ナリ)


【力なき人間が、鬼に敵うはずもなく。

 国は次々と鬼によって統治されていく。

 そんな中、鬼から人間を護る鬼がいた。

 その鬼こそが、この物語の時を動かす鍵である。】

 


───────────────



 逃げるように自室に入って、戸を閉める。

 そしてそのまま、子元(しげん)は戸にもたれかかった。


 ──やってしまった。


 今まで何を言われようと、手を出すことは我慢していた。

 そうすることで、自分に対する印象をより悪くしないように努力してきた。


 ──なのに。


 子元はそのまま、その場にしゃがみこむ。

 そして俯きながら、大きな溜め息をついた。


 この世界には、人間以外にもうひとつ、別な種族が存在する。

 それが鬼──ある時を境に、突然現れた奇異なる種族。

 鬼と言っても、見た目は普通の人間である。

 髪色や目の色が、人間ではあり得ない蒼や朱だったりする者もいれば、人間と同じ黒髪黒目の者もいる。

 そんな彼ら鬼たちが持つ、様々な属性を操る不思議な力。

 その力を以て、彼らは鬼の姿へと変化(へんげ)するのである。

 故に、鬼は人間(ヒト)の姿と鬼の姿、ふたつの姿を持つ。

 そして彼らは、その力のことを〈(はな)〉と呼んだ。


 鬼は誰しも、体内に視えない〈華〉を持つ。

 子元も、子元の家族である春華(しゅんか)子上(しじょう)も、そして彦靖(げんせい)も。

 鬼として生まれたものは、全ての者が等しく〈華〉を持っている。

 しかし。

 子元の〈華〉だけは、他の鬼とは違った。

 違いができてしまった。


 〈華〉を持って生まれたのにも関わらず。


 〈華〉を咲かせられなかった。



 ──鬼の力を、使えないのだ。



 正確には、使えなく(丶丶丶丶)してしまった(丶丶丶丶丶丶)



 それこそが、彼が〈咲き損ない〉と言われる所以(ゆえん)であり。

 周囲との関係性に、亀裂を生じた原因だった。


 ふと顔を上げ、子元は前方にある窓枠へと視線を送る。

 自室を出る前と変わらず、仄かな陽光(ひかり)が差し込み、室内には暖かい空気が漂っていて。

 この心地の良い気温ならば、自然の花はきっと、伸び伸びとその花弁を広げているだろう。


 ──叶うものならば。

 自分も、同じ世界に行きたい。


 内心で呟きながら、子元は己の胸元を掴んだ。

 咲く事ができなかった〈華〉に、その思いを伝えるように。

 しかし、その右手の擦り傷が目に入り、現実の状況を思い出す。

 その擦り傷は、先程彦靖を殴ったことでできたものだった。

 思わず手が出てしまった、自分の軽率な行動。

 ──いや。

 思わず、ではない。

 殺意を持っていた以上、あれは意図的な行動であると言えるだろう。

 それによって、今の自分は処罰を待つ身である。

 そしてふと、子元の頭の中では、その時に言われた言葉がふつふつと蘇ってきていた。


 ──〈()(ぞこ)ない〉のお前が、今更何を頑張っている?


 ──あなたの〈華〉は、二度と〈開華〉しないというのに。



 ──こんな息子がいては、恥ずかしいことこの上ないでしょうねぇ。



「……うるさい……」


 己の中で反復する言葉に苛立ちを覚え、子元の口からは自然と言葉が紡がれる。

 行きどころのない静かな怒りを、ただ言葉にして消化する他なかった。


「貴様は黙ってろ……!!」

「……兄さん?」


 食いしばりながら言葉を発した直後、背後から呼ぶ声が聞こえ、子元はビクリと肩を揺らした。

 その声は紛れもなく弟の子上のもので、そうと分かっていれば敢えて開けることもせず、子元はそのまま苛立ちを含んだ刺々(とげとげ)しい声音で応答する。


「何だ」

「大丈夫……?」

「何がだ?」

「いや……話をしにきたんだけど、声が聞こえたから」


 心配そうに、どこか力のない声音で言う子上だったが、今の子元には弟を気遣う余裕がなかったらしい。

 話をしにきた、という単語のみを拾って、弟の問いかけに答えることなく話を進める。


「話って何だ」

「あ、えと……さっきの、あいつの事なんだけど」

「……ああ」

「殴ったこと、許すって……父さんが」

「……は」


 (みやこ)内で、しかも私情で暴力を振るうことは許されない。

 ましてや相手は鬼──貴重な戦力だ。

 それを殺そうとしていたにも関わらず、何の処罰も与えないという。

 半ば信じられないその言葉に、子元は自嘲気味に笑う。


「何を今更……それは何だ、俺に気を遣ってるのか? それとも情けを掛けてるのか?」

「違うよ、父さんは最初から、兄さんの今の状況のことを何も悪く言ってない」

「当然だ。悪く言う言わない以前に、あの人は他人のことなど何も気にしないような人だからな」

「他人って……兄さんは家族でしょ、だから〝桜の鬼〟を探してるんだよ? 本当に他人だったら何もしてないよ」


 桜の鬼、という単語に、子元は口を閉ざした。

 俯き気味だった顔を上げて、虚ろに天井を見つめる。

 彼の青白い瞳は暗く濁っていて、まるで何も期待していない、と言わんばかりの表情だった。


「……それ、一体いつになったら見つかるんだ?」


 先程までの刺のある声音とは打って変わって、力のない声で子元は言葉を続けた。


「俺がこうなった時から……〈咲き損ない〉になってから、もう五年の年月が経った。

 未だに見つからない。

 というかそもそも、だ。

 桜の鬼なんて……本当に居るのか?」


 子元のその問いかけに、子上はなんて答えるべきなのか分からず、口を噤んだ。

 というのも、子上自身、まだ見つからないという状況から、もう見つからないのではないかと思い始めていたからだ。

 そんな弟の様子を、子元は敏感に感じ取っていた。


「子上、一人にさせてくれ」

「あ……うん、分かった。……ごめん」


 子上は小さな声でそう言い、その場から去っていく。

 小さくなる足音を聞きながら、何に対して謝ったのだろうかと、弟の紡いだ「ごめん」という言葉の意味を考えていた。


 桜の鬼が見つからないという状況に対してなのか、或いは、もう見つからないと思っていたことに対してなのか。

 どちらにせよ弟は、そもそも家族は、何も悪くないのだ。

 あの人──父親も含めて。


 子元は(おもむろ)に、窓枠から差し込む陽光(ひかり)に向けて手を伸ばす。

 逆光により、黒い陰影(かげ)を纏う己の手。

 今の自分は、この手のように、陽光(ひかり)の当たらないところにいる。

 このままでは、〈華〉は咲かない。


「……桜の鬼……か」


 その鬼は、二度と〈開華(かいか)〉できないと言われているこの〈華〉を、〈開華〉させることができるらしい。

 しかし、その鬼はある時を境に姿を消しており、以後、現在(いま)に至るまでの約四十年間、行方知れずになっていた。


 そんな、存在するかどうかさえ分からない鬼が。

 ()し、本当に居るならば。

 ()し、本当に見つかったならば。

 ()の〈華〉は再び、陽光(ひかり)を浴びることができるだろうか。

 陽光(ひかり)の当たる──この手の向こう側に行くことができるだろうか。


 朱夏(なつ)の始まりが訪れた、青々とした自然の世界。

 しかし、子元のもとには、未だ青春(はる)は訪れず。

 彼の中にある〈華〉は、陽光(ひかり)の当たらない、陰影(かげ)の中に埋もれていた。

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