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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
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番外篇 ── 翠ノ華ヲ支エシ者


 蜀国(しょくのくに)の都・成都(せいと)

 魏国(ぎのくに)との戦から帰還した伯約(はくやく)狼莎(ろうさ)は、伯約が乗っていた馬を預けるため、厩舎(きゅうしゃ)に来ていた。

 狼莎は馬には乗っていなかったものの、動物が好きな彼女は、彼に同行していた。

 彼が厩舎に預けた馬を、狼莎は優しく撫でている。

 そんな彼女を、伯約はどこか浮かばない顔をして見ており。

 そしてぽつりと。


「……怒られそう」


 そんな言葉を漏らした。


「ん〜? 誰に〜?」

費禕(ひい)殿に……」

「承諾、貰ったって言ってたじゃない〜」

「……それが、実は、ちょっと強行した感じで」

「えぇ〜?」


 そこで初めて、狼莎は伯約へと視線を移した。

 いつもなら柔らかな微笑みを浮かべている彼女も、呆れたような顔をしている。


「ねぇ、それって、あなたが本当に帰ってこない結果になってたら、彼の怒りの矛先は、私に向いてたってことだよね〜?」

「……そうだろうな」

「ひど〜い」

「すまない! でもほら、ちゃんと生きて帰ってきたし、全部俺が責任取るから……!」


 と、伯約が言った直後。


「ほぉーう、しかと聞き届けたぞ、姜維(きょうい)殿」


 そんな第三者の声が響く。

 それが誰の声なのかは言うまでもなく、伯約が苦笑いで後ろを振り返れば。

 少し白髪が混じった中年男性が、腕を組んで笑っていた。


「全ての責任は取ると、そう言いましたな。

 ではそれに免じて、狼莎殿はお咎め無しで構いませぬぞ」

「ありがとうございます〜」

「とは言え、承諾を貰ったなどと嘘までついていたのだ、責任は姜維殿一人にあって当然ですな」

「……ですよねー……」


 喜ぶ狼莎とは対照的に、伯約は項垂れている。

 そんな彼を見て、中年男性──()文偉(ぶんい)は、呆れたように小さくため息をついた。


「……まさか死にに行く前提だったとは」

「あー……いや、あの、それはですね……」

「桜の鬼。そなたの死が、桜の鬼を助ける術だと?」

「正確には、桜の鬼に殺されることが……です」

「ほぅ、そこまでして協力したがる桜の鬼とは、一体どんな人物なのか、一度はこの目で見てみたいものだ」


 面白がるように伯約の話を聞く文偉だが、その瞳は笑っていなかった。

 それも当然だろう。

 現在の蜀は、昨年の諸葛亮(しょかつりょう)北伐(ほくばつ)によって疎かになっていた、内政の回復が急務であった。

 ()文偉(ぶんい)は、その政策を行う立場にある人物の一人である。

 伯約は、そんな彼の静止を無視してまで、少数とはいえ軍を動かしたのだ。

 そして僅かながらも、貴重な兵力を失った。

 伯約自身の身勝手な行為は、国の回復に大きく影響が出る可能性もあるだろう。


「鬼として生まれたことに、そなたがどんな思いで居たのかは、人間である(わたくし)も多少のことは理解しているつもりだ。

 だからこそ、素直に事実を伝えてもらいたかったと、そう思うのだが」

「あー……はい、それは分かってはいたんですがね……死にに行く、なんてとても言い出せなかったというか」

「何を言う、戦好きなそなたがそんなことを言い出したところで、誰もおかしいとは思わぬぞ」

「えっ」


 意外な返答に伯約か目を丸くすると、文偉は面白がるように口角を上げた。


「そなたが内政に向いているとは思わぬからな、現状そなたが居ようが居まいが、大して変わらぬ」

「えぇ〜……それはちょっと傷付きますよ費偉(ひい)殿……」

「でも実際本当に有り得そう〜」

「なんだよ狼莎まで……」


 拗ねる伯約を見て、文偉は揶揄うように笑う。


「はっはっはっ、冗談だ。

 そなたも蜀国(しょくのくに)に仕える大切な人材。そしてそれは、今回そなたが連れていった兵士全員にも当てはまることだ、姜維殿」

「……はい。承知しております」

「少数とは言え、本来ならば失うことの無かった命を、そなたの身勝手な都合で失った。

 許されることではない」


 一転して真剣な顔、真剣な声音で言う文偉の言葉は最もだった。

 兵士本人が自ら志願してくれたとは言え、伯約が立ち上がらなければ、そもそもこの戦が起こることは無かったのだ。

 そのことは伯約自身も、充分理解していた。

 だからこそ。

 伯約は丁寧に拱手(きょうしゅ)し、翡翠色の瞳で、真っ直ぐと文偉の姿を捉えれば。


「如何なる処罰もお受けいたします。

 もとより死を覚悟しておりました。

 故に、どんな処罰だろうと、受ける覚悟はできております」


 真剣な声音で紡がれた覚悟は、文偉にもしっかりと伝わったらしい。

 文偉はうむ、と小さく頷いた。


「良かろう、処罰は後日、追って伝えることとする」

「承知致しました」

「ところで姜維殿、そして狼莎殿」

「はい」

「何でしょうか〜」

「桜の鬼はどんな方だったのだ?」

「……へ?」


 思わぬ問いかけに、素っ頓狂な声を出したのは伯約だった。

 話の変わりように思わず怯んだようだったが、一方で狼莎は、くすりと小さく笑って直ぐに対応する。


「あまりお伝えしてませんでしたね〜、すごく可愛らしい子なんですよ〜薙瑠(ちる)ちゃん」

「ほぅ、薙瑠殿と言うのか」

「はい〜、動物に例えるなら……狐みたいな感じです〜」

「狐? その例えはよく分からねぇぞ……」


 狼莎の例えに、伯約は首を傾げる他なかった。

 それは文偉も同じだったようで。


「姜維殿から見た桜の鬼は、どんな方だったのだ」


 話を逸らすように、伯約へと話題を振ったのだった。


「え? あー……そうですね、確かに可愛らしい人であることは同感です、少ししか話してませんが。

 他に特徴を上げるとしたら、強かな女性でした。

 強かで可愛らしい……なので、刀を持って舞う姿は、もう目を奪われるというか……」

「……ほう」

「へぇ〜」


 感じていたことを素直に口にした伯約だったが、二人はそんな伯約を意味有りげに見つめていた。

 当然伯約自身も、その視線に気付き。


「……何かおかしなことでも言ったか?」

「そんなことないよ〜、ただ、薙瑠ちゃんのこと、本当によく見てたんだな〜って思ってね〜」

「ふむ、そなたがそこまでしっかりと他人を観察することができるとは、これは意外だったな」

「そりゃあ、桜の鬼と戦うために行ったんだ、相手のことをよく見るのは当然のことだろ」


 そう言い切る伯約に対して、狼莎は柔らかな微笑みを浮かべながら。


「そんなこと言ってるけど、本当は薙瑠ちゃんに会いたかっただけなんでしょ〜?」


 そんなことを言ったのだった。


「は、はぁ!? 何言ってんだよ!?

 俺は本当に戦う以外の目的は持ってなかったからな!!」

「分かってるよ〜、でも薙瑠ちゃんに会いたかったっていうのも、ある意味では間違ってないでしょ〜?」

「ま、まぁ……そうだな……」

「しかし、そこまで慌てるとは、何か他意があったようですな?」

「ち、違……! ったく何なんだよ、二人して……!」


 慌てふためく伯約を見て、文偉と狼莎は面白そうに笑う。


「俺はもう疲れたんだ、寝かせてくれ」

「どの口が言う、勝手な真似をしたのはそなただろう」

「ぐっ……」

「ふふ、費偉殿、彼も反省してるし、今日はそのくらいにしてあげてください〜」

「では狼莎殿に免じて、本日はここで良しとしよう」

「ありがとうございます〜」


 そんな会話をしながら、三人は建物の中へと姿を消していく。

 蜀国所属の鬼、伯約と狼莎。

 二人の後ろには、彼らを支える、多くの人間(ヒト)の存在があった。

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