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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第参章 ─
28/81

其ノ参 ── 紡ガルル記憶ノ物語 (3/11)


 子元(しげん)が衝撃的な出来事の一部始終を目にした、その翌日。

 昨日と同じような時間帯に村を訪れると、仲達(ちゅうたつ)は昨日と同様に、村の端にある木に背を預けるようにして座る。

 子元も最初は父の隣に座ったが、昨日の出来事が忘れられないらしく、その家屋をじっと見詰めていた。

そしてふと、何かに気付いたらしい。

 子元は何も言わずに立ち上がり、その家屋へと駆けていく。

 仲達もそれを止めることはしなかった。


 子元はその家屋の横──父の居る位置からは家屋で隠れる場所に、少女が(うずくま)っているのを見つける。

 子元とそう変わらない年の少女のようだった。

 しかし、着ている衣装は他の村人に比べてぼろぼろで、肩くらいの長さがある髪は毛先が不揃いでぼさぼさ。


 暴力を受けていることが、ひと目で分かるような姿だった。


 そんな少女の髪色は、根本から毛先にかけて青から黒へと変化しており、それはまるで成長するにつれて黒髪から青髪へと変化している途中のようにも見えた。


 子元はふと、彼女の首筋に一輪の花があることに気付く。

 勝手に手を出すのもどこか気が引けて、少女の隣に顔を覗き込むようにしゃがんだ。


「……花が……首筋に、のってるよ?」


 静かにそう教えてあげたのだが、少女からは全く反応がなく、顔すらあげなかった。

 子元は小さくため息をついて、その花を取ろうと、彼女の首筋にある花へ手を伸ばした、その時。


 ──異変に気づいた。


 その花は、首筋にのっているのではない。

 風にのって飛んできて、偶然彼女の首筋にのった花ではなかった。


 ──彼女の背中から、咲いている(丶丶丶丶丶)のだ。


 それに気付いて、驚きのあまり子元は目を見開いて固まる。

 そんな時、今まで動かなかった少女がもそもそと動き、僅かに顔をあげた。

 長い髪の間から覗く、大きな蒼い眼。

 昨日のことを思い出し、その瞳の奥には果てしない闇が広がっているような、そんな錯覚に襲われて、子元は思わずゾッとする。

 その瞳が子元を捉えると、口元からゆっくりと言葉が紡がれた。


「……びょうき、だよ」


 消え入りそうなくらい小さな声で、彼女はそう言った。

 そんな彼女の声にはっとして、子元は出来るだけ彼女を怖がらせないように、優しく訊ねる。


「……病気……?」

「…………あなたも、わたしといないほうがいい。……にげて」


 そう言いながら、彼女の瞳が自分の背後に移された。

 それにつられるように振り返ると、数人の村人がこちらを見ながら、何かをコソコソと話している光景があった。

 しかし、子元はそんな事は気にせず少女に向き合う。


「……辛くないの?」

「……」


 子元の問いかけに、彼女は静かに目を伏せた。


「……だれも、たすけてなんかくれない」

「……」

「なんで……はなしかけてきたの」

「……それは……」

「……わたしが、かわいそうだから?」


 再び子元に視線を合わせ、彼女は言葉を続ける。


「……きのうの、みてたでしょ。

 めがあったとき……にげたよね」

「……っ」


 視線を外すことなく、じっとこちらを見て話す彼女に、僅かに恐怖を覚えた。


「……ほら、いまもまた……」

「……違う」


 恐怖を感じたことを誤魔化すように否定する。

 しかしそれは、ただ誤魔化した訳ではなかった。


「話しかけたのは、あなたのことも知りたいから。私はまだ、この世界のことを……よく知らないんだ」

「……」


 子元の言葉を、彼女は黙って聞いていた。

 暫くの間が続く。

 ふわりと僅かな風が吹き、二人の髪だけでなく、彼女の首筋から顔を出している花がゆらゆらと揺れる。

 沈黙に耐えかねたのか、子元が立ち上がる。


「……また、明日も来るから」


 それだけ言い残して、彼は父のもとへと戻っていった。


 その日以来、子元は村付近に滞在している間は毎日のように村に訪れ、彼女と話をした。

 彼女に暴力を振るっていた青年も村にいたが、仲達の目があるところではやらないほうが良いと判断したのか、初日以来彼女と接触しているところを見なかった。


 逆に言えば、仲達が居ないとき──即ち夜間に暴力を振るっていたということだ。


 子元は彼女に会うたびに、違う箇所に傷や痣が増えていることに気付いていた。

 もちろん、そのことを父にも報告していた。

 子元の話を聞いている間、仲達は軽く頷いてはいたものの──子元の「あの子を助けてあげないの?」という問いには、何も答えなかった。


 そして、彼女と初めて話してから数日が経ったある日のこと。


「こんにちは」

「……」


 子元はいつも通り、蹲る彼女の隣にしゃがんで彼女に話しかける。

 そして彼女は、いつも通り挨拶を返さない──と思ったが。


「……こん、にちは」


 わずかに顔を上げて、ぼそっとそう呟いた。

 子元は初めて挨拶が返ってきたことが嬉しかったらしい。

 一瞬目を丸くするも、すぐに満面の笑みを浮かべる。


「こんにちは! 今日は返してくれるんだ?」

「…………うん」


 頷く彼女は照れているのか、嬉しそうにする彼から目を逸らした。

 頬も僅かに紅く染まっているように見える。

 僅かな間を開けたあと、彼女は再び口を開いた。


「………………うれしかった……から」

「嬉しかった?」

「……あなたが、はなしかけてくれるのが」


 そう言いながら彼女は僅かに微笑んだ。

 初めて見る、彼女の笑顔。

 その笑顔に、子元は胸がきゅぅっと締め付けられるような感覚に陥る。

 幼い彼は、それがどんな感情なのかをまだ知らない。

 知らないけれど。


 その笑顔を──守ってあげたい。


 そう感じたようだ。

 子元は彼女を真剣な目で見つめると、はっきりとこう言った。



「私が……あなたを助けたい」



 その言葉は彼女には思いもよらない言葉だったらしく、少女は目を丸くして驚いている。

 そんな彼女を見ながら、子元は話を続けた。


「皆が助けないなら、私が助ける」

「……ほんとうに?」

「うん。何とかしてみせる」


 子元がしっかりと頷いたのを見て、少女は再び嬉しそうに微笑んだ。


 嘘ではなく本気で言った言葉だが、実際のところはその笑顔が見たいという気持ちから、口にした言葉。

 そして同時に、父ならなんとかしてくれるという確信があったからこそ、言えた言葉。

 幼い故の、甘えた考え方だった。

 しかし当然、現実はそんなに甘くない。

 その時にはまだ、その言葉が後に彼女を傷付ける原因になるなど──彼は思いもしなかったのだ。



 そうして、約十日ほどが過ぎた頃。

 洛陽(らくよう)に帰還する日がやってきた。

 最後の挨拶に村を訪れたとき、仲達は村長に軽く挨拶をした。

 子元も挨拶として一礼する。

 その様子を、少女は家屋の前に蹲りながらじっと見ていた。


 そして村を去ろうとした時、子元と少女の目が合った。

 助けると言った日から──いや、彼女のことに関しては、それよりも前から、ずっと父に現状を報告していた。

 話をしている間、父は黙って聞いてくれていた。

 ──なのに、結局何もしていない。


 このままじゃ──だめだ。


 そう思ったらしい子元は、前を歩く父の服の裾を掴んだ。

 ぴたりと足を止める父を見て、子元はおずおずと申し出る。


「あ、あの……父上、あの子を……」

「……」

「……父上、聞いてますか……?」

「俺が助けるとでも思ったのか?」


 突然上から降ってきた鋭い言葉に、子元はビクリと肩を振るわせる。

 今まで子元の方を見ることなく彼の問いかけを聞いていた仲達だったが、漸く子元の方を振り返った。

 その目つきは穏やかなものではなく、睨みつけるような鋭い視線だった。


「諦めろ」

「……っ父上は! あんなに酷い目にあってる子供を、見捨てるというのですか……っ!?」


 子元は拳をぎゅっと握りしめながら、父の視線に負けじと睨みつける。

 しかし、仲達は態度を変えることなく淡々と答えた。


「だったら何だ?」

「……どうして、ですか」

「どうしてか、だと? そんなの決まってるだろうが。あいつは俺達と何の関係もないからだ」

「今は……関係なくないです。ちゃんと関係を持ったじゃないですか」

「それを言うならあいつだけじゃなく、この村にいるやつら全員がそうだ。何故あいつだけ特別に(丶丶丶丶丶丶丶丶)助けてやらなきゃならないんだ?」


 父のその言葉に、子元はハッとした。

 幼いが故に、そこまで考えることが出来ていなかった。


 ──何らかの理由で嫌われているやつなど、この世界には巨万(ごまん)といる。

 ──あいつと関わるなら、そのことを頭に入れておけ。


 初めて少女と話をした日、彼女のことを話したときに父が言った言葉。

 それが一体どういう意味なのか、その時の子元は深く考えもしなかった。

 しかし今になって思えば、それは忠告だったのだ。



 ──少女を助けることはしない、という。



 今更それに気付いて、あの時軽率に「助ける」「何とかする」と言ったことを、後悔した。

 その意味をちゃんと理解していれば──彼女を期待させるようなことは言わなかったのに。


「助けるって言ったからには自分で(丶丶丶)動くのが普通だ。人に頼るなんて考えを持ってる時点で甘い。てめぇの言動にはてめぇで責任を持ちやがれ」


 相変わらず鋭い言葉を浴びせる。

 もちろん子元を思ってのことだ。

 だが少しきつく言い過ぎたと反省したのか、彼は俯いている子元を見下ろしながら小さく息を吐いた。

 そして再び言葉を紡ぐ。

 その声音は、先程までの鋭いものではなく、幼い子元を思う優しさが込められた声音だった。


「……助けたい、助かりたいと思うなら、自分で動くしかねぇ。やろうと思えばこの村から出てくことだってできるだろうが」


 その言葉に、子元は顔を上げた。

 父と目が合う。

 その視線は確かに子元に注がれていたのだが、言っていることはまるで──少女への言葉でもあるように聞こえた。


 今の言葉を彼女は聞いていただろうか。

 家屋からは僅かに距離があるため、もしかしたら聞こえていなかったかもしれない。

 ふと、彼女の方へと視線を移す。

 その目に映った彼女は、光の無い瞳──生気のない瞳を、こちらに向けていた。


 見開いたままの瞳から、一筋の涙が頬を伝っている。

 そんな彼女の口元が、僅かに動く。

 一文字一文字を、はっきりと読み取ってもらうために、真っ直ぐとこちらを見ながらこう呟いた。




 う そ つ き




 子元は愕然とした。

 たった四文字の言葉だが、幼い彼の心を抉るには十分だった。


 ──あんな表情(かお)を、させるつもりはなかったのに。

 ──あんなことを、言わせるつもりもなかったのに。



 ──笑顔を、守りたいと思っただけなのに。



 その結果がこれだ。

 今の話を、どこまで彼女が聞いていたのか分からない。

 分からないけれど、少なくとも、子元は自分を助けない、ということは伝わったのだろう。

 だからこそ、あんな表情(かお)をしたのだと思う。


 僅かに顔を挙げていた彼女は、もうあなたの顔なんて見たくないとでも言うように、自身の腕の中に顔を埋めた。

 今の一連の話は、周囲にいた村人たちも聞いていたはずだ。

 誰か一人くらい、彼女を慰めてくれるはず──そう思って周りを見回すが。


 殆どの人が、嘲笑うように彼女を見ていた。



「馬鹿だね。彼と仲良くなったって、助けてもらえるはずないのにさ」

「何を期待してたんだか」

「むしろ出てってくれても良かったんだけどねぇ」

「あんな化物、早くいなくなってくれればいいのに」



 そんなことを、小声で口々に呟いている。


(なんなんだ……なんなんだよこの村は……)


 彼女が何かしたのか?

 ただ奇妙な病気というだけで、こんなにも酷い扱いを受けなきゃいけないのか?


 子元はそんな村の様子にゾッとしながら周囲を見ていた。

 彼女を最初に見たときから、なんとなくは分かっていた。

 けれど、その現状を受け入れることができなかったのだ。


 父は──この村のことを、なんとも思っていないのか。

 ふと父を見やると、彼はじっと彼女の方を見ていた。

 しかし、その顔は相変わらず平然としており、何とも思っていないようだった。


 その視線に気付いたのか、仲達は子元のほうを一瞬見たあと、小さくため息をついた。


「……いい加減帰るぞ」

「…………」


 そう呟いて、俯いたまま何も答えない子元の手を引き、近くの木に手綱を縛って待機させていた馬のもとへと歩いていく。

 そのとき、前方から入れ違うようにして戻ってきた男性がいた。


 少女へ暴力を振るっている青年だ。


 彼は仲達と子元の横を通り過ぎると、真っ直ぐと家屋の前で蹲る少女のもとへ向かっていった。


「お前を助ける物好きなんて、この世にはいねぇんだよ、蒼燕(あおつばめ)


 そんな声が背後から聞こえる。

 蒼燕、というのは恐らく少女の名だ。


 仲達は子元を馬に乗せた後、自分も同じ馬に股がる。


(……そういえば、名前……今初めて知った……)


 父の前で座りながら、子元は内心でそんなことを呟いた。

 もう二度と会うことはないだろう。

 仲達が手綱を(はた)くと、馬はゆっくりと歩き出し、村を後にした。




「──こんな感じで、二人は村から帰ってきたみたい。子元にとっては忘れられない出来事なんじゃないかしら」

「……蒼燕……」


 春華(しゅんか)が語り終えると同時に、(からす)はその名を呟いた。

 そんな彼は驚くような表情になっており、それは隣にいる神流(かんな)も同じだった。


「その子を知ってるの?」

「あ、いえ……何処かで聞いたような名前だな、と思って」


 驚いている二人を不思議に思ったのか、半ば首を傾げている春華に対し、誤魔化すように神流が応じる。

 僅かに間が開いたが、春華はそれを追求するようなことはせず。


「ここだけの話なんだけどね。

 旦那様も、その時の子元のこと、かなり気に掛けてたのよ」


 楽しそうに話を切り出す春華。

 二人は一度、蒼燕のことは置いておいて、彼女の話しに耳を傾けることにした。


「帰ってきた日の夜、子元が寝たあとにね、旦那様、こう言ってたのよ。寂しそうな顔をしながら『子元は俺のこと嫌いになったかもしれないな』って」

「えっ……あの仲達が?」

「そうよ。そんなことはないんじゃない? って言ったら、『折角頼ってくれたのに、俺はあいつの信頼を裏切ったから……きっと嫌われた』って。なんかもう、泣きそうな顔で」

「親馬鹿かよ……」

「どんだけ好きなのよ子元のこと……」

「そんなに好きなのに、やり方が不器用なんだから、もう笑っちゃうわ」

「ほんとそれ、何とかならないのあれ?」


 あいつが素直になってもそれはそれで何か嫌だけどな、と鴉。

 ……確かにそうよね、と神流も真剣な顔をして頷く。

 春華も二人の反応を見ながら楽しそうに微笑(わら)っている。

 三人が居る部屋を照らす蝋燭(ろうそく)も、彼女たちの声に反応するように、楽しげに揺れていた。



 仲達と子元が過去に出会った、蒼燕という名の少女。

 彼女の人生の物語は、姿を変えて、今でも尚紡がれ続けている。

 その事実を知るのは、〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉のみ。



 ──そう。

 本人(丶丶)ですら、今はまだその事実を知らないのだ。



───────────────



 被 忌 嫌(イミ キラワレシ) 少女(ショウジョ)

 彼女(カノジョハ) (コノ) 時間之被害者(セカイノ ヒガイシャ) (ナリ)

 (ボウリョクヲ) 暴力(フルヒシ) 少年(ショウネン)

 (カレ) (マタ) (コノ) 時間之被害者(セカイノ ヒガイシャ) (ナリ)

 (オリノ) (ナカデ) (スゴス) 二人( フタリ )彼等(カレラノ) (カゲニ)

 (アヤシキ) 桜樹(オウジュ)──〈逍遙樹(ショウヨウジュ)(アリ)


【周囲に忌み嫌われる少女。

 彼女はもちろん、この時間(せかい)の被害者だ。

 そして、彼女に暴力を振るう青年。

 彼もまた、この時間(せかい)の被害者だった。

 村という檻の中で過ごす、二人の被害者。

 その二人の陰には、妖しき桜の樹──〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉の存在があった。】

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