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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第参章 ─
27/81

其ノ弐 ── 記憶ハ過去ト現在ヲ繋グ (2/11)


 過去(カコ) (アルガ) (ユエニ) 現在(ゲンザイ) (アリ)

 雖 失(カコノキオク) 過去之記憶(ウシナフト イヘドモ)(カコ) 存在(カナラズ) 過去(ソンザイス)

 失 過去之記憶ウシナハレシカコノキオク集 其 記憶之欠片ソノキオクノカケラヲアツムル (トキ)

 歯車(ハグルマ) 動 正常 乎セイジョウニウゴクヤ 否 乎(イナヤ)(ソノ) (コタへ) (スデニ) (アリ)

 (ウンメイノ) 運命之(トリカゴニ )鳥籠(トラワレシ) (モノ)

 (ソノ) (モノニ) 不 与(センタクシハ) 選択肢(アタヘラレズ)


【過去が在るからこそ、現在(いま)が在る。

 過去の記憶が失われていても、過去は必ず存在する。

 失われし過去の記憶。

 その記憶の欠片を拾い集めた時、歯車は正常に動くのか、或いは狂うのか。

 それすらも既に、決められた答えが存在する。

 運命という名の鳥籠に囚われし者。

 その者に、そこから出でいく選択肢など、始めからなかったのだった。】



────────────────



 話し合いを終え、それぞれが部屋に戻っていく中、(からす)神流(かんな)も、それぞれの部屋へと向かうために回廊を歩いていた。


 二人分の足音だけが、静かに響く。

 暫くお互いに無言のままだったが、神流がふと思い出したように呟いた。


仲達(ちゅうたつ)子元(しげん)……過去に何かあったのかしら」


 その呟きを聞いて、頭の後ろで手を組んで歩いている鴉も、先程の二人のやり取りを思い出したように応じる。


「あぁ、さっきのやつか。あいつら過去にいざこざ多すぎねーか?」

「〈開華〉にまつわる親子喧嘩も、仲直りしてまだ半年くらいしか経ってないのにね」

「つーか、薙瑠(ちる)が来てまだ半年しか経ってねーのにも驚きだけどな」

「……本当に、桜が咲いてから色んなことが立て続けに起こるわね……」


「……あら、疲れているの?」


 突如背後から声をかけられ、二人は驚いたように振り返る。

 そこに居たのは、腰の辺りまで伸びているふわりとした青い髪に、髪と同じ色をしている瞳を持つ女性。

 仲達の妻であり、子元と子上の母親である、(ちょう)春華(しゅんか)だ。


「びっくりした……驚かさないで春華殿」

「ふふ、ごめんなさいね。どこか疲れているような雰囲気があったから、声をかけずには居られなかったの」

「俺達は別に疲れてねーよ、一番大変なのは俺達じゃなくて……薙瑠の方だからな」


 鴉は視線を落として、僅かにうつむきながら言う。

神流もどこか辛そうな顔をして地面を見詰めている。

 そんなとき、軽くぱん、と手を叩く音が響いた。

 それに反応するように、二人は反射的に春華の方を見た。


「……ふふ、顔が上がったわね。薙瑠殿が辛いって思うのなら、あなた達はちゃんと前を向いて、彼女を支えてあげるべきなんじゃないかしら?」


 彼女は両手を胸の前で合わせたまま、穏やかに微笑む。

 そんな彼女につられるようにして、二人にも笑みが溢れた。


「そうね」

「そうだな」

「ええ、そうよ。ところで、さっき旦那様と子元の話をしてたわね?」


 その言葉に、二人はぴくりと反応し、鴉は罰が悪そうに目を逸しながら応じた。


「……悪い、別に悪く言うつもりはなかったんだ」

「分かってるわ。私も怒ってるわけじゃなくて、あなた達がその話を知りたいなら、話してあげようかしら、と思って」


 彼女の思わぬ言葉に、二人は目を丸くした。


「……いいの? 聞いちゃっても」

「別に聞いちゃ駄目ってことはないわよ。

 ……聞きたいんでしょう?」


 相変わらず微笑みながら問いかける春華に、神流も鴉も素直にこくりと頷いた。

 そんな二人を見て、彼女は嬉しそうに笑う。


「ふふ、そうと決まれば場所を変えましょ。ここでの立ち話は疲れるだろうし」


 そう言って彼女は、二人を自分の部屋へと案内する。

 部屋に着くまでの間、春華は終始楽しそうに歩き、鴉も神流も、そんな彼女の風に乗るように、笑顔を取り戻していた。


 *

 *

 *


「──さて、本題に入りましょう」


 春華の部屋に通された神流と鴉は、彼女と向かい合うようにして椅子に腰掛けている。

 自身も向かい側に座ったところで、春華は早速話を切り出したのだった。


「私は旦那様から話を聞いただけだから、詳しいことは分からないのだけど、知っている限りのことを話すわね」

「……ありがとう、春華殿」

「だが……なんで俺達に、話をしようと思ったんだ?」


 素直に礼を言う神流に対して、鴉は疑問を口にした。

 春華は鴉を見て柔らかく微笑む。


「特に理由は無いわ。強いて言うなら、あなた達とこうして、ゆっくり話をしてみたかっただけ。私のわがままだと思ってくれて構わないわよ」

「……そうか」


 彼女の微笑みに、鴉も軽く笑みを見せて頷いた。

 その頷きに、彼女は嬉しそうにふふ、と笑ってから、話題を戻す。


「それで、旦那様と子元のことなんだけど。まだ旦那様が国を継ぐ前…曹丕(そうひ)様が国を治めている時期のお話よ」


 静かに語りだす彼女の話に、二人は真剣に耳を傾ける。


「曹丕様が国を治めている時、とある村に鬼がいる、と言う話があったみたいなの。それでその村の様子を見に行くように頼まれたのが旦那様。子元はまだ幼かったけれど、そろそろ外の世界をよく知るべきだって、旦那様が連れて行くって言ったのよ。村を訪れるだけだったから、私も承諾して送り出したわ」

「ああ……あの時のことね。私も覚えてる」


 神流も当時、仲達を送り出す場所に同行していた。

 幼い子元を自身の前にのせて、二人で馬に乗る様子はまさに親子そのもので、微笑ましい光景だったのを覚えている。


「つーことは、俺がまだ魏国(ここ)に来る前か」

「そうね、旦那様があなたを拾ったのはそれ以降だったわ」

「また話が脱線するとあれだから戻すけど、何かあったのはその村を訪れたときってこと?」

「ええ。その村で……まだ幼かった子元には、かなり衝撃的な出来事だったと思うわ」


 半ば俯くようにして、春華は仲達から聞いた、当時の様子を静かに語りだした。




 ──今から約二十年前。

 まだ曹丕が国を治めていた当時のこと。

 彼の(あざな)子桓(しかん)

 最初(はじまり)の鬼と言われる曹操(そうそう)の息子で、仲達の上司にあたる人物だ。

 そんな彼のもとに、とある村に鬼がいるという話が舞い込んできた。

 その村は魏国の領土内にある村だが、万が一他国の鬼が潜んでいるなどという事があってはならないと考えた子桓は、自身の部下である仲達に、村の様子を見てくるように命を下したのだった。


 仲達はその命を受け、数人の部下と自身の息子である子元を連れて、村へと向かった。

 その村は都である洛陽から遠く離れた、蜀や呉の国境に近い場所に位置する村。

 その様子を確実に把握するためには、数日の間その村の付近にある小さな砦に滞在する必要があった。

 砦への移動で日数を費やしたため、村への訪問は出立してから数日後だったと言う。


「……曹丕様からの命で来た司馬(しば)仲達(ちゅうたつ)だ。数日の間、この村の様子を見させてもらう」


 砦に到着した日の翌朝、仲達は連れてきた部下の大半に砦の留守を任せ、子元と二人の部下のみを連れて村を訪れた。

 事前にある程度の話を聞いていたらしい村の長と思しき人物は、仲達に何かするべき事はあるか訊ねたが、仲達は「いい、構うな」とだけ言って断った。

 何もしなくていい代わりに、こちらも自由に村を動き回る、という交換条件を出したらしい。

 しかし、動き回るとは言ったものの、一角に立てば全体を見渡せるほどの小さな村だった。

 仲達は出入り口付近にある数本の木に馬を繋いで、その木に背を預けて座り込む。

 村の周囲には田畑があり、その面積を含めばかなりの広さになるが、村自体が木々に囲まれているため、そこへ出て行くには今仲達が居る出入り口を通る必要がある。


 ──見張るには絶好の場所、と言う訳だ。


 幼い子元はその意図に気付かず、その場から動こうとしない父を不思議に思い、おずおずと訊ねた。


「……父上、村を……見回らないんですか?」

「ここに居れば全体が見える。それにこの広さなら、鬼が居れば近付かなくても気配で分かる」

「……そう、ですか」


 どこか残念そうに、しょんぼりとしながら父・仲達の隣に座る子元。

 自ら父の隣に、ちょこん、と座りに来る子供の様子は、親から見れば愛らしいものだ。

 子元にとって「村」という場所を訪れるのはこれが初めてだったため、自由に動き回りたかったのだろう。

 そんな子元の思いを知ってか知らずか、仲達は子元の頭を軽くぽんぽんとしながら言う。


「……お前は自由にしていいぞ」


 その一言に、子元は反射的に顔を上げ、父の方を見た。

 その瞳は嬉しそうに、きらきらと輝いている。


「ほんとですか?」

「……ああ」


 仲達が小さく頷くのを見て、子元は嬉しそうに笑った。

 そしてその場に立ち上がり、ぺこり、と頭を下げる。


「ありがとうございます!」


 それだけ言って、たたたっと村の中へと駆けていった。


「誰も付かなくて大丈夫ですか?」

「いい。自由にさせてやれ。……あいつに手を出したら殺すと言ってある」

「わ……分かりました」


 共に来ていた部下の一人が、子元の身を案じて仲達に声をかけたが、最後の一言に思わず恐怖を覚えたらしい。

 そんな事は露知らず、仲達はちょこちょこと動き回ったり、村人に話しかけている小さな子元を見て、僅かに微笑んでいた。


(………………可愛い)


 彼がそんな事を思っていることを知るのは、彼の妻で、子元の母である春華だけだろう。


 一方子元は、初めて訪れる「村」という場所に、心が踊っていたらしい。

 村人にちゃんと許可を得て家屋の中へと入ったり、初めて見る道具の使い方を教わったりしていた。


 一通り村を歩き回ったあと、とある家屋の中から物音がしたことに気付く。

 父が居る場所からはある程度離れているが、出入り口に一番近い場所にある建物。

 そこだけ人気のない家屋であるため、恐らく倉庫か何かとして使われているのだろう。

 そう思って、子元もその家屋だけは近付こうとしなかった。

 しかし、その家屋の引き戸が僅かに開いており、物音を聞いた子元は、恐る恐る中を覗く。


 目に映ったのは、二人の人物。

 床に倒れ込んでいる女性の上に、男性が覆い被さるような状態で居た。

 一瞬見てはいけないものを見てしまったのかと思い、慌てて目を逸らしたが、その直後、殴る様な鈍い音が響いた。


 ──何かが、おかしい。


 直感的にそう思った子元は、再びその男女へ視線を戻す。

 若い青年が、まだ幼い少女を殴り続けている──そんな光景があった。

 その光景に目を離せないでいると、殴られている少女が、ふとこちらを見た。

 彼女と目が合う。

 その瞬間、子元は思わず後退った。


 ──深い闇の中へ吸い込まれそうな、絶望に満ちたような瞳。


 衝撃のあまり、目を見開いたまま呆然と立っていた子元だが、そんな彼の様子に気付いたらしい村人が、慌てて戸を締めながら言う。


「……見てはいけませぬ。

 ここには恐ろしきものが住んで()ります(ゆえ)


 成人男性が、苦笑しながら子元に言い聞かせた。

 子元はその言葉など耳に入っていないようで、未だ閉められた扉をただじっと見詰めていた。


「子元」


 ふと、父の声が耳に入る。

 そちらを見れば、手招きしている彼がいた。

 子元は我に帰ったようで、逃げるようにして仲達の元へ駆け寄るなり、彼に抱きついた。


「……どうした」


 仲達は突如抱きついてきた子元に驚きつつも、何も言わない彼の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

 そして子元が駆けてきた方──入り口近くにある家屋へ視線を移す。


 ──間違いない。あそこに、いる。


 彼には全てお見通しだったらしい。

 この出入り口という位置を選んだのも、動くことなく座り続けていたのも、仲達には最初からその家屋に〝何か〟がいると分かっていたからだった。

 そしてその〝何か〟は、村人からの嫌われ者。

 そのために、村の端にある家屋に追いやられているという訳だ。


「……帰るぞ」


 仲達のその一言で、訪問初日は幕を閉じた。

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