表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
24/81

其ノ拾壱 ── 隠ノ神使【柊】(11/11)


 とある部屋の中。

 夜が更けている今、唯一ある窓からは月明かりだけが差し込んでおり、それに照らされるようにして、冷たい床の上にぐったりと横たわっている人物が居た。

 手足を縄で拘束され、口元にも布が巻かれている。


 突如、木材同士が擦れるような音を響かせて、ゆっくりと開かれる引き戸。

 静寂な夜の中、その音はより一層大きく聞こえた。

 姿を見せたのは、一人の男性。

 彼は横たわっている人物の前にしゃがむと、顔を自分のもとに向かせるように、髪を掴みあげた。

 青白くて短い髪の下から覗く、蒼玉(そうぎょく)のような瞳。

 その瞳は、決して揺らぐことなく、彼の目を見詰めている。


「まだそんな顔ができるんですね。

 もう全て実行済みだと言うのに……」


 はぁ、と半ば呆れるような溜息をついたあと、彼は再び問いかけた。


「それともまだ、何か隠しているんですか?」


 髪を掴んでいた手を離すと、彼はゆっくりと立ち上がる。


「あまり女性に手荒なことはしたくないのですが……」


 そう呟いたあと、間髪を開けずに彼女の腹部を思いっきり蹴飛ばした。


「ぅぐっ……」


 彼女の顔が歪む。

 それを気にすることなく、彼は蹴り飛ばした腹部を、今度は上から踏み付けた。



 何度も、何度も、何度も何度も何度も。



「ああそうでした。

 あなたにいい報告がありますよ、氷牙(ひょうが)さん」


 踏み付けていた足を一度止め、彼はにっこりと笑いながら、苦しそうに顔を歪めている彼女の前にしゃがんだ。

 捕らわれているのは、氷牙(ひょうが)という女性。

 彼は彼女の短い髪を片手ですくい、さらさらと弄りながら話をする。


「先日の昼の時間帯に、桜さんを見てきたんですよ、戦場で。それはそれは可愛らしい人でした」


 氷牙は楽しそうに語る彼を、鋭い目つきで睨みつけている。

 彼はその視線を気にすることなく、穏やかに話を続けた。


「けれど、あなたが話してくれた〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉の結界を破ったら、綺麗に変化が解けました。結界を破っただけで力の供給が一時的に途切れるのですから、あの木を傷付ければ桜は戦えなくなる、というのはどうやら本当のようですね」


 微笑みながら話し続ける彼。

 しかし、突如その顔から笑顔が消えた。

 そして、お互いの鼻が触れそうな位置にまで顔を近づけて言う。



「何度も言いますが、例えこの世界が偽りだったとしても、今の私達は間違いなく現在(いま)を生きている。あなたたちがやろうとしていることは、現在(いま)という時間を壊すこと──即ち、現在(いま)を生きる人々の生活を壊すことだ。

 全てが無かったことになるから、記憶がなくなるから、何をやっても良いわけじゃない。あなた達からしたら、〈六華將(ろっかしょう)〉の邪魔をする私達は間違っているんでしょう。でも、私達から見れば、あなた達のほうが間違っている。だから──孫権(そんけん)様は、あなた達の行動を徹底的に潰そうとしてるんです」



 淡々と語る彼の瞳からは、何の感情も伝わらなかった。

 彼はそれだけ伝えると、静かにその場に立ち上がり、部屋から出ていく。

 戸が閉まる音が響いたのち、辺りは再び静寂に包まれた。

 横たわった状態のままの氷牙は、窓枠から射し込む月明かりを背に感じながら、静かに瞳を伏せた。



 ──正論だ。



 彼の言うことは、本当に正論だ。

 そう思ったから……〈六華將〉しか知らない情報を話した。

 最初は絶対に話さないと、誓っていたけれど。

 日々拷問されることも、特に何とも思わなかったけれど。

 でも、彼の、あの言葉を聞いたら。



(間違っているのは、私達……)



 本当に、その通りだと思う。

 現在(いま)を生きる人々──即ちこの世界で暮らす人々は、皆被害者だ。

 私達が防げなかったから、〈華〉がこの世界に咲いてしまったのだ。

 謂わば私達は、自分達が犯した罪を償うために、現在(いま)という時間を壊そうとしている。

 自分達の都合のためだけに──ひとつの時間(せかい)を壊そうとしているのだ。

 そう言っても過言ではない。


 ──でも。

 それでも。

 これは〝偽り〟なんだ。

 偽りは正しく直さなければならないんだ。

 それが、現在(いま)を生きる〈六華將(私たち)〉の──存在意義(しめい)なんだ。


 だからこそ、〈逍遙樹(しょうようじゅ)〉を他の木に(うつ)すことができるという事実は言わなかった。

 それすら黙っていれば、あとはどうとでもなる。

 そして思惑通り、彼らは〈逍遙樹〉を見つけ、桜の弱点を知り、それを利用しようとしている。

 他の場所に(うつ)るなんて、微塵も思っていないようだった。


 抗いたいなら抗えばいい。

 所詮運命には、誰も抗うことはできないのだから。

 ただ、その(すべ)を与えてあげることが、彼らへのせめてもの償いだと思った。

 ──そう、全て、思惑通りなんだ。


 (はた)から見れば今の自分は、拷問すれば死ぬことを恐れて情報を吐く、みっともない操り人形のように見えているだろう。

 けれど。

 それは表向き(丶丶丶)だ。



 本当に操っているのは──私。

 呉国(ごのくに)は、私の傀儡(かいらい)に過ぎない。

 それが、私達の。

 桜を護る鬼としての、役割なのだから。



───────────────



 隠之神使(カクレノシンシガ) (ウゴク)

 護 桜(サクラヲ マモリ)為 正 偽(イツハリヲ タダシテ)為 真(マコトト ナスガタメ)

 然而(シカレドモ)(ナンジ) 不 可 忘(ワスル ベカラズ)

 被 護(マモラレシ) (サクラ)(サイゴノ) 最後之役目(ヤクメヲ オフ) (サクラ)


 (ソノ) (サクラ)生 現在(イマヲイキル) 一被害者(イチヒガイシャ) (ナリ)


(かくれ)の神使が動き出す。

 桜を護り、偽りを(まこと)へと正すために。

 しかし、忘れてはならない。

 護られる立場にある桜。

 最後の役割を負う、三人目の桜。

 その桜も、現在(いま)を生きる、被害者の一人であるということを。】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ